この回の予稿

応用物理学特別演習
平成 26 年 10 月 7 日
光物性工学研究室 重松恭平
Optical Two-Dimensional Fourier Transform
Spectroscopy of Semiconductor Quantum Wells
Steven T. Cundiff1, Tianhao Zhang1,2, Alan D. Bristow1, Denis Karaiskaj1, and Xingcan Dai1
1
JILA, National Institute of Standards and Technology and University of Colorado, Boulder, Colorado
80309-0440, 2Department of Physics, University of Colorado, Boulder, Colorado 80309-0390
Accounts of Chemical Research 42, 1423 (2009)
分光学とは、物質に光を照射し、その光応答のスペク
トル(光強度の周波数分布)を測定することで物性を明ら
かにする学問である。かつては光電場の大きさに比例す
る線形光学応答(吸収、反射等)に対する分光が主流であっ
たが、光源であるレーザーの発展により光電場の 2 乗以
上に比例する非線形光学応答や複数の光波が相互作用す
図 1. 3 パルス励起 FWM の光学配置
る光波混合を用いた分光が可能となった。本論文で扱わ
れる 3 パルス励起四光波混合(FWM)分光では一般的に、3 つの入射パルス光(時間差 τ および
T)によって発生する光学応答(信号光)に対するスペクトル|𝐸(𝜏, 𝑇, 𝜔𝑡 )|2が測定される(図 1)。こ
れに対して本論文の研究グループは、スペクトル干渉法を用いて振幅および位相を含めた信
号光電場𝐸(𝜏, 𝑇, 𝜔𝑡 )を測定する分光法を確立した。これによって、アルカリ原子気体や半導体
量子井戸等の系に対して、従来に比べて豊富な情報を取得することに成功している[参
考:Steven T. Cundiff and Shaul Mukamel, Physics Today 66, 44(2013)]。
図 2(a)は GaAs/Al03Ga0.7As 量子井戸に対し
(a)
て測定した吸収スペクトルである。ピークは
XA
(c)
XB
X B XA
それぞれ GaAs の A、B 励起子(XA, XB)共鳴に
(b)
元(2D)フーリエ変換スペクトルである。この
2D フーリエ変換スペクトル𝐸(𝜔𝜏 , 𝑇, 𝜔𝑡 )は、
スペクトル干渉法によって得られた信号光
電場𝐸(𝜏, 𝑇, 𝜔𝑡 )を τ に対してフーリエ変換す
ることにより得られる。なお、縦軸ℏ𝜔𝜏 は入
射パルス A(図 1)から励起子が吸収したエネ
ルギー、横軸ℏ𝜔𝑡 は励起子が信号光として放
出したエネルギーに対応している。2D フー
リエ変換スペクトルには破線で示した対角
Real Part of 𝐸(𝜔𝜏 , 𝑇, 𝜔𝑡 )
対応している。図 2(b)は FWM 信号光の 2 次
図 2. (a)吸収スペクトル、(b)2D フーリエ変換スペ
クトル、および(c)励起子の光学遷移の模式図。な
お(b)において T は一定。
線上のピーク a、b の他にピーク c、d が存在する。この結果は、図 2(c)のように A、B 励起子
遷移が同一の基底状態から生じることを示している。これは、強度を測定する FWM 分光で
明確化できなかったことである。また、ピーク a に注目すると対角線を境に正負が逆転して
いることがわかる。この結果は励起子多体効果を取り入れたモデル計算により再現可能であ
る[参考: X. Li et al., Phys. Rev. Lett. 96, 057406 (2006)]。
応用物理学特別演習
平成 26 年 10 月 7 日
数理物理工学研究室 鈴木 修
Bound Electron Pairs in a Degenerate Fermi Gas
Leon N. Cooper
Physics Department, University of Illinois, Urbana, Illinois
Physical Review 104, 1189 (1956)
超伝導とは、Hg や Nb などの物質を極低温まで冷却した際に電気抵抗が消失する、
完全反磁性を示す(Meissner 効果)などの特異な電磁気学的性質を示す現象であり、1911
年に K. Onnes によって発見された。超伝導の発現機構は J. Bardeen, L. N. Cooper, J.
Schrieffer によって 1957 年に解明され、その微視的理論は BCS 理論と呼ばれている。理
論の完成までに要した約 50 年という歳月が、超伝導の微視的理解が非常に困難な問題
であった事を物語っている。BCS 理論に現れる Cooper ペアという概念は初めて本論文
で提案され、超伝導の微視的な理解に大きな影響を与えた。
超伝導を引き起こす電子間引力の起源が格子振動である事は、現在では周知の事実
である。超伝導現象において電子格子相互作用が重要である事を初めて指摘したのは
H. Frölich であり、1950 年の事である[1]。しかし翌年 M. R. Schafroth は、電子格子相互
作用を摂動論で取り扱う限り Meissner 効果を説明できない事が示した。ただその研究
で彼は、いかなる状態が実現すれば Meissner 効果が説明できるか考え、固体中の電子
がペアを組み Bose 凝縮を起こす事で Meissner 効果が説明可能出来ると提案した。その
後、J. Bardeen と D. Pines は電子格子相互作用を厳密に取扱い、Fermi 面近傍で電子間相
互作用は引力になる事を示した [2]。そこで Cooper は、これらの事情を考慮した非常に
単純な系を考え、電子間に引力が働いた場合、電子対が存在し得るのかを調べた。
本論文では、Fermi 球とその上に付け加えられた2電子の3体問題を考える。このと
き Fermi 球は2電子とは相互作用せず、Pauli の排他率のため2電子の波数が Fermi 波数
以下にならない為に導入されている。Cooper は本論文で、この2電子間に引力が働く
場合、その引力がいかに弱くても、2電子はエネルギーが Fermi エネルギー以下の束縛
対を形成し、Fermi 面が不安定になる事を示した。本論文で提案された Cooper ペアとい
う概念は超伝導の微視的理解を大きく進展させた。
[1] H. Frölich, Phys. Rev. 79, 845 (1950)
[2] J. Bardeen and D. Pines, Phys. Rev. 99, 1140 (1955)