ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いた ガソリン中の硫黄分析

X線分析の進歩 第 45 集(2014)抜刷
Advances in X-Ray Chemical Analysis, Japan, 45 (2014)
アグネ技術センター
ISSN 0911-7806
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いた
ガソリン中の硫黄分析
永井宏樹,椎野 博,中嶋佳秀
Analysis of Sulfur in Gasoline Using
a Portable Total Reflection X-Ray Fluorescence Spectrometer
Hiroki NAGAI, Hiroshi SHIINO and Yoshihide NAKAJIMA
(公社)日本分析化学会X線分析研究懇談会 ©
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いたガソリン中の硫黄分析
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いた
ガソリン中の硫黄分析
永井宏樹,椎野 博,中嶋佳秀
Analysis of Sulfur in Gasoline Using
a Portable Total Reflection X-Ray Fluorescence Spectrometer
Hiroki NAGAI, Hiroshi SHIINO and Yoshihide NAKAJIMA
Ourstex Corp.
13-20, Hommachi, Neyagawa, Osaka 572-0832, Japan
(Received 8 January 2014, Revised 20 January 2014, Accepted 21 January 2014)
We conducted analysis of sulfur in gasoline using a portable total reflection X-ray fluorescence spectrometer. Analysis of sulfur in gasoline has been difficult before, because gasoline drip
spread widely when dropped on an optical flat.
In this article, we performed fluoride coating on the optical flat. As a result, the size of drip
mark got smaller and analytical sensitivity of sulfur was greatly improved.
[Key words] Portable, Total reflection X-ray fluorescence spectrometer, PTFE coating, Sulfur,
Gasoline, Drip marks
ポータブル全反射蛍光X線分析装置を用いてガソリン中の硫黄分析を行った.
ガソリンをオプティカルフラッ
ト上に滴下すると,点滴痕が大きく拡がってしまい分析を困難にするといった問題があった.本報告では,オ
プティカルフラット上にテフロンコーティング処理を施す事で,点滴痕のサイズを小さく抑える事ができ,硫
黄の分析感度を向上させる事ができたので報告する.
[キーワード]ポータブル , 全反射蛍光 X 線装置,テフロンコーティング処理,硫黄,ガソリン,点滴痕
1. はじめに
ファーフリー(10ppm 以下)ガソリンならびに
軽油の供給が開始されている.また,北米では
近年,環境問題がクローズアップされ,様々
2005 年よりガソリンの硫黄分 30ppm 以下,2007
な規制や有害物質の分析が注目されている.な
年より軽油の硫黄分を 15ppm 以下に,ヨーロッ
かでも大気汚染物質の削減を目的としたガソリ
パ諸国でも2009年よりガソリンならびに軽油の
ンや軽油中の低硫黄化が進められている.日本
硫黄分を10ppm 以下にするように規制されるな
においては2005年より石油各メーカーからサル
ど,世界的に低硫黄化が進められている.一般
アワーズテック株式会社 大阪府寝屋川市本町 13-20 〒 572-0832
X線分析の進歩 45
Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 45, pp.197-201 (2014)
197
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いたガソリン中の硫黄分析
的にこれらの分析には,エネルギー分散型蛍光
では管電圧 30 kV,管電流 200 µA に設定した.
X 線装置や波長分散型蛍光 X 線分析装置を用い
また,X 線ターゲットには Ag を用いている.検
た測定がよく行われている.また,偏光光学系
出器には SDD(受光面積 7 mm2,Be 厚さ 8 µm)
を用いた報告等もある 1).全反射蛍光 X 線分析
を用い,波形処理はDSPによって行なっている.
装置を用いた測定はあまり行われていないよう
また,入射 X 線管の平行化には X 線導波路を用
なので,本研究では,低出力の非単色 X 線を用
いている.
いたポータブル全反射蛍光 X 線分析装置
2-6)
を
3. 試料調製方法の検討
用いてオイル中の硫黄分析を試みた.現在,ポー
タブル全反射蛍光 X 線分析装置の試料台座には
全反射蛍光 X 線分析法は,X 線の全反射現象
石英のオプティカルフラットを用いているが,
を利用する分析方法であるため,試料には平坦
試料溶液をオプティカルフラットに滴下した際
性が要求される.また,検出器の取り込み位置
の点滴痕の拡がりを抑えるためにオプティカル
の関係により,点滴痕の拡がりや形状によって
フラットの表面に DLC(diamond-like carbon)加
工を施してオプティカルフラット表面の撥水性
を高めて点滴痕を小さく抑える方法を用いてい
る .しかしながら,ガソリンなどの揮発油成分
㪇㪅㪍
の試料をオプティカルフラット表面に滴下する
㪇㪅㪋
とDLC加工を施した表面においても点滴痕が大
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め,ガソリンの点滴痕サイズを小さく抑える事
ができた.これにより従来では困難であった低
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油性を高める方法として,フッ素系コーティン
コーティング剤を塗布することで,撥油性を高
たので報告する.
㪇㪅㪍
ており,可搬性に優れた装置となっている.X線
管には透過式小型 X 線管を用いており,本実験
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いた.本装置はコンパクトで総重量 8 kg となっ
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光 X 線分析が使用できる可能性を示す事ができ
置(OURSTEX200TX アワーズテック社製)を用
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分析には,ポータブル全反射蛍光 X 線分析装
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濃度の硫黄分析において,ポータブル全反射蛍
2. 実験装置
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きく拡がってしまうといった問題点がある.撥
では,オプティカルフラット表面にテフロン
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7)
グ剤を用いる方法が報告されている 8).本報告
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Fig.1 Total reflection X-ray fluorescence spectra by
different surface condition of optical flat. ※ Peak from
instrument.
X線分析の進歩 45
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いたガソリン中の硫黄分析
X 線強度が大きく左右されるため,できるだけ
示す.
点滴痕を小さく制御する必要がある.このよう
測定の結果,A 社のテフロンコーティング剤
な背景から筆者らは,オプティカルフラットの
では,不純物としてZrが検出された.Zrの場合,
表面にDLC加工を施し,撥水性を高めて点滴痕
K 線については S 分析において特に問題になら
の拡がりを抑える方法を用いている.しかしな
ないが,ZrのL線がS-Kα線近傍に検出されるた
がらガソリン等の揮発性油を DLC 加工したオ
め,干渉等の問題が起こる.B社のテフロンコー
プティカルフラットに滴下すると点滴痕が大き
ティング剤(フッソ・プラコート FC-115 ファ
く拡がってしまい,上手く測定できないといっ
インケミカルジャパン株式会社製)では,特に
た問題があった.そこで,より撥油性を高める
目立った不純物が検出されなかったので,こち
ため,市販されているテフロンコーティング剤
らを用いて実験を行った.Fig.2にDLC加工を施
を 2 種類入手し,撥油性と余計な不純物等が含
したオプティカルフラットにガソリンを滴下乾
まれていないか確認した.その結果を Fig.1 に
燥した写真とDLC加工したオプティカルフラッ
トの表面にテフロンコーティングを行ったもの
(a)
に,ガソリンを滴下乾燥した写真を示す.これ
らのガソリンには,変化をわかり易くするため
に,蛍光塗料の粉末を混ぜて滴下している.こ
れらの結果から,テフロンコーティングを施し
た場合は,点滴痕が小さく纏まっているのに対
して,テフロンコーティングを施さない場合で
は,液滴が全面に散らばり,蛍光塗料の粉も大
きく拡がってしまっている事がわかる.以上の
結果から,テフロンコーティングの有用性を確
認する事ができた.
(b)
4. 測 定
Fig.3にテフロンコーティング剤の有無による
全反射蛍光 X 線スペクトルを示す.試料はガソ
リン中に硫黄が 10ppm 含有しているものをオプ
ティカルフラット上に 5 µl 滴下乾燥した物を使
用した.試料調製の模式図を Fig.4 に示す.測定
条件は,印加電圧 30 kV,電流 200 µA,測定時
間 300 秒で行った.測定の結果,テフロンコー
ティングを施した方は,Sのピークが明確に検出
Fig.2 The comparison photograph of drip marks of
DLC coated optical flat. (a) Without PTFE coating.
(b)With PTFE coating.
X線分析の進歩 45
されていることがわかる.一方テフロンコー
ティングを施さなかった方は,ブランクと比べ
199
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いたガソリン中の硫黄分析
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Fig.3 Total reflection X-ray fluorescence spectra of a dried droplet containing 10ppm (50 ng) of S.
Fig.3 The diagram of sample preparation. (a) Spraying of PTFE coating (2 sec), (b) heating (80℃), (c) dropping a
sample (5 µl), (d) heating (80℃).
ても,微小なピークしか得られなかった.また,
得られたスペクトルからそれぞれ検出下限値
(LLD)を見積もった結果,テフロンコーティン
LLD = 3 ×
W ×
I NET
I BG
t
(1)
グを施さなかった場合の LLD は 29.2 ng となり,
ここで,W :含有量(ng),t:測定時間(sec),
テフロンコーティングを行った場合の LLD は
,I BG:バックグラ
I NET:ピークの Net 強度(cps)
4.48 ng となった.なお,LLD の算出には以下の
ウンド強度(cps)である .
理論計算式を用いた 9).
200
X線分析の進歩 45
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用いたガソリン中の硫黄分析
5. おわりに
意見を頂きました,京都大学大学院工学研究科
の河合 潤教授に感謝致します.
ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置を用い
て,ガソリン中の硫黄分析を試みた結果,試料
台座にテフロンコーティング剤を塗布する事に
より,試料の点滴痕を小さく抑える事ができた.
その結果,低濃度の硫黄分析が可能となり,
ポータブル全反射蛍光X線分析装置によるガソ
リン中の硫黄分析の可能性を示す事ができた.
今後は,定量精度における検証や,実用化に向
けた再現性の検証を行う予定である.将来的に
は,ポータブル全反射蛍光 X 線分析装置の可搬
性を生かして,現場での低濃度硫黄分析が行え
れば,新たな用途拡大に繋がるのでは無いかと
考えている.
最後に,本報告を纏めるに当たり,貴重なご
X線分析の進歩 45
参考文献
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見吉勇冶,永井宏樹,中嶋佳秀,宇高 忠:X 線
分析の進歩,34, 271 (2003).
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国村伸祐,河合 潤:化学と工業,61, 1050 (2008).
4)
国村伸祐,河合 潤:分析化学,58, 1041 (2009).
5)
国村伸祐,河合 潤:X線分析の進歩,41, 29 (2010).
6)
永井宏樹,中嶋佳秀,国村伸祐,河合 潤:X 線
分析の進歩,42, 115 (2011).
7) S. Kunimura, S. Kudo, H. Nagai, Y. Nakajima, H.
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8) T. Ninomiya, S. Nomura, K. Taniguchi, S. Ikeda:
Adv.X-Ray Anal., 32, 197 (1989).
9)
中井 泉 編:
「蛍光 X線分析の実際」
,(2005),(朝
倉書店).
201