バイオレメディエーションによる土壌・地下水浄化

Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 64(2014)
バイオレメディエーションによる土壌・地下水浄化
Treatment of Soil and Groundwater by Bioremediation
永井宏征*・篠原誠**・栗栖太***・岸正博****
Hiroyuki Nagai, Makoto Shinohara, Futoshi Kurisu and Masahiro Kishi
土壌・地下水汚染とは、有害な物質が法律の基準を超えて土壌中や地下水中に存在する状態を言
う。この汚染による人の健康被害を防ぎ、国民の健康を保護するため、土壌汚染対策法が2003年
に施行された。これにより、汚染の浄化が進み、土壌汚染を浄化する工法の開発も進んだ。しか
し、依然として浄化法の改善が望まれ続けている。
浄化工法のうち、微生物を利用して土壌・地下水中の汚染物質を分解し浄化するバイオレメディ
エーションは、幾つかある浄化工法の中でも経済性に優れ、環境への負荷が少ない方法である。し
かし、同工法は未解明な点も多く、実証例も多いとは言えない。
著者らは不法投棄現場において自社剤「デハロアクティブ®」の、浄化工事への適用可能性を評
価するため、トリータビリティーテスト及び現場適用試験を実施した。その結果、一般的に難しい
とされている嫌気性条件でのベンゼン分解が確認されたため、そのメカニズム解明に取り組んだ。
Soil and groundwater pollution refers to the state where toxic substances in soil and
groundwater exists at concentrations exceeding environmental standards. For the purpose of
preventing adverse effects to public health caused by soils contaminated with toxic
substances, the Soil Contamination Countermeasures Act went into effect in February 2003.
As a result, research and development on clean-up methods of soil and groundwater
contamination is proceeding along with acted clean-up. However, the improvement of
methods is still necessary. Bioremediation is one of clean-up methods of soil and groundwater
contamination in which microorganisms in soil are used, giving it economic performance and
environmental friendliness. However, the method has unclear points, and examples of good
verification are few. For an unauthorized dumping site, we executed treatability tests and an
onsite pilot test using DehaloactivTM, an original material from AGC ENGINEERING CO.,
LTD. to confirm the possibility of Bioremediation. As the result, we found that benzene
degradation occurs under the anaerobic condition that is difficult. Therefore, we worked on
the mechanism elucidation.
*AGCエンジニアリング株式会社 地質環境事業部 主任([email protected])Engineer of Geological Environment Business Div.,
AGC ENGINEERING CO., LTD.
**AGCエンジニアリング株式会社 地質環境事業部 主任技師([email protected])Assistant Manager of Geological
Environment Business Div., AGC ENGINEERING CO., LTD.
***東京大学 工学系研究科 附属水環境制御研究センター 准教授([email protected])
Associate Professor of Research
Center for Water Environment Technology Department of Urban Engineering School of Engineering The University of Tokyo.
****AGCエンジニアリング株式会社 地質環境事業部 部長([email protected])General Manager of Geological
Environment Business Div., AGC ENGINEERING CO., LTD.
−27−
旭硝子研究報告 64(2014)
1. 緒言
1.1 土壌・地下水汚染とは
土壌や地下水は、作物の栽培や井戸水として飲用す
るなど、人の生活に密接に関わっている。これらが有
害物質により汚染されることで生じる健康被害等を防
ぐため、日本では2003年に土壌汚染対策法が制定さ
れた。この法律では、特定の有害物質を定めており、
それぞれについて基準値を設けている(Table.1)
。土
壌汚染対策法の施行により、国内では各地で多くの調
査や対策がなされ、土壌・地下水汚染の実態が明らか
になりつつある。
Table.1 Environmental Quality Standards for Soil Polution
(VOCs )汚染の浄化については、土壌中に存在する
微生物(VOCs分解菌)を活用したバイオレメディエ
ーション工法が注目されており、適用の検討や研究が
多くの事例で行われている。
この工法では、土壌中にもともと存在している
VOCs分解菌を、有機物などの栄養源を供給すること
で活性化してVOCsの分解を促進する。VOCs分解菌
としては、Dehalococcoides 属細菌が一般的である。
これらの分解菌は、VOCsの中でも特に塩素化エチレ
ン類を無害なエチレンにまで脱塩素化する。脱塩素化
の仕組みは、最初に、VOCs分解菌が電子供与体から
電子を得る。次に、その電子を塩素化エチレン類に与
え、そこから塩素の陰イオンを脱離する。電子供与体
には、分子状水素と酢酸塩があるが、分子状水素の方
が直接的な電子供与体となる。VOCs分解菌は、分子
状水素を、有機物から分子状水素を生成する微生物
(水素生成菌)と共生することで得ている。この機構
は、脱ハロゲン呼吸と呼ばれ、VOCs分解菌はこれに
より、エネルギーを得ていると考えられている。
今回著者らは、上記の微生物を活性化するため、ク
エン酸塩を主剤としたバイオ浄化剤「デハロアクティ
ブ(Dehaloactiv)
」を開発し、VOCs 汚染が確認さ
れている不法投棄現場の浄化工事への適用可能性を検
証した。その結果、塩素化エチレン類の分解はもちろ
ん、それに加えてベンゼンの分解まで確認されたこと
から、ベンゼンのバイオレメディエーションによる浄
化の可能性を検討した。
2. 試験方法
2.1 不法投棄現場における試験
2.1.1 不法投棄現場概要
今回の現場適用性試験(フィールドテスト)での対
象サイトは、岩手・青森県境産業廃棄物不法投棄現場
内の岩手県側N地区(以降、N地区とする)と呼ばれ
る場所である。当サイトには多種多様な廃棄物と共に
VOCsを含む廃液がドラム缶詰めで投棄されているこ
とが確認されていた。当サイトの汚染物質としては、
塩素化エチレン類の他にも様々な化学物質が混在して
おり、特にテトラクロロエチレン(PCE)やベンゼ
ン、ジクロロメタン(DCM)については環境基準値
の100倍以上の濃度が検出されるなど高濃度汚染が局
在していた。
当サイトの汚染土壌の対策については、すでに地下
水位よりも上部(不飽和帯)は掘削除去し、ホットソ
イル工法(土壌中に酸化カルシウムと水を加えること
で生じる水和反応熱を利用して、低沸点の揮発性有機
化合物を揮発させて土壌中から除去する工法)などで
浄化が行われていた。一方、地下水位よりも下部(飽
和帯)については、原位置において汚染物質の濃度が
環境基準値の50倍程度に下がるまで揚水による汚染
の抽出処理を行い、その後バイオレメディエーション
工法による原位置での浄化が検討されていた。(1)
1.2 土壌汚染の対策
土壌汚染の対策として、有害物質に汚染された土壌
を掘り起こして、環境基準に適合した土壌で埋め戻す
掘削除去という工法が多く採用されている。この工法
のメリットは、短期間で完全浄化が可能なことであ
る。一方で、デメリットとして、処理費が高額になる
点が挙げられる。このため、より経済性が高く、かつ
完全浄化が可能な工法が求められている。
1.3 バイオレメディエーション工法
先述した有害物質の中でも、揮発性有機化合物
−28−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 64(2014)
2.2 ベンゼン分解効果の検証
2.2.1 室内試験でのベンゼン分解確認
そこで当サイトにおいて、新しいバイオ浄化剤を用
いたバイオレメディエーション工法が有効であるか検
証を行った。
2.1.2 室内トリータビリティーテスト
2009年1月にN地区から地下水を採取した。室内ト
リータビリティーテストでは、汚染現場から採取した
地下水にバイオ浄化剤 デハロアクティブ(AGCエン
ジニアリング製、主成分:クエン酸塩)を加え、対象
とするVOCsの濃度が減少することを確認した。試験
を始める前に、現場より採水した地下水に関して
VOCsと環境因子(ORP・pH・TOC等)の初期濃度
を測定した。試験方法はいずれも公定法に基づいて実
施した。
次に、試料の作成は、嫌気グローブボックス内で、
滅菌済み72mLバイアル瓶に各地点の地下水を40mL
ずつ分取した。その後、ヘッドスペースを窒素ガスで
置換し、ブチルゴム栓とアルミシールで蓋をした。分
取したそれぞれの地下水に対し、デハロアクティブを
0.42%( TOC換算濃度 約800mg/L )となるよう添
加したデハロアクティブ添加系、デハロアクティブを
添加しないコントロールの2系列を作成した。
試験期間中は、25℃に設定した培養器で静置し、定
期的に汚染物質の濃度の分析を行った。トリータビリ
ティーテストの条件をTable.2に示す。
Table.2 Condition of Treatability Test
2011年6月にN地区のd-1地点から地下水を採取し
た。地下水採取後、現地で還元剤L-システイン0.3g/L
を添加して嫌気条件に保ち実験室に持ち帰った。採水
した地下水は、使用時まで冷蔵庫(4 ℃)にて保存
を行った。試料の作成は、嫌気グローブボックス内
で、滅菌済み72mLバイアル瓶に各地点の地下水を
40mLずつ分取した。その後、ヘッドスペースを窒素
ガスで置換し、ブチルゴム栓とアルミシールで蓋をし
た。分取したそれぞれの地下水に対し、デハロアクテ
ィブを0.42%となるよう添加したデハロアクティブ添
加系、デハロアクティブを添加しないコントロール、
及び地下水をオートクレーブ(121℃、15分)にて滅
菌した滅菌系の3系列を作成した。これらの系に対
し、ベンゼンを初期濃度0.5mg/Lとなるように添加
し、ベンゼン及びメタン濃度の経時的な変化を測定し
た。実験は全て3連で行った。分析はヘッドスペース
ガスクロマトグラフ法にて測定した。
2.2.2 デハロアクティブによるベンゼン分解促進
効果検証
試料の調整は、嫌気グローブボックス内にて、実汚
染地下水(N地区d-1地点より2011年10月に採水)と
東京大学栗栖研究室保有のベンゼン分解集積培養系
Hasda-A(茨城県土浦市蓮田の非汚染土壌より培養)
(2)
を体積比にて10:1となるよう混合し、培養系を作成
した。培養容積は27mLバイアル瓶(液相10mL、気
相17mL)とし、初期ベンゼン濃度を0.5mg/L、30℃
にて暗所で静置培養した。
デハロアクティブ0.42wt %添加系、L-システイン
添加系、無添加系、滅菌(オートクレーブにて121℃
,15min)系の合計4系統を作成した。L-システイン添
加系ではすべての系のORPが集積培養系と一致する
まで(ORPSHE: −290mV)還元剤としてL-システイ
ンを添加した。実験は全て3連で行った。分析はヘッ
ドスペースガスクロマトグラフ法にて測定した。各培
養系に含まれる細菌・Hasda-Aの菌数については、リ
アルタイムPCRによって測定した。
2.2.3 ベンゼン分解とメタン発生量の関係
2.1.3 フィールドテスト
フィールドテストでは、N地区にある井戸のうち、
d-1地点の井戸にてモニタリングを実施した。対象エ
リアは2,340m 3(対象面積160m 2、層厚14m)とし、
エリア内に10本のデハロアクティブ注入井戸を設置
し、2009年8月8日∼8月31日、2009年9月14日∼
9月28日の二回に分けて合計534m3のデハロアクティ
ブ溶解液(0.42%)を注入した。試験は施工会社の協
力の下、現場の浄化工事に併せて行われ、モニタリン
グ作業も施工会社にて実施された。
−29−
本試験に用いた地下水は、ベンゼン分解効果が確認
された地下水Aとして、2011年10月にN地区のd-1地
点から採取した地下水を、ベンゼンが分解されない地
下水Bとして、2012年5月に同地点より採水した地下
水を用いた。次に、ベンゼン分解集積培養系Hasda-A
を体積比にて10:1となるよう混合し、培養系を作成し
た。培養容積は27 mLバイアル瓶(液相10 mL、気相
17 mL)とし、初期ベンゼン濃度を0.5 mg / L、30
℃にて暗所で静置培養した。分析はヘッドスペースガ
スクロマトグラフ法にて測定した。
旭硝子研究報告 64(2014)
傾向が確認され、培養60日間で環境基準値を下回る
結果を得ることができた。TCEの分解生成物である
cis -1,2-DCEの濃度が低下しなかったのは、初期値に
加えてPCEとTCEの分解生成物が上乗せされている
為と考えられる。その他の項目では大きな濃度変化は
確認されなかった。
上記の結果から、対象サイトにおける塩素化エチレ
ン類のバイオレメディエーション工法において、デハ
ロアクティブが有効であることが示された。
3. 結果と考察
3.1 不法投棄現場での試験
3.1.1 室内トリータビリティーテスト
バイオレメディエーション工法では、汚染現場の状
況によりバイオ浄化剤の効果が大きく異なることか
ら、事前に室内トリータビリティーテストを実施する
ことでバイオ浄化剤の適応性や使用量を検討すること
が多い。
そこで試験を始める前に、現場より採水した地下水
に関してVOCsと環境因子(ORP・pH・TOC等)の
初期濃度を測定した。
現場地下水の環境因子項目の分析結果及びトリータ
ビリティーテストに用いた地下水の分析結果をTable.
3に、トリータビリティーテストの結果をFig.1に示す
(3)
。
3.1.2 現場適用試験(フィールドテスト)
室内トリータビリティーテストの結果を受けて、次
に実際の汚染現場で検証試験することとなった。その
結果をFig.2に示す。
Table.3 Initial Data of Groundwater
Fig.2 Monitoring Data of“d1 well”
この結果、塩素化エチレン類のうち、PCEについ
てはデハロアクティブ注入期間中から、著しい濃度低
下傾向が確認され、TCEやcis -1,2-DCEについても注
入終了後に濃度が大きく低下し、最終的には環境基準
値を十分に下回る結果となった。
一方、注目すべき点は、対象としたVOCsのうち、
室内トリータビリティー試験では分解傾向が確認され
なかったDCMやベンゼン、1,2-DCAといった項目ま
でデハロアクティブ注入後に著しい濃度低下傾向を示
し、リバウンドとみられるDCMの濃度上昇を除き、
全ての項目で環境基準値以下まで浄化することができ
たことである。
これらの結果は、デハロアクティブを添加したこと
で、今までバイオレメディエーション工法では難しい
とされてきた嫌気条件下におけるベンゼンの分解を促
進したことを示している。塩素化エチレン類を分解す
Fig.1 Result of Treatability Test
地下水の初期値を測定した結果、pH 7.1と中性であ
り、酸化還元電位(ORP)が210mV で溶存酸素も検
出されるなど、比較的好気的な環境であることが判明
した。なお、初期値で測定した全菌数は地下水中に存
在するすべての細菌数であり、VOCs分解菌もその中
に含まれている。
次に、トリータビリティーテストの結果を確認する
と、今回測定したVOCsの項目のうち、塩素化エチレ
ン類のPCEとTCEで培養期間に伴う顕著な濃度低下
−30−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 64(2014)
ることが知られているDehalococcoides 属細菌に塩素
分子を持たないベンゼンを分解促進する効果は知られ
ていないことから、土壌・地下水中に存在する別の微
生物によって分解促進される事が示唆された。そこ
で、デハロアクティブにこれらの微生物を活性化する
能力があるかを検証することとした。
3.2 ベンゼン分解効果の検証
3.2.1 ベンゼンのバイオレメディエーション
土壌汚染対策法で指定されているVOCsの中で、ベ
ンゼンは唯一塩素を持たない化合物であり、脱塩素反
応を促進するVOCs分解菌には分解されにくいと考え
られている。
一方で好気的な条件では、雑多な菌により分解され
ることが知られており、多くの施工例もある。ただ
し、土壌・地下水中は基本的に嫌気的な環境であり、
これらの菌でベンゼンを分解するためにはスパージン
グをするなど追加の施工が必要となり、さらなるコス
トがかかる。このため、深部の土壌汚染や地下水汚染
に対しては、嫌気的条件でのバイオレメディエーショ
ン工法が求められてきた。
今回、デハロアクティブによるフィールドテストに
おいて、ベンゼン濃度が著しく低下したことから、ベ
ンゼンの嫌気分解について検証することとした。
3.2.2 室内試験でのベンゼン分解確認
ベンゼンの嫌気性バイオレメディエーションの検証
は、東京大学工学研究科付属水環境制御研究センター
栗栖研究室との共同研究にて実施した。
不法投棄現場でベンゼンの濃度減少が確認された地
下水を用いて、デハロアクティブによるベンゼン分解
の促進が室内試験で再現できるか確認するため、再度
検証試験を実施した(Fig.3)
。なお、本試験の開始時
に採取した地下水は、ベンゼン濃度が非常に低かった
ため一定量のベンゼンを添加して試験を実施した。
その結果、デハロアクティブを添加した系では有意
なベンゼン分解促進効果が確認されたのに対して、無
添加系(コントロール)や滅菌系では顕著な濃度変化
は確認されなかった。このことは、フィールドテスト
と同様に、デハロアクティブがベンゼン分解を促進し
ていることを示している。ただし、現地適用試験とは
異なり、環境基準値以下まで完全分解することは確認
できなかった。この試験は二回実施したが、二回とも
同様の結果が得られた(4)。この理由としては、今回
利用した地下水中に存在していたベンゼン分解微生物
の菌数が極めて少なく、地下水中のベンゼンを完全に
分解できなかったことが想定される。
−31−
Fig.3 Treatability Test of Benzene Resolution
3.2.3 デハロアクティブによるベンゼン分解促進
効果検証
次に、デハロアクティブによりベンゼンがどのよう
に分解されるかを検証することにした。
まず、室内トリータビリティーテストで分解促進効
果が得られた地下水を用いて、菌叢解析を実施した
が、どの菌が分解しているかを特定することができな
かった。そこで、既にベンゼン分解することが知られ
ているHasda-A 集積培養系を用いて、デハロアクテ
ィブによるベンゼン分解のメカニズムを調べることに
した。
試験では、不法投棄現場の地下水に1 / 1 0量の
Hasda-A集積培養系を添加し、その検液にそれぞれデ
ハロアクティブ、L-システイン(還元作用=嫌気環境
にする効果あり)
、無添加系(コントロール)
、滅菌系
の計4系統を作成して室内トリータビリティーテスト
を実施した(Fig.4)
。また、その際のHasda-A及び全
菌数を比較した(Fig.5)
。
試験の結果、Hasda-A集積培養系を用いた試験にお
いても、デハロアクティブによるベンゼン分解促進効
果が確認された。一方で、還元剤として加えたL-シス
テインではベンゼンの分解効果は確認されなかった。
このことは、嫌気的環境に効果のある菌を添加するだ
けではベンゼン分解が促進されないことを示してい
る。
旭硝子研究報告 64(2014)
さらに、同試験においてメタンガスの発生量を計測
したところ、滅菌系を除いてデハロアクティブ添加系
が最も発生量が低い事が判明した。同様に、菌叢解析
をしたところ、初期値と比べて培養78日目では、デ
ハロアクティブ添加系において、最も全菌数に対する
Hasda-Aの存在比率が高かった。Hasda-Aの存在比率
の順番とメタンガスの生成量には相関性があり、メタ
ンガスの発生が抑えられているほど、Hasda-Aの活性
が高い可能性が示唆された。
3.2.4 ベンゼン分解とメタン発生量の関係
ここまでの試験において、デハロアクティブにより
ベンゼン分解を促進するHasda-Aが活性化されること
と、メタンガスの発生量がベンゼン分解を左右する可
能性が示唆された。
そこで、Hasda-Aを加えない条件でトリータビリテ
ィーテストを実施した際に、デハロアクティブでベン
ゼン分解が促進される地下水(地下水A)とベンゼン
分解が確認できなかった地下水(地下水B)において、
Hasda-A集積系を添加した際にベンゼン分解が促進さ
れるかどうかを確認することで、メタンガスの発生量
がどのように変わるかを検証することとした
(Fig.6)
。
Fig.4 Benzene and Methane resolution Experiment with
Hasda-A bacteria
Fig.6 Relations of Benzene Resolution and Occurrence of
Methane
その結果、Hasda-Aを添加してもベンゼン分解が進
行しにくい地下水Bでは分解速度が遅くなり、かつメ
タンの生成量が多いことが判明した。以上の結果か
ら、ベンゼン分解とメタン生成には相関関係があるこ
とが示唆された。
3.2.5 ベンゼン分解機構の考察
ベンゼン分解とメタン発生量の相関性から、ベンゼ
ンの嫌気分解にはメタンが深く関係していることが示
唆された。
ベンゼンは嫌気的環境下において、安息香酸となっ
た後に自身が電子供与体となり最終的に酢酸と水素に
Fig.5 Bacteria Analysis
−32−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 64(2014)
分解されることが知られている(Fig.7)
。この反応に
おいて、自由エネルギー変化の関係から最終生成物が
除かれる方がベンゼンの分解を促進すると考えられ
る。
一方で、今回バイオ浄化剤として使用したデハロア
クティブの主成分であるクエン酸の嫌気的環境下での
分解には、Fig.7 で示すような二通りの分解過程が考
えられる(5)。まず、図中①の分解経路では、クエン
酸はフマル酸等の酸化型中間代謝産物となり、最終的
にプロピオン酸が生成する。プロピオン酸は嫌気環境
下では分解されにくいため、その分解生成物であるメ
タンの生成は起こりにくい。さらにこの反応の途中で
生成する酸化型の中間代謝産物は、ベンゼンの分解で
生じた電子の受容体となり、ベンゼン分解の促進につ
ながると考えられる。
一方での図中②の分解経路では、クエン酸はピルビ
ン酸を経由して酢酸を生成し、さらには酢酸がメタン
へと分解される。この反応では、酸化還元反応は生じ
ないため、電子の授受は行われない。加えてベンゼン
の分解生成物である酢酸やメタンが蓄積することで、
ベンゼン分解を妨げる原因になることも考えられる。
以上のことから、ベンゼン分解が促進された地下水
ではデハロアクティブがFig.7 中の①の経路で分解さ
れた事で、ベンゼン分解を促進したことが推測され
る。ただし、地下水中は非常に多くの微生物が共生関
係を保ちながら生息している。今回の試験でも、ベン
ゼン分解が促進された地下水では、ベンゼン分解菌と
有機酸分解菌が共生関係を作り、ベンゼン分解を行っ
ていることが考えられる。
4. 今後の展開
デハロアクティブを用いた今回の試験では、室内試
験及び現場適応性試験の両方において塩素化エチレン
類の分解促進効果を確認することができた。さらに、
今まで嫌気的なバイオレメディエーションが難しいと
されてきたベンゼンについても分解を促進する効果が
確認された。一方で、自社で様々な地下水を集めてベ
ンゼン分解効果を確認してきたが、現段階で明らかな
ベンゼン分解効果が確認されたのはこの不法投棄現場
の地下水だけである。今後、嫌気的な環境下でベンゼ
ン分解を広く展開していくためには、今回の試験で用
いたHasda-Aのような集積培養した菌体を栄養剤と共
に地中に添加することで浄化を促進する「バイオオー
グメンテーション」への応用が必要となってくるだろ
う。現在、バイオオーグメンテーションについては、
環境省と経済産業省から出されている指針により制限
されているが、今後はこの制限が緩和されていく傾向
にあるとみられる。今回得られた知見は、バイオオー
グメンテーション工法への活用にも大きな成果を上げ
ることができると期待される。
̶
参考文献 ̶
⑴ 青森・岩手県境不法投棄現場の原状回復対策協議会:第42回協
議会資料 その3 汚染土壌対策について
⑵ Sakai, N., et al., Identification of putative benzene-degrading
bacteria in methanogenic enrichment cultures. Journal of
Bioscience and Bioengineering, 2009. 108(6): p. 501-507
62(2011)
.
⑶ 椎根大,篠原誠,岸正博,環境浄化技術,10[4]
⑷ 高橋惇太ほか,第18回地下水・土壌汚染とその防止に関する研
究集会 発表資料(2011)
⑸ 高橋惇太ほか,第47回日本水環境学会年会 発表資料(2012)
Fig.7 Citrate Anaerobic Resolution Affects Anaerobic Benzene Resolution
−33−