論文内容の要旨および審査結果

氏名(本籍)
佐藤 淳史(埼玉県)
学 位 の 種 類
学 位 記 番 号
学位授与の日付
学位授与の要件
学位論文題目
博士(生命科学)
博 第88号
平成26年3月20日
学位規則第 5 条第 1 項該当
論文審査委員
(主査) 都筑 幹夫
髙橋 勇二
玉腰 雅忠
藤原 祥子
Regulation of Lipid Accumulation in Green Algae
教授
教授
准教授
准教授
論文内容の要旨
【背景・目的】
脂質は生体内に含まれる疎水性の物質の総称であり、その化学的特徴から極性脂質と中性脂質に分けら
れる。極性脂質は脂質二重層を形成し、膜タンパク質と共に生体膜を構成する。生体膜は膜の内外を隔て
るだけでなく、例えば呼吸の電子伝達系や光合成における明反応を行う場としての役割を持っている。藻
類では、これらの生体膜脂質が環境中の栄養源によって変動することが知られている。例えば、単細胞性
真核光合成生物である緑藻クラミドモナスでは、光合成の場であるチラコイド膜に含まれる硫黄含有脂質
が、硫黄欠乏(−S)条件下において急激に減少する。これにより骨格中の硫黄を放出し、新規タンパク質合成
を行う。この時、減少する硫黄含有脂質の合成系遺伝子の発現上昇も伴うことが知られている。また、リ
ン欠乏条件下では、細胞内リン脂質量が減少する。このように、外部環境から受けるストレスや、細胞内
の調節を受けて脂質量は変動する。申請者は、−S条件下における藻類のストレス応答を、脂質変動を通じ
て解析している過程で、中性脂質であるtriacylglycerol (TG1))が増加することを見出した。
中性脂質は、量的にそのほとんどがTGである。TGはグリセロール骨格に脂肪酸が三分子結合したエネルギ
ー貯蔵脂質である。藻類が栄養塩欠乏や、強光などの種々のストレス条件下でTGを蓄積させることは知ら
れているが、動物や陸上植物と異なり、藻類のTGの合成系や調節系に関する知見は少ない。さらに、スト
レス条件下のような細胞に不利な環境で、藻類がエネルギー貯蔵の役割を持つTGを蓄積させる生理学的な
意義も不明である。そこで、緑藻クラミドモナスを用いて、主に−S条件でのTGの蓄積機構について解析を
行った。
一方、植物由来のTGは食料、化成品、近年ではバイオ燃料の原料としても利用される。世界規模でみた
植物油脂の生産量は増加しており、森林伐採を伴う油脂生産のための植林地の開拓が、環境破壊として問
題になっている。また、植物油脂からの燃料生産量も増加しており、食用油脂生産との競合が課題である。
近年、油脂生産の可能性を含む藻類の脂質解析が急速に行われている。本研究で用いている緑藻は培養が
容易で、すでに産業利用もされていることから脂質生産を可能とする上で期待できる。
【結果・考察】
緑藻クラミドモナスにおける−S条件下におけるTG蓄積について、窒素欠乏(−N)とリン欠乏(−P)条件の場
合とで比較解析を行った。その結果、総脂質あたりにおけるTGの割合は脂肪酸ベースで見ると、−Sで最大
40.3 mole%、−N条件下で56.6 mole%に達したのに対し、−P条件下ではほとんど蓄積せず、初期の7.7 mole%
が最大であった。このように、与えたストレスの種類によってTGの蓄積程度が異なることは、TGの蓄積が
ストレス一般に共通して引き起こされるものではなく、欠乏する栄養塩に応じた制御を受けていることが
考えられた。−S、−N条件下では生育の抑制や、クロロフィルの減少も顕著であった。また、TGの脂肪酸は
ストレス負荷により不飽和度が上昇したが、炭素鎖16の飽和脂肪酸であるパルミチン酸と、炭素鎖18不飽
和脂肪酸のオレイン酸、リノール酸が主であった。これは、植物油脂の中で最も生産されているパーム油
脂に近い組成であった。
TGの蓄積量を制御している要因を探るために、TG合成系遺伝子について−S、−N、−Pにおける半定量的
PCR解析を行った。TGはグリセロール骨格に三分子のアシル基転移することで合成される。律速すると考
えられているのは三つ目のアシル基をdiacylglycerol (DG1))に転移する酵素diacylglycerol acyltranferase
(DGAT)であり、様々な生物で2タイプのDGATが報告されている。それぞれDGAT type 1 (DGAT1)とDGAT
type 2 (DGAT2、クラミドモナスではDGTTとされる)である。酵母と陸上植物であるシロイヌナズナの当該
タンパク質をもとに探索を行い、クラミドモナスでは1種のDGAT1と5種のDGTTを得た。いずれも他生物で
報告されたモチーフ配列を含んでいた。DGTTに関して、系統樹を作成すると、酵母型、陸上植物型、クラ
ミドモナス特異型の3グループに分けられ、それぞれDGTT1、DGTT4、DGTT2,3,5が属していた。遺伝子発
現解析においては、以上に加え、DGまでのアシル機転移酵素をコードする遺伝子についても解析を行った。
結果として、DGAT1ではなく、DGTTsで−S、−N条件下、転写産物量の増加が確認され、TG蓄積はDGTTs
の遺伝子発現を伴っていると考えられた。しかし、DGTTsの転写産物量から見た発現レベルは、−Nでは−S
条件下より低く、TGの蓄積程度が−N欠乏条件下で最も高い結果であったことと一致していなかった。これ
は、TG蓄積にはDGTTの発現上昇を伴うが、必ずしもその発現レベルがTG蓄積量を決定しないことを示唆
している。
TGの蓄積メカニズムについて理解を深めるために、阻害剤や変異株を用いて解析を行った。−S条件下、
核コードのタンパク質翻訳阻害剤であるシクロヘキシミド(CHI)、新規脂肪酸合成を阻害するセルレニン、
光合成阻害剤のDCMUをそれぞれ添加したところ、いずれの場合もTG蓄積が抑制された。このことから、
TG蓄積にはタンパク質と脂肪酸の新規合成が必要であり、光合成で得られたエネルギーが利用されると考
えられた。また、TG蓄積を引き起こす要因の一つとして、タンパク質合成に着目した。TGの主な役割はエ
ネルギー、あるいは炭素貯蔵である。硫黄や窒素はタンパク質に必須な元素であることから、それらの欠
乏がタンパク質合成を抑制し、その結果、光合成で得られる固定炭素や化学エネルギーが、TG合成の促進
に利用された可能性がある。この考えを検証するために以下の実験を行った。アルギニン要求性変異株(Δ
arg9)をアルギニン非存在下(−ARG)で24時間培養すると、タンパク質がほとんど合成されなかった。この結
果は、野生株を−S、−N条件下で培養した場合と同様であった。しかも、Δarg9では、総脂質に対するTGの
割合が3.8倍に増加した。しかし、アルギニンを加えることでTGの割合は低下した。一方、通常生育条件下
でも、野生株ではタンパク質合成阻害剤であるCHIを添加することで、TGが含まれる油滴と、貯蔵物質で
あるデンプンの増加が、顕微鏡観察にて確認された。以上の結果から、タンパク質合成を阻害することで
TGを含む炭素貯蔵物質が蓄積することが示された。窒素は全てのアミノ酸に必須であるが、硫黄はメチオ
ニンやシステインに含まれるのみである。これが−N条件と−S条件におけるTG蓄積の差を示した要因の一つ
である可能性がある。
次に、S欠乏条件下のTG蓄積に対して、TG合成系の遺伝子発現制御が関与する可能性を調べた。クラミ
ドモナスでは、−S応答を制御する因子であるSAC (Sulfur Acclimation)が知られており、SAC1とSNRK2.2につ
いて、破壊株が得られている。これらを用いて−S応答とTG蓄積の関連性について解析した。SAC1はNa+/SO42トランスポーターと類似した膜タンパク質であり、硫酸硫黄濃度センサーではないかと考えられている。
−S条件下では、多くの遺伝子の転写が促進されるが、SAC1欠損変異株(Δsac1)ではそれが抑制される。
SNRK2.2は以前、SAC3として報告されていたもので、セリン/スレオニンキナーゼと考えられている。SNRK2.2
破壊株(Δsnrk2.2)は、−S条件下で活性が見られるalkaline sulfurtaseが、通常生育条件下でも示される表現型
を持つ株として特徴的である。全脂質に対するTG量は、Δsac1では29.7 mole%と野生株より低く、逆にΔ
snrk2.2では57.9 mole%と野生株より高かった。遺伝子発現解析を行うと、DGTTsのmRNAレベルはΔsac1で
は野生株に比べ低かったが、Δsnrk2.2ではより高かった。以上の結果から、DGTTsの発現制御に関して、
SAC1とSNRK2.2がそれぞれ正、及び負の制御因子である、つまりDGTTsがSACの制御下にあることが示唆さ
れた。さらに、DGTTsの発現の程度に依存して、総脂質あたりのTGの割合に差が生じると考えられた。一
方で、SAC制御による−S応答の一環としてDGTTsの発現上昇が見られたことから、TGが細胞のストレス耐
性に寄与している可能性がある。例えば細胞内の過剰なエネルギーの受容体であることが挙げられる。脂
肪酸の不飽和化は、還元力(NADPH)の消費を伴う。本研究では、TGが量的に増大するだけでなく、その構
成脂肪酸の不飽和度が時間経過とともに高まることが見出された。同様に、余剰なエネルギーを消費する
ために、不飽和度を上昇させる可能性が、膜脂質における解析で示唆されている。
さらに、緑藻の利用技術の点から以下の解析を行った。藻類の大量培養における課題の一つに水がある。
大量の水の維持、制御、除去にコストがかかる。改善案として、当研究室では藻類の固層上培養を試みて
いる。気層培養における細胞の挙動を理解するために、ガラスフィルター上でクラミドモナスを培養した
ところ、乾燥重量の増加が確認された。さらに、これらの細胞でTGが蓄積していた。Regular Air Drying (RAD)
ストレスと名付けたこの培養条件下では、細胞に栄養塩欠乏と脱水の複合ストレスが作用していると考え
られたが、クラミドモナスではRAD感受性が高く、細胞が死滅しているのが確認された。なお、クロレラ
では、同条件でも一定の生育を示し、高いTGの蓄積が当研究室で確認されている。一方、クロレラでも−S
条件下、TGを蓄積させることが示された。総脂質あたりの蓄積程度は、クラミドモナスと同等の43.5%であ
ったが、クロレラは−S条件下でも、クラミドモナスの十分栄養条件よりも生育していた。そのため、最終
的な培養液量当たりのTG合成量はクラミドモナスの3倍以上であった。さらに、クロレラに含まれるTGに
おいて、培養温度を30℃から20℃に変えることで多価不飽和脂肪酸が増加した。多価不飽和脂肪酸は産物
としての付加価値が高く、温度制御によってTGの品質をコントロールできる可能性が示唆された。以上か
ら、固層培養におけるユニークな培養法でもクラミドモナスが生育し、TGを蓄積することと、クロレラの
生育に関して、その栄養欠乏に対する耐性とそれに伴う高いTG生産能、さらには 脂肪酸組成が出来ること
について明らかにした。
【総括】
硫黄、窒素、リン欠乏条件下におけるTG蓄積を示し、それらの量的な差が遺伝子発現、炭素流量によっ
て生じることが考えられた。また、TGが、ストレス条件下において過剰なエネルギーを受けることで、細
胞を保護する役割を持つ可能性について示唆した。さらに、DGTTs はSACによる制御を受けており、TG蓄
積と硫黄欠乏応答との関連性があることが明らかとなった。以上から、本研究は藻類がストレス条件下に
おいてTGを蓄積させる機構を解析し、ストレス応答の一つとして脂質変動が生じることを示した。また、
培養が容易な緑藻でも物質生産に利用できる可能性が明らかとなった。
【研究成果】
• Shiratake, T*., Sato, A*., Minoda, AM., Tsuzuki, M., Sato, N. (2013). Air-Drying of Cells, the Novel Conditions
for Stimulated Synthesis of Triacylglycerol in a Green Alga, Chlorella kessleri. PLOS ONE, 8 (11). *equal
contribution
【その他の発表論文】
• Mizuno, Y., Sato, A., Watanabe, K., Hirata, A., Takeshita, T., Ota, S., Sato, N,. Z, Vilem., Tsuzuki, M., Kawano, S.
(2013). Sequential accumulation of starch and lipid induced by sulfur deficiency in Chlorella and
Parachlorella species. Bioresource technology, 129, 150–5.
1)
学位論文提出時は、
“TAG”及び“DAG”と省略していたが、省略法に関して今後の統一を図るため、ここでの公
表に際し”TG”及び”DG”の省略形に変更した。
(学位取得者の所属研究室責任者)
審査の結果の要旨
申請者は、大学院の初期(修士課程)の段階で、水界生態系の一次生産者である植物プランクトンがイ
オウ(S)欠乏により、貯蔵脂質のトリアシルグリセロール(TG)を増加させることを見出し、詳細な解析を
加えて本博士論文を提出した。具体的には、単細胞緑藻クラミドモナスを用い、培養液中の栄養塩の影響、
特に S 欠乏条件を中心にした TG 蓄積についての研究である。その内容はまず、膜脂質の解析の研究を進め
る過程で、S欠乏により TG が蓄積されることを見出した。この発見当時は、まだ世界で報告がない段階で
あった。申請者は次に、窒素(N)欠乏とリン(P)欠乏条件の場合とで比較解析を行い、S 欠乏条件では
総脂質あたり最大 40%まで達すること、N欠乏条件下でも蓄積するが、P欠乏条件下ではほとんど蓄積しな
いことを示した。また、TG の脂肪酸は、パーム油脂と成分が近く、炭素鎖 16 の飽和脂肪酸であるパルミチ
ン酸と、炭素鎖 18 不飽和脂肪酸のオレイン酸、リノール酸が主であることも示した。
さらに、TG 合成に関わる酵素 diacylglycerol acyltranferase の遺伝子を見出し、系統解析より、クラ
ミドモナスでは type1(DGAT1)と 4 つの type2(DGTTs)遺伝子の 2 種、及びクラミドモナス特異的なもの
の 3 グループあることを明らかにした。半定量的 PCR により、S欠乏条件下で、ほとんどすべての DGTTs
の転写産物量が増加し、DGAT1 の発現は変動がほとんど見られなかった。また、N欠乏条件では、ともに発
現レベルが低かったことから、S欠乏による TG の蓄積の主要な原因が DGTT の発現増加によることを見出
した。なお、DGTT の基質であるジアシルグリセロールまでの合成系遺伝子についても解析し、S欠乏、N
欠乏の両条件で発現量が増加することも示した。
アルギニン要求変異株やタンパク合成阻害剤の結果から、TG 蓄積がタンパク質合成の抑制に伴う細胞内
の炭素の流れに関係深いことも明らかにした。
クラミドモナスでは、S 欠乏応答として、alkaline sulfatase の誘導が知られており、その誘導に関与
する SAC1 因子と SNRK2.2 因子の欠損変異株(Δsac1、Δsnrk2.2)が得られている。これらを用いて S 欠乏
応答と TG 蓄積の関連性について解析し、Δsac1 では DGTTs の mRNA レベルの促進が抑えられ、Δsnrk2.2
では野生株より DGTTs が多く発現していることを見出した。また、TG 量も Δsac1 では低下し、Δsnrk2.2
では増加が見られた。これらの結果から、DGTTs の発現制御が SAC の制御下にあり、SAC1 と SNRK2.2 がそ
れぞれ正、及び負の制御因子であると結論づけた。また、TG の不飽和度は時間経過によって増加していた
ことから、余剰なエネルギーを消費するために、不飽和度を上昇させる可能性も示した。
本申請論文、公開の口頭発表、及び一般知識を含む公開と非公開の質疑応答の結果から、本博士学位論
文は合格の基準を十分満たしていると評価した。