国連を中心とした「人道支援体制の改革」の動きについて

国連を中心とした「人道支援体制の改革」の動きについて
2014年1月
緊急・人道支援課
近年、自然災害、紛争などの人道支援を必要とする危機的な状況(人道危機)は複雑化・
長期化するなど多様性を増す一方です。緊急支援・人道支援を取り巻く環境も支援のニー
ズや形態、アクターが多様化するなど急速に変化・発展してきています。こうした中で、
国連を中心とした人道支援体制は、この20年で大きく進化・発展を遂げました。我が国
も、こうした人道支援を巡る環境の変化を受け、2011年に「我が国の人道支援政策」
を発表し、基本方針を纏めました。
現在、国連は、より迅速で効率的、効果的かつアカウンタビリティーが確保された人道
支援の実施に向け、
「人道支援体制の改革(Transformative Agenda: TA)」を推進しており、
最近では人道支援の現場レベルでもその実践をはじめています。今回は、その「人道支援
体制の改革(TA)
」の取り組みについてご紹介します。
1.背景・経緯
1991年、湾岸危機に際してクルド難民の人道危機が生じ、人道支援における調整の
重要性を国際社会が認識したことを契機に、国連総会において緊急・人道支援に係る総会
決議 46/182 が採択されました。この決議では、緊急・人道支援の原則である人道性・中立
性・公平性の3原則、被災国政府の主権尊重、要請主義等の原則や、切れ目のない支援、
災害事前準備、早期警戒の重要性等が確認された他、現在の国連を中心とした人道支援体
制の基盤や迅速な支援を可能とする資金調達制度等が成立しました。
先ず、同決議に基づき、国連事務局内で様々なアクター間の人道支援調整を行う人道問
題局(DHA)
(現在の人道問題調整部(OCHA)の前身組織)が立ちあげられました。その
代表となる人道問題担当国連事務次長は、緊急援助調整官(ERC)を兼務し、UNHCR や
UNICEF、赤十字、国際 NGO 連合等の人道支援機関で構成される機関間常設委員会
(Inter-Agency Standing Committee: IASC)の議長を務め、DHA(現在では OCHA)が
その事務局的機能を果たします。また、迅速かつ効率的に人道支援資金を集めるために、
国連人道統一アピール・プロセス(Consolidated Appeals Process: CAP)を導入した他、
人道支援のプール基金等の導入が定められました。
さらにその後、人道支援調整の動きは、国連本部のみならず現場においても実践され、
各支援現場で、国連機関等を調整しリーダーシップを執る国連人道調整官(HC)が任命さ
れ、また、人道支援機関で構成される人道カントリー・チーム(HCT)が作られました。
1990年代、我が国からも、人道支援体制の基盤強化の中心を務める人道問題担当事務
次長(OCHA 代表兼 ERC 兼 IASC 議長)に、明石康氏や大島賢三氏などが就任し、こうし
た国連を中心とする人道支援体制の発展に寄与しました。
国連の人道支援体制(本部レベル)
国連の人道支援体制(現場レベル)
緊急援助調整官(人道問題担当国連事務次長)
(IASC議長)
Emergency Relief Coordinator (ERC)/Under-secretaryGeneral for Humanitarian Affairs (OCHA)
国連常駐調整官/国連人道調整官
UN Resident Coordinator/ Humanitarian Coordinator
(RC/HC)
ヴェリエ・エイモス緊急援助調整官
国連カントリー・チーム/人道カントリー・チーム
UN Country Team / Humanitarian Country Team (HCT)
人道機関間常任委員会
Inter-Agency Standing Committee (IASC)
IASC事務局
在NY
・・・etc.
在ジュネーブ
在ローマ
・・・etc.
NGO連合
NGOs
Observers
・・・etc.
・・・etc.
・・・etc.
2
1
2005年、スマトラ沖大地震・インド洋津波が発生すると、国連は、より効果的な人
道支援体制の見直しを迫られました。先ずは、より迅速に人道支援プール基金を活用でき
るよう、緊急事態対応や忘れられた人道危機に迅速に対応できる中央緊急対応基金(CERF)
を設置した他、スーダンやソマリア、コンゴ(民)等に国別の人道支援プール基金(CHF)
を設置したり、NGO 等にも支援できる既存の国別の緊急救援基金(ERF)を改良したりし
ました。また、例えば、水・衛生分野は UNICEF、食糧分野は WFP と FAO、保護分野は
UNHCR など、分野毎に主導機関を決め、その機関を中心として支援事業に重複や不足の
ないよう、当事国政府や NGO を含めて支援調整を行うクラスター制度も導入しました。
中央緊急救援基金(CERF)
国連統一アピール・プロセス(CAP)
対象国
クラスター毎の
プロジェクト・リスト
南スーダン
UNFPA
スーダン
UN-HABITAT
シリア
UNHCR
ケニア
UNICEF
イエメン
マリ
UNIFEM
チャド
UNMAS
ニジェール
WHO
アフガニスタン
WFP
パレスチナ
NGOs
…etc.
UNAIDS
…etc.
7月:中間レビュー発出
緊急対応及び
忘れられた危機
ドナー
ソマリア
UNDP
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英国(94M)
スウェーデン(74M)
ノルウェー(67M)
蘭(54M)
加(41M)
西(20M)
ベルギー(17M)
独(16M)
豪(13M)
フィンランド(9M)
米国(6M)
(2012年10月現在の支援先)
2011年
総額465.5百万ドル
日本(3M)
韓国(3M)
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9
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南スーダン(40M)
シリア(36M)
パキスタン(36M)
コンゴ民(31M)
ニジェール(24M)
イエメン(23M)
スーダン(17M)
ブルキナファソ(14M)
エチオピア(14M)
マリ(14M)
・
・
・
6
しかし、2010年、ハイチ大地震とパキスタン洪水が発生すると、国際緊急援助活動
が大規模に行われましたが、特にハイチでは、国連自らが被災して緊急対応に遅れが生じ
た他、人道支援機関や NGO のみならず各国の軍が支援に加わったり、壊滅的な被害を受け
たハイチ政府を抜きに国際社会による支援調整が進められたりするなど、現場で混乱が生
じました。こうした緊急災害支援の在り方の反省を踏まえ、同年、人道問題担当国連事務
次長兼国連緊急援助調整官(OCHA 代表)に着任したヴァレリー・エイモス氏(英国出身)
が主導して始めたのが、
「人道支援体制の改革(TA)」です。
人道支援体制の改革(TA)
クラスター制度
分野
主導機関
食糧
WFP/FAO
栄養
UNICEF
保護
UNHCR
教育
UNICEF・
セーブ・ザ・チ
ルドレン
保健
WHO
水・衛生
UNICEF
キャンプ管理
IOM/UNHCR
シェルター
IFRC/UNHCR
輸送
WFP
緊急通信
WFP
早期復興
UNDP
リーダーシップ
・人道調整官の権限強化
・有能な人道調整官の
迅速な派遣体制整備等
調整
アカウンタビリティ
・合同ニーズ調査
・クラスター制度の強化
・戦略的人道支援計画等
・クラスター調整官の
迅速な派遣体制整備等
2 「人道支援体制の改革(TA)」概要
TA では、世界各地で発生する人道危機に際し、国連が迅速に、当事国政府の主導する緊
急対応を支援し、赤十字社や国際 NGO、地元 NGO、時には各国政府の軍や救助チームと
調整して、効率的かつ効果的な支援を行うことを目的としています。これまで、どうして
も主要な国連人道機関は、各国ドナーからの支援を取り合う競合関係にあり、各種の取組
みにもかかわらず、やはり縦割りで個別に独立して活動しがちでした。こうした状況に対
し、TA は、これまで以上に国連が人道調整官のリーダーシップの下、一つのチームとして
活動し、過不足なく支援を調整・役割分担して、当事国政府と共に優先分野に対しより戦
略的に迅速かつ効果的な支援を協働していくことを目指しました。
2011年12月、IASC の年次会合において、議長を務めるエイモス事務次長のイニシ
アティブの下、「人道支援体制の改革(TA)」として、先ず3つの改革優先分野、①人道調
整官を通じたリーダーシップの強化、②クラスター制度を通じた調整能力の強化、③被災
者に対するアカウンタビリティーの確保を定めました。TA では、特に、「レベル3の大規
模緊急事態(注:IASC が規模等に応じ、レベル1~3に認定。)
」が発生した場合、72時
間以内に現場に人道調整官やクラスター調整官を派遣し、分野別に支援調整を迅速にでき
る体制として、機関間即応制度(Inter-Agency Rapid Response Mechanism: IARRM)を
新しく導入しました。また、災害の種類や規模に拘わらず、すべての人道危機に対し、以
下の強化・改革を行っています。
① リーダーシップの強化
現在、人道危機が発生している30カ国以上の国に人道調整官が配置され、UNHCR
や WFP の事務所長等で構成される人道カントリー・チームを率いています。TA では、
先ずはこの人道調整官の権限やサポート体制の強化、迅速に有能な人道調整官を派遣す
るため既存のロスター制度を強化した他、レベル3の大規模緊急事態が発生した場合の
特別なロスター制度を新設しました。
② 調整能力の強化
TA では、既存のクラスター制度を強化し、クラスター毎に機関合同で共同のニーズ
調査や計画策定を行ったり、当事政府の主管省庁や NGO と効率的に活動調整を行う場
としてクラスター会合を開催したりしています。また、大規模緊急事態発生直後に、必
要な訓練を受けた有能なクラスター調整官を速やかに派遣する体制を整えました。
③ アカウンタビリティーの確保/戦略的計画体制
これまで人道支援の現場では、各人道支援機関が個別にニーズ調査を行い、独自の
支援計画や支援要請を策定していました。しかし、TA では、受益者と支援者への説明
責任の重要性に鑑み、当事政府やコミュニティを巻き込んで合同調査を行うほか、デ
ータに基づく支援ニーズと状況分析を行い、戦略的かつ効果的な支援計画を策定し、
効率的な資金計画と調達、支援実施を確保すること等を目指しています。また報告に
ついても、統一報告書の導入等が議論されています。
こうした改革は、南スーダンやチャドなどのパイロット国で試験的に導入された後、2
012年中に、各人道支援機関の中で新たな制度導入や既存の制度整備・強化を行いまし
た。今後、2013年には、より多くの人道支援現場において、TA の実践が計画されてい
ます。
3.国際社会の対応と今後の課題
こうした「人道支援体制の改革(TA)」の取り組みは、脆弱な被災者に、より迅速かつ適
切に支援を届けることを最終的な目的としており、我が国が重視する「人間の安全保障」
の実現に資するほか、人道支援資金の費用対効果や説明責任の向上が期待されます。昨今、
主要ドナー各国は国内で緊縮財政を強いられており、納税者に対しより一層の説明責任が
求められている中、積極的に TA を後押ししています。厳しい財政状況の中、UNICEF や
UNHCR 等の主要ドナーの地位を堅持する我が国も、国連を通じたマルチ人道支援につい
て納税者への説明責任をより一層果たしていく責任があり、欧米ドナーとともに TA の取り
組みを支持・推進し、各機関の取り組みを高く評価しています。
TA は、これまでジュネーブや NY などの各人道支援機関の本部で制度導入整備を行って
きましたが、今後、いかに現場事務所における実践に移していくかが課題です。2013
年1月、体制改革後初めて、シリアの人道危機が IASC によりレベル3の大規模緊急事態
に認定され、人道調整官が新たに任命・派遣された他、IARRM が発動されました。続いて、
同11月にフィリピン台風被害が、同12月には中央アフリカにおける人道危機が、レベ
ル3の大規模緊急事態と宣言されました。新しく導入された制度が、効果的な支援に繋が
るか、現場で試されるのはこれからです。
今後、TA の実践が各国の現場で開始されていく中、現場でご活躍されている皆様からご
意見をいただけましたら幸いです。
(了)