No.17大阪大学理学部化学高分子科学教室永契会2004年2月

鱗
No.17大阪大学理学部化学高分子科学教室永契会2004年2月
する機会があります。伏見先生は私が旧制大阪大学
理学部の学生時代に物理学の新進気鋭の学者とし
て名が高かった方です。先生が訳された、量子力学
の解説書であるガモフの「不思議の国トムキンス」は
いまだに私の本棚に並んでいますが、定価一円六十
銭と印刷してあります。伏見先生は当年九十五歳に
なられますがいまだに豐礫としておられます。私は
高校生時代に、科学者の眼と文学者の感性をともに
備えた人として寺田寅彦の随筆を愛読しました。私
が雑誌に寺田寅彦について書いたものを伏見先生
に差し上げたところ、自分は寺田寅彦の最後の講義
を聴いた一人であると言われました。吸取り紙を雨
の降る窓外に差し出して、できた雨滴の斑点を眺め、
これは果たしてでたらめに落ちたものであろうかと
自問自答されていたという話はまことに興味深い
ものでした。伏見先生が「私の名前が寺田寅彦全集
に出ているのだそうですよ」と言われるので、私は
自分との年齢差を考えてあたりをつけ、寺田寅彦の
曰記を繰ってみたところ、まだ学生であった伏見先
生のお名前を見つけることができました。寺田寅彦
の知人に息子の家庭教師を頼まれ、一旦お弓|き受け
したものの、兄上から自分の勉強専一にせよと言わ
永契会会長就任挨拶
未来へのまなざしと音の回顧
永契会会長渡辺英二(旧制19回)
曰本経済
の長年にわた
る停滞もどう
やら底を打っ
た感がありま
す。これが本
格的な快復に
つながって行
くためには、
従来の宮主
導の政策から
離れて、民間
の知恵を積極
れてお断りに行った経緯でした。
私の同級生の思い出によれば、物理学科の伏見
的に活用する
ことが必要です。合年は大学の独立行政法人化の
問題が具体化し、学界にとっても産業界にとっても
大きな節目になることは間違いありません。昨年末、
私は化学技術戦略推進機構の機関紙に「枠を超え
る」という題で-文を寄稿しました。その趣旨は次の
ようなものです。「我が国では学界も産業界も長年
にわたる官僚制度の枠を超えることができないま
まにやってきたのではないか。過去の先例への準拠、
細分化された管轄の適用にこだわるあまり、個々の
枠を超えた自由な発想、他分野との意見交換や協
力の場が得られていないように感じられる。これか
らは専門分野の枠、学会の枠、国境の枠を超えて仕
事をすることが求められる」というものです。=年
こそは新しい発想で仕事に取り組み、我が国が再び
世界で敬意をもって迎えられるようにしたいもので
先生の研究室と化学科の仁田先生の研究室は先生
同士が親しく、学問的にも近いため、しばしば一緒に
お茶を飲んだり、映画やスケートに誘われたりしたと
のことです。先輩から「理論物理の人たちが真剣に
考えるのはせいぜい一二時間で、外から見ると半曰
<らいしか仕事をしていないように見えるが、我々
実験屋は彼等のリズムに巻き込まれてはいけない」
と諭されたとのことです。
永契会メンバーとして御高齢ながらもお元気な
関先生には、勝村さんの追'悼会でお目にかかりまし
た。長い間のご無沙汰にもかかわらず、しっかり私を
覚えておられて昔話をされたのも感激でした。御高
齢の先生方の思い出話を聞いて記録に残しておく
ことは意義あることだと思います。未来へ目を向け
る一万で歴史を振り返ることも大切なことではな
す。
いでしょうか。
話は変わりますが、私はここ数年不思議なご縁で
伏見康治先生とお会いしたりお手紙をいただいたり
1
ニユーズレターの発刊にあたって
化学系教室の近況報告
永契会幹事長則末尚志(新制高4回)
化学科長・化学専攻長
笠井俊夫(博士19回)
高分子科学専攻長
上山憲一(博士13回)
このニューズレターは平成15年における化学系教室
の近況、同窓会報告などを掲載しております。まずは、
化学・高分子科学の両専攻長より化学系の近況報告が
あります。ご存じのように、本年4月から国立大学法人
として国立大学はいよいよ新しい時代を迎えます。本
学においても新組織の設置やそれに伴うルール作り
など独法化に向けた準備が急ピッチで進められてい
ます。全体的にはスムースな移行が図られているよう
ですが、6年間の中期目標・中期計画と毎年の年度計
画の策定など新たな作業が加わり、これからはそれら
の計画の実施状況や成果に対して評価を受けること
になります。また、従来の人事院規則が労働安全衛生
法に替わるため、安全面での規制も厳しくなります。と
くに化学系ではドラフトなどの整備で例年以上に慌た
だしい年度末を迎えております。
昨年のニューズレターで触れました理学部本館c棟
(南側廊下伝いの西半分)とA棟(西側)の改修工事が
完了し、これらは見違えるほど綺麗で明るくなりまし
た。本館c棟(C棟の廊下東側続き)に-部を保有する
化学系研究室の部屋の薄汚さが目立ちます。この棟
内の部屋は、改修の際にいったん別の棟に移り、改修
終了後にc棟に戻って来なければなりません。研究面
ではかなりのマイナスが強いられます。それでも、化
学系の研究室が落ち着くためには、-曰も早い改修工
事の実施が待ち望まれます。
’恒例となりました理学部同窓会の講演会はいちよう
祭の4月29曰(みどりの曰)に開催されました。長谷純
宏同窓会特別幹事からの報告をお読み下さい。平成16
年度の講演会も4月29曰に開催の予定です。プ□クハラ
ムが決まりしだい、永契会のホームページ(裏表紙参
照)にてご案内致します。
21世紀COEプ□グラムにつきましては、数学・物理・
宇宙地球の3専攻連携の申請が昨年に採択され、理学
研究科の全専攻が3つのCOEプ□グラムのいずれか
に関わって活動しております。これは、理学部・理学研
究科にとって誇らしいことと思います。一昨年秋にス
タートした化学系のプ□グラム「自然共生化学の創
成」は、博士後期課程の学生への支援を含め、活発に
教育研究活動を続けております。
これからの理学部・理学研究科の活動にとって永
契会の存在は益々重要となります。会員の皆様のお力
いよいよこの4月から大阪大学は国立大学法人とし
て衣替えします。各研究室は大阪大学と名の付いた
全ての公的会計を清算しなければならず、ゼロにする
ために'忙しい毎曰を過ごしています。また各研究室の
供用宮を含む教官は、コンピュータを使う新しい会計
処理へ移行するために、その講習を受けています。各
研究室の実験室は、4月から適用される労働安全衛生
法の特化則や有機則に対応するために、実験台やドラ
フトの整備改修を急いでいる最中です。薬品管理シス
テムのソフトの導入も済ませ、合までの大まかな実験
は終焉し、きめ細かい計画実験の時代を迎えます。-
万、若手教官は、これらに伴って必要な各種免許を取
るために泊り込みの講習を受けに出かけています。
平成16年度の予算は僅かな減少に済みそうですが、
その-万で平成17年度は大幅に変化するとの楠本正
一理学研究科長の言葉に一喜一憂する毎曰です。校
費の減額に合わせて、会年度は多くの学術雑誌の購
入を中止して対応してきました。しかし、その学術'情報
のマイナスを補うために始まっている電子ジャーナル
の購入で、将来、図書費はかえって増額になるかもし
れません。
C棟の大部分が改修され、数年前に化学系研究室
が入っていた所には生物科学専攻の研究室が入り、ま
もなくC棟南側のグランドがあった場所に物理専攻の
各研究室やセミナー室が完成する予定で、理学研究
科の建物の景観は既に大幅に変化しています。
教官の動きでは、昨年の4月に物性物理化学研究
室の松尾隆祐教授、分子熱力学研究センターの但侠
道夫教授、構造有機化学研究室の山本景作助教授が
退官されました。合年の3月には天然物有機化学研究
室の楠本正一教授とレーザー光化学研究室の大野
健教授、分析室の李健一助手が退官の予定です。ま
た、塚原聡助教授が広島大学大学院理学研究科へ、
中北愼-助手が香川大学総生科センター助教授へ転
出されました。-万、物性物理化学研究室の稲葉章
助教授が分子熱力学研究センター教授に昇任され、
吉村崇助手が篠原研に、北河康隆助手が山□研に
新たに就任されました。
昨年から始まっている21世紀COEプログラム「自然
添えをお願いすることもあろうかと思います。どうぞ
よろしくお願い申し上げますとともに、皆様の益々の
ご健勝.ご発展を祈念致しております。
共生化学の創成」では化学専攻と高分子科学専攻の
博士課程の学生が積極的に参加し、高い評価を得る
成果をあげています。一方、理学、基礎工学、工学研究
科からなるこのプ□グ、ラムは理学と工学の研究の差
を浮彫にする結果を産み出し、遠慮のない議論が始
まっています。昔の大阪大学理学研究科の先輩方が
2
新分野へ突入したとき、その化学研究の成果が当時
極端に基礎的であるために、非常に多くの斬新な新
産業を生み出したと聞いています。「自然共生化学」
の概念そのものが新しい分野を生み出す可能性を秘
めていると思います。当時は無限の活躍と一匹狼と
いう意味で使われた「AnimalKingdom」の永契会の精
神も、=や有限の世界観で産学を含めた互いの共生
をはかる調和社会のための精神として使う協力体制
が必要な時期にきていると考えています。
究所(現在の産総研)に勤務していた私は,翌年7月に
専任助手として転任してきました.当時の施設長は千
原秀昭先生でした.1984年3月よりカナダに留学し翌
年末に帰国してからは千原研究室の所属となり,それ
以降は物理化学講座にあって兼任という立場で務め
させていただきました.この間,1989年に時限を迎え
た施設はミク□熱研究センターに改組され,さらに
1999年には分子熱力学研究センターに改組されると
いう発展的な経緯を経てきました.これには施設長や
センター長として菅宏先生と但侠道夫先生の献身的
なご努力があったことは言うまでもありません.時が
過ぎ去るのは早いもので,昨年3月末には松尾隆祐先
生が但採先生と共に定年退官を迎えられたのでした.
振り返れば化学熱学実験施設の設立から25年,仁
理学部同窓会報告
理学部同窓会特別幹事
長谷純宏(新制化14回)
田研究室の発足にまで辿れば71年という歴史に残
されたものの責任の重さを感じざるを得ません.「構
造とエネルギーの両側面からの物理化学的アプロー
チ」という源流の思想は,手法や装置が時代と共に進
化し,あるいは新規に生み出されても不変で,その伝
統をどう生かしてゆくかは学生・院生を含む構成員に
かかっています.チームワークを保ちながら,(固性豊か
な独創研究が生まれる環境をつくり,後進を育成する
のが使命と考えています.良き伝統に根ざした大阪大
平成15年4月29曰(火曜曰、祝曰、銀杏祭期間)午後
2時より2時間、理学部5階大講義室にて理学部同窓会
主催の講演会が開かれました。理学部同窓会(金森11厘
次郎会長)は化学系(永契会)、数学、物理系、生物の
各同窓会の合同の同窓会で、大阪大学創立70周年記
念行事とともに、同窓生と現職員と集い将来を予測す
るための一助として企画され、言回は第3回目の講演
会です。講演者の川中宣明教授(阪大'情報科学研究科
情報基礎数学専攻)には「2進法、計算機、ゲーム」と
いう題で、また寺島一郎教授(阪大理学研究科生物学
専攻)には「植物と環境・光合成における資源利用
の最適化一」と言う題でご講演して頂きました。講演
会には約80名の参加者があり、専門外の人にも分か
学ならではの,しかも世界的にも極めてユニークなセ
ンターですが,世の中は法人化の厳しい環境にありま
す.化学系教室の皆様のご理解とご支援がなければ
何一つ叶うものではありません.とりわけ,永契会の皆
様方からの暖かい応援をお願い申し上げる次第です.
=後ともご指導,ご鞭燵をよろしくお願いいたします.
り易く話して頂き、大変盛会でした。
特別寄稿
新教授紹介
合こそ理学のアイデンティティーを
但侠道夫(新制10回)
(03年定年退官,分子熱力学研究センター)
教授就任のご挨拶
分子熱力学研究センター
稲葉章(新制化19回)
人間誰しも好き
な言葉があるもの
ですが,私は理学
という言葉がこと
のほか好きです。
「理(ことわり)を
究める学問」には
浮世離れした□マ
ンが感じられます。
昨年7月16曰付
で理学研究科附属
分子熱力学研
究センター教授に
就任いたしました.
当センターは化学
専攻の協力講座と
その理学に!憧れ
して位置づけられ
ており,そのルーツ
1958年に大阪大学
理学部に入学し,卒
業研究の場として
熱力学研究の関
集三先生の研究室
を選びました。修士課程を修了してから教務員にして
は,関集三先生のご
尽力で1979年に設
立された化学熱学
実験施設にありま
す.その頃,計量研
3
生から久保田君の実験を手伝う様にとご指示あり、半
地下室の部屋の久保田先生の実験台の隣で-年間実
験する事となった。この時、同室の先生方は、久保田
先生他、三輸保三郎先生(後鹿児島大学教授)と湯川
泰秀氏の4名で、誠に賑やかな実験室で、新米の小生
には全てが勉強になった。小生のやる事は、久保田先
生から指示のあった実験を進める事と、室内の清掃、
実験器具の洗浄等大変な仕事であり、全くの丁稚奉
公で、これが生涯大変な役に立ったと思っている。
朝は先生方が出勤される迄に、掃除をすませ、帰り
は先生方の使用されたフラスコ、ビーカー類(大きな
流しに山ほど)のチェックと洗浄して、帰るのは大体8
時すぎ、甲子園の学生寮にいたので食事は困らなか
った。尚その勤労奉仕のお陰か、月に二三回、ガスビル
いただき,助手・助教授・教授を経て2003年3月末曰
に定年退官を迎えました。熱力学の面白さに惹かれて,
とうとう最後まで大阪大学に居座ることになりました。
入学して45年間,教官として39年間の長きに亘って
本学のお世話になったことになります。お陰さまで期
待以上に楽しく,有意義な研究と教育の生活を送るこ
とができ,大変幸せであったと思います。これもひと
えに多くの万々のご支援があってのことで,心よりお
礼を申し上げたいと思います。
学位を得た後,さてこれから何を研究しようかと模
索し,たどり着いたのが「電子が直接的に関与する相
転移現象の研究」であり,これがライフワークとなりま
した。まず取り組んだのがスピソワ□スオーバー現象
で,世界で初めてスピンクロスオーバー錯体
の豪勢は昼飯やごDようさんの近所にあった「みみ卯
のうどんすき」などご馳走になった記憶がある。
尚、実験の方は、久保田先生が、数年前から研究さ
れていた、中国の白茶の成分である新規のフラポン
誘導体「アンベ□プチソ」の構造決定で、既にその精
製は終わり、カルコンの合成によりこれを認識する迄
になったが、卒業までには出来なかった。久保田先生
は小竹先生が親切された大阪市大に移られ、私も東
京の三井の研究所に赴任したのdr、その後あまりお会
いしていないが、その博学には頭が下がる思いです。
[Fe(NCS)2(phen)2]の熱容量を測定し,電子系と格子
系との強力なカップリングが現象の本質であること
を明らかにしました。もっとミクロなしベルで何が起こ
っているのかを知りたくて,メスバウァー分光を学ぶ
ため,アレキサンダーワォンワンポルト財団の援助を
得て,西ドイツに留学しました。熱力学とは異なる分光
学の分野でポスドク修行ができたことは,その後の研
究の幅を拡げ,多くの共同研究に道を開く原動力とな
りました。私は理学部および理学研究科附属の,「国の
内外に門戸を開き国際協調をうたった」研究センター
に長年所属したお陰で,国の内外に多くの素晴らしい
友人を得,数々の共同研究を行うことが出来ました。
ちなみに私が教授職をつとめた15年余りの間に,セン
ターを訪れた外国人は246名になりました。
さて永契会の名前の由来ですが,初代理学部長の
真島利行先生が動物王国AnimalKingdomの頭文字AK
(エイケイ)から命名されたという話を聞いたことが
あります。つまり理学部というところは動物園みたい
に様々な人たちの集団が望ましいのであって,多様性
の中から真に理学的な発想が生まれるということを
たとえられたものだそうです。私が入学した時は一括
入試であり理学部として87名が合格し,3年生に進級
する際29名が化学科を選択しました。現在もその是
非が議論されていますが,他学科・他分野への関心が
高まることや多様'性を求める上で,一括入試は縦割り
より優っていると私は思います。文科省が全国の高校
3年生約10万5千人を対象に,2002年11月に実施し
た学力テストでは,数学と理科がピンチとされ,勉強嫌
いが7割を超えたとの報道がありました。そのような
社会情勢の中で,大学はいよいよ本年4月から法人化
されますが,理学のアイデンティティーを堅持し,基礎
科学・基礎教育が健やかに育ち,理学に誇りが持てる
下の写真は私の卒業記念として、昭和15年2月、写真
屋で写したもの
左から、湯川泰秀河本於兎彦三輸保三郎久保
田尚志の各氏
そんな改革であってほしいと願っています。
久保田尚志先生を偲んで
河本於兎彦(lB5回生)
=年の年賀状の中に、久保田先生が正月に亡くな
られたとの報があり、早速失礼ながら、ご自宅にお電
話して確認した。
先生と私の関係は、私が三年生になった時、小竹先
4
クラス会員の動向
同窓会報告・近況報告
河本於兎彦('曰5回)
一応、名簿順に年賀状を頼りに報告します。
大塚英夫君は昨年6月に逝去、松村栄三郎君は既に
ご報告通り一昨年逝去されています。
生存者の内、三神義雄君が一昨年、'怪我で頭部を
打撲、意識を失い、奥様の介護で、生を保っておりまし
たが、昨年奥様も過労で亡くなりました。本人は六甲
病院に入院中。
自分の事から考えて、90才を生きるのは大変と思
旧制化学科3回生近況報告
関集三(旧制化3回)
私共は卒業時には19名でしたが、現在は吉田純一
さんと小生の僅か2名となりました。吉田さんとは前
回は音信不通でしたが、言回は幸い御子息の奥様と
電話連絡がとれ、吉田さんは先年入院中でしたがそ
の後退院、現在は通院中で、年令相応の健康を保持さ
れていることが明らかになりました。本年孕寿を迎え
います。
他の生存者、於勢君、木村君、鈴木君、荻原君、米本
君は_応元気。幹事役の河本は介護保険の世話にな
りながら元気です。
た老生より2才年上で91才の長寿を保っておられる
ことが判り安心いたしました。
その様な次第勝手ながら老生の近況のみ報告い
旧制11回生報告
幹事松井邦夫(旧制11回)
たします。卒業後66年目、一応体調維持につとめ、毎
月1回上京の曰本学士院例会出席も19年目、山田財
団役員会出席も(最近は隔月位)26年目となりまし
10月14-16曰にかけて定例の旅行。参加者中田弘
君、永田君、松井邦夫の3名。他に予定していた会永
勇二郎君、山崎太郎君は体調不調のため残念ながら
中止。11時金沢駅集合、昼食、石川近代文学館、金沢城
た。
本年1月5曰の阪大理・化学科の新年懇親会に出
席(名誉教授14名、現役教授20名)し、学科の近況を
教室主任の笠井教授よりいただきました。その後、本
年度から発足する国立大学独立法人化について現理
学部長の楠本教授より、又、昨年発足した「21世紀COE
プ□グ蝋ラム:自然共生化学の創世」*について責任者
の原田教授から、それぞれ、<わしい現状報告をいた
の見学。夜、永田君が合流、料亭「壽屋」で夕食。金沢
セントラルホテルで宿泊。翌朝田中君は仕事のため帰
阪。観光タクシーで内灘公園、宇ノ気町西田記念哲学
館、千里浜を経て巌門で昼食、永田君はスケッチ、妙
成寺を経て金沢布立安江金箔工芸館を見学。翌曰成
巽閣、石川県立美術館を見学、永田君に絵画の見方を
だきました。
私事にわたり恐縮ですが、老生の阪大時代の研究
室時代に学位をとりその後化学科の名誉教授になら
れた方々は、本年退官された但侠教授と松尾教授を
ふくめ6名となられ、感慨ひとしおです。
叉、私共が創設に中心的役害lをした「曰本熱測定学
会」は昨年度、第30回記念の学会記念行事をいただ
き、-万、この学会創立の基盤となった「熱測定討論
会」は本年、第40回を迎え(第1回は阪大開催)慶賀
の至りと喜んでおります。皆様のおし陰で化学教室にみ
とめられた研究センター「分子熱力学センター」も25
聞く。昼食後大樋美術館、加賀友禅伝統産業会館の見
学。ここで松井は帰阪。永田君は続けて九谷焼、輪島
塗りの店を見学し、更に一泊して帰京。自由なクラス旅
行であった。我々の級友の平均年齢は80歳。多くは何
*永契会Newsletters,NC,16(2003)に概要が説明
2003年6月16曰の夕方、JR大津駅に集合、大津市
ニホの浜にあるホテル・ビア・プラザに行く。集まった
メンバーは次のとおり、敬称路:浅井・有元・安藤・井上・
大須賀・寒河・笹田・田島・中村・西海・八田・林・村松。当
番は、浅井と西海。ここでの夕食は正式に頂く、このこ
とはホテルの規則どおり。
らかの病気をもっており、集まっての旅行もままなら
ぬ年齢に達した。再来年が卒業60年であるが、記念
のクラス会は早い目に行うのがよいかも知れない。
永契17回クラス会のこと
西海四郎(|曰制17回)
年目を迎え改めて御礼申し上げます。
されている。
その後、入浴してから談話室に集まる。少人数だか
ら都合がよい。テーブルをかこんで談話となる。何と
なく習慣になってしまったが、一人が話題提供の形で
話をする。合回は浅井が,三分法について,という題で
話した。その内容は例えば滑らかさの表現で視覚的・
視覚的で触覚的・触覚的と三通りある、また同じ,開け,
という動詞の後に,ろと、れば、たら,という助詞をつけ
ると確定的・不確定的・意外性というような話.中学時
5
産に登録されている史跡名勝の地です。島では、観光
協会の美人ガイドの久保河内さんの出迎えを受け、そ
の説明を聞きながら1時間余り散策しました。説明の
-部は次のようなものです。この島は、神を斉く(い
つく、身を清めて神を祭る)島であるということから、
伊都岐島とか厳島と呼ばれていて、宮島になったの
は比較的新しい。島そのものがご神体でもあって、墓
はつくれない。厳島神社の杜殿や塔など20棟のうち
6棟が国宝である。祭神は女性の3柱であって、回廊
に沿った宮殿に男性の神5柱が祭られている。本殿と
大鳥居の距離は、108間(ケン)であり、各所に佛教思
想がとり入れられている。本殿前の高舞台で舞楽が
演じられるが、四天王寺の舞楽と関連が深い。その舞
台の左右の狛犬には雌雄の別があからさまに示され
ている。数年前から春秋の大潮の満潮時には床上ま
で潮が上り、回廊の床板が浮き上る。などなど。
ガイドさんと別れた後、弥山の山麓を大聖院から紅
葉谷へと進みましたが、残念なことに、前月に寒い曰
があり楓の葉の多くが紅葉する前に枯れ落ちて、もみ
じ狩りと酒落ることはできませんでした。五重塔、干豐
闇、古い町の中、土産物商店街などを見学し、「かき
丼」の書食をすませて、JR宮島□へ戻り、思い出を胸
に各自家路につき、解散しました。
私たちクラスの会員には、合でも何人かは専門分
野での研究所を開設していたり、専門の著作活動を盛
に行っています。そのほか、大原君は以前に紫綬褒章
と立派な勲章をうけておられますが、昨年には岡田君
が学士院賞を受けられました。誠におめでたいことで
あります。なお、クラス会は本年度大阪で開く予定に
代の国語文法を思い出す。
それから後はそれぞれが勝手に話し出して、まあ
賑やかなこと。このホテルは持ち込み自由なので、幹
事は予め持ち込んでおいたが、これは正解であった。
翌朝は小雨、用意した複数の観光コースは回れな
い。雨の上がるのを待ちきれずに半数は帰っていった。
やがて雨が上がったので数人は曰吉神社へ。これは
正解で、空気は潤い、敷石は洗われて美しい、松の緑
も鮮やか、歩くのは私たちだけという好条件。ゆっくり
歩いて爽やかさを存分に味わった。
この会は毎年、関東・関西のどちらかで開いている。参
加者は皆、曰本人の平均寿命を超えた。それにしては
元気である。恩師、村橋先生はある新年会で、健康法
として血行をよくすることを挙げられた。皆さん試み
られたら如何?
なっています。
旧制18回生クラス会
花房昭靜(旧制18回)
私達は、1952年春の卒業であり、一昨年はその50
周年に当り、大阪で記念の会を催し、12名が集って祝
いました。その時翌年は広島で集まろうということに
なり、私が世話役を仰せつかりました。そこで昨年は、
安芸の宮島で錦繍を宣でようと、11月10曰にその対
岸の安芸グラソドホテルに宿泊し、11曰に厳島神社な
どを観光することにしました。参加予定はもっと多か
ったのですが、体調の不良や所用のため来れなくな
った人があり、参加は7名となりました。(写真、左から、
前列、大塚、近松、清川、後列、筆者、栗岡、濱田、早野
の諸氏)
それぞれに広島市内の見学をし、また、|曰海軍の学
校に在学していた方々は、江田島の旧兵学校や徳山
の特攻魚雷「回天」記念館などを訪れた後、ホテルに
半世紀を越えて、私たちは
|I
福井俊郎(新制1回)
夕刻集合しました。夕食会では、一室を借り切って、酒
どころ広島の各種銘酒を嗜みながら、学生時代をI懐し
み、現役生活を回想し、世相を批評して将来を展望す
るなど、談論風発し誠に楽しい宴席でした。部屋に戻っ
ても盤上で黒白を競うなど、深夜まで賑やかに過ごし
教育改革の荒波のなかで育った私たちが、卒業し
て丁度50年経ちました。これまでには毎年1回クラス
会を開いてきましたが、去る5月6曰に新阪急ホテル
で、数学科・物理学科・生物学科と一緒になって「卒業
50周年記念合同クラス会」を開きました。卒業して
はじめてのことでしたが、化学科だけで27名、全部で
55名参加という盛会でした。胸の名札を見てから
「あ-君か」という始末でしたが、直ぐ仁!懐かしい想い
ました。
翌朝、JR連絡船に乗り朱塗りの有名な大鳥居(明治
8年建立、高さ16m)の前を通って宮島に渡りました。
そこは、苣曰本三景の-つに挙げられ、合世界文化遣
6
に浸ることができました。
ろ。目玉のジュゴンの大水槽やイルカショウを楽しん
だ後、インターネットで選んで予約しておいた店では
鳥羽淫で獲れたての魚に舌鼓。舌もお腹も満足した
グループは、次に伊勢志摩スカイラインを通って内宮
へ。バスは曰に2本の定期便ながら他に客のいない専
翌曰からは、化学科卒業の19名で木曽路旅行に出
かけました。馬込の旅籠で一泊して、翌曰は生'僧の
雨。「木曽路には雨がよく似合う」などと言いながら、
中山道を妻籠まで1時間ほど歩きました。さらに、記
念クラス会誌「半世紀を越えて」をつくって、お世話に
有状態で、ツアーの最終地に向かった。
なった先生方や関係者にも配布しました。
私たちのクラスで、これまでに亡くなったのは6名
お伊勢さんでは70路の年並みに殊勝らしく拍手を
打ち、大杉木立の中にしばし身を置いたあと外宮に廻
り、2曰間とも'|央晴に恵まれたツアーは宇治山田で解
ですが、名簿を整理してみますと、学科によって物故
者の割合が大きく違うことに気がつきました。数学科
38%、物理学科24%、化学科11%、生物学科7%でし
た。何か理由があるのでしょうか.同じようなことは他
散となった.
言回のツアーの特徴の-つは、大阪、名古屋からの
近鉄特急、域内電車・バス、施設の入場、乗船すべてフ
リーパスの9,300円のパスポート"まわりやんせ"を各
人で買って参加してもらい、マイク□バスを使わず費
用が大幅に節約できたこと。二つ目は、3人の世話人
が始めに2回集まっただけで、あとは当曰までの4カ月
間に百通を超えるE-メールで相談し、0寺刻表、地図、
店の検索も全部パソコンの世話になり、下見もなしの
インターネット企画であったことである。6割の人がア
ドレスを持ち、アンケートから案内までの郵送費もセー
ブされ、70才を超えた集団ながら時代を反映したツ
アーとなった。(写真は鳥羽水族館前で)
の学年でもみられるのでしょうか。お分かりでしたらお
知らせください。
"ばけだす,,例会、於「河内長野」
高橋政司(新制化6回)
新制4回クラス会・伊勢志摩ツアー
2003年10月13~14曰、大阪の河内長野で第17回目
の同期会を催行しました。このところ、関東と関西と
会丼滋郎(新制4回金子研)
が交互に世話役を引き受け、年1回開催という方式が、
ほぼ定着しています。合回は、関西の竹内さんが主担
前年の富士山麓周遊につづいて6回目の一泊旅行
は、10月23,24曰に伊勢志摩に出掛けた。
当幹事となって、計画を立案され推進されたもので、
河内長野駅近くの「エルサンティ河内長野」を宿拍場
所とし、関西在住の万々にご協力いただき、参加者は
5台の車に分乗して近隣を観光いたしました。参加し
たのは、鬼籍に入られた方を除く同期生33名中の21
名で、0乍年の鎌倉での開催時と同じ人数でした。
13曰、2時に「エルサソテイ河内長野」に集合し、ま
関東、九llllllからも3名参加の総勢15名は、まず志摩
の賢島に午後集合し「工スバーニヤクルーズ」のエス
ペランサニで英虞湾を一周した。ついで合歓の郷の保
養地のサントリー・サンロッジにチェックインし、夕方の
「合歓の郷」園内を散策したり、バターゴルフに興じた
りし、展望の効いた「潮騒の湯」で体をほぐしたあとサ
ン□ツジで宴会。
活け造りの舟には、10月解禁の伊勢えびやアワビ
など志摩ならではの美味が満載。酒量はほどほど、TV
の巨神戦延長でなかなか床に就けない。
翌朝は、超水族館を標槽する鳥羽水族館から始ま
ず天野山金剛寺を参観。ここは女人高野、あるいは南
北朝時代に南北両朝が同じ時同じ場所に行在所をお
いたことで知られているお寺です。境内の摩尼院で
は楠木正成の軍旗や正行が切腹しようとした櫻井の
駅の「子別れの短刀」を見ることができました。次に河
7
後の生き方まで、話は尽きず、2時間が瞬く間に過ぎ
去った感じであった。再会した当初は、お互いの変化
を意識するが、十分もすると、中之島時代の姿が甦D、
回顧談義に花が咲き、|曰交を暖める良い機会になっ
ていた。二年毎に開くタイムカプセルである。翌曰は、
午前中、鈴鹿国定公園の御在所岳にケーブルで登り
秋の紅葉(?)や眺望を楽しんだ後、午後は、同級生の
加藤郁之進君が社長をしているタカラバイオ株式会
社・ドラゴンジェノミックス遺伝子解析センターを見学
し、バイオサイエンスの発展に深い感動を憶えながら、
次回は福井で行う事を約束して帰路についた。
内長野の水源である滝畑ダムを見学し、磨崖佛を見
るためダムの堰堤へ向かおうとしたところ、残念なが
ら4時が門限で入れませんでした。
温泉に浸って疲れを癒した後、夕方からは例によっ
て例のごとく、近況報告や'懐古談など宴会の時間帯
だけでは到底収まりきらず、寝室に席を移し時の経つ
のも忘れて歓談いたしました。
翌14曰、車を連ねて檎尾山観心寺、楠批庵、楠公生
誕地、建水分神社、寄手塚・身方塚を回りました。観心
寺は楠木一族に関係するお寺で正成の首塚があり、
楠批庵は正成夫人の余生を送った場所、建水分神社
は楠木家の守護神社、寄手塚・身方塚は正成が建てた
敵と味方の戦死者の蟇、というわけで、楠木正成ゆか
りの場所巡りです。その終わりに、あいにくと天気がく
ずれだした雨の中、西行法師が没した弘川寺を訪れ、
辞世の句「願はくは花の下にて舂死なむそのきさらぎ
の望月のころ」の歌碑や西行塚を眺め、その没年73
歳に我々もかなり近づいてきたことに無常を感じさ
せられました。
昼食後、来年の再会を約し解散しました。例年出席
していた2~3の会員の不参加の理由として、体調不
調のためとの近況を伺いましたが、体調を回復されて、
次回は是非元気に参加されることを期待しています。
なお、"ばけだす',という我々同期生が原稿を持ち
寄って作っている文集は、本年3月第5号を発行しまし
た。年々ページ数が増しており、寄稿者各人の文才に
驚かされている次第です。来春第6二の刊行も確実と
新制化30回生同窓会報告
大山浩(新制化30回)
思われます。
新制化30回のクラス会は、7月26-27曰、田中君の
お世話で、和歌山県湯浅の花王研修センターにて開
催した(3年越しの約束にしたがって)。出席は(足達、
上の菌、大浦、大山、島本、柴田、谷、中地、竹本(西川)、
濱田、深瀬、水元、翠、乗岡(薮本)、横山、若林、田中)
の17名。各自の都合にあわせて現地集合。湯浅駅を
降りると、5も名と鉢合わせ。タクシー相乗りで現地へ。
長らく同窓会をさぼっていた私には、中には20年ぶり
に見る人も。見間違える程ずいぶんと額の広くなった
人(T君)も中にはいましたが、皆見覚えのある'懐かし
い顔です。夕食までの時間希望者はテニスを行いまし
た。皆さん真面目にテニスクラブで腕を磨いておられ
る様子でレベルの高さに非常に驚きました。曰頃の鍛
錬の差が歴然と表れる微妙な年令でしょうか。夕方、
大広間にて夕食・宴会。途中、ラウンジより美しい夕曰
を眺めました。夕食後はラウンジで2次会・さらに談話
室で3次会を行い、深夜まで、近況報告・仕事の話・想
い出話等と話題に花を咲かせました。何らかの形で皆
さんが化学とかかわっていることが分かり、とてもう
れしく思われました。中には、さらにマージャンで3時
過ぎまで起きていた人もいました。
翌朝旱<、谷君、翠君、水元君、田中君のゴルフ4人
組は、仕事のある柴田君を、湯浅駅に送り届けた後、
一路、海南高原カントリークラブへ。(谷君の/ぶつちぎ
りの優勝(スコアは90台)で他の3人は似たり寄ったり
の3桁スコアでした。)他の人は(寝坊したF君を残し
新制7回生同窓会報告
蒲池幹治(新制7回)
昭和34年化学科卒業生のクラス会は二年毎におこ
なっているが、含回は、11月13-14曰、下西康嗣(長浜
バイオ大学学長)と山本正夫(東大阪大学学長)が世
話人となり、鈴鹿山麓にある湯の山温泉にて開催した。
出席者は東は東京、西は福岡から15名が参加した。出
席率は37.5%で、参加数は例年に比べて若干少なか
ったが、ウイークデイの開催であったので、現職で働
いている人やボランチア活動中の人の参加がなかっ
た事が一因と考えられる。
同窓会は6時から始った。学生時代の想い出から合
て)、朝食後、2台の車に分乗して湯浅駅へ。途中、道に
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迷って農道を快調に進み、迷路に突入。おかげで島本
建物の新築・改修への寄付金の残り(983,128円)を、
写真のように化学・高分子科学棟の共通スペースの充
実化に使用させて頂きました。誠にありがとうござい
君の車が小破。でも楽しい想い出となりました。
湯浅駅に着いた後、-部の人は醤油蔵の見学。その
後、各自帰路に着いた。
次回は3年後に足達君のお世話で関東で行われる
予定です。会年参加できなかった人は次回はぜひ参
加して下さい。末永く本会が続くことを願ってやみま
ました。
せん。
最後に、同期の櫛田隆弘君が11/16(曰)に急逝され
ました。まじめに化学とかかわってきた櫛田君の輝か
しい軌跡を思うと、とても残念でなりません。あらた
めてご冥福をお祈りいたします。
会議テーブル、椅子一式
ブラインド
636,564円
318,567円
計955,131円
逝去
前号のニユーズレター(No.16)を発行以降(2003年
2月以降)、永契会会員の皆様から次の万々の計報を
お知らせ頂きました(敬称略)。
藤井浩(S191B)、藤居良介(真・赤・松・池・長)、京極
好正(名誉会員)、中原昭次(旧制21回)、岡野貞夫(S
34化)、香西恵治(S29化)、牧野大輔(S40高)、吉川
要三郎(S201B)、松岡延子(槌・新・海)、甲田孝(S52
化)、櫛田隆弘(S57化)、隈弘夫(久・合)
おしらせ
謹んで御冥福をお祈りいたします。
ご寄付のお礼とお願い
2002年度会計報告
大阪大学理学部化学教育研究会編「自然のしくみ」
(共立出版)の印税の剰余金を永契会にご寄付頂きま
しだ。この書をご執筆頂いた理学部の先生方に厚く御
礼申し上げます。また、ニューズレターにてご寄付を
募りましたところ、多数の会員の皆様から暖かいご寄
付を頂きました。誠にありがとうございました。これら
のご寄付を含む昨年度の会計は2002年度の会計報
告をご覧ください。
永契会の主たる収入源は、新たに入会される新会
員(その年度の卒業生)からの終身会費のみです。ニ
ユーズレターや会員名簿の発刊などの永契会の活動
には、毎年の終身会費だけでは中々賄いきれないの
が現状です。したがって会員の皆様には、いつもなが
ら、ご寄付をお願いする次第です。ご寄付には、同封
の振替用紙をご利用下さい。-□1,000円からとさせ
2002年度の永契会会計決算は、去る2003年3月
14曰の総会で、下記の通り承認されました。
計
て頂きます。
2003年度の会計報告は、次号のニユーズレターに
て行います。
化学・高分子科学棟の共通スペースが充実
前皀のニユーズレター(No.16)の発行以降、化学系
計
9
670,000
1,435,856
440,000
3,200
6,078,932円
150,000円
678,476
21,239
3,000
5,226,217
円円円円
[支出の部]
総会費
ニユーズレター15号印刷・
発送費
事務関係費
AKテラス命名御礼金
次年度への繰越金
3,529,876
円円円円円
[収入の部]
前年からの繰越金
2002年度終身会費
寄付金
名簿代
利息
6,078,932円
人事
大阪大学大学院理学研究科化学系教室における人
事異動についてお知らせ致します(期間:平成15年2
月1曰~平成16年2月1曰;敬称略)。
・昇任
教授
講師
稲葉章
森田晴(中筋研究室)
●
転新齢
転任
助教授
助手
新任
●
助手
助手
助手
奥村光隆(山□研究室)
吉村崇(篠原研究室)
7月16曰付
4月1曰付
・停年退官
教授
教授
助教授
・辞職
助教授
助手
助手
松尾隆祐
但裸道夫
山本景柞
3月31曰付
3月31曰付
3月31曰付
Bonnet,Laurent(分子熱)6月30曰付
中本忠宏(分子熱)9月30曰付
Axel,Woelke(物性初化)9月30曰付
編集後記
3月1曰付
4月1曰付
昨年度に引き続き、多数の会員の方々からご寄稿頂
き、=年のニューズレターも無事発行できるはこびと
なりました。特に各年度のクラス幹事の皆様、ご協力
大変ありがとうございました。会員の皆様相互の'情報
交換の場として、このニューズレターが少しでもお役
に立てればと念じております。来年もまたニューズレ
ターを発行する予定ですので、またのご寄稿をお待
藤本ゆかり(楠本研究室)3月1曰付
Axel,Woelke(物性初化)4月1曰付
北河康隆(山□研究室)4月1曰付
中本忠宏(分子熱)4月1曰付
崎里直曰(分子熱)10月16曰付
●
助手
助手
BonnetLaurent(分子熱)4月1曰付
助教授
併任助 教授塚原聰(渡會研究室)7月1曰付
転出
中野雅由(山□研究室)
中野雅
大阪大学基礎工学研究科助教授に4月1曰付
大阪
ち致しております。
合年度の永契会幹事会は、則末尚志(幹事長)、大
山浩(副幹事長)、齋藤一弥(庶務幹事)、久保孝史
(会計幹事)で運営して参りました。来年度は、則末尚
志(幹事長)、大山浩(副幹事長)、石水毅(庶務幹
事)、浦川理(会計幹事)という幹事会メンバーの交
替を総会でお計りする予定です。
塚原聡(渡會研究室)
広島大学理学研究科助教授に7月1曰付
中北愼-(長谷研究室)
香川大学総合生命科学実験センター助教授に
1月1曰付
2004年永契会総会のご案内
永契会総会を下記の通り開催いたします。
曰時:2004年3月18曰(木)午後5時より
場所:大阪大学豊中地区福利センター(阪大生協)4階食堂
尚、当曰は総会に先立ち、午後2時40分より理学部本館5階大講義室におきまして、本会会員、石原
英昭氏(元東洋紡研究所長、現京都工芸繊維大学教授;新制高4回)を講師に迎え、「研究開発におけ
る3Pについて-Passion,Patience,Prideなど-」と題する2003年度卒業記念講演会が行われます。
また、永契会総会に引き続いて、化学系教室と共催で卒業記念パーティーを催します
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永契会NEWSLETTER(No.17)
2004年2月発行
〒seo-oo4s豊中市待兼山m1-1
大阪大学理学部化学系教室永契会
電子メールeikeikai@chemsci、osaka-u、ac,ル
ホームページhttp://www、CheⅢsci・osaka-u.ac・jp/
~eikeikai/main・html