複数種病原体の同時検出・定量手法の開発

 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
31. 複数種病原体の同時検出・定量手法の開発
石井 聡
Key words:感染症,食中毒細菌,検出技術, マイクロ流体工学,定量的 PCR
北海道大学 大学院工学研究院
環境創生工学部門
水質変換工学研究室
緒 言
迅速に病原体を検出・定量することは,適切な治療,感染症の拡大防止,および感染リスクの評価において極めて重
要である.しかしながら,複数種の病原体が存在するため,従来法による検出・定量技術では,それらを同時に検出す
ることは困難であった.本研究では,マイクロ流体工学に基づく定量的 PCR を応用することにより,複数の病原微生
物を同時に検出・定量する手法を開発することを目的とした.
方 法
1.TaqMan qPCR アッセイの開発
同一条件で反応可能な,18 個の遺伝子を対象とした TaqMan probe 法による qPCR アッセイを設計した.このほ
か,すでに確立されている2つの TaqMan qPCR アッセイを合わせて,合計で 20 個のアッセイを本研究で用いた.こ
れにより,食中毒および水系感染症の代表的な病原細菌9種(病原性大腸菌,サルモネラ,カンピロバクター,リステ
リア,レジオネラ,ウェルシュ菌,赤痢菌,腸炎ビブリオ菌,コレラ菌),一般大腸菌 1 種,プロセスコントロール
NH8B 株を対象とする TaqMan qPCR アッセイを構築することができた.
定量のため,ターゲット遺伝子を組み込んだプラスミドを直鎖状にし,PicoGreen 比色法で濃度測定後に段階希釈し
たものを検量線として用いた.従来法による qPCR (以下,C-qPCR) は ABI Prism 7000 Sequence Detection System
(Applied Biosystems) を用いて,マイクロ流体工学装置による qPCR (以下,MF-qPCR;図1) は BioMark (Fluidigm)
を用いて行った.
MF-qPCR の前に,DNA の前増幅 (Specific Target Amplification: STA) 反応を行った.これは,上記 20 個のアッセ
イに用いるプライマーペアを混合して行う 14 サイクルの Multiplex PCR である.STA 反応が qPCR の定量性能に影
響を与えるかどうか慎重に検討した.また,11 種 35 株の微生物純粋培養株から抽出したゲノム DNA を用いて CqPCR および MF-qPCR を行い,アッセイの特異性を検証した.
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図 1. マイクロ流体工学装置による定量的 PCR(MF-qPCR)法の原理.
実際の MF-qPCR では,1回のランで最大 96 サンプル,96 ターゲットの qPCR(合計で 9,216 反応/run)を行
うことができる.
2.糞便試料および環境水試料への適用
ヒト糞便に,病原体9株とプロセスコントロール株を単独または混合して接種し DNA を抽出した.また,湖沼水に
大腸菌 O157:H7 およびプロセスコントロール株を各濃度 101〜107 cells/L となるように接種し,加圧濾過を行った.濾
過後の膜から菌懸濁液を回収し DNA を抽出した.糞便および環境水から得られた DNA に対して C-qPCR および
MF-qPCR を行った.
結果および考察
1.TaqMan qPCR アッセイの開発
本研究において,特異的かつ高感度な TaqMan qPCR アッセイを 20 種開発することができた.アッセイは高い増幅
効率 (90〜110%) と広い増幅レンジ (2〜2×106 copies/µL) を持っていた(図2).STA 反応を行った検量線の方が小さ
い Cq 値(図2の y 軸)をとったことから,検出感度が高まっていることがわかった.また,検量線の傾きは STA 反
応の有無によらず同様であったことから,増幅効率に大きな差はないと判断した.さらに,STA 反応の有無によらず
増幅レンジに大きな差がなかった.以上のことから,STA 反応は qPCR の定量性能に影響を与えないと判断した.
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図 2. 20 種類の TaqMan qPCR アッセイによる検量線.
STA 反応後に作成した検量線(●)と STA 反応なしで作成した検量線(◯)をそれぞれのアッセイについて
図示した.また,検量線の数式と r2 値を示した.
純粋株を用いた特異性検証の結果, Listeria monocytogenes serovar 4c JCM7679 からはターゲット遺伝子( iap ,
hlyA)が増幅されなかったが,それ以外の株からはそれぞれのターゲット遺伝子が検出された(図3).したがって,
本研究で開発した TaqMan qPCR アッセイは特異的であると判断した.
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図 3. 20 種類の TaqMan qPCR アッセイの特異性検証.
病原体の純粋株から DNA を抽出し,TaqMan qPCR に供した.C-qPCR および MF-qPCR では同じ結果が得ら
れた.
2.糞便試料および環境水試料への適用
糞便や環境水試料に病原体を接種した場合,接種菌株のみを特異的に検出することができた(図4).夾雑細菌が多
数存在する糞便のようなサンプルからも特定の病原体を特異的に検出によることができた.その際の検出感度はそれ
ぞれ 500〜5×104 cells/g 糞便および 100 cells/L 水であった.菌体を段階希釈して接種した場合は,菌体量に応じて定
量値が減少していった(図5).したがって,MF-qPCR による定量は環境試料に対しても適応可能と考えられる.
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図 4. 糞便試料および環境水試料への適用.
ヒト糞便および湖沼水に濃度既知の病原体を接種し,DNA 抽出後に MF-qPCR に供した.MF-qPCR による定
量値はグレースケールで示した(色が明るいほうが定量値は大きい).サンプル名の Mix E6〜Mix E2 とは,10
種類の病原体(腸管出血性大腸菌(EHEC)O157,サルモネラ,カンピロバクター,ウェルシュ菌,レジオネ
ラ,リステリア,コレラ菌,腸炎ビブリオ菌,およびプロセスコントロール NH8B 株)をすべて混合し,濃度
106 〜102 に希釈して接種したものである.また,サンプル名の E+N E7〜E+N E1 とは腸管出血性大腸菌
(EHEC)O157 とプロセスコントロール NH8B 株を混合し,濃度 107〜101 に希釈して接種したものである.
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図 5. 接種菌体量と MFq-PCR による定量値の関係.
環境水試料に接種した病原体濃度を x 軸に,MF-qPCR による定量値を y 軸にとり,回帰直線をひいた.4 つの
回帰直線は,eaeA(♢),stx1(□),stx2(△),および NH8B_3641(●)をターゲットとした定量結果に基づ
くものである.
3.結論
以上より,MF-qPCR によって複数種病原体を同時に検出・定量することが可能であると示された.本手法は病原体
特定のための迅速な診断ツールとして,および正確なリスク評価手法として応用可能であると期待される.
共同研究者
本研究の共同研究者は,国立極地研究所新領域融合研究プロジェクトの瀬川高弘および北海道大学大学院工学研究院の
岡部 聡である.本稿を終えるにあたり,本研究を御支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げま
す.
文 献
1) Ishii, S., Segawa, T. & Okabe, S. : Simultaneous quantification of multiple food and waterborne pathogens
by use of microfluidic quantitative PCR. Appl. Environ. Microbiol., 79 : 2891-2898, 2013.
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