PPレポート H26 - プルータスコンサルティング

From Independent Valuation to Customized Solutions
PLUTUS+ MEMBER’S REPORT
No.57
日米のデータを用いた相対リスク比率モデルの検証
December 29, 2014
明 石 正 道
1. はじめに
本シリーズでは、平成 25 年 10 月に発表した No.44 以降三回にわたり、「海外企業に
おける資本コストの推計」と題して、海外企業の株主資本コストの推計手法を紹介して
きました。本稿では、No.46 で紹介した相対リスク比率モデルの妥当性につき、日米両
国の市場データを用いた検証を行います。
2. 相対リスク比率モデルとは
No.46 で紹介した相対リスク比率モデルの概要は以下の通りです。
2. 1 概要
相対リスク比率モデルにおいては、株主資本コストが次式で示されます。
ROEi = R local
+ β ilocal ×
f
σ local
global
× E (Rmglobal ) − R f
σ global
[
]
ROEi: 企業 i の株主資本コスト
Rflocal : 対象国におけるリスクフリーレート
βilocal: 対象国の市場を基準とした企業 i のリスク感応度
σlocal / σglobal: 対象国の市場とグローバル市場のボラティリティの比
E(Rmglobal)-Rfglobal: グローバル市場のマーケット・リスクプレミアム
この式は、ある国・地域のマーケット・リスクプレミアムが、グローバル市場のマ
ーケット・リスクプレミアムを基準として、当該国・地域の市場とグローバル市場の
市場インデックスのボラティリティ、すなわちリスクの相対比に応じて変動すること
を前提にしています。たとえば、対象国の市場とグローバル市場の市場インデックス
のボラティリティがそれぞれ 40%と 20%であり、グローバル市場のマーケット・リス
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クプレミアムが 5%であったとすると、対象国のマーケット・リスクプレミアムは 10%
となります。
2. 2 相対リスク比率モデルの意義
相対リスク比率モデルの意義
グローバル市場のマーケット・リスクプレミアムを、当該市場を基準とした各国市
場のボラティリティの相対比、すなわち相対リスク比率で調整することにより求める
のは、各国のマーケット・リスクプレミアムを直接算出するのが難しいからです。
すなわち、株主資本コストの推計モデルとして資本資産評価モデル(CAPM)を前提と
した場合、マーケット・リスクプレミアムには十分に分散された市場ポートフォリオ
の超過収益率を用いる必要があります。しかしながら、日本、米国、英国などごく一
部の市場を除き、各国の株式市場は十分に分散されていないため、マーケット・リス
クプレミアムの前提となる市場ポートフォリオの条件を満たしていません。また、長
期にわたる時系列データが蓄積されていないことも、各国の市場のデータに依拠する
のが難しい理由の一つです。
この点、相対リスク比率モデルを用いることにより、グローバルな市場のリスクプ
レミアムと、比較的短期間にわたる株価指数のボラティリティが判明すれば、あらゆ
る国・地域のマーケット・リスクプレミアムを算出できるという点で、各国の市場デ
ータの入手の困難性という問題を解消するだけでなく、簡明性にも優れています。
3. 相対リスク比率モデルの検証
相対リスク比率モデルは、分かりやすく汎用性の高い手法ですが、現実にはどの程度
有効なのでしょうか。以下では、日米両国の市場データを用いて検証します。
具体的には、米国をグローバル市場、日本をローカル市場とみなして相対リスク比率
モデルを適用し、推計されたマーケット・リスクプレミアムと実際のマーケット・リス
クプレミアムを比較することにより、相対リスク比率モデルによる推計結果が実態に合
致しているかどうかを確かめてみます。
3. 1 前提とするデータ
相対リスク比率モデルによりある国のマーケット・リスクプレミアムを推計するに
は、グローバル市場及び当該国の市場のボラティリティと、グローバル市場のマーケ
ット・リスクプレミアムが必要となります。また、これらのデータに基づく推計結果
の妥当性を検証するため、実際のマーケット・リスクプレミアムのデータも必要とな
ります。
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3. 1. 1 各国市場のボラティリティ
ボラティリティの算出にあたり、グローバル市場である米国市場については S&P500
を、ローカル市場である日本市場については TOPIX を用います。
株価指数の変動を観察する期間については、短期的な変動要因を平準化する観点か
らは長くとるべきですが、あまりに長すぎると、異なる環境下のデータを通算する不
合理な結果となるため、一般には数年程度が採用されます。ここでは過去 5 年間のデ
ータを用い、観察の周期は月次とします。
3. 1. 2 各国市場のリスクプレミアム
グローバル市場のリスクプレミアムには、Ibbotson Associates の集計による米国市場
のデータを用います。推計結果と対比される日本市場のリスクプレミアムについては、
プルータス・コンサルティングが集計しているデータを用います。
プルータス・コンサルティングでは、過去の長期間にわたるデータを平均するヒス
トリカル手法に加え、現在の市場株価と企業の予想利益の関係から逆算するインプラ
イド手法に基づくマーケット・リスクプレミアムを集計していますが、Ibbotson
Associates が集計している米国市場のリスクプレミアムはヒストリカル手法に基づいて
いることから、本稿では同様の手法に基づく日本市場のリスクプレミアムを用いるこ
とにします。
ヒストリカル手法の適用にあたっては、過去何年間のデータを平均するかが問題と
なります。本稿では、マーケット・リスクプレミアムが長期的には平均回帰的であり、
したがって可能な限り長期間のデータを平均すべきとの立場1に基づき、米国市場につ
いても日本市場についても、それぞれ観察可能な最長期間にわたるデータの平均値を
採用します。
3. 2 推計結果
表は、
平成 17 年から本年までの各年における TOPIX 及び S&P500 のボラティリティ、
それらの相対比、各年における日米両国のマーケット・リスクプレミアムを示したも
のです。ボラティリティは、原則として毎年 12 月末から遡る 60 ヶ月分のデータに基
づき算出しましたが、平成 26 年に限り、11 月から遡る 59 ヶ月のデータに基づいてい
ます。
1
本シリーズ No.39「インプライド・リスクプレミアムとヒストリカル・リスクプレミアム
の関係に関する一考察」では、株式市場の実勢を反映する手法としてはインプライド・リ
スクプレミアムが、長期的な傾向を反映するにはヒストリカル・リスクプレミアムが適し
ているものと位置付け、ヒストリカル・リスクプレミアムの算出にあたっては、可能な限
り長期間のデータを参照すべきとの立場をとっています。
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<表 相対リスク比率モデルによるマーケット・リスクプレミアムの推計>
TOPIX
S&P500
相対
米国 MRP
日本 MRP
日本 MRP
ボラティリティ
ボラティリティ
リスク比率
実績値
推計値
実績値
起算日
差
2014/11/28
17.88%
13.09%
1.366
6.96%
9.51%
8.86%
7.33%
2013/12/31
18.93%
15.81%
1.197
6.70%
8.02%
8.86%
-9.46%
2012/12/31
21.67%
19.04%
1.138
6.62%
7.54%
8.13%
-7.31%
2011/12/30
19.57%
18.88%
1.036
6.72%
6.96%
7.94%
-12.31%
2010/12/31
19.61%
17.82%
1.100
6.67%
7.34%
8.34%
-12.02%
2009/12/31
19.53%
16.05%
1.217
6.47%
7.88%
8.50%
-7.30%
2008/12/31
18.60%
12.86%
1.446
7.06%
10.20%
8.52%
19.76%
2007/12/31
13.53%
8.61%
1.572
7.14%
11.22%
9.41%
19.21%
2006/12/29
14.91%
12.40%
1.202
7.09%
8.52%
9.80%
-13.06%
2005/12/30
16.06%
14.94%
1.075
7.17%
7.71%
9.97%
-22.68%
①
②
算式
③=①÷②
④
平均
⑤=③×④
8.49%
⑥
8.83%
⑦=⑥÷⑥-1
-3.78%
我が国のマーケット・リスクプレミアムについて、相対リスク比率モデルによる推
計値(表中の⑤)と実績値(表中の⑥)を比較すると、最大で 20%以上の誤差が出ています。
よって、ある程度信頼しうるデータが存在する我が国の市場においては、米国市場の
マーケット・リスクプレミアムと相対リスク比率から推計するよりも、自国のデータ
を直接用いた方が適切のようにも思われます。このような観点からは、相対リスク比
率モデルは自国の市場データに依拠できない場合の簡便的な方法と位置づけた方がよ
さそうです。
ただし、各年のマーケット・リスクプレミアムの推計値と実績値を単純平均すると、
それぞれ 8.49%と 8.83%になり、誤差の平均値も-3.78%にとどまることから、少なくと
も中長期的には、相対リスク比率モデルによって実際のマーケット・リスクプレミア
ムを一定程度近似できる可能性があります。すなわち、過去一定期間の相対リスク比
率の平均値を適用し、短期的な変動の影響を除外した中長期的な傾向値を求めること
が、各国のマーケット・リスクプレミアムをより適切に推計するための手法の一つに
なり得るということです。次回以降のレポートでは、アジア各国のデータを用い、そ
のような可能性を模索していきます。
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