学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 論 文 題 目 竹原 主 査 神奈木 副 査 岸本 友貴 真理 誠司、山岡 昇司 Anti-tumor effects of inactivated Sendai virus particles with an IL-2 gene on angiosarcoma (論文内容の要旨) <要旨> 皮膚血管肉腫は治療に抵抗性で予後不良な悪性腫瘍である。今回、我々は、インターロイキン 2 遺伝子(IL-2)を封入したセンダイウイルス粒子(hemagglutinating virus of Japan envelope: HVJ-E)の血管肉腫モデルマウスに対する治療効果を検討した。IL-2 遺伝子封入 HVJ-E(HVJ-E/IL-2)の腫瘍内投与はマウスに移植した血管肉腫細胞(ISOS-1)の増殖を効果的に抑 制し、腫瘍消失率を改善した。HVJ-E/IL-2 は腫瘍局所への CD8(+)T 細胞と NK 細胞の集積を増加 し、所属リンパ節の制御性T細胞(Tregs)を減少させた。HVJ-E/IL-2 投与マウスでは myeloid –derived suppressor cells (MDSCs)が低値であり、CD8(+)T 細胞からの腫瘍細胞に対する IFNγ産生を増加した。HVJ-E/IL-2 にスニチニブ(チロシンキナーゼ阻害剤)を併用投与することで、 腫瘍消失率が大きく改善した。 <緒言> 皮膚血管肉腫は高齢者の頭皮や顔面に好発する予後不良の疾患である。近年の化学療法の進歩 により、治療の臨床成績は改善しつつあるが、根治的外科切除にもかかわらず局所再発は不可避 で肺、胸膜、脳への遠隔転移も高率であり、致死率が高い。 不活化され複製能力をなくしたセンダイウイルス粒子(HVJ-E)は安全で効果的なドラッグデリ バリーツールである。最近の研究で HVJ-E は、CT26 マウス大腸癌細胞、Renca 腎細胞癌への腫瘍 内投与で抗腫瘍効果が示されている。 一方、IL-2 は活性化 T 細胞や NK 細胞に刺激効果を持ち、悪性黒色腫に対する免疫療法や皮膚 血管肉腫への局所投与の有効性が証明されている。しかし、IL-2 は、その半減期の短さや全身毒 性などの臨床的な制限がある。そこで、我々は HVJ-E による局所的な持続性の IL-2 供給がこれら の問題を克服し、血管肉腫に対する理想的な免疫治療になり得ると推測した。この研究の目標は 皮膚血管肉腫に対する有効な治療法を確立するために、HVJ-E/IL-2 の抗腫瘍効果と治療による免 疫学的変化を確認することである。 スニチニブは腫瘍の増殖に寄与する様々なチロシンキナーゼの阻害や STAT3 シグナリングを介 する MDSCs 抑制、血管新生抑制作用を持つチロシンキナーゼ阻害剤であり、理想的な癌治療薬で - 1 - あることから、HVJ-E/IL-2 との併用療法の有用性について検証した。 <方法> マウス IL-2 遺伝子は、pVAX1 に挿入した(pVAX1-IL-2)。マウス血管肉腫細胞株 ISOS-1 を BALB/c マウス 6 週令メスの背部皮下に移植(day0)し、day12 より 4 日毎に計 3 回、生理食塩水、HVJ-E、 HVJ-E/pVAX1、 HVJ-E/IL-2 をマウス背部血管肉腫に局所投与し、腫瘍径、生存期間について検討 した。 Tumor-infiltrating lymphocytes (TILs)は腫瘍を細切、酵素処理し、パーコールによる密度勾配 により分離した。 CD8(+)T 細胞、NK 細胞、Tregs、MDSCs 存在率はフローサイトメトリーで解析した。 CD8(+)T 細胞の IFNγ産生は ELISA 法で測定した。 細胞障害活性はターゲット細胞を CFSE(5-(6)-carboxyfluorscein diacetate succinimidyl ester)でラベルしエフェクター細胞と共培養後、7-AAD(7-amino-actinomycin D)で染色し、フロ ーサイトメトリーで解析した。 スニチニブは day12 から day50 まで連日、経口投与した。 統計解析は生存期間についてはカプランマイヤー法で算出し、ログランクテストで検定した。 それ以外ではチューキーの多重比較検定とスチューデントの t 検定を用いた。 <結果> HVJ-E、 HVJ-E/IL-2 いずれも in vitro で ISOS-1 の増殖を抑制しなかった。 In vivo において HVJ-E の局所注射は血管肉腫の増殖を抑制したが、HVJ-E/IL-2 投与ではさらに 抑制し、腫瘍の消失率(37.5%)が改善し、生存期間が有意に延長した。 HVJ-E により TILs における CD8(+)T 細胞、 NK 細胞は、増加し、所属リンパ節における Tregs は減少した。この効果は IL-2 の有無で変化しなかった。HVJ-E により脾臓の MDSCs は増加したが、 HVJ-E/IL-2 では増加はなかった。 HVJ-E 投与群の CD8(+)T 細胞は、ex vivo で、HVJ-E を癒合させた ISOS-1(ISOS-1/HVJ-E)に対し て IFNγ産生が増加した。一方、HVJ-E/IL-2 投与群の CD8(+)T 細胞は、ISOS-1/HVJ-E だけでなく、 ISOS-1 に対しても IFNγ産生が著明に増加した。 HVJ-E、HVJ-E/IL-2 投与群の CD8(+)T 細胞の細胞障害活性は、ISOS-1/HVJ-E に対して軽度増強 した。一方、NK 細胞では ISOS-1 に対する細胞障害活性が増強した。加えて ISOS-1/HVJ-E に対し ては HVJ-E に比べ HVJ-E/IL-2 投与群の NK 細胞はより細胞障害活性が増強される傾向にあった。 HVJ-E や HVJ-E/IL-2 投与により誘導される免疫反応は ISOS-1/HVJ-E に対してより強く認めら れたことから、ISOS-1 そのものに対する全身性の抗腫瘍免疫が形成されたかどうかを検討した。 HVJ-E/IL-2 投与により腫瘍が消失したマウスの項部皮下に ISOS-1 を移植し、無治療で 57%に腫 瘍を形成しなかった。これらのマウスの脾細胞を、放射線照射したナイーブマウスに経静脈的に 移入したのち、ISOS-1 を移植したところ、すべてのマウスで腫瘍を形成しなかった。 スニチニブは in vitro で ISOS-1 の増殖を用量依存性に抑制し、in vivo においても腫瘍の増 殖を抑制した。スニチニブと HVJ-E/IL-2 の併用(HVJ-E/IL-2/sunitinib)は著明な腫瘍増大抑制効 - 2 - 果を示し、腫瘍消失率は 75%であった。スニチニブ投与での TILs における CD8(+)T 細胞、NK 細胞 の減少、リンパ節での Treg 上昇は、HVJ-E/IL-2 により相殺された。スニチニブ投与群では MDSCs の減少傾向が見られ HVJ-E/IL-2/sunitinib では有意に減少した。 <考察> HVJ-E は CD8(+)T 細胞と NK 細胞の腫瘍への集積を促進し、 所属リンパ節の Tregs を減少させた。 これらの結果は CT26 マウス大腸癌細胞、Renca 腎細胞癌での結果と一致している。CD8(+)T 細胞 ではなく、NK 細胞の ISOS-1 に対する細胞障害活性は HVJ-E により促進された。IL-2 遺伝子を併 用することによって CD8(+)T 細胞の細胞障害活性は変化しなかったが、IFN-γ産生は著明に増強 され、CD8(+)T 細胞と NK 細胞の ISOS-1/HVJ-E に対する細胞障害活性は増強される傾向があった。 MDSCs は T 細胞の反応抑制に重要な役割を果たすことが知られており、このことが少なくとも 部分的には悪性腫瘍に対する免疫治療の効果の限界を説明すると思われる。HVJ-E 投与では in vivo での腫瘍増大抑制にもかかわらず、MDSCs は増加するが、これは HVJ-E がウイルス抗原とし て認識されることによるかもしれない。IL-2 遺伝子の併用によりこの MDSC 増加が抑制されるこ とが HVJ-E/IL-2 治療の HVJ-E 単独治療に勝る重要な利点かもしれない。 これまでの研究で局所のサイトカイン特性、すなわち、Th2 型反応へのシフトは MDSCs 数を増 加し、Th1 サイトカインの多い微小環境では、IL-2 や IFN-γが、MDSC を阻害することが分かって いる。我々の研究では、HVJ-E/IL-2 の局所注射による CD8(+)T 細胞からの IFN-γ産生増加と IL-2 産生が HVJ-E/IL-2 投与マウスでの MDSCs 抑制を説明するかもしれない。 HVJ-E/IL-2 投与マウス全体の 37.5%で腫瘍が完全に消失し、ISOS-1 に対する長期にわたる全身 性の免疫を誘導した。HVJ-E 治療に対し HVJ-E/IL-2 治療の優位な効果を MDSCs の違いだけで完全 に説明することは出来ないが、これらのデータは HVJ-E/IL-2 治療がより効果的に局所再発や遠隔 転移のリスクを減らすことを強く示唆する。 スニチニブと HVJ-E/IL-2 の併用により、腫瘍の増殖阻害が促進され、腫瘍消失率が増加した。 スニチニブ単独では CD8(+)T 細胞、NK 細胞の集積が阻害されたが、これらは HVJ-E/IL-2 併用に より回復し、MDSCs の減少効果はより顕著となった。スニチニブは HVJ-E/IL-2 の治療効果を減じ ることはなく、MDSCs 減少と腫瘍への直接阻害によって抗腫瘍効果を促進した。 <結論> HVJ-E/IL-2 による免疫治療は単独療法、またはスニチニブとの併用療法で皮膚血管肉腫に対して 有望な治療選択肢となり得る。 - 3 - 論文審査の要旨および担当者 報 告 番 号 甲 第 論文審査担当者 竹原 4 6 2 6 号 主 査 神奈木 副 査 岸本 友貴 真理 誠司、山岡 昇司 (論文審査の要旨) 皮膚血管肉腫は高齢者の頭頸部に好発する予後不良の悪性腫瘍である。本研究で申請者らは、 マウスの皮膚血管肉腫モデルを用いてセンダイウイルスエンベロープ粒子(HVJ-E)を用いた免疫 療法の効果を調べた。HVJ-E は、drug delivery としてだけでなく、最近、種々の悪性腫瘍で抗腫 瘍効果を示すことが報告されている。また、皮膚血管肉腫への IL-2 の腫瘍内投与の有効性を示す 報告があることから、申請者は、IL-2 発現プラスミドを HVJ-E 粒子に封入したもの(HVJ-E/IL-2) の抗腫瘍効果も合わせて検討した。その結果、HVJ-E のみでも腫瘍の増殖が低下したが、 HVJ-E/IL-2 ではさらに顕著な抗腫瘍効果が認められた。HVJ-E 投与により腫瘍内の CD8+T 細胞や NK 細胞数は有意に増加し、制御性 T 細胞数が減少した。また、HVJ-E/IL-2 投与群では T 細胞から の IFN-γの産生が増大し、NK 細胞による細胞傷害性が増大していた。HVJ-E/IL-2 投与により腫 瘍が消退したマウスは、同腫瘍細胞の再接種に対して抵抗性を獲得していた。HVJ-E/IL-2 局注に、 さらに、tyrosine kinase 阻害剤であるスニチニブの経口投与を併用すると、抗腫瘍効果はさら に高まった。スニチニブ投与群では、免疫抑制の一因となる myeloid-derived suppressor cell (MDSC)の減少が認められた。以上から、HVJ-E/IL-2 の腫瘍内投与にスニチニブを併用すると、 CD8+T 細胞、NK 細胞を含む抗腫瘍効果の増大、ならびに免疫抑制の軽減により、良好な抗腫瘍効 果が得られる事が分かり、有望な新規療法となり得ることが示唆された。 ( 1 )
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