本田賞 35 回記念シンポジウム 記念講演 講演要旨 「生物学および医学における水分子のエコテクノロジー」 デニ・ルビアン 21 世紀のはじめ、人類は、炭素原子 1 つと酸素原子 2 つという 3 つの原子から成る、非 常に小さな分子に注目しています。大気中の CO2 の量を制御することは、経済的、社会的、 政治的な面での主要な目標となりつつあります。ところで、近い将来に少なくとも CO2 と 同程度に重要な役割を果たす事になるであろう、酸素原子 1 つと水素原子 2 つという、同じ く 3 つの原子から成る小さな分子がもうひとつ存在します。 周知のように、大気中における CO2 の濃度が過度になれば地球上の生命にとって有害で ある一方、H2O は、とくに液体の状態にある時には「ブルー・ゴールド」とも呼ばれ、まさ に私達の生活にとって不可欠な存在です。水資源の枯渇は、何世紀にも渡って干ばつ、飢饉、 さらには戦争を引き起こし、死をもたらしてきました。充分な質と量の飲料水を確保するこ とは、今世紀各国にとって大きな課題となるでしょう。このことは驚くに値しません。 水は人間の体重の 60〜70%を占めており、生物学的機構の働きにとって不可欠な存在です。 個々の生物は、水を最大限に活用するため、それぞれの生息環境に応じて異なった戦略を採 ってきたのであり、水はそのようにして生物多様性に貢献しています。細胞組織による水の 活用メカニズムが不全となると、重篤な疾患、または死へとつながる恐れがあります。 1980 年代の中ごろ、脳内の水拡散の状況が磁気共鳴画像法(MRI)によって画像化でき ることが明らかになりました。水分子は、ランダムに変位しつつ微視的スケールの組織構造 を調べることにより、細胞組織の機能構築に関する独自の情報をもたらします。虚血現象が 発症段階をすぎ、細胞毒性浮腫のために脳細胞が膨張すると、水拡散が急激に低下すること が発見され、拡散 MRI は急性脳虚血の検査に大々的に採用されてきました。比類のない感 度を備えた水拡散 MRI のお陰で、患者はまだ脳細胞を救うことができる段階で適切な治療 を受けられ、重篤な後遺症を免れることができるのです。 一方で水拡散は、軸索膜が繊維細胞に対しての垂直の分子運動を制限するために、白質内 において異方性をもつ、ということが発見されました。この特性を活かすことにより、白質 索と脳神経接続の配置の驚くべき美しいマップをわずか数分で制作でき、白質索の微細構造 および完全状態に関する情報も得ることができます。水拡散 MRI によって、統合失調症の ような精神疾患は、脳神経接続の不具合が原因の可能性がある、ということが分かってきて います。さらに、脳/胸部/肝臓/前立腺等のさまざまな器官の病変内の細胞組織を知る手 がかりを与えてもくれます。 そのため拡散 MRI は現在、癌の正確な初期診断、もしくは治療効果の観測に用いられて います。水は最も重要な「生体分子」と見なされるに値することは明らかであり、その重要 性は忘れてはならないし、当たり前のものとみなしてはならないのです。
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