計算代数 奈良女子大学理学部情報科学科 平成 26 年 5 月 22 日 加古富志雄 i 目次 第 9 章 有理式の不定積分 1 9.1 9.2 無平方部分分数分解 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . エルミートの方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1 2 9.3 9.4 9.5 ホロビッツの方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 不定積分の連続性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 3 5 9.6 問題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 対数部分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1 第 9 章 有理式の不定積分 有理式 u(x)/v(x) の不定積分 を考えます。これは、多項式と真分数との和として u(x) q(x) = w(x) + v(x) v(x) (9.1) w(x) = an xn + . . . + a1 x + a0 (9.2) と表されます。多項式部分の不定積分は とおくと、 ∫ w(x)dx = an n+1 a1 x + . . . + x2 + a0 x n+1 2 (9.3) となります。(ここでは、積分常数の C は除いています。) 以下の議論では、u(x)/v(x) は真分数の場合のみを考えます。(つまり、u(x) の次数が v(x) の次数よりも低 い。) v(x) は x の多項式なので、複素数の範囲で考えると 1 次因子の積に分解できて v(x) = n ∏ (x − ci )ni (9.4) i=1 となります。これから、u(x)/v(x) は u ∑ bi = v (x − ci )ni i=1 n (9.5) と部分分数に分解できます。ここで、各 bi は x の多項式です。bi を x − ci で割ると i u ∑∑ bi,j = v (x − ci )j i=1 j=1 n n (9.6) という分解が得られます。ここで、bi,j は定数です。 この式を積分すると、 ∫ ni n n ∑ ∑ bi,j u ∑ = bi,j log(x − ci ) − v (j − 1)(x − ci )j−1 i=1 i=1 j=2 (9.7) が得られます。これから、任意の有理式を積分するとその結果は有理式と有理式の対数関数の和で表されること がわかります。 9.1 無平方部分分数分解 部分分数分解を行なうには分母の多項式を 1 次因子まで因数分解しないとできません。この計算は一般には 非常に計算が難しいので、1 次因子への分解を必要としない分解を考える。 有理式 u(x)/v(x) を考えます。(ただし、u(x) の次数は v(x) の次数よりも小さいとします。) 多項式 v(x) の 無平方分解を v = v1 v22 . . . vnn (9.8) 第 9 章 有理式の不定積分 2 n−1 とすると、vnn と v1 v22 . . . vn−1 は互いに素ですから n−1 svnn + un v1 v22 . . . vn−1 =u (9.9) となる多項式 s, un が存在します。この式を v で割ってやると を得ます。これを繰り返すと、 u s un = n−1 + v n v v1 v2 . . . vn−1 n (9.10) u ∑ ui = v vi i=1 i (9.11) n と分解できます。これを、無平方部分分数分解といいます。 この分解から、ui を vi で割ると、 ri ui qvi + ri q = = i−1 + i vii vii v vi i (9.12) が得られます。これを繰り返して行なうと u ∑ ∑ ri,j = j v i=1 j=1 vi n i (9.13) と分解できます。これを、完全無平方部分分数分解といいます。 9.2 エルミートの方法 v(x) の無平方分解を v1 v22 . . . vnn とすると、u/v は前節のように無平方部分分数に分解されます。 vn は無平方なので、vn と vn0 は互いに素となります。したがって、次のベズーの恒等式 、 svn + tvn0 = 1 を満たす多項式 s, t が存在します。これより、 ∫ ∫ un un (svn + tvn0 ) = vnn vnn ∫ ∫ un s un tvn0 = n−1 + vnn vn ( )0 ) ∫ ∫ ( un s ((un t/(n − 1))0 un t/(n − 1) = + − vnn−1 vnn−1 vnn−1 ∫ un s + (un t/(n − 1))0 un t/(n − 1) ) + = −( vnn−1 vnn−1 (9.14) (9.15) (9.16) (9.17) (9.18) となって、分母の冪が 1 つ低い有理式の不定積分に還元できます。これを繰り返して、分母の冪が 1 まで低減で きます。これ方法で、不定積分の有理式部分が計算できます。残りは対数関数で表される部分です。 9.3 ホロビッツの方法 不定積分に対するエルミートの方法は手で計算するときには十分効率的ですが、この方法では無平方分解、部 分分数分解、ベズーの恒等式の計算等が必要です。エルミートの方法を調べてみると、不定積分の有理式部分の 分母は、元の有理式の分母と全く同じ因子を含んでいます。また、そのべきは 1 つ低くなっています。v の無平 方分解を v1 v22 . . . vnn とすると、積分の有理式部分の分母は v2 v32 . . . vnn−1 となる。したがって、 ∫ ∫ q1 q2 u = + v r1 r2 (9.19) 9.4. 対数部分 3 とすると、 r1 = v2 v32 . . . vnn−1 = gcd(v, v 0 ) (9.20) となります。また、 v gcd(v, v 0 ) r2 = (9.21) と書けます。 したがって、 ( u v = q1 r1 )0 + q2 r2 q1 r 0 q2 q10 − 21 + r1 r1 r2 q10 r2 − q1 s + q2 r1 v = = となる。ここで s= r10 r2 r1 (9.22) (9.23) (9.24) (9.25) は多項式です。 これより、不定積分の有理式部分は u = q10 r2 − q1 s + q2 r1 (9.26) を未知多項式 q1 、q2 に対して解くことによって求められます。q1 , q2 の次数は、r1 , r2 の次数よりもそれぞれ低 いはずですから、 q1 = n∑ 1 −1 ai xi (9.27) b i xi (9.28) i=0 q2 = n∑ 2 −1 i=0 と置いて、上の式に代入すると ai , bi に関する n1 + n2 次の連立方程式が得られます。未知数の数が n1 + n2 で すからこれは解くことが出来て、q1 , q2 を求めることが出来ます。 9.4 対数部分 有理式の不定積分で現われる対数関数の成分を決定することを考える。 ∫ q ∑ = ci log pi r i=1 n (9.29) と仮定する。ここで、ci は定数で、pi は多項式とする。さらに、 ∏ pii = c log pq + d log pr = log ∑ i log pi (c + d) log p + c log q + d log r (9.30) (9.31) を使うと、pi は互いに素と仮定できる。さらに、同じ係数の対数関数をまとめることによって、ci は全て相異 なると仮定しても構わない。(このようにしても、各 pi が互いに素でかつ無平方という条件は壊れない。) 上の式を微分することによって、 q ∑ ci p0i = r pi i=1 n (9.32) 第 9 章 有理式の不定積分 4 となる。ここで、pi が無平方で、互いに素という条件から右辺を通分したときに分母の簡約は起こらない。し たがって n ∏ r= pi . (9.33) i=1 いま、 fi = ∏ pi (9.34) fi p0i (9.35) ci p0i fi . (9.36) j6=i と定義すると、 r0 = n ∑ i=1 と書ける。また、明らかに q= n ∑ i=1 この 2 つの式から、 pk = gcd(0, pk ) ∑ = gcd(q − ci p0i fi , pk ) (9.37) = gcd(q − ck p0k fk , pk ) ∑ = gcd(q − ck p0i fi , pk ) (9.39) (9.40) = gcd(q − ck r0 , pk ) (9.41) (9.38) となる。 l 6= k に対しては、pk は fi , i 6= k を割りきるため、 gcd(q − ck r0 , pl ) ∑ ∑ = gcd( ci p0i fi − ck p0i fi , pl ) (9.42) = gcd(cl p0l fl − ck p0l fl , pl ) (9.43) = 1. (9.44) となる。これから、 gcd(q − ck r0 , r) = gcd(q − ck r0 , n ∏ pi ) (9.45) gcd(q − ck r0 , pi ) (9.46) i=1 = n ∏ i=1 = gcd(q − ck r0 , pk ) (9.47) = pk . (9.48) 以上の結果から、ck がわかれば pk を求めることが出来ます。さらに、ck は gcd(q − yr0 , r) 6= 1 (9.49) を満たす y の値に等しい。このような y の値を求めるには、終結式が使えます。q − yr0 と r の x に関する終結式、 Resultantx (q − yr0 , r) (9.50) は、y の多項式で、これがゼロになるのは q − yr0 と r が共通ゼロ点を持つとき (すなわち、共通因子を持つ) に 限る。したがって、この終結式を y について解き、その各解 ck について pk = gcd(q − ck r0 , r) (9.51) 9.5. 不定積分の連続性 5 を計算することによって、pk が求められます。 例えば、 ∫ 1 dx (x − 1)(x − 2)(x − 3)(x − 4) (9.52) q = 1 (9.53) r = (x − 1)(x − 2)(x − 3)(x − 4) (9.54) を考えてみます。 で、明らかに r は無平方です。したがって、積分の結果には有理関数は現われず、全て対数関数として表されま す。対数部分は終結式を計算してみると、 Resultantx (q − yr0 , r) = 144y 4 − 40y 2 + 1 (9.55) となり、これを y について解いてみると 1 y=± , 2 が得られます。これが ck の値になります。これから、 1 6 (9.56) gcd(q − ck r0 , r) (9.57) ± を求めると、 r0 , r) 2 r0 gcd(1 + , r) 2 r0 gcd(1 − , r) 6 r0 gcd(1 + , r) 6 gcd(1 − = x−2 (9.58) = x−3 (9.59) = = x−4 3 x−1 3 (9.60) (9.61) となります。したがって、 ∫ 1 1 x−2 1 x−4 dx = log + log (x − 1)(x − 2)(x − 3)(x − 4) 2 x−3 6 x−1 (9.62) が求める不定積分の結果です。 終結式を計算して得られる方程式の根は上の例では有理数の範囲で求められましたが、一般には代数的数の範 囲で求める必要があります。例えば、 ∫ の計算では 9.5 √ √ x− 2 2 √ log 4 x+ 2 1 x = − √ arctanh √ 2 2 1 dx = x2 − 2 √ (9.63) (9.64) 2 が現われています。 不定積分の連続性 有理式の不定積分では log が現れるが、 ( i log u+i u−i ) = 2 arctan(u) (9.65) 第 9 章 有理式の不定積分 6 図 9.1: arctan( xx2−3x −2 ) のグラフ 3 図 9.2: arctan( x 5 −3x3 +x ) 2 + arctan(x3 ) + arctan(x) のグラフ から、arctan を使って実関数として表される。しかしながらこの変換は問題を引き起こす。例えば、 f (x) = x4 − 3x2 + 6 x6 − 5x4 + 5x2 + 4 (9.66) の不定積分を計算すると ∫ f ( (x3 − 3x) + i(x2 − 2) (x3 − 3x) − i(x2 − 2) ) ( 3 x − 3x = arctan x2 − 2 = i log 2 ) (9.67) (9.68) を得る。(例えば Mathemtica 3.0) √ これは、実は連続関数ではない。x = ± 2 で不連続になっている。 正しい不定積分は ( ∫ f = arctan x5 − 3x3 + x 2 ) + arctan(x3 ) + arctan(x) (9.69) である。 定理 9.1 (Rioboo). A, B を K[x] のゼロでない多項式とし、A2 + B 2 はゼロでないとする。その時、 ( ) ( ) d A + iB d −B + iA log = log dx A − iB dx −B − iA (9.70) 9.6. 問題 7 となる。そして、C, D ∈ K[x] を BD − AC = gcd(A, B) を満たし、C 6= 0, C 2 + D2 6= 0 とする。この時、 ( ) ( ) ( ) d d A + iB AD + BC D − iC d = 2 arctan + i log (9.71) i log dx A − iB dx gcd(A, B) dx D + iC 証明: A + iB (−i)(−B + iA) −B + iA = =− A − iB i(−B + iA) −B − iA したがって、 d log dx ( A + iB A − iB ) d log dx = ( −B + iA −B − iA (9.72) ) . (9.73) G = gcd(A, B) とし、C, D ∈ K[x] で C 6= 0, C 2 + D2 6= 0 かつ BD − AC = G ととる。P = (AD + BC)/G と定義すると、P は多項式である。 A + iB A − iB したがって、 i d log dx ( A + iB A − iB これは、 d i log dx ( ( ) D − iC A + iB D + iC D + iC A − iB D − iC ( ) AD + BC + i(BD − AC) D + iC = AD + BC − i(BD − AC) D − iC ( )( ) D + iC P +i = P −i D − iC = ) =2 A + iB A − iB d arctan dx ) この定理を i log 2 ( AD + BC gcd(A, B) ) +i d log dx d d = 2 arctan(P ) + i log dx dx ( (x3 − 3x) + i(x2 − 2) (x3 − 3x) − i(x2 − 2) ( ( (9.74) (9.75) (9.76) D − iC D + iC D − iC D + iC ) (9.77) ) (9.78) ) (9.79) に適応すると、A = x3 − 3x, B = x2 − 2 から、gcd(A, B) = 1, C = x/2, D = x2 /2 − 1/2 となり、P = x5 /2 − 3x3 /2 + x/2 が得られる。 ( 3 ) i (x − 3x) + i(x2 − 2) log 2 (x3 − 3x) − i(x2 − 2) ( = arctan x5 − 3x3 + x 2 ) ( + i log (x2 /2 − 1/2) + ix/2 (x2 /2 − 1/2) − ix/2 ) (9.80) A = x2 /2 − 1/2, B = x/2 から、gcd(A, B) = 1, C = 2, D = 2x、したがって、P = x3 となる。したがって、 ( 5 ) ( ) x − 3x3 + x i 2x + 2i = arctan + arctan(x3 ) + log (9.81) 2 2 2x − 2i ( 5 ) x − 3x3 + x = arctan + arctan(x3 ) + arctan(x) (9.82) 2 9.6 問題 問題 9.1. 次の有理式の部分分数分解を求めよ。 (1) x3 − 1 x(x + 1)4 (2) 2x2 + 5x + 4 (x + 1)2 (x + 2) 第 9 章 有理式の不定積分 8 (3) 3x2 − 2x + 2 (x2 + 1)(x − 2) 問題 9.2. 次の有理式の不定積分を求めよ。 (1) x3 − 1 x(x + 1)4 (2) 2x2 + 5x + 4 (x + 1)2 (x + 2) (3) 3x2 − 2x + 2 (x2 + 1)(x − 2) 問題 9.3. 因数分解 x3 − 1 = (x − 1)(x − w)(x − w2 ) を使って、次の不定積分 を求めよ。 ただし、w = ∫ 1 dx x3 − 1 √ −1+ −3 。 2 問題 9.4. ∫ dx 1 + x4 を求めよ。 問題 9.5. ∫ dx 1 + xn を求めよ。 問題 9.6. ∫ dx x + x3 を求めよ。 2 2 問題 9.7. ex は 多項式 × ex の形の不定積分を持たないことをつぎに示す手順で証明する。 ∫ 2 2 ex dx = g(x) · ex + C (C は積分定数) の両辺を微分すると、g(x) は、微分方程式 g 0 + 2xg = 1 を満たすことを示せ。 次に、g が n 次の多項式であるとして、両辺の次数を比較することにより、この微分方程式を満たす多項式 g は存在しないことを示せ。
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