妊娠期における歩容の変化 ―体幹運動に着目した検討

第 49 回日本理学療法学術大会
(横浜)
5 月 31 日
(土)17 : 15∼18 : 30 第 6 会場
(3F 304)【セレクション 生活環境支援!健康増進・予防】
1243
妊娠期における歩容の変化
―体幹運動に着目した検討―
澤
龍一1),土井
剛彦2,3),浅井
剛4),中窪
翔1,2),渡邊
香織5),小野
玲1)
1)
神戸大学大学院保健学研究科 地域保健学領域,
国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 自立支援開発研究部 自立支援システム開発室,3)日本学術振興会 特別研究員,
4)
神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 医療リハビリテーション学科,5)滋賀県立大学 人間看護学部 人間看護学科
2)
key words 妊娠女性・歩行・体幹
【はじめに,目的】
体幹を平衡に維持することは,転倒リスクを減少させ安全に歩行を行う上で重要な因子である。妊娠は身体における外的変化,
とりわけ妊娠中期から身体における変化が著明に生じる。妊娠中期以降の体幹の身体重心は前下方に移動し,その代償として骨
盤前傾角度を増加し,歩行速度の低下,ストライド長の短縮,歩隔の延長といった歩行変化が生じることが明らかとなっている。
一方で,妊娠期の体幹運動は,胸椎及び骨盤レベルでの回旋可動域の減少について報告されているのみであり,体幹全体の動き
は明らかとなっていない。本研究の目的は妊娠中期及び妊娠末期に生じる歩行時の体幹運動の変化を明らかにすることである。
【方法】
対象は,正常な妊娠経過である妊娠女性のうち,本研究に同意の得られた女性 30 名(妊娠前・中期(以下,Phase"
1)
:17 名,
妊娠後期
(以下,Phase"
2)
:13 名)
とした。測定は一般情報を得るための自記式アンケートと歩行計測を実施した。歩行路は加・
減速路を 2.5m,その間 10m を測定路として,自由歩行条件下で実施した。データ測定には 3 軸加速度計を用い,第 7 頸椎棘突
起(以下,C7)および第 3 腰椎棘突起(以下,L3)に装着して行った。歩行速度に加え,歩行指標として加速度波形から L3
における体幹運動の規則性を表す指標として自己相関係数(autocorrelation coefficient : AC)を垂直(VT)
・左右(ML)
・前後
(AP)方向について,体幹における慣性力減衰機能の指標として Coefficient of Attenuation(以下,CoA)を,各方向について
算出した。AC は 0 から 1 の値をとり,値が小さいほど体幹における規則性が低いことを表す指標であり,CoA は歩行中に生じ
る L3 における加速度の大きさが C7 においてどれほど減衰したか,つまり体幹部分における慣性力の減衰割合を表し,値が大き
いほど歩行時に生じる慣性力を減衰できていることを表す指標である。統計解析は Phase"
1,Phase"
2 に対し χ 二乗検定,対応
(Phase"
1!
Phase"
2)
・年齢・身長・出
のない t 検定を実施した。歩行指標については関係のあった歩行指標を従属変数,妊娠期
産経験
(有!
無)
・歩行速度を独立変数として強制投入した重回帰分析を用いた。5% 未満を統計学的有意とした。なお本研究は,
快適な妊娠生活と安産に向けた身体活動教育プログラムの開発に関する研究の 1 つの研究テーマとして,平成 23 年度から平成
25 年度に JSPS 科研費 23593295 の助成を受けて行われた。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は神戸大学大学院保健学倫理委員会の承認を得た後に実施し,対象者より事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説
明し同意を得た。
【結果】
,また AC の全方向,
歩行速度には 2 群間に有意差は見られず
(Phase"
1 : 1.1±0.1(m!
sec)
,Phase"
2 : 1.1±0.2(m!
sec)
,p =.70)
及び CoA"
VT,CoA"
ML についても 2 群間に有意な差は見られなかった(
[AC"
VT]
Phase"
1 : 0.69±0.14,Phase"
2 : 0.69±0.14,
p =.97;[AC"ML]Phase"1 : 0.55±0.17,Phase"2 : 0.56±0.12,p =.87;[AC"AP]Phase"1 : 0.81±0.10,Phase"2 : 0.81±0.10,
p =.88;[CoA"VT]Phase"1 : 6.3±12.9(%),Phase"2 : 13.4±8.0(%),p =.09;[CoA"ML]Phase"1 : 40.0±14.7(%),Phase"
。CoA"
AP については Phase"
1 に比較して Phase"
2 で有意に低下しており(Phase"
1 : 40.3±16.5
2 : 30.7±15.2(%)
,p =.20)
,この関係は関連因子で調整後も有意であった(p <.01)
。
(%)
,Phase"
2 : 17.6±19.9(%)
,p <.01)
【考察】
本研究結果より,妊娠女性において,歩行速度や歩行規則性には妊娠期による変化は見られなかった。しかし,歩行時に生じる
慣性力減衰機能においては,AP 方向で有意に低下することが示唆された。AP 方向における慣性力減衰機能については,関連因
子で調整後も,Phase"
2 では Phase"
1 に比較して有意に低い値を示した。つまり,妊娠期が進むにつれて,進行方向に対する慣
性力減衰機能の低下が示唆された。先行研究において体幹の回旋可動域の低下が報告されており,本研究結果はこの先行研究の
結果を支持,拡大する結果であると考えられる。体幹における回旋可動域の低下が生じることで,体幹は上部・下部が同位相で
動くような歩容になることが考えられる。これにより脊柱の柔軟性が失われ,上部・下部の間で生じる慣性力を減衰できなくな
ると考えられる。しかし本研究は横断研究でありサンプルサイズが小さいため,妊娠期による体幹運動を解明するには今後更な
る研究が必要であると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
Women s Health に対し,日本において理学療法士が関わっていく上で,理学療法士がエビデンスを構築していくことは必須で
ある。本研究結果と,妊娠期に生じる腰痛,転倒などの諸問題の関連性については検討課題であるが,本研究は今後のエビデン
ス構築において基礎となる,重要な役目を果たすと考えられる。