3PMA43 - 日本心理学会

ピアノ演奏における聴衆の心拍変動に聴取文脈が及ぼす影響 コンサート場面と音のみ聴取場面の比較 ○正田悠 1, 2・安達真由美 1 (1 北海道大学大学院文学研究科・2 日本学術振興会特別研究員) キーワード:ピアノ演奏,心拍変動, 聴取文脈 Effects of the Listening Context on the Audience’s Heart-rate Variability in the Piano Performance
Haruka SHODA1, 2 and Mayumi ADACHI1
1
( Graduate School of Letters, Hokkaido University, 2JSPS Research Fellow)
Key Words: Piano Performance, Heart-rate Variability, Listening Context
目 的
音楽聴取によって、我々の身体には心拍や血圧の変化とい
った自律神経系の変化が生じる (e.g., Krumhansl, 1997)。近年、
音楽聴取中の交感神経・副交感神経系の働きを調べるために
心 拍 変 動 を 指 標 と す る 研 究 が 増 え て き た (e.g., Iwanaga,
Kobayashi, & Kawasaki, 2005)。本研究では、演奏者を見ながら
音楽を聴取するコンサート場面と演奏音のみを聴取する場面
で、心拍変動の諸指標が変化するかどうかを探索的に調べた。
本研究で用いた指標は心拍数 (HR)、CVRR、HF/Total、
LF/HF である。心拍数は R 波と R 波の間隔 (RRI) (秒) の逆数
に 60 を乗じることで算出され、身体的・精神的ストレスの指
標として従来からよく用いられてきた (林, 1999)。CVRR は
RRI の変動係数 (標準偏差 平均値) であり、この値が小さい
と、対象に集中し、緊張感が高まっていることを示す。また、
身体的・精神的負荷に抵抗するため、RRI は、体を活性化さ
せる交感神経と休息・休養を要求する働きを持つ副交感神経
の二重支配を受けている。一般に、この二つの働きを分離す
るためにスペクトル分析を行い、LF 成分 (0.04-0.15 Hz)、HF
成分 (0.15-0.4 Hz)、Total (LF 成分と HF 成分の和) の各スペク
トル積分値を求める。ストレス状態にあると LF/HF 値が大き
くなり、リラックスした状態にあると HF/Total が大きくなる。
すなわち、LF/HF を交感神経活動指標、HF/Total を副交感神
経活動指標 (林, 1999) と考えることができる。
方 法
参加者. 健康な大学生 58 人が実験に参加した。本論文では安
定したデータを得た 37 人分(男性 16 人、女性 21 人、18 26
歳、M = 20.59、SD = 2.06)の結果を報告する。
手続き. グランドピアノ (GP-193, Boston) が設置された学内
の多目的講義室において、7 人のピアニスト (音楽学部卒業)
に J. S. バッハ(平均律クラヴィーア曲集第 1 巻第 24 番前奏
曲、第 2 巻第 15 番前奏曲)、R. シューマン (トロイメライ、
飛翔)、C. ドビュッシー (亜麻色の髪の乙女、アラベスク第 1
番) の楽曲をそれぞれ 20 名程度の聴衆の前で演奏してもらっ
た。参加者には小型センサ (HRS-Ⅰ, Win ヒューマンレコーダ
ー株式会社) を装着した状態でいずれかのピアニストの演奏
を聴取してもらった。コンサート実験の約 10 週間後、録音し
た演奏音のみを同じ講義室で聴取してもらった。両条件で、
音楽聴取前の 6 分間、波の流れるような音を聴取してもらい、
この状態における各心拍変動指標をベースライン値とした。
分 析 . 事前分析において、聴取文脈によるベースラインの差
が有意でなかったため (t (36) = 0.24-1.76, p = .09-.82)、各指標
をそのまま分析した。ピアニストの効果も有意でなかったた
め、聴取文脈と楽曲を要因とする一般化多変量分散分析
(GMANOVA) で各指標を分析した。多重比較には Bonferroni
の修正による対応のある t 検定 (overall α = .10) を用いた。
結 果
表 1 に各曲、各文脈の心拍変動指標の平均値を示す。コン
サート条件では音のみ条件に比べて、HR (心拍数)、CVRR、
LF/HF の値が小さく、HF/Total の値が大きいことが読み取れ
る。GMANOVA の結果、CVRR、HF/Total、LF/HF で聴取文
脈の効果が有意で (Wilks’ Λs = .65-.90, Fs (1, 36) = 3.83-19.42,
ps = .001-.05, ηp2s = .10-.35)、CVRR、LF/HF は音のみ条件で、
HF/Total はコンサート条件で有意に値が大きかったことがわ
かった。楽曲の効果は CVRR のみ有意で (Wilks’ Λ = .69, F (5,
32) = 2.94, p = .02, ηp2 = .31)、亜麻色の髪の乙女における CVRR
がアラベスクよりも有意に大きいことが示された (p = .001)。
交互作用は HR でのみ有意で (Wilks’ Λ= .67, F (5, 32) = 3.14, p
= .02, ηp2 = .33)、平均律第 24 番の心拍数がコンサート条件よ
りも音のみ条件で高かったことがわかった (p = .002)。
考 察
音のみ条件と比較してコンサート条件で CVRR、LF/HF の
値が小さく、HF/Total の値が大きかったことから、コンサー
ト場面では演奏に集中し、高い緊張感を保ちながらリラック
スした状態 (副交感神経優位) で音楽を鑑賞していたといえ
る。コンサート場面では注意を演奏者に向けることができる
ため、集中して演奏を聴き続けることができる一方、演奏者
という注意の視覚的対象がいない状況で音楽を聴くことは、
コンサート場面で音楽を聴くことよりもストレスを生じさせ
やすいのかもしれない。今後、本研究で見られた楽曲による
心拍変動の変化を、演奏の物理分析や聴衆の心理印象から説
明できるかを検討する必要がある。
引用文献
林博史 (1999). 心拍変動の臨床応用. 東京: 医学書院.
Iwanaga M, Kobayashi A, & Kawasaki C. (2005). Heart rate
variability with repetitive exposure to music. Biological Psychology,
70(1), 61-66.
Krumhansl, C. (1997). An
表1. 各曲、各文脈における心拍変動指標の平均値ならびに標準偏差.
exploratory study of musical
HR
CVRR
HF/Total
LF/HF
emotions and psychophysiology.
曲 コンサート 音のみ コンサート 音のみ コンサート 音のみ コンサート 音のみ Canadian Journal of Experimental
M (SD)
M (SD)
M (SD)
M (SD) M (SD) M (SD)
M (SD)
M (SD)
Psychology, 51(4), 336-353.
平均律 I-24 75.73 (11.19) 80.28 (19.23) 7.35 (2.16) 8.81 (2.41) .35 (.14) .29 (.11) 2.65 (1.92) 3.16 (1.49)
平均律 II-15 76.78
トロイメライ 76.64
飛翔 78.00
亜麻色の髪の乙女 76.14
アラベスク 77.61
全曲平均 76.82
(13.05)
(13.21)
(11.93)
(12.68)
(12.87)
(12.49)
81.28
81.01
79.15
79.30
77.79
79.80
(18.96)
(21.94)
(20.51)
(18.48)
(19.61)
(19.79)
7.38
7.27
7.05
8.09
7.06
7.37
(2.09)
(2.51)
(2.66)
(3.00)
(2.91)
(2.56)
9.08
8.38
8.26
9.10
8.26
8.65
(1.91)
(2.03)
(2.39)
(2.57)
(2.03)
(2.22)
.34
.37
.34
.35
.34
.35
(.15)
(.15)
(.15)
(.15)
(.14)
(.15)
.29
.33
.31
.30
.31
.30
(.14)
(.14)
(.10)
(.12)
(.14)
(.13)
2.80
2.28
2.56
2.47
2.84
2.60
(2.60)
(1.35)
(1.45)
(1.40)
(2.35)
(1.84)
3.31
2.81
2.75
3.24
3.11
3.06
(1.96)
(1.52)
(1.09)
(1.80)
(2.11)
(1.66)
謝 辞 : 本 研 究 は 科 研 費
(10J00985)の助成を受けた。
心電計の使用・分析にあたり
奈良女子大学准教授、梅田智
広先生のご協力をいただいた。