ペルセウス座銀河団における鉄の一様性の原因とその化学進化

2014 年度 第 44 回 天文・天体物理若手夏の学校
ペルセウス座銀河団における鉄の一様性の原因とその化学進化
山田 美幸 (お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科)
Abstract
太陽程度の比較的小質量の星が連星からの質量降着により爆発する Ia 型超新星の観測では、炭素や酸素
はほとんど燃え尽きて外には放出されず、かわりに鉄族元素を多く放出することがわかっている。近年、ペ
ルセウス座銀河団内の銀河団ガスにおいて、太陽における鉄の約 0.3 倍程度の量の鉄が一様に分布している
ことが X 線天文衛星「すざく」により報告がなされた。
この一様な鉄の起源を探るため、私たちは宇宙誕生初期の暗黒物質の収縮、および初代星の爆発に関わるシ
ナリオを提案した。またそれぞれの過程において起こりうる超新星爆発の種類とそれによる元素組成分布を
観測と照らし合わせることによって、銀河の構造形成と化学進化を大域的に考察する。
シナリオ検証のための最初のステップとして、宇宙初期に冷たい暗黒物質が一様に、かつ部分的に密度ゆら
ぎを持ちながら存在していたと仮定し、相対論的にその時間発展を追った。次第に密度ゆらぎが大きくなり、
暗黒物質が自己重力により宇宙膨張に逆らって収縮していくと、それらはガウス型に収縮していったのちに
跳ね返り、衝撃波のようなものを形成して初代星形成のトリガーになると思われる。
本講演では、これまでの計算結果および今後の展望について発表する。
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Introduction
かは未だわかっていないが、宇宙初期には通常の II
型や、Ia 型に加えて r プロセス元素を多く放出する
宇宙では様々な超新星が観測されている。そのな
ような現象がまれに起きていたことを意味する。
かには、比較的大質量の恒星が重力崩壊により爆発
するものや、小質量の恒星が伴星により爆発するも
のなど、様々な種類が存在する。重力崩壊により爆
2
Methods and Observations
発するのものは II 型超新星爆発、伴星降着により爆
発するものは Ia 型超新星爆発と呼ばれている。
最近の観測により興味深い観測事実が明らかとなっ
II 型は炭素や酸素、重元素まで合成するのに対して、 た。X 線天文衛星「すざく」により、ペルセウス座
Ia 型は爆発時に炭素や酸素はほとんど燃え尽きて外 銀河団において鉄が一様に分布しているという報告
には放出されず、かわりに鉄族元素を多く放出する がなされたのである (図 1)。
この鉄の量は太陽系の鉄の量のおよそ 0.3 倍であ
ことがわかっている。
また、銀河系ハローの球状星団には、金属が著しく り、さらにこれは銀河内だけでなく、銀河間ガス内
少ない金属欠乏星と呼ばれる恒星が多く存在してい
でも一様に分布していることがわかっている。この
る。ここで、金属とはヘリウムより重い元素を意味
一様な分布が意味することは、個々の銀河で超新星
する。より初期の世代の星ほど金属元素が少ないた
爆発が起きただけではなく、ペルセウス座銀河団が
め、様々な金属度をもった金属欠乏星の元素組成を
形成されてから Ia 型超新星爆発が銀河団内の至る箇
調べると、銀河系の化学進化と構造の形成進化に対
所で起こり、さらに鉄を一様に拡散させるような現
する知見を得ることができる。
象が起きたことを意味する。
近年の金属欠乏星の観測から、この星は r プロセス
この現象に対し、私たちは宇宙初期における暗黒物
元素と呼ばれる極めて中性子過剰な状態を経由して
質の崩壊モデルを提案した。冷たい暗黒物質が一様
作られる元素を多く含んでいるということがわかっ に分布している状態から、各々の密度ゆらぎが大き
てきた。r プロセスが一体どのような天体で生じるの くなり、やがてそれが重力崩壊することによってブ
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ンは以下のようになる。
)
√ (1
L = −g gij ∂ i ψ∂ j ψ − V
2
ここで、V は自己相互作用項であり、
λ0 2 4
ψ
2
と表すことができる。ここから変分原理よりエネル
ギー・運動量テンソルを求めると以下のようになった。
(1
)
Tij = gij ∂ i ψ∂ j ψ + V − ∂i ψ∂j ψ
2
これと、計量から求めたアインシュタインテンソル
を重力場の方程式に代入することで、ν, λ, ψ に関す
V = −m2 ψ 2 +
る方程式を以下のようにたてることができた。
∂λ
∂ψ ∂ψ
+r
= 0 (1)
∂t
∂t ∂r)
(
( ∂ψ )2
(
)
∂λ ∂ν
∂ψ 2
e−ν r
+ e−λ −
−
+
= 0 (2)
∂t
∂r
∂r
∂r
−
図 1: ペルセウス座銀河団における鉄の分布
最後に、ボゾン場の運動方程式も ψ に対して変分
ラックホールを形成すると仮定する。収縮したのち
は、これがゆっくりと緩和していくなかでまわりの
バリオンと衝突することによって衝撃波を形成する
と考えられる。この衝撃波によってアウトフローの
ようなものが生じ、星形成を一気に促すと思われる。
をとることにより求めることが出来た(式が長いの
でここでは省略する)。
以上のように、ν, λ, ψ に関する3つの方程式をたて
ることができた。これを解くことで、重力崩壊にお
ける暗黒物質の振る舞いを調べることが出来る。
この爆発的な星形成により初代星が広範囲で大量に
生まれ、それらが II 型、Ia 型の爆発をすることによっ
4
Discussion
て鉄があちこちで生成されるだろうと考えた。
モデルを検証するため、私たちはまず暗黒物質が崩
これらの方程式を解くことを試みたが、このよう
壊していくなかでそれがどのような振る舞いをする
な非線形偏微分方程式はあまり例がなく、直接解く
のかを計算した。以下にその結果を示す。
ことは困難であった。そのため、これらの方程式で
ミンコフスキー時空からの摂動を考えることによっ
て、どこで重力により不安定になるかを調べていき
3
Results
たいと考えている。また、このシナリオでは銀河内
今回、暗黒物質としてボゾン場を考え、また時空
は球対称を仮定した。この仮定の下で定めた計量は
以下である。
での鉄生成のみしか考えておらず、これでは銀河間
ガスにおける鉄の一様性を説明することが出来ない。
そのため、これに加えて銀河同士の衝突現象や SN
バーストにより鉄が個々の銀河から飛び出し、銀河
ds2 = eν(t,r) (cdt)2 − eλ(t,r) dr − r2 (dθ + sin2 θdϕ )
2
2
2
間空間にも鉄を拡散させるような可能性を考慮する
必要があると考える。また、金属欠乏星等の議論か
この計量からリッチテンソルを計算し、アインシュ ら、宇宙初期には r プロセスを起こすような爆発現
タインテンソルを求めた。これにより、時空の形状 象がまれに起こっていることがわかっている。鉄が
が求まることになる。次に、物質場が与える方程式
一様に拡散された時期を明確に特定することで、こ
をたてた。ボゾン場が存在する場合のラグランジア
の現象との関連性についても調べていきたいと考え
ている。
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Conclusion
今回、特にペルセウス座銀河団に焦点をあて、一
様に分布する鉄の起源を探るために、暗黒物質が一
様に分布する状態から現在に至るまでの大まかなシ
ナリオを提案し、暗黒物質が崩壊するまでの空間、時
間依存性を調べるための方程式をたてた。銀河団内
という広範囲での鉄の一様分布は極めて珍しい事実
であり、このことは同銀河団内での衝撃波に似た音
波の観測や銀河におけるフェルミバブルという現象
とも関連している可能性がある。今回のシナリオを
さらに具体化し、銀河内を越えた新しい爆発現象を
探ることが求められる。
Reference
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