焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度の

X線分析の進歩 第 45 集(2014)抜刷
Advances in X-Ray Chemical Analysis, Japan, 45 (2014)
アグネ技術センター
ISSN 0911-7806
焦電結晶による X 線発生における放電現象と
X 線強度のエネルギー依存性
大平健悟,今宿 晋,河合 潤
Discharge Phenomena during X-Ray Emission from Pyroelectric Crystal
and Energy Dependence of X-Ray Intensity
Kengo OHIRA, Susumu IMASHUKU and Jun KAWAI
(公社)日本分析化学会X線分析研究懇談会 ©
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
焦電結晶による X 線発生における放電現象と
X 線強度のエネルギー依存性
大平健悟,今宿 晋,河合 潤
Discharge Phenomena during X-Ray Emission from Pyroelectric Crystal
and Energy Dependence of X-Ray Intensity
Kengo OHIRA, Susumu IMASHUKU and Jun KAWAI
Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University
Sakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan
(Received 7 January 2014, Revised 6 February 2014, Accepted 7 February 2014)
Time dependent X-ray emission due to the change of temperature of a pyroelectric crystal in
vacuum and optical luminescence during the X-ray emission were measured. Two types of instable
X-ray emission were observed at the beginning of cooling of the pyroelectric crystal; a sudden
increase and decrease of X-ray emission with energies over 14 keV and a sudden stop of X-ray
emission with all energies were observed. The former was derived from glow discharge on the -z
surface of the pyroelectric crystal, and the latter was caused by a creeping discharge on the side of
the pyroelectric crystal. The creeping discharge occurred only on a specific side of the pyroelectric
crystal.
[Key words] Pyroelectric crystal, Glow discharge, Creeping discharge, X-ray measurement
真空中で焦電結晶を温度変化させることにより発生するX 線について,強度の時間変化のエネルギー別依存
性を測定し,放電時における発光現象との関連を調べた.焦電結晶の冷却開始直後には,X 線の発生と停止を
繰り返す不安定な強度変化過程が見られた.この変化過程では,14 keV 以上のエネルギーを持つ X 線が主体と
なる強度が急激に増減する変化と,全てのエネルギーの強度が同時にゼロとなる変化の,2 種類の急激な X 線
強度の変化過程が存在することがわかった.14 keV 以上の X 線が主体となる変化過程は,焦電結晶の -z 面近
傍でのグロー放電に由来し,全てのエネルギーの強度が同時にゼロとなる変化は,焦電結晶側面での沿面放電
によって生じたと考えられる.また,焦電結晶の側面での沿面放電は,ある単一の面でのみ,生じることがわ
かった.
[キーワード]焦電結晶,グロー放電,沿面放電,X 線計測
1. はじめに
タンタル酸リチウム(LiTaO3)に代表される
焦電結晶は,キュリー温度以下では,基本単位
格子の格子点に存在する単位構造の正電荷の中
心が負電荷の中心と一致しないため,自発分極
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 京都府京都市左京区吉田本町 〒606-8501
X線分析の進歩 45
Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 45, pp.181-190 (2014)
181
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
をもっている.自発分極 P の値は温度 T の関数
X 線の発生が止まる瞬間に,大量の電子がター
であり,∆P =α∆T で表される(α は焦電係数)
.
ゲットに照射されていることがわかった.本研
温度変化によって生じた結晶内部の電荷の偏り
究では,焦電結晶によって発生した X 線のエネ
が,結晶表面に帯電となって現れ,非常に大き
ルギーごとの強度の時間変化を測定することで,
な電位差が+z面と–z面の間に生じる.このとき,
冷却開始後数分以内に見られる,放電に伴う短
結晶表面に生じた帯電は,大気中では浮遊分子
時間のX線発生現象と,それ以降に見られる,浮
の衝突によって持ち去られ,速やかに中和され
遊電荷の衝突に伴う,数分から数十分間継続し
る.一方,真空中で帯電が生じた場合,衝突分
て発生する X 線発生現象についての強度変化の
子数が少ないため,数分間から数十分間帯電が
エネルギー依存性を測定した.また,放電の際
中和されずに残るため,結晶周囲に強い電場が
に見られる発光現象について,デジタルカメラ
形成される.この電場により発生する電子線を
を用いて,その様子を撮影し,X 線の各エネル
利用し,Brownridge は,焦電結晶である硝酸セ
ギーの強度の時間変化と併せて考察を行った.
シウム(CsNO3)を用いて,X 線の発生に成功し
た 1).現在では,この原理を用いた携帯型 X 線
2. 実 験
管が Amptek 社より商品化されている 2).真空中
2.1 X 線強度変化のエネルギー依存性
での焦電結晶の帯電は,質量分析装置のイオン
焦電結晶により発生した X 線のエネルギーご
3)
源 ,ハンディ電子プローブマイクロアナライ
4)
ザー(EPMA) ,小型カソードルミネッセンス
5)
との時間変化を測定するための装置の模式図を
Fig.1 に示す.焦電結晶は,LiTaO3 単結晶(6 ×
など,様々なデバイスへの応用が提案さ
6 × 5 mm, z 軸方向に 5 mm)を用い,–z 面が
れている.しかし,焦電結晶の帯電によって発
ターゲットに対向するよう,+z 面をアルミニウ
生した X 線は,強度が不安定であるため,これ
ムブロック(10 × 10 × 10 mm)に銀ペーストで
らのデバイスに応用するのは,現状では困難で
接着した.アルミニウムブロックの底面に,ペ
装置
ある.山岡ら
6)
–4
は,2 × 10 から 20 Pa の真空
ルチェ素子を接着した.ペルチェ素子と焦電結
度において,LiTaO3 を室温から 140℃の範囲で,
晶の間に熱伝導性のよいアルミニウムブロック
加熱・冷却を行い,X線の発生強度の真空度依存
を配置することで,ペルチェ素子から焦電結晶
性と時間依存性を調べた.その結果,2 Pa の真
に熱が均等に伝わるようにした.ペルチェ素子
空度において,140℃から室温までの冷却過程で
は,直径 12.5 mm の銅製の棒に接着した.温度
は,冷却開始後1分間,強度が不安定な短時間の
測定用のアルメル・クロメル熱電対はアルミニ
X 線が発生し,その後,20 分程度の安定した X
ウムブロックの焦電結晶側の面に取り付けた.45
線発生が続いた.山岡らは,この現象について,
度の勾配をつけた15 × 10 mmの試料台にカーボ
短時間のX線発生は,放電によるものであり,20
ンテープを貼り,その上に酸化物超伝導体粉末
分程度続く X 線の発生は,気相中の浮遊電子に
(YBa2Cu3O7-δ)をのせ,ターゲットとして用い
7)
よるものであると結論づけている.大平ら は,
た.焦電結晶+z面と,ターゲットは接地した.こ
電子線のターゲットとして蛍光板を用い,X 線
れらの装置を樹脂製の NW25 クイックカップリ
発生時における電子線照射領域を調べたところ,
ングを用いた試料室内に配置した.クイック
182
X線分析の進歩 45
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
LiTaO3
Aluminum
block
Thermocouple
Peltier
device
Fig.1 Schematic illustration of experimental set-up for measurement of energy and time dependence of X-ray
emission from pyroelectric crystal.
カップリングの壁面に直径 10 mm の穴を開け,
クトル測定表示ソフトウェア(Ver. 1.1)8)を用
カプトンフィルムを貼り,X 線の取り出し窓と
いて 192 kilo Samples/s,24 bits/Sample で wav 形
した.焦電結晶の –z 面とターゲット中央部との
式のファイルとして取り込んだ.このデータを,
距離は 10 mm とした.測定は,焦電結晶を 90℃
コンピューター上で処理し,電気ノイズによる
から室温までの冷却過程で行ったが,測定前の
バックグラウンドを低減するため,時間対称性
90℃までの昇温過程で焦電結晶の-z 面が正に帯
の高い成分だけの信号 9)をスペクトルとして用
電する.測定にこの影響を与えないようにする
いた.
ため,大気中で 180 秒間 90℃を保持した後,90
℃を保持したまま,真空に引き始め,真空度が1
2.2 デジタルカメラによる放電現象の撮影
Pa に到達したところで再び 120 秒間 90℃に保持
撮影実験は,2.1 節の測定装置において,試料
した後,加熱をやめ,自然に冷却をさせた.X線
室を T 字型のクイックカップリングに変え,ガ
の測定は,3000 秒間行った.X 線検出器はシリ
ラス製のビューポートを取り付けた.この
コンドリフト検出器(SDD)
(Vortex-EX, Radiant
ビューポートから,デジタル一眼レフカメラに
Detector Technologies, LLC)を用いた.SDD を
よる撮影を行った.カメラは,ボディ:Nikon
ターゲット中央部から30 mm離して配置し,SDD
D7000,レンズ:Nikon AF-S DX NIKKOR 55-
の出力端子を音声入力用の A/D コンバーター
300 mm f/4.5-5.6G ED VR,フィルター:Kenko
(UA-101 Hi-Speed USB Audio Capture, Roland)
に
MC クローズアップレンズ No.10(焦点距離 100
接続した.SDD からの電圧信号を簡易 X 線スペ
mm)を用いた.撮影条件は,絞り値 f/4.5,ホワ
X線分析の進歩 45
183
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
イトバランス 5000 K,ISO 感度 25600 とした.
140 cpsを示した後,X線の強度は増加し,t = 136
焦電結晶は,エネルギー別 X 線強度時間変化測
秒で極大値 3400 cps を示した後, X 線の発生は
定と同様の条件で,大気中で 180 秒間 90℃に保
瞬間的に停止した.t = 174 秒から X 線は再び発
持した後,90℃に保持したまま,真空を引き始
生しはじめ,t = 271 秒で 200 cps から 70 cps へ
め,真空度が 1 Pa に到達したところで 120 秒間
の急激な X 線強度の低下は見られたものの,測
90℃に保持した後,加熱をやめ,自然に冷却を
定終了まで,2800 秒以上 X 線は停止することな
させた.冷却過程で,焦電結晶の放電による発
く継続して発生した.焦電結晶の温度は t = 700
光の様子の撮影を行った.
秒付近でほぼ室温(23℃)と等しくなり,それ
に伴い,X 線強度も 800 cps を極大として徐々に
3. 実験結果
低下し始めた.この測定において得られた X 線
3.1 エネルギー別 X 線強度時間変化測定
のスペクトルをFig.3に示す.Fig.3aは t = 0-3000
90℃から室温まで,
自然冷却をした際の焦電結
秒における積算スペクトル,Fig.3b, c, d はそれ
晶の温度変化とX線強度変化,およびt = 0-160秒
ぞれ,急激な X 線強度変化が見られた時間を含
の拡大図を Fig.2 に示す.t = 0 から冷却を開始
む t = 20-60,60-100,および 100-140 秒における
した.X 線は t = 24 秒から発生し始めた.この
積算スペクトル,Fig.3e は X 線が継続して発生
とき,熱電対の温度は 77℃を示していた.t = 44
していた t = 300-3000 秒における積算スペクト
秒で X 線の発生は瞬間的に停止し,t = 62 秒か
ルである.連続 X 線と試料の特性 X 線である Ba
ら再び X 線の発生が始まった.X 線強度は時間
L 線,Cu K 線,Y K 線が見られた.t = 20-60 秒
とともに増加しはじめ,t = 92 秒で 950 cps から
(Fig.3b)において,X 線の最高エネルギーは 20
8200 cpsまで急激に増加した後,その2秒後には
keV であった.t = 60-100 秒(Fig.3c)において,
1300 cps まで急激に減少した.t = 98 秒で極小値
30 keV 以上のスペクトルは 10 カウント以下で
Fig.2 Time dependence of X-ray total intensity.
184
X線分析の進歩 45
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
あったため,Ba Kα(32.19 keV)は確認できず,
線の最高エネルギーは 32 keV であった.
サムピーク由来のものと区別できなかった.そ
続いて,X 線が短時間に複数回発生していた t
のため,このときX線の最高エネルギーは40-50
= 70-140 秒における,0-60 keV,Ba Lα(4.47
keV 程度だったと考えられる.t = 100-140 秒
keV),Cu Kα(8.05 keV),および Y Kα(14.96
(Fig.3d)においては,X 線の最高エネルギーは
keV)X 線強度の時間変化を Fig.4 に示す.ただ
33 keV であった.また,X 線が継続して発生し
し,各エネルギーでのX線強度は,各エネルギー
ていた t = 300-3000 秒(Fig.3e)においては,X
の前後それぞれ 1 keV 分までのエネルギーを加
Fig.3 EDX spectra of YBa2Cu3O7-δ.
X線分析の進歩 45
185
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
方,t = 100 秒以降では,Ba Lα,Cu Kα,Y Kα
いずれの強度も全体の強度に比例して増加し,t
= 137秒で全てのエネルギーでのX線強度が同時
にゼロとなった.以上のことから,冷却開始直
後における短時間で発生・停止を繰り返す X 線
発生過程において,14 keV 以上のエネルギーを
持つ X 線を主体とした急激な強度変化と,全て
のエネルギーの X 線が同時にゼロとなる変化の
2 種類の強度変化が存在することがわかった.
測定は何度も繰り返し行ったが,秒数やカウン
ト数は上述したような細かな値までは再現性は
ない.またFig.2の初期の鋭いピークの本数も変
化する.全体的な傾向は繰り返すが細かな点で
は,毎回同じ現象が再現されるわけではない.繰
り返しによる時間変化の多様性については,文
献 7) に何例かを示した.
Fig.4 Time dependent X-ray intensity with various
energies. (a) 0-60 keV, (b) Ba Lα (3.47-5.47 keV), (c)
Cu Kα (7.05-9.05 keV), (d) Y Kα (13.96-15.96 keV).
3.2 デジタルカメラによる放電現象の撮影
焦電結晶を 90℃から室温までの,自然冷却過
程において,発光現象が見られた写真をFig.5に
示す.Fig.5a は冷却前の焦電結晶の写真であり,
えたもの,すなわち,Ba Lα(3.47-5.47 keV),Cu
F i g . 5 b - h は焦電結晶の冷却時における写真,
Kα(7.05-9.05 keV),Y Kα(13.96-15.96 keV)と
Fig.5i は焦電結晶の冷却過程において,ロータ
し,バックグラウンドも含めて計算した.t = 70
リーポンプを切り,試料室の真空を破ったとき
から 91 秒では,Ba Lα,Cu Kα の強度は全体の
の写真である.Fig.5b-h の発光現象はいずれも,
X 線強度に比例して増加したが,Y Kαはほとん
冷却開始から 300 秒以内だけで見られ,300 秒
ど変化しなかった.t = 92 秒で全体の X 線強度
以後は発光が見られなかった.Fig.5i に示す焦
は8200 cpsまで急激に増加したが,このとき,Ba
電結晶を中心に青紫色に発光する現象は,冷却
Lα,Cu Kα,Y Kαいずれの強度も急激に増加し,
過程のいずれでも真空を破ることで観察するこ
特に Y Kαの増加は顕著であった.t = 94秒で全
とができ,気体分子が増加したことによるグ
体の強度は1300 cpsまで低下し,Ba Lαは464 cps
ロー放電で生じた発光であると考えられる.こ
から 444 cps(–20 cps)に,Cu Kα は 566 cps か
れらを,X 線強度の時間変化測定の結果と照ら
ら 325 cps(–241 cps)に,Y Kα は 516 cps から
しあわせてみると,冷却開始後 300 秒以内にお
80 cps(–436 cps)に低下した.高エネルギーの
いて,短時間で発生・停止を繰り返す不安定な
X線ほど,強度の低下の割合が大きくなった.一
X 線発生では発光を伴い,300 秒以降の継続し
186
X線分析の進歩 45
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
Fig.5 Photos of the LiTaO3 crystal: (a) before cooling, (b) - (h) during cooling, (i) after breaking the vacuum.
Exposure time of camera: (b) 14.6, (c) 9.5, (d) 26.4, (e) 49.4, (f) 19.6, (g) 9.6, (h) 5.9, and (i) 15.7 s.
た X 線発生では発光を伴わないことがわかっ
点状の発光,第 2 に Fig.5f, g で示す焦電結晶側
た.また,Fig.5b-h に示すように,焦電結晶上
面での沿面放電,第 3 に Fig.5h に示す焦電結晶
での発光にも複数種類存在していることがわ
上面での沿面放電,および,第 4 に Fig.5b-h に
かった.具体的には,第 1 に Fig.5b-d, f, h の焦
示す焦電結晶下面とアルミニウムブロック上で
電結晶 –z面で見られるような,青もしく赤色の
の緑色の発光の 4 種類であった.
X線分析の進歩 45
187
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
4. 考 察
主体とした急激な強度変化は,焦電結晶 –z 面と
ターゲット間で生じたグロー放電に起因してい
焦電結晶の冷却開始後 t = 20-140 秒での短時
たと考えられる.また,冷却開始後強度が徐々
間の発生・停止を繰り返す X 線発生過程におい
に増加してゆく X 線発生過程,および,冷却後
て,14 keV 以上のエネルギーを持つ X 線を主体
半の継続した X 線発生過程では,浮遊電子およ
とした急激な強度変化が見られた.この X 線強
び二次電子の衝突に起因して X 線が発生してい
度変化は,焦電結晶 –z 面で見られた点状の発光
たと考えられる.
の際に生じ,焦電結晶 –z 面とターゲット間で生
Fig.5f, g のように,焦電結晶側面で沿面放電
じたグロー放電に起因すると考えると,次のよ
が生じる場合,沿面放電により電荷移動が起こ
うな説明が可能である.グロー放電が生じる際,
り,焦電結晶の上面と下面に生じていた帯電
気相中の正電荷をもった粒子が焦電結晶–z面に
が,瞬時に完全に中和される.そのため,電場
衝突し,焦電結晶 –z 面から多数の電子が放出さ
自体が存在しなくなり,t = 44, 137 秒のように
れる.この電子は焦電結晶により生じた電場に
全てのエネルギーの X 線強度が同時にゼロに
よって加速されるが,真空度が1 Paであるため,
なったと考えられる.しかし,Fig.5hのような,
平均自由行程が長く,気相中の分子にほとんど
焦電結晶上面での沿面放電は,ターゲットまで
衝突することなくターゲットに到達する.その
の柱状の発光が確認できるため,焦電結晶 – z
ため,焦電結晶 –z 面より放出された電子は,ほ
面で見られたグロー放電の一種であると考えら
ぼ焦電結晶 –z面とターゲット間の電位差分のエ
れる.
ネルギーを得ることができると考えられる.焦
焦電結晶の温度変化に伴うX線発生現象につ
電結晶–z面で見られた発光は青色または赤色で
いて,山岡ら 6)は焦電結晶の冷却初期に見られ
あった.青色の発光は気相中の N2 分子の励起に
る短時間に発生と停止を繰り返す X 線発生は
よるものと考えられる.赤色の発光は高エネル
放電に起因し,冷却後半の継続したX線発生は
ギーを持った正電荷の衝突によって生じたリチ
気相中の浮遊電荷の衝突に起因すると報告して
ウム原子の発光である可能性があるが,本実験
いるが,本研究のX線強度変化のエネルギー依
の結果からは断定することはできない.一方,発
存性測定によって,その放電現象は 14 keV 以
光を伴わない X 線の発生過程では,電子がター
上のエネルギーを持つ X 線が主体となる放電
ゲットに衝突した際に生じる二次電子が,焦電
に起因することがわかった.さらに,沿面放電
結晶 –z面とターゲット間の電場に捉えられて加
に起因する全てのエネルギーの X 線が同時に
速され,ターゲットに衝突することで X 線が発
ゼロとなる X 線強度変化も存在することがわ
生していると考えられる.そのため,焦電結晶
かった.
上面とターゲット間での電位差より小さなエネ
また,焦電結晶側面に生じる沿面放電は,必
ルギーを持つX線しか発生しない.したがって,
ずある決まった面だけで発生することがわ
焦電結晶の冷却開始後 t = 20-140 秒で見られた
かった.焦電結晶を取り出して,Fig.6 に示す
短時間の発生・停止を繰り返す X 線発生過程に
ように,未使用のものと比べると,実験で使用
おいて,14 keV 以上のエネルギーを持つ X 線を
した LiTaO 3 単結晶は,4 つある側面のうち,あ
188
X線分析の進歩 45
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
(a)
(b)
5 mm
5 mm
Fig.6 Photos of the LiTaO3 crystal: (a) before and (b) dozens iterations after X-ray emitting experiments.
る一面全体に複数のz軸方向の傷が観察された
(Fig.6b の右側面).沿面放電は,この傷のある
5. 結 言
面だけで発生した.いくつかのLiTaO3単結晶を
焦電結晶によるX線発生の強度変化のエネル
使用したが,そのすべての結晶において,ある
ギー依存性を調べ,デジタルカメラを用いて,
一つの側面だけに同様の傷がついていた.沿面
放電による発光現象を調べた.焦電結晶の冷却
放電は,赤い色を呈していたが,これがリチウ
開始直後に生じる,発生・停止を繰り返す不安
ム原子の発光であると仮定すると,焦電結晶に
定な X 線発生現象には,14 keV 以上のエネル
は沿面放電を起こしやすい面が存在し,その沿
ギーを持つX線が主体となる急激に強度が増減
面放電によって焦電結晶は徐々に削られること
する変化と,全てのエネルギーの X 線が同時に
になる.傷がつくことによって,沿面放電も生
ゼロとなる変化の2種類の強度変化が存在する
じやすくなると考えられる.Fig.3b と d では,
ことがわかった.デジタルカメラを用いた発光
X線の停止の際沿面放電が生じていたと考えら
現象撮影の結果と照らし合わせた結果,前者は
れるが,2 つのスペクトルの最大エネルギーは
焦電結晶とターゲット間でのグロー放電に起因
それぞれ 20 および 33 keV であり約 10 keV の
し,後者は焦電結晶側面での沿面放電によって
差があった.一方,Fig.3e では 32 keV までの
生じたと考えられる.この焦電結晶側面の沿面
X線が発生しているにもかかわらず,沿面放電
放電は特定の一つの側面でのみ発生することが
は発生しなかった.沿面放電の起こりやすさ
わかった.また,冷却開始 300 秒以降の,継続
は,焦電結晶の表面の粗さや不純物の付着等
した X 線発生過程では,放電による発光が見ら
により変化すると考えられる.したがって,沿
れなかった.これは,結晶とターゲット間の浮
面放電を生じさせなければ,高エネルギーのX
遊電荷および二次電子がターゲットへ衝突する
線の発生や,継続したX線発生が可能になると
ことによって発生したX線であるからだと考え
考えられる.
られる.したがって,沿面放電の発生を抑制す
ることが,焦電結晶の X 線発生の安定化および
X線分析の進歩 45
189
焦電結晶による X 線発生における放電現象と X 線強度のエネルギー依存性
高エネルギーの X 線の発生につながると考え
られる.
83, 8363 (2011).
5)
冬野直人,今宿 晋,河合 潤:分光研究,61,
190 (2012).
6)
山岡理恵,山本 孝,湯浅賢俊,今井昭二:X 線
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中江保一:京都大学大学院工学研究科材料工学
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X線分析の進歩 45