関節炎型豚丹毒のリアルタイムPCRによる診断法導入に向けて

関節炎型豚丹毒のリアルタイム PCR による診断法導入に向けての検討
大分県食肉衛生検査所
○甲斐岳彦、甲斐雅裕、奈須直子
西本清仁、河村正
1.はじめに
豚丹毒は、と畜場法における全部廃棄対象疾病であり、家畜伝染病予防法に規定された届出伝染病で
ある。豚丹毒菌は人に豚丹毒に類似した皮膚炎を引き起こす類丹毒の原因菌であり、公衆衛生上重要な
病原体である。大分県では、平成 24 年度の豚の全部廃棄頭数 126 頭のうち 46 頭が豚丹毒と診断されて
おり、そのうち 42 頭を関節炎型豚丹毒が占めている。診断には微生物精密検査が必要であるが、現行
法では検査に 3 日を要し、より迅速な診断法の導入が求められている。今回、当所に導入されたリアル
タイム PCR システム(以下 RT-PCR)を用い、診断期間の短縮のため遺伝子学的検査を導入できない
か、現行の培養法との比較検討を行った。
2.材料および方法
(1) 材料
平成 25 年度、当所で関節炎型豚丹毒疑いで保留検査した 52 検体のうち、関節液・リンパ節が
検体として残っているものを選別。そのうち、精密検査陰性の 30 検体と、陽性の 8 検体を抽出
し、保留後検査で用いられた内側腸骨リンパ節と膝関節液を材料とした。
(2) 方法(図1)
① 培養法:当所において、通常用いられている培養液であるアザイド液体培地(以下 AZ)と
抗生物質添加液体培地(以下 GK)に加え、0.1%Tween80、0.3%Tris を添加した BHI 培地
〔1〕
(以下豚丹 BHI)
を用い、上記検体を 12 時間~24 時間培養。培養液を段階希釈し、100
μl をアザイド平板培地で一昼夜培養した。培養後、豚丹毒菌コロニーの有無を確認し、あ
わせて菌数を計数した。
(実施は精密検査陽性の
8 検体のみ)
② RT-PCR 法:検体として、①で作成した 12~24
増菌培養(12~24h)
(AZ、GK、豚BHI)
時間培養液から 1ml を用い、改良型アルカリ熱
抽出法(図 2)により、DNA 抽出を行った。
分離培養
遺伝子抽出
菌数計数
RT-PCR
RT-PCR として、Step One Plus Real-Time PCR
System(Applied Biosystems)を用い、サイバ
ーグリーン法で検出を行った。使用した Primer、
PCR 反応条件は Ho To らが報告した方法〔2〕を、
サイクル数を 40 から 50 に増やして使用した。
③ RT-PCR 陰性検体の確認検査と検出感度の検討:培養
図1.実験の概要
法陽性、DNA 検出法陰性の検体について、分離培地上のコロニーを釣菌し、滅菌 D.W.に懸
濁。その後、上記の改良型遺伝子抽出法で遺伝子を抽出し、RT-PCR を行った。また、凍結
菌株を AZ、豚丹 BHI で一昼夜培養したものの検量線を作成し、②の培養法での算出菌数と
比較検討を行い、検出限界を推定した。
1000rpm、
5min遠心
培養液の上清
1mlを採取
上清200ulを
採取
以下、通常の
アルカリ熱抽
出法に準ずる
図2.使用した DNA 抽出法
3.結果
① ②培養法では、保留後検査で豚丹毒菌が検出された 8 検体すべてで、豚丹毒菌を検出した。培
養法陽性の 8 検体のうち、5 検体で RT-PCR 陽性であった(表 1)
。増菌培地ごとの培養陽性数
の内訳は、AZ で 7/8 検体、GK で 6/8 検体、豚丹 BHI で 8/8 検体であり、RT-PCR 陽性数の内
訳は、AZ で 5/8 検体、GK で 3/8 検体、豚丹 BHI で 5/8 検体であった。1ml 中の生菌数は、以
下の表(表 2)のとおりである。RT-PCR 陽性の検体中の生菌数は、1.2×10³~3.3×10⁷cfu/ml
であった。 RT-PCR 陰性の検体 D、E、H の増菌培地中の生菌数は、検出限界未満~5.2×10³
cfu/ml であった。また、精密検査陰性の 30 検体すべてで豚丹毒菌は検出されなかった。
表1.培養法と RT-PCR 法の比較
RT-PCR
培養法
計
+
-
+
5
3
8
-
0
30
30
5
33
38
計
表2.培養法と RT-PCR 法の比較(生データ)
培養法(cfu/ml)
検体A
検体B
検体C
検体D
検体E
検体F
検体G
検体H
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
AZ
GK
豚BHI
RT-PCR法
検量線による定量値(③)
3.8×10⁶
+
1.3×10⁴
+
2.2×10⁵
未実施
1.2×10³
+
8.0×10³
3.1×10⁷
+
1.8×10⁶
3.9×10³
-
未実施
3.3×10⁷
+
4.1×10⁶
8.0×10⁵
+
2.8×10⁵
2.1×10²
-
未実施
5.0×10⁴
+
5.9×10⁶
1.0×10
-
ND
ND
-
ND
5.2×10³
-
ND
ND
-
ND
ND
-
ND
6.3×10²
-
ND
4.5×10⁴
+
3.2×10⁵
3.3×10⁴
+
未実施
2.5×10⁶
+
5.5×10³
2.5×10⁵
+
1.1×10⁵
7.8×10²
-
ND
1.8×10⁶
+
1.0×10⁴
1.5×10³
-
ND
2.0×10
-
ND
2.1×10²
-
ND
※ND:検出限界未満
4
3
RT-PCR陰性
2
RT-PCR陽性
1
0
ND
10¹
10²
10³
10⁴
10⁵
10⁶
10⁷
図3.培養菌量と RT-PCR 結果の比較
③ 培養法陽性、RT-PCR 陰性の検体 D、E、H の鑑別培地上のコロニーから直接遺伝子を抽出し
て PCR 検査を行ったところ、コロニーを確認できたすべての検体で、RT-PCR 陽性であった。
培養凍結菌株の段階希釈液では、AZ で 1.2×10⁴cfu/ml、豚丹 BHI で 4.0×10³cfu/ml まで
RT-PCR 陽性であり、本実験系での検出限界は 1.0×10⁴cfu/ml と推測された。AZ と豚丹 BHI
の検出感度に、顕著な差は認めなかった。検体の培養液も同様に、1.0×10⁴cfu/ml 以上の菌量
のものはすべて RT-PCR 陽性であった(図3)。
4.考察
従来法陰性であったすべての検体で、RT-PCR 陰性であった。培養法陽性の検体では、8 検体中
5 検体で RT-PCR 陽性であった。RT-PCR 陰性で、培養法陽性の検体も認めたことから、RT-PCR
には一定量以上の菌量が必要であり、その菌量を算出することが、RT-PCR 法をと畜精密検査に導
入する上で重要であると考えた。
今回の凍結菌株を用いた検出限界検討により、本実験系の検出限界は 1.0×10⁴cfu/ml と推測され
た。以前の報告〔2〕〔3〕では、検出限界は 1.0×10³cfu/ml との報告があるが、本実験系の DNA 抽出
時に夾雑物を除く工程で、豚丹毒菌濃度も減少してしまうことが原因ではないかと考えた。一方、
今回の DNA 抽出法では、リンパ節、関節液を用いた検体でも検出限界に差を認めず、増菌時間を
十分確保すれば、感度の面でも本実験系は信頼できるのではないかと考えた。また、過去の報告〔1〕
を参考に、グラム陽性菌からの DNA 抽出への使用を推奨されているアクロモペプチターゼの使用、
より抽出効率・夾雑物の除去効率の高い DNA 抽出キットの利用も検討していきたい。
岡山市の味埜ら〔3〕は、AZ を増菌培地として用いた場合、培養後 12 時間で 1.0×10⁰個の豚丹毒
菌が 1.0×10⁴以上に増えることを報告している。しかし、今回の実験では、リンパ節・関節液を検
体として用いたもので、12 時間培養後の菌数が 1.0×10⁴に満たないものもあり、十分な培養時間を
確保することが重要であると考えた。今回、GK・豚丹 BHI 培地についても検討を行ったが、GK
では豚丹毒菌の増殖も阻害される可能性が示され、RT-PCR への利用には薬剤の濃度の検討が必要
であると思われた。豚丹 BHI においては、他の細菌の増殖を阻害することはできないが、豚丹毒
菌の増殖には適しており、AZ とともに、RT-PCR 用の増菌培地として利用することが望ましいと
考えた。AZ に含まれるクリスタルバイオレットの影響で、豚丹 BHI 培地のほうが RT-PCR の増菌
培地として適するのではないかと予想したが、顕著な差は認めなかった。
5.まとめ
RT-PCR 法は従来の PCR 法よりも検出感度が高く、定量性もあることから、食中毒や感染症の
迅速診断として導入が進んでいる。と畜検査においても、敗血症原因菌の同定、VT 遺伝子の検出
等に利用され、さらなる有効活用が期待されている。本実験で明らかになった、関節炎型豚丹毒の
RT-PCR 診断における培養時間・DNA 抽出法等の検討を進め、迅速診断法として導入すれば、保
留検査期間を 3 日から 2 日に短縮でき、豚枝肉の商品価値の向上、また、家畜衛生サイドに迅速に
疾病発生の届出をすることによる家畜伝染病の蔓延の抑止等、幅広い貢献が期待できる。今後、症
例数を増やし、培養時間・DNA 抽出法等のデータをそろえることで、と畜行政措置に用いる検査
法の詳細を確立していきたい。
引用文献
〔1〕 赤瀬悟ら:日本獣医公衆衛生学会会誌(2006)
〔2〕 Ho To ら:J Vet Diagn Invest 21(2009)
〔3〕 味埜圭祐ら:平成 18 年度日本獣医 3 学会(中国)