朴次期大統領への期待:国民の和合と経済繁栄の両立を

林廣茂の経済・経営コラム 50
朴次期大統領への期待:国民の和合と経済繁栄の両立を
西安交通大学管理大学院客員教授
林廣茂
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高い投票率と二つに割れた国論
12 月 19 日の韓国大統領選挙は、その 3 日前の日本の衆議院の総選挙とは全く違う、
韓国ならではの様相を際立たせた。先ず、自分たちの大統領を直接選挙で選ぶ手応えが
ある韓国と、総理大臣を間接的にしか期待できない日本との違いである。一つはそのせ
いだろう。選挙への熱気や盛り上がりがすごく、投票率は過去二回の大統領選よりも高
く 75・8%だった。日本の 60%未満・戦後最低の投票率との差が大きい。権利であり義
務でもある投票を放棄しながら、批判は声高にする無責任な人が多いのが日本の現実だ。
そして韓国の、世代間での投票率の違いや主義・主張の対立が大きく浮き彫りにな
った。国論が二つに分裂し、今後対立がますます深刻になる恐れが十分にある。半数近
い反対派を含む国民を和合・団結させて、内外で山積みの経済課題や安保課題を解決す
る積極果敢な政策の実行は、口で言うほど容易ではないだろう。
大統領選で見えてきた韓国社会の大きな変化のうねりをどう理解すればいいのかに
ついて、30 年近く韓国とビジネスを通じた交流をしてきた日本人の友人(KT さん)と、
滞在中のソウルと東京間で、やり取りしたメールの要点を紹介したい。
朴次期大統領を実現した 50 歳代以上、反対した 20-30 歳代
【KT さん】韓国の大統領選挙が、朴僅恵候補の勝利で終わり、私もそうですが皆さ
んも取りあえずホッとされているのではないでしょうか。KCG さん(KT さんと私の共通
した 30 年来の韓国人の友人)は喜悦満面のメールを送ってきています。しかし私には
ただ 1 つ、ごく単純なことで分からないことがあります。
朴候補の支持者の顔は目に浮かぶのですが、文候補の支持者の顔がいまひとつイメ
ージできないのです。先日 OK 氏が出演した NHKBS の選挙速報番組があり、李明博政権
のために窮迫を強いられ与党への信頼を失い、文候補を支持することになった中小企業
経営者たちが出ていて、それはよく理解できたのですが、それだけであんなに伯仲する
ほどの勢力にはならないと思います。できれば林さんからでも解説していただければと
思っています。
【私】朴さんの当選は、
「投票日直前 18 日に、文候補がかなり優勢との情報があり、
50 才以上の保守層が危機意識に駆られて、投票行動に出て逆転したからだ」と、ソウ
ルで新聞を読み、現地の人たち、そして、日本の新聞社の特派員たちから聞きとってい
ました。その後明らかになった調査結果はこうでした。50 代の投票率が最も高く 89.9%、
続いて 60 代が 78.8%でした。それに対して、20 代は 65.2%、30 代は 72.5%、40 代は
78.7%。保守派が大多数である高年齢者の投票率が高く、文候補が当選したら、韓国の
政治体制が、大きく親北朝鮮に変わる危機意識を持って、彼らが朴さんに雪崩を打つよ
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うに投票したとのことです。とくに 50 代の投票者の 63%が、朴さんに投票したと出口
調査で集計されました。
韓国社会が今、大きく二つに分裂しています。「反北朝鮮の保守で、経済成長と格差
是正の両立を求める」人たちは、現役でバリバリ働いている 40 代・50 代以上です。「親
/容北朝鮮の変革で、財閥を解体してでも格差是正を要求する」人たちは、20 代・30 代
の過半数・40 代の半数近く。これまでの全羅道と慶尚道間の地域対立に加えて、世代
間での国の体制に対する価値観の対立が今回は尖鋭に出てきました。それにしても若者
層・20-30 代のマジョリティの、反財閥と親北朝鮮の思い入れの強さに驚いています。
重い課題を背負った新大統領
【KT さん】早速
返事を下さって感謝しています。投票率が逆ピラミッドになった
ことが朴候補者を利したらしいことは日本のマスコミでも指摘されていますが、その雰
囲気を林さんが伝えてくれてよく分かりました。
私が、顔が見えないと考えるのは文候補者の支持層のほうです。李政権に裏切られた
思いの中小企業経営者、それから、コミュニズムや北に共感している若者たちがその一
部をなしているだろうことは分かる気がします。しかしそれだけで、あんなに高い得票
率にはならないだろうというのが私の感想です。そのことは、林さんの文章の「それに
しても若者層・20-30 代の親北朝鮮の気分・思い入れの強さに驚いています」にも表
れていて、私と同じ疑問を感じておられるような気がします。
【私】得票率の高さに、日本人には分からない韓国人の思いが反映していると思い
ます。韓国は今、1980 年代後半までの軍事独裁時代にはあり得なかった、5 年に一度「直
接選挙で我らが大統領を選ぶ」直接民主主義の国です。自分の投票で大統領を選べるス
リル。夕食を一緒にした韓国人たちは、大統領選の話題、朴候補と文候補のどちらが有
利か、で盛り上がり、ゲストの私が一緒にいることなど眼中にありませんでした。不謹
慎ですが、ゲーム感覚で楽しんでいるようでした。
親/容北朝鮮の人々の多さについては、前出の NHKBS 番組に出た OK さんと最近喋った
とき、彼が「南北が、二つの異なった体制下で、自由に移動できるようになったら、韓
国人の半分近くが北に移住するのではないか」と言ったほどです。私は、「北の半数も
南に来るだろうから、ちょうど南北半々の人口で改めて南北で別々の国づくりをするだ
ろう。しかし、南北の政治・経済体制を統一するのは不可能だろう」と返しました。
朴次期大統領は、勝利宣言の中で約束した「二分した国民の和合」をどう実現する
のか、重い課題を背負いました。勝った保守派は、親/容北朝鮮の人たちをこのままに
して「和合・団結できるわけがない」と声高です。負けた変革派は、「次の 5 年後での
雪辱を期して勢力拡大を続ける」と宣言しています。
国民の和合を実現し、そして、「国家をますますの経済的繁栄と安全保障の確保に
導く」、と公約した新大統領への国民の期待は本当に大きいと思います。
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