詳細 - 日本心理学会

日心第71回大会 (2007)
ライブ演奏における演奏者間の視線行動に関する研究
○河瀬諭1・中村敏枝1・片平建史1・安田晶子1・川上愛1・小幡哲史2・谷口智子1
(1大阪大学大学院人間科学研究科・2大阪大学大学院医学系研究科)
Key words: 音楽演奏 コミュニケーション 視線
目 的
これまでの音楽に関する心理学的研究の多くは,演奏音そ
のものや,それがもたらす心理的影響について検討したもの
が多かった。しかし,多くの音楽演奏場面では,演奏者や聴
取者などの参与者は音響情報以外のチャネルを通じてコミュ
ニケーションを行っていることが経験的に知られている。し
かし,このことについて定量的に扱った研究は中村(1990)
の「間」と呼吸の関係についての研究や,Davidson(2002)
の身体動作についての研究などわずかしかない。河瀬他
(2006)は,参与者の重視するコミュニケーション・チャネル
について調査を行った結果,参与者は複数の視覚的チャネル
を用いてコミュニケーションを行っていることが示唆された。
そこで,本研究では演奏者が重視すると回答した視線につい
て,実際のライブからの映像を用いて演奏者の視線行動につ
いて検討する。ただし,ライブ演奏では各演奏者は頻繁に移
動するため,実際に相手を見ていることを直接的に観察する
のは非常に困難である。従って,本研究では対象に顔を向け
ることを“見る”とし,以降“見る”と表記する。
方 法
実験参加者:ボーカル,ギター,ベース,ドラムによって構
成されるバンド 1 組(バンド名「うそつき ROCKS」
)
実験場所:大阪のライブハウス amHALL
手続き:対象となるバンドを含む 6 組のバンドが amHALL に
てライブ演奏を行い,その様子をステージ正面と左右からビ
デオカメラに記録した。本研究で分析対象としたバンドは,1
番目に演奏を行った。演奏した楽曲のジャンルはポピュラ
ー・ミュージックであった。
計測:分析の対象としたのは 1 曲目の演奏開始から演奏終了
までの 171 秒であった。演奏中のボーカル(以下,Vo.)
,ギ
ター(以下,Gt.)
,ベース(以下,Ba.)がバンド・メンバー
および観客,自身の演奏する楽器の方向を“見た”時間およ
び回数を DKH 社 IFS-18C を用いて計測した。
結 果
演奏中の Vo.,Gt.,Ba.が各バンド・メンバーおよび観客,
自身の演奏する楽器の方向を“見た”時間および回数を計測
した(表 1,数値は 1 曲演奏時間当たり対象を“見た”割合,
カッコ内の数値は“見た”回数)
。
表 1. 各参与者の“見た”対象
対象
ドラム
Vo.
Gt.
Ba.
観客
楽器
Vo.
-
.189(16)
.038(17)
.003(1)
.718(34)
.018(4)
Gt.
.011(7)
-
.006(2)
.011(3)
0(0)
.968(7)
Ba.
.023(10)
.033(5)
-
.067(6)
.070(17)
.701(35)
この結果,Vo.が最も“見た”のは観客であり,演奏時間中
の 70%以上の時間を占めた。また,Gt.と Ba.を“見た”回数
は同程度であるが,Gt.の方を約 5 倍の時間“見て”いた。Gt.
と Ba.は共に自身の演奏する楽器を“見て”いた時間が最も
長かったが,Gt.では演奏中のほぼ全ての時間楽器を“見て”
いたのに比べ,Ba.は僅かではあるがドラムや観客も“見て”
いた。
続いて,楽曲構造との関係について検討するため,楽曲を
サビ,ギター・ソロ,それ以外(分析対象とした曲ははっき
りとした A メロ,B メロがあるわけではなかった)の 3 つに
区分し,各区分での Vo.,Gt.,Ba.が対象を“見た”時間を計
測した(表 2,数値は各区分当たりの対象を見た割合)
。
表 2. 各区分における参与者の視線行動
対象
サビ
ギター・ソロ
サビ,ギター・ソロ以外
Vo.
Gt.
Ba.
ドラム
観客
楽器(マイク)
.024
.087
0
.883
.031
.544
0
.013
.313
.018
.097
.051
0
.822
.018
Gt.
Vo.
Ba.
ドラム
観客
楽器(Gt.)
0
0
0
0
1.00
.044
.007
.043
0
.914
0
.013
0
0
.987
Ba.
Vo.
Gt.
ドラム
観客
楽器(Ba.)
.010
0
.029
.047
.736
.009
.002
.137
.053
.643
.025
.046
.078
.086
.671
その結果,Vo.はギター・ソロ時は最も Gt.を“見て”おり,
ギター・ソロ以外では観客を最も長く“見て”いた。Gt.は全
ての区分で楽器を最も長く“見て”いた。Ba.も全ての区分で
楽器を最も長く“見て”いたが,ギター・ソロ時は僅かにド
ラムを“見る”時間が増加した。
考 察
本研究で対象としたようなポピュラー音楽では,Vo.は単な
る演奏者ではなく,ステージ・パフォーマンスの中心的役割
を担うことが多い。そして,河瀬他(2006)では,演奏者か
ら聴取者への情報として表情が重視されていることが示唆さ
れており,本結果から,このような表情でのやり取りは主と
して Vo.の役割であることが推測された。また,Vo.はギター・
ソロ時に Gt.の方向を見るなど,
観客に対して注意すべき対象
を示す役割もあると考えられる。 一方で,Gt.や Ba.は楽曲中
のほとんどの時間で楽器を“見て”いるが,Ba.について,ポ
ピュラー音楽において共にリズムを担うドラムを僅かではあ
るが“見て”いることは興味深い。また,視線にはタイミン
グ調整などの機能があると考えられるため,これについては
別途検討を行う予定である。ただし,本研究で計測したのは
顔を向けている行動であり,眼球のみの運動や周辺視野など
で他の参与者の視覚的情報を得ることも考えられ,これにつ
いては今後の課題である。
引用文献
Davidson J. W. et al. 2002 The Science & Psychology of Music Performance
(Chapter15),Oxford University Press
河瀬諭他 2006 日本音楽知覚認知学会 2006 年秋季研究発表会 pp.51-56
中村敏枝 1990 日本 ME 学会専門別研究会「生体環境の時系列情報解析研究会」
研究報告集
12
pp.52-55
謝 辞
本研究を実施するにあたり,amHALL の片山幸重氏に多大
なご協力を賜りましたことを感謝致します。
付記:本研究は大阪大学大学院人間科学研究科「
『魅力ある大学院教育』イニ
シアティブプログラム
フィールドワーク支援基金対象事業」の一環として行
われた.
(KAWASE Satoshi, NAKAMURA Toshie, KATAHIRA Kenji, YASUDA
Shoko, KAWAKAMI Ai, OBATA Satoshi, TANIGUCHI Satoko)