3.乙7070 小林 真一郎 主論文の要約

主論文の要約
Increased von Willebrand Factor to ADAMTS13
Ratio as a Predictor of Thrombotic Complications
Following a Major Hepatectomy
von Willebrand Factor / ADAMTS13 の上昇は、
大量肝切除後の血栓性合併症を予測する
名古屋大学大学院医学系研究科
病態外科学講座
総合医学専攻
腫瘍外科学分野
(指導:梛野 正人
小林 真一郎
教授)
【緒言】
大量肝切除術では、周術期に凝固線溶系障害、血栓性合併症を経験することがある。
しかし、凝固線溶関連因子が大量肝切除時にどのように変動し、それが周術期合併症
にどのように関与するかの詳細な報告はない。
肝 星 状 細 胞 で 主 に 産 生 さ れ る A disintegrin-like and metalloprotease with
thrombospondin type 1 motif, member13(ADAMTS13)は von Willebrand factor
(VWF)の切断酵素であり ADAMTS13 が VWF を切断することで血管内に病的血栓
ができないように調節している。ADAMTS13 と VWF のバランスが崩れる、すなわ
ち VWF/ADAMTS13 が上昇することにより血小板血栓形成から微小循環障害をおこ
すことが推測される。本研究では、大量肝切除に伴い ADAMTS13、VWF をはじめと
する凝固線溶関連因子の変動を検討した。
【対象および方法】
2010 年 6 月から 2011 年 3 月までに名古屋大学病院で施行された葉切除以上の肝切
除群(HX)50 例と手術時間や出血量が肝切除と似ている膵頭十二指腸切除群(PD)
23 例をコントロール群にして、開腹前、標本摘出時、手術終了時、術後 1,2,4,7,14 日
目 の 8 ポイントで凝固線溶関連因子(ADAMTS13、VWF、platelets、PT、APTT、
Factor VII、fibrinogen、TAT、PIC)を採血した。
【結果】
表 1 に患者背景を示す。HX は 50 例、PD は 23 例であり、性別、年齢、病名、基
礎疾患、術前胆管炎の有無、術前閉塞性黄疸の有無、術前減黄方法で有意差は認めな
かった。
表 2 に HX の術式を示す。肝膵十二指腸切除例は 11 例、門脈、肝動脈、下大静脈
の血管合併切除は 38%の 19 例に施行した。
表 3 に手術時間、出血量、輸血製剤、術後合併症、入院期間に関して両群間で有意
差は認めなかった。
図 1 の A、B、C に示すように術後の HX での PT、Factor VII、fibrinogen は PD
に比較して低値を示した。
図 1 の D に示すように APTT の動きは両群間でほぼ同じ動きであった。
図 1 の E に示すように Platelets の動きは術後 7 日目以降で PD が HX に比べ有意
に高値であった。
図 1 の F,G に示すように TAT, PIC の動きは全経過を通じ HX は PD より高値であ
った。
図 2 の A に示すように VWF の動きは両群で同じような傾向であったが全経過を通
じ HX は PD より有意差をもって高値であった。HX では 4 日目には正常値の 3 倍以
上の 300%をこえて、7日目にはピークに達した。
図 2 の B に示すように ADAMTS13 の動きは、HX で術前は 68%だが手術に伴い急
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激にさがり手術終了直後は 41%となり、さらに低下を続け術後 14 日目でも 35%であ
った。一方、対照的に PD では手術終了直後で最も低く 52%だが以後は徐々に回復し
ていき 14 日目には 73%とほぼ術前レベルに達した。
図 2 の C に示すように VWF/ADAMTS13 に着目すると、PD で術後 14 日間、比較
的変動がなくほぼ正常値を示した。一方、HX では非常に高値で 7 日目にはピーク値
の 12.5 を示した。これは正常値の 10 倍以上の高値になる。
図 3 は、肝切除の 39 人と肝膵十二指腸切除の 11 人を比較した図であり A は VWF、
B は ADAMTS13、C は VWF/ADAMTS13 を示した。両群間でまったく同じ動きであ
り、肝切除に膵頭十二指腸切除を付加しても VWF、ADAMTS13、VWF/ADAMTS13
に変動がないことが分かる。
血栓性合併症を HX で 3 例認めたが PD では認めなかった。図 4 に肝切除後に血栓
性合併症を発症した 3 例の VWF/ADAMTS13 と血栓性合併症をおこさなかった症例
47 例の平均 VWF/ADAMTS13 を示す。
Case A は、右 3 区域尾状葉切除、門脈合併切除再建、左肝動脈合併切除再建した症
例で、術後 6 日目に門脈血栓発症し、肝不全に至った。門脈血栓発症 2 日前の
VWF/ADAMTS13 は 14.9 と高値であった。
Case B は右 3 区域尾状葉切除、下大静脈部分切除し外腸骨静脈にて再建した症例
で、術後 6 日目に下大静脈血栓発症し腎静脈まで血栓が伸び腎不全に至った。下大静
脈血栓発症 2 日前の VWF/ADAMTS13 は 13.1 と高値だった。
Case C は、右葉切除後の症例で、術後 3 日目に脳梗塞を発症し半身麻痺になった。
脳梗塞発症 1 日前の VWF/ADAMTS13 は 13.3 と高値であった。
3 症例とも VWF/ADAMTS13 は、最高値で 20 をこえていた。抗凝固療法を行い幸
い 3 症例とも回復して退院した。
図 5 に示すように、術後 7 日目の VWF/ADAMTS13 と ICGR15、手術時間、術中
出血量、残肝体積との関係を分析した。VWF/ADAMTS13 と ICGR15、手術時間、術
中出血量の間には統計的に有意な関係は認めなかった。しかし、残肝体積との間には
図 5D のように非常に強い相関が認められた。
【考察】
大量肝切除後には VWF と ADAMTS13 は特徴的な変動を示すことを明らかにした。
術後 7 日目、14 日目に VWF は上昇し ADAMTS13 は低下することが示された。臨床
的に重篤な血栓性合併症を示した 3 例では VWF/ADAMTS13 は、特に高くなってい
た。さらに VWF/ADAMTS13 は残肝体積に強く関連することが示された。
内皮細胞障害は大手術の結果の1つであり、VWF が上昇することは内皮細胞傷害
の指標として広く受けられている。本研究では、HX の VWF の値は、PD に比較して
著明に高値を示しており、肝切除は膵頭十二指腸切除より強い内皮細胞障害をひきお
こすのかもしれない。
ADAMTS13 の変動は HX と PD で強く違っている。PD では術後 1 日目から回復し
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14 日目には術前レベルまで回復する。対照的に、HX では術後 2 週間低下し続ける。
VWF/ADAMTS13 では、図 2C で示したように、さらに HX と PD の違いがより明確
になった。
心筋梗塞や脳梗塞や thrombotic microangiopathies での VWF/ADAMTS13 が高い
ことがこれまでの研究で示されているように、大量肝切除後に VWF/ADAMTS13 が
高いことは血栓性合併症をひきおこす可能性がありそうである。
図 5D は HX の VWF/ADAMTS13 が残肝体積に強く関連することを示している。こ
の よ う に ADAMTS13 の レ ベ ル は 残 肝 体 積 が 減 少 す る に つ れ 著 明 に 減 っ て い る 。
ICGR15、手術時間、術中出血量は VWF/ADAMTS13 と関係は認められなかった。こ
の残肝体積と VWF/ADAMTS13 の間に、明確な相関があるのを報告するのは我々の
知る限り初めての報告である。
我々の研究では 3 例が臨床的に重篤な血栓性合併症に至り、抗凝固療法を要した。
これらの合併症は全て HX におこり PD には発症しなかった。血栓性合併症を起こし
た患者の慣習的に測定されていた PT、Factor VII、fibrinogen、APTT、platelets、
TAT、PIC は血栓性合併症を認めなかった患者と変化はなかった。
VWF/ADAMTS13 は健常人では 0.51 から 2.43 と報告されている。しかし図 4 に
示すように血栓性合併症を発症した 3 人では非常に高く VWF/ADAMTS13 の最大値
は 20 をこえており、血栓性合併症をおこさなかった患者にはこのような高値は認め
られなかった。症例数は少ないが我々のデータは VWF/ADAMTS13 の上昇と大量肝
切除後の血栓性合併症発生との潜在的な関連を示唆した。
予防的な抗凝固療法をするべき VWF/ADAMTS13 を決めるためには、より大規模
な検討が求められる。我々の研究では、抗凝固療法は VWF/ADAMTS13 が上昇する
患者には行われるべきであり、標準的治療としてはワーファリンやヘパリンが使用さ
れる。しかし、これらの薬剤には、肉眼的な出血のリスクがあるので、ADAMTS 13
を補充し VWF/ADAMTS13 を正常化させることで出血性合併症を増加させることな
く大量肝切除後の血栓性合併症を減らすことが可能かもしれない。
【結語】
我々の研究は、HX と PD における凝固線溶系の動きを明確にした。さらに VWF/
ADAMTS13 の異常な高値は潜在的な血栓性合併症のリスクを示すかもしれない。
VWF/ADAMTS13 を正常化するための適切な治療プロトコールを作成し、重篤な血栓
性合併症発生を防ぐにはさらなるプロスペクティブな研究が必要である。
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