バーチャルリアリティによる遠隔教育と教育的空間構築の試み

バーチャルリアリティによる遠隔教育と教育的空間構築の試み
○櫻井広幸,後藤真太郎,山下倫範,東川昌之,石松明長,藤村
哲,川田雅広,田中典子(立正大学),
福瀧敏典,安部和宏(富士通),室本秀行(FJB),菅野智文(FFC),
神部勝之,鮫島正大 (ソリッドレイ研究所)
{sakurai, got, yamasita, mh, korokoro, tf, kawata, tenko}@ris.ac.jp,
{fukutaki, kabe}@jp.fujitsu.com, [email protected],[email protected],
{kambe, shark}@solidray.co.jp
キーワード:遠隔教育システム,バーチャルリアリティ,VR による教育的空間
1.はじめに
ィスプレイ,マイク,スピーカーを利用する方法
(1)立正大学サイバーキャンパスネットワーク
は,ある意味,元々次善の策といえるかもしれな
プロジェクト
い。遠隔教育にバーチャルリアリティシステムを
今回のプロジェクトにおいて,東京都品川区大
導入する理由は,遠隔地にいる者同士が空間を共
崎と埼玉県熊谷市の二つのキャンパスが高速大容
有することに適しており,また,学習効果を高め
[1]
量の回線で結ばれた
。そしてこのインフラを
るために体験的学習が重要だと考えられるためで
活用した様々な取り組みが可能となり,本プロジ
ある。
またバーチャルリアリティ空間においては,
ェクトの研究活動に関する利用計画において,よ
実空間では不可能なコミュニケーションが可能と
り先進的な試みとしてバーチャルリアリティシス
なる点,実空間では表現できない状態を可視化で
[2]
。バーチャルリアリティ
き,実空間では再現できない対象を提示すること
(Virtual Reality:VRと略記)とは本来,1989 年
も可能となる点などをあげることができる。協
のTexpo’89 においてLanier Grimandらによって初
調・共同のコラボレーション作業や体験型学習に
テムが導入された
[3]
。
「バーチャル」は
も,さらに有効であろう。現段階では,VRで教
「仮想」と訳されることがあるが,本来その意味
育的空間を構築し,それをマルチポイントの遠隔
するところは,
「物理的な実体はないが,機能の本
地から共有する意図で,実際的にこれを導入・運
質としては実在するもの」をさす。また,VRは,
用する試みはまだ非常に少ない。これに先進的に
受け手に対象の現実「感」
,実在「感」を生じさせ
取り組むことが,本システム導入の最大の目的で
ることができればよいとする方向のあることが指
ある。
めて使用された言葉である
摘される[4]。この意味でVRの問題は,感性科
学から論じることも可能であろう。
(2)バーチャルリアリティと遠隔教育
2.システム概要
今回立正大学で導入したVRシステム「オメガ
遠隔教育とは,相手が実際には目の前に存在し
ステーション」
(図1参照)の主な構成は,ソリッ
なくとも,時空の壁を越えあたかもそこにいるか
ドレイ研究所製立体視・VR空間構築ソフト「オ
のように教え,学び,協調作業することを目的と
メガスペースVer.3」
,回転センサーを取り付けた
している。したがってこのことから,遠隔教育と
Rockwell Collins Kaiser Electro Optics社製立体視用
いう発想は,本来バーチャルリアリティそのもの
ヘッドマウントディスプレイ( Head Mounted
であると考えることができる。この観点からは,
Display : 以 下 , H M D と 略 記 )「 S R 80 」,
一定の教室に人々を集め,スクリーンあるいはデ
POLHEMUS社製3次元センサー(パトリオット)
を組み込んだImmersion Corporation社製グローブ
一つに「VR空間」として考えた際,HMDの方
型デバイス「サイバーグローブ」を組み合わせた
が 360°の視空間対応が容易であることが指摘で
ものである。重要な点は,これがパーソナルコン
きる。本システムのHMDは,1m先に 62 インチ
ピュータ・Windows上で動作するという点である。
のディスプレイを観ることと同等の体感があり,
オメガスペース用PCとマルチポイントサーバと
回転センサーにより,頭を向けた方向に3D(立
しては,ともにCELSIUS N440(富士通社製)を使
体視)
空間がリアルタイムで描画される。
これは,
用した。
VR空間を構築する際に要点となる「没入感」を
高めるために非常に重要である。なお,
「没入感」
は自己が取り囲まれる感覚・状態を指す場合のみ
でなく,自己が没頭した感覚・状態を指す場合も
ある。またその他に,パーソナル化やスペースの
問題,臨場感の問題(自己観察の問題)や,他の
感覚ディスプレイを複数組み合わせることにもH
MDは適していることが指摘されよう。
4.バーチャルリアリティによる教育的空間構築
遠隔教育において本システムを有効に機能さ
せるために,以下のような新しい機能の開発が検
討された。
そのいくつかを例示する
(仮称も含む)
。
空間プルダウン(フローティング)スクリーン
上記のドラッグ・ドロップ機能
ノイズリダクション型ヘッドセットによる音
声・音像効果
音声認識によるテキストスクリーン(フローテ
<図1 オメガステーション外観>
ィングメモパッド)機能
インターネット・アクセスボタン
環境(背景)切り替え機能
アバターのためのスキャニング機能の組込
<図2 HMD,サイバーグローブ装着状態>
3.スクリーン投影型とHMD型
<図3 空間スクリーン操作のイメージ>
VRの視覚ディスプレイは,スクリーン投影型
とHMD型に大別されるであろう。本システムで
5.接続,運用の形態
は,まず,HMDの利用が検討された。これには,
接続,運用の形態に関し,以下のようなパターン
が考えられる。
ので,これらについても後述する。
(1)第 パターン
:遠隔教育システム→VRシステム
遠隔教育システム上の三つの信号,すなわち親
教室から送信されている「教師映像(板書画面を
含む)
」
「PC 画面の画像」
「書画カメラ(資料)画
像」のを取り込み,子教室(リモート)のVR空
間内空間スクリーンで見ることができるようにす
る。空間スクリーンの解像度については,教師映
像および書画カメラ画像は 640×480pixel(信号は
各々NTSC
(RCA)
と RGB)
,
授業支援ソフト WING
-NET からの PC 画像は 720×480 pixel (NTSC
(RCA))であった。また,オメガステーション
<図4 VR空間内の状況>
に装備された USB カメラで映像を取り込むこと
もでき,その場合の解像度は 640×480pixel であっ
(第 パターンに関する評価)
た。
○グローブでスクリーンを掴んで回転○移動でき
(2)第 パターン
るのは興味深い○SF 映画のようだ○スクリーンを
:VR システム→遠隔教育システム
手元に引き寄せる動作は日常に近くなじみやすい
VR空間内での様子や,その中で講義・説明し
○グローブの動きの精度がまだ低く,くせがある
ている状況が,遠隔教育システムのスクリーンに
印象で慣れが必要○3D なので立体感はあるのだ
映し出されるパターンである。
が,距離感が今ひとつ把握しにくい○ものに触れ
(3)第 パターン
た時,何らかの手ごたえがほしい
:VR システム←→VR システム
(2)上記,第 パターン(VR システム→遠隔教
VRシステム同士をつなぎ,空間を共有する。
ここでは,
人物はアバターとして登場する。
また,
育システム)において考えられるコンテンツとし
て,図5のような例をあげることができる。
音声だけでなく,音声認識によるテキストスクリ
ーンもコミュニケーションツールに加える。
他に,
空間の背景を切り替える機能も用い,環境効果を
検討する。
6.コンテンツ及び評価等に関する基礎的データ
(1)上記,第 パターン(遠隔教育システム→
<図5コンテンツ例:熊谷キャンパスウォークスルー>
VRシステム)において考えられるコンテンツ例
として,図4に示すものを作成した。
これは,立正大学の熊谷キャンパス(両眼視差を
これは,特定の授業等で利用するコンテンツに
利用して映像を立体化しているので,すべてのコ
とどまらず,ある意味でVR空間におけるインフ
ンテンツは,本来このように右眼用左眼用二つの
ラ整備的な側面も有している。
画面がリアルタイムで描画されている)をVR化
今後の研究の基礎データとするために,若干の
したものであり,体験者は,あたかも探検する感
被験者を得て,これらを評価してもらった。今後
覚でキャンパスをウォークスルーできる。ビデオ
さらに開発を展開するためのデータなので,おも
映像や単なるCGではなくVRであるので,体験
に自由回答を基本とした。なお,同様の調査を第
者の望む方向へ自由に進むことが可能である。特
パターンおよび第 パターンに対しても行った
に,この中にアバターなどで講師を配置し,受講
者になり代わった形でナビゲーター役をつとめる
するかで印象が全く変わるであろう○背景が変化
ことによって,受講者は体験的にコンテンツを視
するのがとても新鮮。変化のつけ方も影響する○
聴することができるであろう。体験型キャンパス
アバターに顔を貼り付けられるのは可笑しくて爆
紹介にとどまらず,方向感覚の実験・研究にも利
笑ものだった○アバターの描き方ひとつで,良く
用が可能であろう。なお,評価は以下のようであ
も悪くもなりそうである○せっかく相手といるの
った。
に,操作性が低いとかえって欲求不満になる○も
○周囲をみわたせるので,まさに空間という印象○
っと自然なポーズが可能になってほしい
色々な“イベント”を,ゲームばりに限りなく盛り
込めそうである○トレッドミルを使用したバージ
7.まとめと今後の課題
ョンが面白く,可能性がとても広がりそう○実際
本論文では,バーチャルリアリティによる遠隔
に歩く感じがよい○高速移動を選ぶとスピード感
教育と空間構築の試みについて検討した。そして
があり快感である○移動の速度変化にもっと多く
VR空間相互の連携による教育的空間を提案し,
の段階がほしい○移動速度が日常の歩行速度と不
いくつかのコンテンツを例示した。これらをいわ
一致のようで,違和感がある○縦方向の空間が直
ば一つのプラットフォームと考え,今後,必要と
感的に把握しにくい○手元・足元がみえにくく,
なる機能やコラボレーション・ツールとは何かを
狭い場所では特に動きづらい○長くやるとふらふ
検討し,適切な追加を行い,機能相互の連携を強
らする
化してゆくことが課題である。アバターに関して
(3)上記,第 パターン(VR システム←→VR
は,アバターであるがゆえの利点[5]についても
システム)
において考えられるコンテンツとして,
考察を深めることを予定している。
図6のような例をあげることができる。
参考文献
[1]山下倫範,後藤真太郎,櫻井広幸,石松明
長,東川昌之,川田雅広,藤村 哲,石田 睦,
菅野智文,福瀧敏典,安部和宏,室本秀行,神部
勝之,鮫島正大,清水宣明:立正大学における遠
隔教育システム導入の試み,
平成 17 年度情報処理
教育研究集会発表論文集,pp.336-340,2005.
[2]櫻井広幸,後藤真太郎,山下倫範,東川昌
之,石松明長,福瀧敏典,安部和宏,室本秀行,
菅野智文,神部勝之,鮫島正大:バーチャルリア
リティを取り入れた遠隔教育の試み,
平成 17 年度
情報処理教育研究集会発表論文集,pp.521-525,
<図6 VR空間におけるアバター型対面>
2005.
[3]廣瀬通孝:
「バーチャルリアリティ」 オー
これは,ネットワークを介して遠隔地にいる人
ム社,pp.1-6,1995.
物とVR空間で出会い,知識や情報を共有してい
[4]櫻井広幸:現実観とバーチャルリアリティ
く・教えあうという,いわば,教育の原点のひと
観に関する一考察,
立正大学心理学研究所紀要,
1,
つをイメージするものである。
pp.31-42,2003.
なお,評価は以下のようであった。
[5]
佐久本功達,
杉本雅彦,
櫻井広幸,
石原 学,
○向かい合っていると,まさに空間を共有してい
杉本和隆,志方奏:パソコン会議システムを利用
る感じ○共同作業にむいている印象○参加人数が
した不登校生徒に対する情報教育の試み, 科学
多くなれば,壮観だろうなと思う○何を見るか,
教育研究,24,4,pp.226-239,2000.