『公共経済学講義:理論から政策へ』 第 4 章のウェブ補論 須賀晃一[編] c ⃝Koichi Suga, 2014 発行所:有斐閣 2014 年 6 月 25 日 初版第 1 刷発行 ISBN 978-4-641-16445-1 1 第 4 章のウェブ補論 定理 4.1 の証明 表記上の注意:この補論では,表記の簡略化のため,消費バンドルや配分を表すのに太字を用いずに, 通常の太さのフォント(x, xi など)を使う。また,個人 i の消費バンドルを下添字(xi など)で表記 し,上添字は配分の列(x1 , . . . , xk など)を表すのに用いる。また,次の表記法を用いる。 (i) ∀a ∈ A; 条件 G: 集合 A のすべての要素 a に対して,条件 G が成立する。 (ii) ∃a ∈ A; 条件 G: 集合 A の少なくとも 1 つの要素 a に対して,条件 G が成立する。 (iii) not[G]: 条件 G が成立しない。 (iv) G ⇒ H: 条件 G が成立するならば条件 H も成立する。 (v) G ⇔ H: 条件 G と条件 H は同値である(すなわち,G が成立するならば H が成立し,かつ H が成立するならば G が成立する)。 定理 4.1 を証明する際に,まず注意しなければならないのは,われわれの経済モデルでは,個人の選好 順序は強単調性・凸性・連続性を満たすので,任意の消費バンドルの集合に対して,どのような選好順 序も有り得るとは限らないということである。たとえば,xi > yi ならば,強単調性により必ず xi Pi yi であって,xi Ii yi や yi Pi xi は有り得ない。しかし,すべての選好順序が可能であるような消費バンド ルの集合も存在する。たとえば,集合 {xi , yi } において,2 つの消費バンドルの間にベクトルの不等号 が成立しない場合である。このように,集合 Z ⊂ X において,Z 上のすべての順序 Qi に対して,Z 上 で Qi と一致する Ri ∈ R が存在するとき,Z をフリー・バンドル集合とよび,どの個人の消費バンドル の組もフリー・バンドル集合であるような配分の集合をフリー配分集合という。特に 3 つの要素からな るフリー配分集合をフリー・トリプル,2 つの要素からなる集合をフリー・ペアとよぶ。集合 {x, y} が フリー・ペアであるための必要十分条件は,どの個人 i ∈ N に対しても,xi ̸= yi であって,xi > yi も yi > xi も成立しないことである。消費集合 X に含まれるフリー・トリプル全体の集合を FT ,フリー・ ペア全体の集合を FP とする。 さて,定理 4.1 の証明は,大きく分けて以下の 3 つの部分から成る。 (I) 定理の条件を満たす集計ルール f と,任意のフリー・トリプル Z ∈ FT に対して,Z 上の独裁者 が存在することを証明する。 (II) FP 上の独裁者が存在することを証明する。 (III) X 上の独裁者が存在することを証明する。 パート (I) の証明 定理の条件を満たす集計ルール f とフリー・トリプル Z = {x, y, z} ∈ FT が与えられたとする。 第 4 章のウェブ補論 2 まず, 「決定権」という概念を導入する。ある選択肢間の評価に関して,人々の意見が 2 つのグループ に真二つに割れたとき,社会的決定でその意見を尊重されるグループは,その選択肢に関して決定権を 持つという。厳密には,個人の集合 M ⊆ N と配分の順序付けられたペア (a, b) ∈ Z × Z, a ̸= b に対 して, [∀i ∈ M ; ai Pi bi ] and [∀i ∈ N \ M ; bi Pi ai ] ⇒ a ≻ b が成立するとき,M は (a, b) に決定権を持つといい,a ̸= b であるすべてのペア (a, b) ∈ Z × Z に対し て,M が (a, b) に決定権をもつとき,M は Z 上で決定権を持つという。 以下の証明は,7 つのステップからなる。なお,以下のステップ 2-6 は,Mas-Colell, Whinston, and Green (1995) に依拠している。 ■ステップ 1: あるペア (a, b) ∈ Z × Z, a ̸= b, に対して,M ⊆ N が (a, b) に決定権を持つならば, M は Z 上で決定権を持つ。 証明: 一般性を失うことなく,M は (x, y) ∈ Z × Z に決定権を持つと仮定する。次のような選好プ ロファイル RN ∈ Rn を考える。 ∀i ∈ M ; xi Pi yi Pi zi ∀i ∈ N \ M ; yi Pi zi Pi xi . Z はフリー・トリプル配分であるから,上の条件を満たす RN が存在する。M は (x, y) に決定権を持 つから,x ≻ y である。また,弱パレート条件より,y ≻ z であり,したがって推移性より x ≻ z であ る。二項独立性により,[∀i ∈ M ; xi Pi zi ] かつ [∀i ∈ N \ M ; zi Pi xi ] を満たすすべての RN ∈ Rn に 対して,x ≻ z である。すなわち,M は (x, y) の第 2 成分を z に置き換えた (x, z) に決定権を持つ。 同様の論法により,M は (x, y) の第 1 成分を z に置き換えた (z, y) に決定権を持つことも示される。 さて,M は (x, z) に決定権を持つから,上の証明を (x, z) に適用すると,(x, z) の第 1 成分を y に 置き換えた (y, z) にも決定権を持つことが示される。同様に,M は (z, y) に決定権を持つから,(z, y) の第 2 成分を x に置き換えた (z, x) にも決定権を持ち,さらには,(z, x) の第 1 成分を y に置き換えた (y, x) にも決定権を持つ。これで,M はすべてのペア (a, b) ∈ Z × Z, a ̸= b, に決定権を持つことが示さ れた。 ■ステップ 2: 集合 M ⊆ N および L ⊆ N がともに Z 上で決定権を持つならば,M ∩ L もまた同様 の決定権をもつ。 証明: 以下のような選好プロファイルを考える。 ∀i ∈ M ∩ L; xi Pi zi Pi yi ∀i ∈ M \ (M ∩ L); zi Pi yi Pi xi ∀i ∈ L \ (M ∩ L); yi Pi xi Pi zi ∀i ∈ N \ (M ∪ L); yi Pi zi Pi xi . M は (z, y) に決定権を持つから,z ≻ y であり,一方,L は (x, z) に決定権を持つから,x ≻ z である。 したがって,推移性により,(x, y) である。二項独立性により,M ∩ L は (x, y) に決定権を持つ。よっ て,ステップ 1 により,M ∩ L は Z 上で決定権を持つ。 ■ステップ 3: 任意の M ⊆ N に対して,M またはその補集合 N \ M のどちらか一方が Z 上で決定 権を持つ。 3 証明: 以下のような選好プロファイルを考える。 ∀i ∈ M ; xi Pi zi Pi yi ∀i ∈ N \ M ; yi Pi xi Pi zi . 完備性により,x ≻ y または y ≿ x のどちらかが成立する。x ≻ y ならば,二項独立性により,M は (x, y) に決定権を持ち,したがってステップ 1 より Z 上で決定権を持つ。y ≿ x であるとする。弱パ レート条件により,x ≻ z であるから,推移性により y ≻ z である。よって,二項独立性より N \ M は (y, z) に決定権を持ち,したがってステップ 1 より Z 上で決定権を持つ。 ■ステップ 4: M ⊆ N が Z 上で決定権を持つならば,任意の L ⊇ M もまた Z 上で決定権を持つ。 証明: ステップ 3 より,N \ L が Z 上で決定権を持たないことを言えばよい。仮に決定権を持つとす ると,ステップ 2 より,M ∩ (N \ L) = ∅ が決定権を持つことになり,これは弱パレート条件に矛盾 する。 ■ステップ 5: M ⊆ N が Z 上で決定権を持ち,かつ #M ≥ 2 ならば,M の厳密な部分集合 L ⊂ M, L ̸= M, で,Z 上で決定権を持つものが存在する。 証明: M のメンバーの 1 人を i ∈ M とする。M \ {i} が Z 上で決定権を持つならば証明は終わりで ある。M \ {i} が Z 上で決定権を持たないならば,ステップ 3 より N \ (M \ {i}) = (N \ M ) ∪ {i} が Z 上で決定権を持つ。したがって,ステップ 2 より,[(N \ M ) ∪ {i}] ∩ M = {i} が Z 上で決定権を持つ。 ■ステップ 6: 唯 1 人の個人からなる集合で,Z 上で決定権を持つものが存在する。 証明: ステップ 3 より,N の部分集合で Z 上で決定権を持つものが存在する。この集合から始めて, ステップ 5 を繰り返し適用することにより,ある個人のみからなる集合が決定権を持つことが示される。 ■ステップ 7: Z 上で決定権を持つ唯 1 人の個人からなる集合を {d}, d ∈ N, とすると,d は Z 上の 独裁者である。 証明: 任意に与えられた選好プロファイル RN ∈ Rn および a, b ∈ Z に対して,ad Pd bd であると する。≿ = f (RN ) とする。a ≻ b であることを証明すればよい。上の a, b 以外で Z に属する配分を c ∈ Z, c ̸= a, b, とする。 集合 M ⊆ N \ {d} を,M := {i ∈ N \ {d} | ai Ri bi } と定義する。このとき,N \ ({d} ∪ M ) = {i ∈ N \ {d} | bi Pi ai } である。 ′ 次に,以下の選好プロファイル RN ∈ Rn を考える。 ad Pd cd Pd bd ∀i ∈ M ; ai Ri bi Pi ci ∀i ∈ N \ ({d} ∪ M ); bi Pi ci Pi ai . ′ ≿′ = f (RN ) とする。{d} は Z 上で決定権を持つから,c ≻′ b である。ステップ 4 より,{d} ∪ M も Z 上で決定権を持つから,a ≻′ c である。したがって,推移性により,a ≻′ b である。 ′ RN と RN は {a, b} 上で一致しているから,二項独立性により,≿ と ≿′ は {a, b} 上で一致する。し たがって,a ≻ b である。 これで,パート (I) の証明が完了した。 第 4 章のウェブ補論 4 図 A4.1 フリー・ペアの連結 財2 ✻ xi = a1i yi = a2i x′i = a6i a5i yi′ = a7i 0 a4i a3i ✲ 財1 パート (II) の証明の概略 任 意 の 2 つ の フ リ ー・ペ ア {x, y}, {x′ , y ′ } ∈ FP に 対 し て ,次 の 条 件 を 満 た す 配 分 の 有 限 列 (a1 , . . . , aK ) ∈ X K が存在する。 (i) すべての k ∈ {1, . . . , K − 2} に対して,{ak , ak+1 , ak+2 } はフリー・トリプルである。 (ii) {a1 , a2 } = {x, y} かつ {aK−1 , aK } = {x′ , y ′ }. 上の主張は,任意の個人の任意の 2 つのフリー・ペア・バンドルが,有限個のフリー・トリプル・バ ンドルによって連結されることを意味している。その一般的な証明は省略するが,直観的な説明は 図 A4.1 に与えられている。図 A4.1 では 7 つの配分 {a1 , a2 , . . . , a7 } における個人 i の消費バンドル {a1i , a2i , . . . , a7i } を示している。まず 3 つの消費バンドル {a1i , a2i , a3i } に関するどのような順序も,強 単調性・凸性・連続性を満たす選好順序のもとであり得るから,{a1i , a2i , a3i } はフリー・トリプル・バ ンドルである。読者は,標準的な無差別曲線を適切に描くことによって,3 つの消費バンドルの間のど のような順序も構成可能であることを確かめられたい。同様に,3 つの消費バンドルの組 {a2i , a3i , a4i }, {a3i , a4i , a5i }, {a3i , a4i , a5i }, {a4i , a5i , a6i }, {a5i , a6i , a7i } のそれぞれもフリー・トリプル・バンドルである。 したがって,フリー・ペア・バンドル {xi , yi } = {a1i , a2i } とフリー・ペア・バンドル {x′i , yi′ } = {a6i , a7i } とが,有限個のフリー・トリプル・バンドルによって連結されるのである。同様のことが任意の 2 つの フリー・ペア・バンドルに対して成立する。 さ て ,集 計 ル ー ル f が 定 理 4.1 の 4 つ の 条 件 を 満 た す と す る 。任 意 の 2 つ の フ リ ー・ペ ア {x, y}, {x′ , y ′ } ∈ FP に対して,上の条件 (i), (ii) を満たす配分の列を (a1 , . . . , aK ) ∈ X K とする。定 理の証明のパート (I) より,すべての k ∈ {1, . . . , K − 2} に対して,{ak , ak+1 , ak+2 } 上の独裁者が存 在する。{a1 , a2 , a3 } 上の独裁者を d ∈ N とする。d は {a2 , a3 , a4 } 上の独裁者でもなければならない。 なぜなら,仮に d′ ̸= d が後者の独裁者であるとすると,a2d Pd a3d かつ a3d′ Pd′ a2d′ であるような選好 プロファイルにおいては,a2 , a3 に関する d と d′ の少なくとも一方の強選好順序は社会的評価の強順 序に反映されないことになってしまい,それはこの個人が a2 , a3 を含むフリー・トリプル上の独裁者 であることに矛盾するからである。この論法を繰り返し適用することにより,d は {aK−2 , aK−1 , aK } 上の独裁者でもあることが示される。したがって,d は {x, y} および {x′ , y ′ } 上の独裁者である。 {x, y}, {x′ , y ′ } ∈ FP は任意であったから,d はすべてのフリー・ペア上の独裁者である。 5 パート (III) の証明の概略 図 A4.2 すべてのペアの連結 財2 ✻ 財2 ✻ xi xi zi yi yi zi 0 ✲ 財1 0 ✲ 財1 ˆ n , {x, y} ∈ すべてのフリー・ペア上の独裁者を d ∈ N とする。{x, y} ⊂ X / FP であって,かつ ˆ n が存在する。 xd Pd yd であるとする。このとき,以下の条件を満たす z ∈ X (i) {x, z}, {y, z} ∈ FP , (ii) xd Pd zd Pd yd . その直観的な説明は図 A4.2 に示されている。 個人 d は,すべてのフリー・ペア上の独裁者であるから,x ≻ z かつ z ≻ y が成り立ち,推移性より ˆ n 上の独裁者である。これで,定理 4.1 の証明が x ≻ y である。よって,d はすべてのペア {x, y} ⊂ X 完了した。
© Copyright 2024 ExpyDoc