最優秀受賞作品

最優秀賞受賞作品
里見 紗弥子(課題文3)
Just then, Tachiya opened his mouth.
“Naka, Balsa went this far because I didn’t cut in.”
Tachiya stood up and stepped down to the dirt floor.
He opened Jannon’s eye with
an experienced manner and put his fingers on the neck to check the pulse.
“As I already told you, Jannon has experiences as a bodyguard at a bar, but he has
never escorted a caravan.
Small caravans like yours can’t afford more than one guard,
but as you know very well, caravans are prime targets for bandits.
“Of course, you shall travel along with other caravans.
Nevertheless, there
should be a merciless, life-or-death battle when bandits attack you.”
Naka nodded.
“A guard of a caravan is different from a bodyguard at a bar.
Jannon deserves 12 coppers.
Balsa deserves 30 coppers.
That’s why I said
Even though I had told him
so, Jannon made light of Balsa just because she is a woman.
“Jannon certainly is a skilled swordsman, but as he can’t distinguish untouchable
opponents, he is still green.
didn’t stop her.
I judged that he’d better not escort a caravan.
So I
It’s much better to get a broken finger now than to get a broken neck
later.
“You see, once she was in a fight, Balsa knocked down the opponent without mercy,
though he was less experienced than she was, and stayed alert even after he fell.
What’s more, she made him unable to hold a sword for a while to keep him from
attacking her in case he holds a grudge.
be here.
When his finger has healed up, Balsa will not
And he will have calmed down by the time they see each other again.
“Naka, it’s not a cruelty.
This is the attitude we must take when we have a job of
protecting lives. . . . That’s why I said Balsa is a first-rater.”
【審査担当教員による講評】
里見さんの作品を講評する前に、課題文についてちょっと説明しておきましょう。この場面で、主
人公の女用心棒、バルサ(Balsa)は、隊商の護衛の職を求めて口入れ屋のタチヤ(Tachiya)の
店を訪れます。ちょうどナカ(Naka)という商人の小規模な隊商を護衛する口があるのですが、もう
一人ジャノン(Jannon)という男もその口を求めて来ています。自分よりバルサの方が護衛としてず
っと高く評価されていることを知ったジャノンは、それを不満に思い、バルサにケンカを吹っかけ て
きます。バルサはやむを得ず、指をたたき折った上で彼を昏倒させます。目の前で行われた暴力
行為にナカは不快の念を示します。そこでタチヤは、バルサがなぜそのような行動をとったのかを
説明するのです。
この課題文の大半はタチヤのセリフで構成されています。単純なようですが、じつは「時制」の操
作にかなり工夫がいります。いま起きた具体的な出来事についてタチヤが述べているところは過去
形ですが、一般的なことがらを説明しているところは現在形になります。さらにこれまでの「経験」に
言及しているところは現在完了形にしないといけません。こうした時制の絡み合いが1つのポイント
なのですが、里美さんの作品はそこをたいへん的確にとらえています。
もう1つのポイントは、一般的なことを述べる場合、名詞をどのように示すかということです。その
点についてもよく工夫されていると思います。では、いくつか例をあげて見ていきましょう。
[1]
原文:
「さっきお話ししておきましたように、ジャノンは酒場の用心棒をした経験は
あるが、隊商の護衛の経験はありません。あなたのところのような小さな隊商は、
複数の護衛はやとえないが、よくごぞんじのように、隊商というのは、盗賊にと
ってねらいやすい獲物です。
あなたたちは、もちろんほかの隊商とよりそって旅をされるでしょう。それで
も、盗賊がおそってきたときは、容赦のない命のやりとりになりますね。」
英訳:
“As I already told you, Jannon has experiences as a bodyguard at a bar,
but he has never escorted a caravan.
Small caravans like yours can ’t afford
more than one guard, but as you know very well, caravans are prime targets
for bandits.
“Of course, you shall travel along with other caravans.
Nevertheless,
there should be a merciless, life-or-death battle when bandits attack you.”
上の引用部に、過去形、現在形、現在完了形、未来形が揃っていることにお気づきでしょうか。
“As I already told you,” は、過去の具体的事実を述べているので過去形です(already は完了
時制で使うのが原則なので、ない方がいいかもしれません)。ジャノンの経験について述べる部分
は現在完了形になります。さらに「小さな隊商は複数の護衛はやとえない」や「隊商は盗賊にとって
ねらいやすい獲物」というのは「一般的な事実」です。ここは現在形で記す必要があります。
とくに巧みだと思ったのは、最後の「それでも、盗賊がおそってきたときは、容赦のない命
のやりとりになりますね」の部分です。これはナカの隊商の今後のことを言っているのだと考え
られますが、里見さんはここを “Nevertheless, there should be a merciless, life-or-death
battle when bandits attack you.” としています。should はここでは「未来に向けた推量」で、
「~はずだ」というニュアンスをもちます。そして when も「未来の条件」なのですが、if(もし)と異なり、
盗賊に襲われるという出来事を、これまでにも幾度となく起こった「日常的なこと」として語っている
印象を与えるのです。経験豊かな口入れ屋であるタチヤが、盗賊の襲撃について、半ばはナカの
隊商のこととして、半ばは一般的な事実として語っているという雰囲気を、この英訳はみごとに再現
しています。
[2]
原文:
隊商というのは、盗賊にとってねらいやすい獲物です。
英訳:
caravans are prime targets for bandits.
[3]
原文:
隊商の護衛は、酒場の用心棒とはちがうのです。
英訳:
A guard of a caravan is different from a bodyguard at a bar.
一般的なものを表す名詞の用法を「総称用法」といいます。可算名詞であれば「無冠詞の複数
形」か「a(an)+単数形」を用いるのが普通です。上の引用部を見ると、 [2] では caravans、
targets、bandits と複数形が、 [3] では A guard、a caravan、a bodyguard、a bar と単数形が
使われています。 [2] は「一般的にいって隊商というものは」という言い方です。それに対して [3]
には、ジャノンという個人を「酒場の用心棒の代表例」として出しているという印象があります。ここで
も総称用法としての複数形と単数形を使い分けることで、原文のニュアンスを再現することに成功
しています。
[4]
原文:
そのうえ、しばらくは剣をにぎれないようにすることで、恨みをいだいても、お
そえないようにしたのですよ。
英訳:
What’s more, she made him unable to hold a sword for a while to keep him
from attacking her in case he holds a grudge
誰が誰を襲うのか、誰が剣を握れないように、誰がしたのか・・・主語や目的語を欠いた日本語
特有の叙述です。これで完全に意味が通じてしまうのが日本語の怖いところです。英訳では主語と
して she と he、目的語として him を2つと her が補ってあります。
“made him unable” のところは「make O C」(O を C の状態にする)の形、 “keep him from
attacking her” は「keep O from doing 」(O に~させないようにする)という形です。 “in case
he holds a grudge” の in case は「もし~した場合に」といった意味で、実現可能性がそれほど高
くないと語り手が思っていることを示します。 なお in case 節では未来のことを現在形で表します。
日本語のあいまいな表現に隠された論理をうまくとらえて、たいへん英語らしい表現に置きかえ
ていると思います。
(N. Hishida)