トピックス 川 口 善 治 である。また正常椎間板には神経も存在せず、 椎間板変性における遺伝子解析 椎間板変性とその疾患概念 かし、変性した椎間板には血管や神経が入り込 周囲を洞神経が取り巻いているのみである。し 脊柱は体幹の支持および神経の保護の役目を 担う、文字通り人体としての大黒柱である。脊 む。この事実は1970年に篠原らによって報 板が機能不全に陥ると、腰痛や椎間板ヘルニア ン︶としての機能がある。しかしいったん椎間 う概念が提唱されている。また椎間板は時に 自体が痛みの発生源と考える椎間板性疼痛とい の知見を Lancet 誌に発表して世界から注目さ れることとなった。これらのことから、椎間板 らが同様 Freemont 柱は主に椎骨、椎間板、椎間関節、靭帯から構 1997年 成される。このうち椎間板は軟骨組織より成り、 告されていたが、 に代表される様々な症状や障害を生じることに 衝撃に対するショックアブソーバー︵クッショ なる。 正常の椎間板には血管が存在しない。椎間板 は人類最大の無血管野であると言われるゆえん を起こし、周囲の神経組織を圧迫する。 rupture これが椎間板ヘルニアで、腰椎に好発し、腰痛 1) や下肢痛の原因となる。 (1093) CLINICIAN Ê14 NO. 633 91 2) このような腰椎椎間板疾患︵椎間板変性や椎 間板ヘルニア︶は従来、職業上の負荷、振動の 腰椎椎間板疾患における疾患感受性遺伝子を探 る研究は、一つのトピックスとなり、いくつか 明らかにした知見と海外での研究 われわれの研究グループがこれまで 曝露、喫煙、スポーツなどが原因であるとする、 の重要な研究結果が明らかになってきている。 いわゆる環境因子の重要性が強調されていた。 しかし、最近の研究では椎間板変性に対する危 険因子としては、遺伝性素因が最も重要である ことが判明している。これは一卵性双生児の腰 椎間板変性は全ての人に起こりうるため、疾 患概念を統一する必要があった。われわれ、腰 椎椎間板変性所見は偶然の一致以上に極めて類 似しているという事実や、腰椎椎間板疾患にお ︵理化学研究所、慶應義塾大学、京都府立医科 椎椎間板ヘルニア遺伝子研究コンソーシアム 以上の結果を受けて、1998年に初めて腰 椎椎間板疾患と遺伝子の関連が報告された。 月以上持続し、基本的に手術が必要であるもの、 ルニアに基づく症状︵下肢への放散痛︶が3カ 板疾患を有症性の腰椎椎間板ヘルニアというこ る。 ら は、 Vitamin D receptor 遺伝子が腰 Videman 椎椎間板変性の疾患関連遺伝子である可能性を ②腰椎椎間板ヘルニアを示唆する理学所見 ととし、以下の定義を作った。①腰椎椎間板ヘ プ︶は、2002年より度々会合を持ち、椎間 示した。われわれは同じ時期に看護学生を対象 大学、函館中央病院、富山大学の研究グルー ける家族集積性を証明した疫学研究の結果によ 3) 4) として、若年性の腰椎椎間板ヘルニア・椎間板 8) 変性とアグリカン遺伝子および Vitamin D recep- ︵ SLR test ︵ tension sign ︶が 以下 ︶を有する 遺伝子が関連する可能性を報告した。以来、 もの、③MRIで腰椎椎間板ヘルニアを認め硬 tor 9) 7) 60 92 CLINICIAN Ê14 NO. 633 (1094) 5) 6) 膜管の圧迫を証明できるもの、である。この基 準を満たす腰椎椎間板ヘルニア患者およびコン 例の末梢血からゲノムDNAを採取して解析に イシン︶をT︵スレオニン︶に変えるミスセン ︶が疾患感受性遺伝子多型であることが phism わかった。この多型は395番目のI︵イソロ 遺伝子︶は、エキソン8 に存在するI protein 395TというSNP︵ single nucleotide polymor- 供し、腰椎椎間板ヘルニアの疾患感受性遺伝子 ス変異で、Tアレルを持つ人は1・ 倍椎間板 トロールを対象に、それぞれ約500例の多数 を同定した。 その後の一連の研究から明らかになった知見 ∼ と発表論文を表に示す。いずれもインパクトの 疾患を有しやすいという結果であった。機能解 析では、 CILP はTGF β 1と結合しTGF β 1のシグナルをブロックしており、その結 これをオッズ比で示してある。また、なぜ椎間 板ヘルニアになりやすいか、統計学的に検討し と、持っていない人に比べてどの程度腰椎椎間 の手法で疾患感受性遺伝子を明らかにし study たものである。ある特定の遺伝子を持っている されるものとなった。これらは全て るものと推測された。 り、椎間板の変性の進行に伴いヘルニアが起こ 核での基質タンパクの発現が低下することにな パクがTGF β 1の作用を抑制するため、髄 板ヘルニアの発症機序としては、CILPタン case-control 合力はIアレルよりもTアレルで強いことを見 出した。以上のことから椎間板疾患および椎間 板ヘルニアを起こしうるか、という疑問に対す 高い論文であり、一連の研究は世界的にも注目 61 例えば、 ︵ CILP 40 cartilage intermediate layer 上の論文が著されている。このうちわれわれの れていることに注目していただきたい。 る機能解析が、全ての疾患遺伝子に対して行わ 腰椎椎間板変性およびヘルニアの疾患感受性 遺伝子を探る研究は、全世界でこれまでに 以 10) − (1095) CLINICIAN Ê14 NO. 633 93 16) − − 10) これまでわれわれの研究グループが明らかにした腰椎椎間板ヘルニア、 椎間板変性に関わる遺伝子 No. gene Odd s races ratio First author Journal 110) 2005 CILP 1.61 Japanese Seki S Nat Genet 11) 2 2006 COL9A2 1.27 Japanese Seki S J Hum Genet 312) 2007 COL11A1 1.54 Japanese Mio F Am J Hum Genet 413) 2008 THBS2 1.43 Japanese Hirose Y Am J Hum Genet 514) 2008 ASPN 1.70 Chinese, Japanese Song YQ Am J Hum Genet 15) 6 2009 SKT 1.34 Japanese, Finnish Karasugi T J Bone Miner Res 716) 2013 CHST3 1.58 Chinese, Japanese, Finnish Song YQ J Clin Invest (筆者作成) ︵ CHST3 16) carbohydrate sulfotrans- CLINICIAN Ê14 NO. 633 14) グループと香港、フィンランドの研究グループ は 共 同 研 究 を 行 い、 Asporin 、 SKT ︵ sickle tail 遺伝子︶ 、 遺伝子︶が椎間板疾患の疾患感受性遺伝 ferase 子であることを明らかにした︵表︶ 。これらの 研究は、人種を超えた知見としてグローバルイ ンパクトを与える結果と言えよう。 一連の研究と今後の展望 椎間板疾患の疾患感受性遺伝子を探る研究手 法は、これまでの候補遺伝子アプローチから、 近年GWAS︵ genome wide association study ︶ へと展開されている。すなわち全ゲノムを対象 とした網羅的な解析がなされている。このよう な新たな手法により、今後未知なる疾患感受性 遺伝子が発見される可能性がある。 一方、これまで報告された疾患感受性遺伝子 の持つオッズ比は必ずしも高いとは言えず、臨 床に応用するには未だ限界がある。また、これ (1096) 17) 15) 94 らの遺伝子相互の関わりについては一部が明ら 文献 Freemont AJ, et al : Nerve ingrowth into diseased intervertebral disc in chronic back pain. Lancet, 350, 178-181 (1997) Matsui H, et al : Juvenile lumbar herniated nucleus pulposus in monozygotic twins. Spine, 15, 1228-1230 (1990) Shinohara H : Lumbar disc lesion, with special reference to the histological significance of nerve endings of the lumbar discs. J Jpn Orthop Assoc, 44, 553-570 (1970) かにされたのみであり、相加的あるいは相乗的 効果があるのか否か、さらなる解析が待たれる。 一方、遺伝子がコードするアミノ酸やタンパク 質がいかに椎間板ヘルニアと関連するのかの機 能解析が進めば、椎間板ヘルニアの発症機序が さらに明らかになるものと期待される。 今後の研究は、患者に対し椎間板疾患のリス クを科学的データから説明可能とならしめるこ と、および発症機序を分子レベルで解明し、治 池川志郎先生︵理化学研究所 統合生命医科 謝辞 療や予防に資することである。 学研究センター 骨関節疾患研究チーム チー ムリーダー︶をはじめ、共同研究者の先生方に 深謝申し上げます。 ︵富山大学医学部 整形外科 准教授・ 富山大学附属病院 整形外科 診療教授︶ Gunzburg R, et al : Lumbar intervertebral disc prolapse in teenage twin. A case report and review of the literature. J Bone Joint Surg, 72-B, 914-916 (1990) Battie MC, et al : Similarities in degenerative findings on magnetic resonance images of the lumbar spines of identical twins. J Bone Joint Surg, 77-A, 1662-1670 (1995) Sambrook PN, et al : Genetic influences on cervical and lumbar disc degeneration. A magnetic resonance imaging study in twins. Arthritis Rheum, 42, 366-372 Videman T, et al : Intragenic polymorphisms of the (1999) (1097) CLINICIAN Ê14 NO. 633 95 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) vitamin D receptor gene associated with intervertebral disc degeneration. Spine, 23, 2477-2485 (1998) Kawaguchi Y, et al : An association between an aggrecan gene polymorphism and lumbar disc disease. Spine, 24, 2456-2460 (1999) Song YQ, et al : Association of the Asporin D14 allele with lumbar disc degeneration in Asians. Am J Hum Genet, 82, 744-747 (2008) Karasugi T, et al : Association of the tag SNPs in the human SKT gene (KIAA1217) with lumbar disc herniation. J Bone Miner Res, 24, 1537-1543 (2009) Song YQ, et al : Lumbar disc degeneration is linked to a carbohydrate sulfotransferase 3 variant, J Clin Invest, 123, 4909-4917 (2013) 川口善治ら 第1章 遺伝子診断│4 腰椎椎間板 ヘルニア、平澤泰介ら編集主幹・糸満盛憲ら編集顧 問・井樋栄二ら編、先端医療シリーズ ﹁臨床医の ための最新整形外科﹂ 、先端医療技術研究所、東京、 ∼ ︵2013︶ 44 Kawaguchi Y, et al : The association of lumbar disc disease with vitamin-D receptor gene polymorphism. J Bone Joint Surg, 84-A, 2022-2028 (2002) Seki S, et al : A functional SNP in CILP, encoding cartilage intermediate layer protein, is associated with susceptibility to lumbar disc disease. Nat Genet, 37, 607-612 (2005) Seki S, et al : Association study of COL9A2 with lumbar disc disease in the Japanese population. J Hum Genet, 51, 1063-1067 (2006) Mio F, et al : A functional polymorphism in COL11A1, which encodes the alpha 1 chain of type XI collagen, is associated with susceptibility to lumbar disc herniation. Am J Hum Genet, 81, 1271-1277 (2007) Hirose Y, et al : A functional polymorphism in THBS2 that affects alternative splicing and MMP binding is associated with lumbar-disc herniation. Am J Hum Genet, 82, 1122-1129 (2008) 50 96 CLINICIAN Ê14 NO. 633 (1098) 14) 15) 16) 17) 47 8) 9) 10) 11) 12) 13)
© Copyright 2024 ExpyDoc