特集 水素エネルギーシステム Vo1 .21,No.1,1996 光合成細菌を用いた下水汚混からの水素生産 H y d r o g e np r o d u c t i o nu s i n gS e w a g es l u d g eb yp h o t o s y n t h e t i cb a c t e r i a 河 杉 忠 昭 T a d a a k ik a w a s u g i (株)クボタ 基盤技術研究所 茨 城 県 竜 ヶ 崎 市 向 陽 台 5- 6 1. は じ め に 水素は、多くの工業分野で基本原料として広く利用されており、地球環境保全 の視点で見れば、 C 0 2を 生 じ る こ と の な い ク リ ー ン な 水 素 生 産 に 関 す る 研 究 開 発 が広く進められている。 一方、微生物を利用した水素の生産に関する試みも光合成細菌や藻類を用いた 基礎的研究が進められているが、実用化には至っていない。 しかしながら、光合成微生物は基本的には太陽光エネルギーを D r i v i n gf o r c e として有機物を水素に変換することが可能であることから、環境浄化の対象であ る有機性廃水や廃棄物を基質として水素を生産することが出来れば環境浄化のた めの負荷を低減することとともに、工業原料としての水素製造のために消費され る化石資源消費をも低減することが可能となる。 本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託研究“環境調和型水素製 造技術研究開発日として現荘進行中のものであり、以下にその一部である光合成 細菌を用いた下水汚泥からの水素製造技術開発の概要を述べる。 2. 有 機 資 源 と し て の 下 水 汚 泥 2. 1 汚 泥 量 と 有 機 物 量 我 国 の 下 水 道 普 及 率 は 5 0 %を 越 え 、 そ れ に と も な っ て 発 生 す る 汚 泥 量 も 年 々 増 加 し 、 平 成 5年 度 の 年 間 汚 泥 発 生 率 は 3億 m3に 達 し て い る 。 1) こ う し た 汚 泥 ( 下 水 汚 泥 ) は 水 分 濃 度 99"-'96%濃 度 の 液 状 ス ラ リ ー で あ る が 、 滅容のため、脱水、乾燥、焼却処理を施した後、埋立処分に付されているが、最 近では、溶融技術も導入され、建設資材への再生利用なども行われている。 平成 を平均 5年 度 に 発 生 し た 下 水 汚 泥 量 304百 万 m3中 の 固 形 分 ( D r ys o l i d )濃 度 2 %と す れ ば 、 汚 泥 固 形 分 量 は 600万 ton/年 と な る o 図 -12) は 、 東 京 都 に 於 け る 汚 泥 量 m (固形分換算したもの)と、汚泥中の 有機物量と無機物量を経年変化で示し l 150 たものである。 a ~ 1 0 0 長 官 g 図 -1に 示 す よ う に 汚 泥 固 形 分 中 に 曹 は お よ そ 8 0 %の 有 機 物 が 含 ま れ て お 一 . , ' ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ . . - l"--...,,.,., . . , ・ " 露 50F : ; : : t バ . . . . ノ . 舵 ,... . . ・ ・ り、汚泥発生量(固形分量)が 600万 t o nで あ る と す れ ば 、 お よ そ 年 間 480万 t o nの 有 機 物 が 有 機 資 源 の 対 象とすることが出来る。 0 ・(:! U ・ 4 8 ¥ . . . . . ' ¥ 5 0 5 2 5 . 5 6 S 8 隼Il(昭和} 図ー 1.東京都区部における汚泥発生量 2) -10- 6 0 62 水素エネルギーシステム Vo1 .21,No.1, 1996 特集 2. 2 下水汚泥の調質 汚泥中や汚泥付着物の物性及び可溶化について、薬剤添加など化学的調質方法 が数多く研究されているが、これらの多くはスラリー状で発生する汚泥を滅容す るための脱水性改善を目的としたもので、有機物の溶出(可溶化)についてみれ ば 3 0 %程度である。 下 水 汚 泥 中 の 有 機 物 の 溶 出 率 を 高 め る 方 法 の 1つ に 加 熱 、 加 圧 に よ る 物 理 的 方 法 がある。熱処理法と称されるこの方法は、本来、汚泥に由来するタンパク物質を 熱変性し脱水性を改善する目的で研究されたものであるが、ここでは、汚泥から の 生 物 資 化 性 有 機 物 の 可 溶 化 を 自 的 と し て 検 討 し た 。 3) 図 -2 に 汚 泥 を 50----2000Cに 加 熱 し た と き の 溶 出 液 ( 熱 処 理 分 離 液 ) の 性 状 を例示する。 7 0 0 0 表-1.栴処理分麗渡の有機酸温度 6 0 0 0 。 5 ∞ 三4000 I ! ! 2 3 ∞日 この結果に晃られるように全糖の溶出が 総じて低いが、有機酸濃度は反応温度の 使 ∞ 2 D 1 0 0 0 。 。 5 0 1 0 0 1 5 0 2 0 0 娘処理温度('C) m 上昇とともに濃度が高くなっている。溶 出液中のアンモニア濃度も向様の傾向を 示 し た 。 表 - 1は 各 反 応 条 件 下 の 溶 出 液 中の各種有機酸濃度を示したものである。 圏一 2. 終処理温度と,ンパク賀、有楓酸及び NH3-Nの 湾 出 表 - 1に 示 す よ う に プ ロ ピ オ ン 酸 、 酪 酸 は熱処理反応温度を高くしても溶出に差 異はないが、酢酸は反応温度に比例して、溶出濃度が上昇している。 これらの結果に示すように原汚泥に対し、熱処理による調質を行うことにより、 汚泥中の生物資化性有機物の溶出の効率を向上させることが出来る。 熱 処 理 に よ る 調 質 は 、 汚 泥 に 対 し 1 5 0,,-, 1 7 00Cの 加 熱 を 行 う た め 、 分 離 液 を 基質として特定微生物を用いた反応に供する場合の殺菌の機能も備えることにな るため、今後、廃棄物等を対象とした生物反応を用いた資源回収システム等には 検討に供することの出来る調質方法として活用できると思われる。 3. 微 生 物 を 用 い た 水 素 生 産 3. 1 水 素 を 生 産 す る 微 生 物 太陽光エネルギーを D r i v i n gf o r c eとして水を直接分解、あるいは、有機物を 分解して水素を生産する機能を有する光合成微生物としては、藍藻と光合成細菌 がよく知られている。 こ の う ち 藍 藻 は 光 エ ネ ル ギ ー を 受 け て 水 を 電 子 供 与 体 と し て H 2と 0 2を 生 産 す る機能を有していることから、生物反応を利用した水素生産を検討する上では今 後も研究の対象になると思われるが、反応速度が極めて低いため、現状では生産 システムに取り入れることは困難と考えられ、一方、光合成細菌は、有機物(有 機 酸 ) を 水 素 と C02に 分 解 す る 機 能 を 有 し 、 か つ 藍 藻 と 比 較 し て 反 応 速 度 が 大 き いことから機能を考慮すれば太陽光エネルギーの導入方法を含む培養方法等に多 くの課題があるとしても、菌の改良・改質をも視野に入れて、今後も研究が進め a 司A 4EA 特集 水素エネルギーシステム V01 .2 , 1 No ., 1 1996 られるものと思われる。 3. 2 光 合 成 細 菌 の 基 質 特 性 光合成細菌は種々の有機酸を電子供与体として水素生産をおこなうが、それぞ れ の 菌 株 が 供 与 さ れ る 有 機 酸 に よ り 水 素 生 産 量 に 差 異 が 生 じ る 。 4菌 株 の 光 合 成 細菌に酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、乳酸をそれぞれ基質とした場合の水 素生産量を比較した事例を以下に示す。 ) 供 試 菌 株 は 次 の 4種である。 5 Rhodobacter sphaeroides, R V Rhodobacter Sphaeroides, S Rhodobacter capaelatus DSM467 Rhodospirilium rubrum, 比 較 実 験 は 3O OCに 保 た れ た 培 養 槽 表 面 で 約 100001x の 照 度 が 与 え ら れ る o l濃 度 (35mM) の 条 件 下 で 行 っ た 。 実 験 に 供 し た 5種 類 の 有 機 酸 は す べ て 同 m o lか ら 生 成 す る 水 素 量 添 加 と し て い る 。 し か し 、 理 論 的 に は そ れ ぞ れ の 有 機 酸 1m は 異 な る の で 、 供 与 し た 有 機 酸 は 、 す べ て 水 素 と C 02に 変 換 す る と 仮 定 す れ ば 、 1mo1の 酢 酸 で は 4m o lの 水 素 が 生 産 さ れ 、 乳 酸 1m o1か ら は 水 素 6m o lが 生 成 さ れ ることになるので、実際に生成した水素量を理論値で除した値を変換効率として 表 示 し 比 較 し た 。 こ の 結 果 を 図 ー 3に 示 す o こ の と き 消 費 さ れ た 有 機 酸 に つ い て 資化率として表示し、図 -4に示した。 , . . . . . . ‘. . c P酸 i I ' 酸 国 .3 蘭重量 吉司[ 1 量 光合成細菌の基質特性 [有揖腫変換効率] 酪厳 乳酸 (2) 国 .4 吉草厳 光合成語薗の義貿特性 乳酪 (4) 情揖量治資本」 これらの結果からみれば酢酸、プロピオン酸を主基質とした場合の水素生産量 は RV株 が す ぐ れ て い る こ と か ら 下 水 汚 泥 な ど 生 活 系 廃 棄 物 を 原 料 と し た 水 素 生 産 シ ス テ ム で は 現 時 点 で は RV株 が 適 し て い る と 思 わ れ る 。 この段階での評価では、供試菌株に対応する至適有機酸濃度には配慮せず、初期 の基質濃度設定は酢酸を基準としているので、各菌株に対する基質特異性を正し く評価するためには至適濃度の他、その他の微量物質の有無などについての検討 が必要である。 3. 3 アンモ二アによる阻害 アンモニアは光合成細菌の水素生成反応を阻害する物質として知られている。 下 水 汚 泥 等 生 活 系 有 機 性 廃 棄 物 に は ア ン モ ニ ア (NH3-N) が 多 量 に 含 ま れ て お り、水素生産システムを構築するには、之の点に配慮する必要がある。 -12- 特集 水素エネルギーシステム Vo1 .2 , 1 No.1, 1996 図 -5は 光 合 成 細 菌 に 対 す る N H 3 - N に よる水素生産阻害の影響を示したものである。 実験に供試したいずれの光合成細菌もアン 珊 E 制 澗 ; モニア濃度 4 . . . . . . 5 m Mで 水 素 生 成 は 阻 害 さ れ ミ ている。下水汚泥を熱処理したときに得られ る 脱 離 液 中 の ア ン モ ニ ア 濃 度 は 約 2 0. . .3 0 :100 前 盟 m Mで あ る た め 実 用 に 供 す る 場 合 は 調 質 段 階 でアンモ二ア除去を考慮しておくことが必要 である。 3. 4 アンモエアS加温度 [ 1 1 1 1 国 . 5 光合成細菌の水寮生成におけるアンモニア温度の11<. 光照射条件 3 0 0 光 合 成 細 菌 RV株 を 用 い た 光 照 射 強 度 の 異 な 内唱u nJu nvn E - ﹃回] ・ リ {主¥﹃園}組問蛍釧核科 nunu n d-- R V株 で は 光 照 射 量 を 上 げ る に 従 っ て 水 素 生 100001xを 越 え る 産速度も大きくなるが、 51-gu¥ { 目 白2 嗣笹川m w m v喰 る 条 件 下 で の 水 素 生 産 量 の 経 時 変 化 例 を 図 ー 65) に示す。 ー・ー水車生成速度 とエネルギーのオーバーフローにより水素生産 機能が失活することを示しており、供試菌株や その培養条件と併せて至適照射条件の検討が実 用化への大きな課題である。 3, 0 0 0 7, 0 0 0 1 0, 0 0 0 2 0, 0 0 0 照 度 (h :] 図・ 6 RV 綜の照度別水素生成能の比較 4. 下 水 汚 泥 を 用 い た 光 合 成 細 菌 に よ る 水 素 生 産 4. 1 水 素 生 産 シ ス テ ム 光合成細菌を用いた水素生産システムは供試菌株、供試原料、生産場所の立地 条 件 等 に よ っ て も 異 な る が 、 下 水 汚 泥 を 用 い た 場 合 、 図 - 7に 示 す シ ス テ ム フ ロ ーをイメージしている。すなわち、汚泥は調質(可溶化、アンモニア除去)の後、 光エネルギーを導入した培養槽によって、水素と二酸化炭素を生産する。培養槽 からの流出水は固液分離され、分離液は水処理工程へ送る。ここで回収された菌 体等は副生産物として別途利用する。このシステムの工程に供される個々の諸元 の確立をめざして現在検討中であるが、実用化に近づくためには優れた特性を有 する菌株の研究開発も含めた検討が必要である。 . . . . 1 . .二二一一一ー一一……一一一一一一一一一一一一一_., ~IDewatering ト~山a伽| 国-7 下水汚濯を用いた光合成細菌による光水素生産の総合システムフローシート -13 特集 水素エネルギーシステム Vo1 .2 1, No., l 1996 4. 2 リアクタ一 光エネルギ一導入のため、受光面を 大きくすることの出来る水深の浅い平 盤タイプが一般的ではあるが、設置す る土地の有効利用を考慮した内部照射 型 も 考 え ら れ る 。 写 真 - 1に は 、 内 部 照射リアクターのモデルを示す。 これらはスケールアップした場合、 光エネルギーをいかに円滑かつ効率よ く導入できるかがポイントであり、培 養条件と併せた検討が課題である。 写真一 1 4. 3 光合成細菌 内部照射型リアクター RV株 を 用 い た H2生 産 図 -8 に 光 合 成 細 菌 R V 株 を 用 い 、 下 水 ・ 52 輔 副 'MR ・ } 園 町 制 MmuR 22-ν o c 汚 泥 を 15 0 加 熱 処 理 し て 得 た 熱 処 理 脱 離液を基質とした場合の水素生産成績を示 す。 ここでは、基礎実験に供試した人工培地 +処処理-・ + 人 工 鰻 星J IU (模擬廃水)と対比しているが、熱処理調 質によって得た基質の成績との差はないこ と か ら 、 下 水 汚 泥 の 熱 処 理 調 質 液 は RV株 4 1 2 1 " I t 培.時間 I h ) 図 .8 ¥ 1 1 を用いたときの培地として利用できること が示唆された。 n .'PhuroIitl IV橡による水素生産 0 . 1 3. 0 自. 5 2 . 1 a--a-a aMau--W 倒情園町制 aRU胃 A S F . n p s h s 4己 2 . 0 t S 3 1 . 0 o .唱 0. 1 ' 。 . 0 0 . 0 10 30 20 ・ ・ . a 鎗費量目徹 U V1 園9 . 檀蟹廃水を用いた遭鑓水素生産 " 10 噌Eム AU1 水素エネルギーシステム Vo1 .21,No.1, 1996 特集 図 - 9は 模 擬 廃 水 に よ る 連 続 生 産 テ ス ト の 成 績 で あ る が 、 長 期 に わ た っ て 安 定 した成績が得られていることから、現在、熱処理調質液による連続生産テストが 進 行 中 で あ る 。 単 純 に こ れ ま で の 成 績 か ら 下 水 汚 泥 ( 濃 度 3%) 1m 3あ た り の 水 素 の 生 産 量 を 算 出 す れ ば 2.25m の 値 が 得 ら れ る 。 こ の 値 を 年 間 に 発 生 す る 3 3 3億 m の 汚 泥 ( 固 形 分 濃 度 2% ) に 拡 げ る と 4億 m の 水 素 が 得 ら れ る こ と に な る。しかし、これらの連続生産テストに供しているリアクタ一規模は有効容量 10 し と 小 さ く 、 実 用 化 の た め に は ス ケ ー ル ア ッ プ し た 場 合 の 光 エ ネ ル ギ ー 導 入 方法なども含め未だ多くの課題を有している。 3 おわりに 光合成微生物を利用して水素を生産する試みはこれまで基礎的研究レベルでは 試みられてきたが、光合成細菌を利用し、有機系廃棄物、廃水を基質として水素 を生産する試みは、これまでの基礎研究の上でようやく始まろうとしている段階 で あ る 。 我 国 の 下 水 汚 泥 だ け に つ い て み て も 年 間 お よ そ 480万 t on の 有 機 物 が 発生している。 こ れ ら の 汚 泥 を 水 素 エ ネ ル ギ ー に 変 換 す る こ と が 出 来 れ ば 、 お よ そ 4億 m 3/年 の水素が製造できると推定され、地球環境保全の見地からも実現に向けての研究 開発が期待される。 参 考 文 献 1. 下 水 道 統 計 要 覧 ( 平 成 5年 度 版 ) (1995) ( 社 ) 日 本 下 水 道 協 会 2. 船 越 泰 司 ら ; 第 27田 下 水 道 研 究 発 表 会 講 演 集 p447---449 (1990) 3. 平 成 3年 度 地 球 環 境 産 業 技 術 研 究 開 発 事 業 新 エ ネ ル ギ ー ・ 産 業 技 術 総 合 開 発機構委託 環境調和型水素製造技術研究開発 成果報告書 (財)地球環 境 産 業 技 術 研 究 機 構 (1992) 4. ( 財 ) バ イ オ イ ン ダ ス ト リ ー 協 会 ; 農 林 産 廃 棄 物 及 び 有 機 性 廃 水 か ら の 新 燃 料 油 生 産 シ ス テ ム に 関 す る 調 査 p187 (1989) 5. 平 成 3年 度 地 球 環 境 産 業 技 術 研 究 開 発 事 業 新エネルギー・産業技術総合開 発機構委託 環境調和型水素製造技術研究開発 成果報告書 (財)地球環 境 産 業 技 術 研 究 機 構 p233---239 (1995) -15-
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