- 1 - 講義「法学特殊講義2A(財政法A)」資料 Nr. 3 2014 年5月 29 日

講義「法学特殊講義2A(財政法A)」資料 Nr. 3
2014 年5月 29 日
担当:森
稔樹(法学部教授)
Ⅲ.国家予算
1.予算とは何か
日本国憲法 予算案と予算とを区別していない。
予算:国の一会計年度における収入(歳入)および支出(歳出)を見積もったものであ
り、歳入および歳出を系統的に、かつ計数的に表示した計画をいう。
●財政法第2条による、収入、支出、歳入および歳出の定義
収入:
「国の各般の需要を充たすための支払の財源となるべき現金の収納」であり(第1
項前段)、「他の財産の処分又は新らたな債務の負担により生ずるものをも」含む(第2項
前段)。現金=租税、課徴金、国債など。
支出:
「国の各般の需要を充たすための現金の支払」であり(第1項後段)、
「他の財産の
取得又は債務の減少を生ずるものをも」含む(第2項後段)。
〔収入および支出については第3項も参照。〕
歳入:「一会計年度における一切の収入をい」う(第4項)。
歳出:「一会計年度における一切の支出をいう」(同項)。
●予算は、内閣がその執行になすに際して国会から権限を付与されるために必要なもの
であり、国(より厳密には内閣)が各国家機関に、予定されている歳出金額の範囲内にお
いて支出を行う権限を付与するために必要なものである。
●予算は、予算総則、歳入歳出予算1、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為から
構成されるものと定義される(財政法第 16 条)。
2.予算の効力など
予算(案)の提出権限:内閣
予算の成立要件および効力要件:国会の議決。
予算の性格:基本的に国民の権利や自由に直接的な影響を与えるものではない。また、
国会は、予算により、内閣に執行権限を与えるので、予算は、国会と内閣との間において
効力を発生し、内閣を通じて国家機関を拘束するものである。
歳出予算の効力:
①各国家機関は、予定されている歳出金額の範囲内において支出を行う権限を付与され、
かつ、その範囲内において支出することを義務づけられる(財政法第 31 条を参照)。
②仮に歳出金額の範囲内であっても、予算の各項目に定める目的以外のもののために支
出することは禁じられる(同第 32 条)。
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第 24 条により、予備費も含めることができる。
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③省庁の各部局等について定められた金額や経費の金額については、原則として各部局
間または各項間にて移用をなすことができない(同第 33 条を参照)。
④予備費が認められている場合であっても、それを実際に使用するためには、国会の議
決または承諾などを必要とする(同第 36 条)。
歳入予算の効力:見積もりにすぎないので、法的な効力はない。但し、公債の発行につ
いては歳出予算と同様に考えるべきであろう(同第2条も参照)。
3.国家の予算制度
(1)予算の法的性格
イギリスの慣習法:予算は法律の形式を採る。
アメリカ合衆国憲法第1条第9節第7号、フランス共和国憲法第 47 条など:予算は法
律の形式を採る(実質的にも法律である)。
ドイツ連邦共和国基本法第 110 条:予算案は予算法律によって確定する。
大日本帝国憲法:予算と法律とを区別する。
日本国憲法:予算と法律とを区別する。
■予算の法的性格についての学説
①予算行政措置説
訓令説:予算を、天皇から各行政機関に与える訓令であると理解する。
承認説:予算を、議会が国に対して(大日本帝国憲法の下では天皇に対して)行う歳出
の承認であると理解する。
どちらの説も、予算を法的規範と捉えず、単なる行政措置として理解する。
②予算法形式説(予算法規範説)
予算は、一種の法規範であり、国会の議決を経て制定される、国法の一形式である。
③予算法律説
日本国憲法の下においても予算は法律である、と理解する。
▲予算法律説から予算法形式説に向けられる批判
①日本国憲法には予算の効力が明記されていない。
②憲法第7条第1号において、天皇の国事行為としての公布に予算があげられていない
が、そのことを理由として予算の公布を不要と解するのは財政民主主義に反する。
③予算と法律との間に矛盾が生じる場合に、予算法形式説によるといかなる解決がなさ
れるべきかという問題が生じる。
④予算法形式説によると、国会の予算修正権に限界が生じ、その範囲についての論議が
生じる。
▲予算法形式説から予算法律説に向けられる批判
上記①について:明らかに憲法の諸規定を無視した議論である。
上記②について:予算の公布を不要とすることが直ちに財政民主主義に反するのか?
上記③について:予算法律説を採用したから予算と法律との矛盾が生じないのか?
予算法律説によると、或る法律が制定されたがそれを執行するための
予算案が国会において否決された場合、その法律は予算によって廃止
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されることになるのか?
或る事項についての法律が存在していなかったが新たにその事項を執
行するための予算案が国会において可決された場合、予算によって新
たな法律が制定されたことになるのか?
上記④について:予算法律説のほうが国会の予算修正権を広く認めやすいと言いうるの
か? また、予算案の作成権限および提出権限を軽視していないか?
(2)予算の種類、編成
[1]予算の種類
①一般会計予算と特別会計予算
内閣によって提出される予算:一般会計予算、特別会計予算、政府関係機関予算および「財
政法第 28 条による予算参考書類」(下線は純粋な政府予算)。
●平成 26 年度特別会計予算目録による特別会計(番号など;便宜上、担当者が付した)。
A.内閣府、総務省及 1.交付税及び譲与税
び財務省所管
配付金
B.財務省所管
2.地震再保険
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
3.国債整理基金
4.外国為替資金
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
C.財務省及び国土交 5.財政投融資
通省所管
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
D.文部科学省、経済 6.エネルギー対策
産業省及び環境省所
管
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
E.厚生労働省所管
7.労働保険
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
8.年金
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
9.食料安定供給
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
10.森林保険
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
F.農林水産省所管
11.国有林野事業債務
管理
H.経済産業省所管
12.貿易再保険
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
13.特許
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
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I.国土交通省所管
14.自動車安全
繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
上されている
計上されている
J.国会、裁判所、会 15.東日本大震災復興 繰越明許費が計 国庫債務負担行為が
計検査院、内閣、内閣
上されている
計上されている
府、復興庁、総務省、
法務省、外務省、財務
省、文部科学省、厚生
労働省、農林水産省、
経済産業省、国土交通
省、環境省及び防衛省
所管
「財政法第 28 条による予算参考書類」
:第 28 条各号に規定される、国会に予算案を提出
する際に添付すべき書類である。
政府関係機関予算(財政法に規定がない)
:沖縄振興開発金融公庫の予算及び決算に関す
る法律第4条第2項、同第5条、株式会社日本政策金融公庫法第 30 条第2項、同第 33 条、
独立行政法人国際協力機構法第 18 条第4項、同第 21 条などの規定により、国会の議決を
経る必要があるものをいう。
②当初予算(本予算)と補正予算
当初予算(本予算)
:前年度中に内閣から国会に提出され、国会の議決を経て、当該年度
の当初から施行される。一会計年度に生じるはずの全歳入および全歳出を網羅する。
補正予算の作成および提出(財政法第 29 条):作成および提出の手続は、当初予算(本
予算)に準ずる。勿論、当初予算(本予算)の国会提出時期(前年度の1月中を常例とし
ている)に関する第 27 条の適用などはない。
③当初予算(本予算)と暫定予算
暫定予算が必要とされる理由:国会の審議状況などにより、前年度内に予算が成立しな
い場合に、予算が不成立となる可能性もあり、当該年度の国政が完全に運営不能となるお
それが生ずる。しかし、日本国憲法には予算不成立の場合に関する規定が存在しない 2。
暫定予算の意味:
「一会計年度のうちの一定期間に係る」もので「必要に応じて」作成さ
れ、提出されるものである(財政法第 30 条第1項)。作成および提出は、当初予算(本予
算)と同様に内閣の専権事項である。応急措置としての性格を有する。
当初予算(本予算)3が成立すれば、暫定予算は失効する。暫定予算に基づいて支出や債
務の負担がなされた場合には、当初予算(本予算)からなされたものとみなされる。
[2]予算の内容
①予算総則(財政法第 22 条)
歳入歳出予算、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為に関する総則的な規定が置
かれ、ここで総額などが示される。そして、公債または借入金の限度額、公共事業費の範
大日本帝国憲法第 71 条は、予算が不成立の場合に前年度の予算が執行される旨を規定
していた。
3 財政法第 30 条第2項にいう「当該年度の予算」である。
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囲、日本銀行の公債の引き受けまたは借入金の借り入れの限度額、財務省証券の発行およ
び一時借入金の借り入れの最高額、国庫債務負担行為の限度額、予算の執行に関し必要な
事項、などが規定される。
②歳入歳出予算(予算書では「甲号」)
財政法第 23 条および第 31 条第2項、予算決算及び会計令第 14 条による区分
収入(歳入)について
部局等の組織の別(財務省のうち、歳入事務を部分的に管理するもの。主管)
部(性質に応じて。例、租税及び印紙収入)
款(例、租税)
項(例、所得税)
目(財政法に規定がない)
支出(歳出)について
所管官庁および部局等の組織の別(●●省、●●本省というように定められる)
項(目的に応じて)
目(財政法に規定がない)
目の細分(財政法に規定がない)
歳出予算の目の区分と各目の細分については、各省各庁の長と財務大臣との協議によっ
て定められ(予算決算及び会計令第 14 条第2項)、その他は財務大臣によって定められる
(同第1項)。
立法科目(議定科目):部・款・項のこと。予算に計上されて国会の議決の対象となる。
行政科目:目および目の細分のこと。財政法第 28 条に定められる予算に添付する参考
書類に掲げられ、審議の参考となるに留められている。
予備費(憲法第 87 条→財政法第 24 条)
:形式的に歳出予算に入れられ、所管が財務省、
項が予備費とされる。
③継続費(予算書では「乙号」)
部局等の区分、項の区分は財務大臣によって定められ(予算決算及び会計令第 14 条第
1項)、目の区分および各目の細分は、各省各庁の長と財務大臣との協議によって定められ
る(同第2項)。
④繰越明許費(予算書では「丙号」)
予算書においては丙号と称される。繰越明許費については、既に若干の解説を加えた。
⑤国庫債務負担行為(財政法第 15 条)
第1項の国庫債務負担行為:法律に基づく債務負担、歳出予算の金額、もしくは継続費
の総額の範囲における債務負担以外のものとされている。
第2項の国庫債務負担行為:災害復旧など緊急の必要がある場合のもの。毎会計年度、
国会が議決した金額の範囲内で認められる。
[3]予算の編成
予算の編成:予算が作成され、国会に提出されるまでの過程のこと。
①毎年、夏頃に翌年度予算案への概算要求について、閣議での了解がなされる。ここで、
概算要求枠と言われる限度枠(いわゆるシーリング)などが定められている。
②各国家機関の長は、歳入、歳出、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為の見積
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もりに関する書類を作製する(財政法第 17 条)。そして、国会(衆議院および参議院)、最
高裁判所長官そして会計検査院長は、この書類を8月 31 日までに内閣に送付する。その
後、財務大臣に「回付」される(予算決算及び会計令第8条)。内閣総理大臣および各省大
臣は、やはり8月 31 日までにこの書類を財務大臣に送付する(同条)。
③財務大臣は、送付を受けた見積もりを検討した上で調整(第 18 条第2項および第 19
条)をなし、概算の原案を作製する。この原案が閣議に提出され、その決定を受けること
となる(財政法第 18 条)。実際に担当する部署は財務省主計局で、各省各庁から示された
概算要求書について説明を求めたり、査定を行ったりする。その査定の結果が概算の原案
につながる。
④12 月に閣議が行われ、予算編成方針の決定、そして財務省原案の内示が行われる。そ
の後に復活折衝が行われる。
⑤概算が決定されると、財務大臣は歳入予算明細書を作製し(第 20 条第1項)、衆議院
議長、参議院議長、最高裁判所長官、会計検査院、内閣総理大臣、そして各省大臣に概算
を通知する(予算決算及び会計令第9条第1項)。
⑥これらの機関の長や大臣は、その概算の範囲内において予定経費要求書、継続費要求
書、繰越明許要求書および国庫債務負担行為要求書を作製し、財務大臣に送付しなければ
ならない(同第2項)。
⑦財務大臣は、これらを基にして予算を作成し、閣議の決定を経る(第 21 条)。
(3)予算の審議、執行
①予算の提出
財政法第 21 条→第 27 条(国会法第2条も参照)
憲法第 60 条第1項:予算は、先に衆議院に提出されなければならない。但し、参議院に
も予備審査のために予算が送られる(国会法第 58 条)。
②予算案の審議
・内閣総理大臣の施政方針演説→財務大臣による財政演説(予算の概要が示される)
・衆議院議長は、国会法第 56 条第2項に従い、衆議院予算委員会(同第 41 条第2項第
14 号)に付託する。
・公聴会(第 51 条第2項)
・衆議院予算委員会の審査(第 47 条)→本会議に予算案が送られ、審議される。
・衆議院本会議で可決→参議院に送られ(国会法第 83 条を参照)、ほぼ同様の手続を経
ることとなる(参議院予算委員会は第 41 条第3項第 13 号)。
・参議院本会議で可決→予算が成立する。
・但し、衆議院本会議で可決されていれば、参議院本会議で否決されても、国会法第 85
条に規定される両院協議会を開催しても意見が一致しない場合、または、衆議院が可決し
た予算案を参議院が受け取ってから 30 日以内(休会中を除く)に議決がなされない場合
には、衆議院の議決により、予算が成立することとなる(憲法第 60 条第2項。なお、国会
法第 83 条の2第3項を参照)。
▲国会は、予算の審議においてどこまで修正する権限を有するのか?
国会法第 57 条の2は予算修正の動議を、第 57 条の3は予算増額修正の動議を規定す
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る。→国会に減額修正権および増額修正権が認められているのは明らかである。
減額修正:無制約と解するのが妥当である。
理由 日本国憲法は財政民主主義を採る。
憲法第 60 条から、国会に予算の否決権があることは明らかである。
大日本帝国憲法第 67 条に相当する規定が日本国憲法に存在しない。
増額修正:議論が分かれる。1977(昭和 52)年に出された政府統一見解は、国会の予算
修正権が内閣の権限を害する程度までに行使されることは許されない、と解する。
▲増額修正に限度があると主張される理由
減額修正は、単に或る項目の削減を目的とする。
増額修正は、場合によっては新たな費目(項目)を作り出すから、それに応じた法律の
改正もしくは廃止、または新たな法律案の提出なども必要とされる。
参考 地方自治法第 97 条第2項は、地方議会に予算の増額修正権を認めているが、た
だし書きにおいて「普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない」と
定めている。
③予算の執行
予算の成立→歳入歳出予算、継続費および国庫債務負担行為について予算の配賦(財政
法第 31 条第1項)→予算の執行
支出負担行為(財政法第 34 条の2)
:
「国の支出の原因となる契約その他の行為」
(財政
法第 34 条の2、予算決算及び会計令第 18 条の4、会計法第 12 条を参照)。
支払い:支払い計画の承認(財政法第 34 条):各省各庁の長が、配賦予算に基づいて支
出担当事務職員ごとに支出の所要額を定め、支払いの計画に関する書類を作成し、財務大
臣に送付した上でその承認を経なければならない。
移用:部局間における融通、または部局内での項間における融通のこと。同第 33 条第1
項により、原則として禁じられる。但し、予算決算及び会計令第 17 条、および財政法第
33 条第1項ただし書き・第2項に規定される手続を経て、可能となる。この場合には、予
め国会の議決を経た上で財務大臣の承認を得る必要がある。
流用:各目間における融通のこと。同第 33 条第1項により、原則として禁じられる。但
し、予算決算及び会計令第 17 条、および財政法第 33 条第1項ただし書き・第2項に規定
される手続を経て、可能となる(財務大臣の承認のみでよい)。
移替え:部局間の間で行われるもので、或る部局に計上されている金額を別の部局に移
した上で執行させるというものである。
繰越
予備費(財政法第 35 条、同第 36 条)
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