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地方創生
緊急提言
Vol. 2
発行元 未来創発センター
2020 年東京オリンピックを契機とした
地方創生への取り組み試案
2020 年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、地方自治体の多く
は東京を訪れる外国人観光客の誘客や外国選手団の事前合宿の誘致を期
待しているが、相当の工夫をしなければ効果は期待できない。むしろ、世
界の要人を日本に集める絶好の機会として捉え、日本版 BBE のような取
り組みを行うなどして、外国資本の投資を自らの地域に呼び込む、あるい
は地域の産業を海外にアピールすることを目指していくべきである。
コンサルティング事業本部
パートナー
三㟢 冨査雄
はじめに
日本政府としても、2020 年東京大会開催に向け、
全国の自治体と参加国・地域との人的・経済的・文
2020 年東京オリンピック・パラリンピックの開
化的な相互交流を図るとともに、スポーツ立国、グ
催が決まり、
また2020年までに訪日外国人を2,000
ローバル化の推進、地域の活性化、観光振興等に資す
万人とするという政府目標が掲げられたことで、東
る観点から、
「ホストシティ・タウン構想」を推進す
京以外の地方においてもこれをビジネスチャンスと
るとして関係府省庁連絡会議も設置した。このような
していこうとする動きが出てきている。日本全国、北
オールジャパンでの取り組みは推進していくべきだ
海道から九州まで、ほぼ全ての都道府県において、オ
が、それぞれの地域が進めようとしている観光客と事
リンピック・パラリンピックに関わる推進本部や連
前キャンプの誘致は、相当の工夫をしなければ、いず
絡会議、プロジェクトチーム等が設置されており、む
れも地方にとってそれほどの効果は期待できない。
しろ設置されていない都道府県は希である。
ただ、これら都道府県のオリンピック担当部署の
取り組み内容を見てみると、一部に「スポーツ振興」
なども散見されるが、
そのほとんどが「観光客の誘致」
オリンピック観戦客は
地方へ観光に行かない
「事前キャンプの誘致」を掲げている。すなわち、東
外国人観光客が 2020 年に 2,000 万人訪日すると
京オリンピックに関連して地方が期待するビジネス
いう目標が掲げられているが、そもそも、東京オリン
チャンスとして、どの自治体も「東京オリンピック時
ピック・パラリンピック開催期間中に大勢の外国人
に訪日した外国人観光客の地方への誘客」と「各国選
が東京にやってくるというイメージは誤っている。
手団の事前合宿の誘致」を検討しているのが実情で
ある。
01 2015. FEB. Vol.2
2012 年に行われたロンドンオリンピック・パラ
リンピックの例をみても、大会期間中やその前後の
2015. FEB. Vol.2
期間は、航空運賃や宿泊費が高騰することもあり、外
必ずしも芳しい成果やレガシーが残されなかった。
国人観光客数はむしろ減少したし、ロンドンへのオ
キャンプ地への立候補自治体、並びに実際にキャン
リンピック観戦ついでに地方へ訪問した客はほとん
プ地となった自治体を対象とした木田悟氏らの調査
どいなかった。海外から訪英したチケット購入観戦
を参照しても、当初期待された経済的効果は実際に
客 68.5 万人のうち、ロンドン以外の地域に宿泊した
はあがらなかったとしている(堀繁/木田悟/薄井
のは 20 万人強で、スコットランドやウェールズまで
充裕編「スポーツで地域をつくる」
(2007 年、東京
足を伸ばしたのはわずか 4 万人だった。
大学出版)
)し、
「行政の無謬性」を勘ぐれば失敗と言
ただ、ロンドンのケースで言えば、オリンピックに
よりロンドン並びに英国の地域ブランドが向上した
わざるを得ない自治体も少なくなかったのではない
かと推察される。
影響で、開催翌年となる 2013 年の訪英外国人数は
当時の合宿誘致では、
「キャンプするチームにいく
3,281 万 3 千人と 2012 年よりも 5.6%増加、外国
らのファイトマネーを考えているか」といったやり
人旅行客の消費額は 210 億ポンド(約 3.6 兆円)と
とりが行われていたという証言もあるが、その背景
12.4%増加しており、いずれも過去最高を記録した
には、自治体としての「この機会に乗り遅れてはなら
(英国国家統計局データより)
。
2020 年東京大会についても、その 2020 年夏に
ない」という強迫観念と他自治体への過度な競争意
識があったものと思われる。
東京を訪問した外国人がさらに地方へ足を伸ばして
2020 年東京大会においても、同様の理由でキャ
もらうにはどうすべきかを考えるのではなく、2020
ンプ誘致を推進しようとすれば、期待したような成
年までの間にいかに日本に関心を高く持ってもらい、
果は出ず、同じ失敗が繰り返されるだけではないか
2020 年以降の外国人観光客を日本全体で増やすと
と懸念される。
ともに、そのなかで多くの外国人を地方に誘客でき
るかを考えるべきであろう。
少なかった 2002 日韓 W 杯での
事前合宿誘致の成果
地方への投資促進機会としての
オリンピック活用
2020 年のオリンピックは、①東京はもちろん日
本に対する世界の関心を集める契機、② 2020 年を
各国選手団の事前合宿の誘致についても、地方自
目標として加速する国の新規施策・規制緩和や民間
治体が抱いているような、地域のスポーツ振興や国
の開発技術・商品の活用機会、③行政や民間企業自
際交流の促進、さらには地域の活性化や経済的効果
身が 2020 年までに計画を前倒ししても遂行しよう
といった成果を期待するのは必ずしも容易ではない
とする達成期限(締切効果)
、という 3 つのチャンス
と思われる。
をもたらすものであるが、地方自身がこのチャンス
遡ること 13 年前、2002FIFA ワールドカップコ
リア・ジャパンのときにも、数多くの自治体が相当
を通じてどのような成果を実現したいのか、明確な
戦略性が求められる。
の費用負担を行う形で各国代表選手団の事前キャン
そのような考え方を持てば、オリンピック開催の
プ誘致を実現した。確かに、当時の人口わずか 1,300
タイミングでの一時的な観光客や関係者の誘客より
人程度の大分県中津江村がカメルーン代表のキャン
もむしろ、例えば①・②で追い風となる国内の投資
プ地となって全国的に有名になったし、クロアチア
環境を背景に、外国資本の投資を自らの地域に呼び
代表のキャンプ地となった新潟県十日町市では代表
込むあるいは地域の産業を海外にアピールすると
選手と多くの市民の交流が実現したり、その後日本
いった取り組みのほうが、地域経済の持続的な活性
トップクラスのチームのキャンプが継続したといっ
化につながるのではないだろうか。
た成果も報告されている。ただし、多くの自治体では
英国文化メディア・スポーツ省の推計によれば、
2015. FEB. Vol.2 02
ロンドンオリンピックにおける経済効果 7 兆円のう
へのヒアリングによる)。
ち半分の 3.5 兆円が「貿易と対英投資の増分」であっ
2020 年の東京オリンピックにおいても、世界の
た。それに対して公共投資は約 1.7 兆円、観光需要の
要人を日本に集める絶好の機会として捉え、日本版
増分は約 500 億円と少なく、要するに、公共投資や
BBE のようなイベントを開催し、日本及び地方の売
観光需要の拡大以上に、オリンピックを契機に英国
り込みをはかることを、国を挙げて企画・推進して
企業が海外企業と取引を開始・拡大したり、外国資
いくべきであろう。当該地域の魅力や投資に際して
本が英国に投資をしたりするといった効果のほうが
の優遇制度を海外投資家に紹介したり、地元企業が
相当大きかったというわけである。また、対英直接投
関心を有する、あるいは連携可能性のある海外企業
資や英国企業の海外展開を促す仕掛けとして、英国
経営者を招聘して両者の経営層同士での商談の機会
貿易投資総省(UKTI)が The British Business
を提供したり、といったイメージである。
Embassy(以下、BBE)というイベントを行った
ことも特筆される。
日本版 BBE のような取り組みを実行するとすれ
ば、オリンピック開催のタイミングで、主要開催地で
オリンピックはサッカーW 杯と並ぶ世界最大のス
ある東京で実施するのが最も効果的だと考えられる
ポーツイベントであり、世界の要人もオリンピック
が、地方での実施や、地方の紹介・斡旋を東京で行う
を観戦しに開催都市に訪れようとする。このような
ことも想定しうる。②として示した、2020 年を目標
機会を捉えて、ビジネスカンファレンスを開催し、英
として加速する国の新規施策・規制緩和のなかには、
国企業と海外の投資家や企業経営者、政府高官等を
日本再興戦略にも明示されている通り、対日直接投
マッチングしようとした取り組みが BBE であった。
資残高倍増もあれば、その実現方策のひとつとして
2012 年 に 第 1 回が開催された BBE には、オ リ ン
の国家戦略特区の推進等もあり、地方への外国資本
ピックスポンサーに限らず、多くの英国企業・外国
の投資誘致は時宜を得た取り組みの一つの選択肢と
企業がこのイベントに参加した。しかも、トップダウ
なり得る。
ン型で意思決定をすることの多い海外企業から、そ
の意思決定が出来る経営トップを招待したことも奏
おわりに
功し、BBE のおかげで増加した対英投資や英国企業
の海外展開の経済効果は 2014 年 4 月時点ですでに
ロンドンオリンピックにおいても、開催直前まで
約 2.2 兆円に達するとのことであった(UKTI 担当者
「ロンドンとその周辺部にしかメリットをもたらさな
図表 オリンピック開催がもたらすチャンスと地方による活用試案
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2015. FEB. Vol.2
いのではないか?」といった、オリンピック開催その
ものに対して否定的な報道もあったと聞く。しかしな
がら、英国文化メディア・スポーツ省が試算した、地
域別に見たロンドンオリンピックの経済波及効果に
よれば、ロンドン地域及び隣接する南東部とイングラ
ンド東部をあわせると全体の約 56%であり、逆に地
方部への経済波及は約 44%にのぼったと言える。
我が国においても、東京オリンピックが地方にも
たらす経済的な影響を出来る限り大きなものにして
いくべく、外資誘致や海外とのビジネス推進を進め
ていくべきであり、そのための日本版 BBE の企画・
開催等を検討すべきである。
なお、政府が設置した「まち・ひと・しごと創生本
部」での地方創生の枠組みは、自治体別に「地方版総
合戦略」を作り、その意欲的な自治体の取り組みを国
が支援するというものであるが、外国資本の地方へ
の誘致促進にあたっては、それぞれの自治体の自主
性に任せて別々の取り組みをするのではなく、意欲
的な地域をまとめて国を挙げてプロモーションして
いく方法がより効果的であると思われる。そういっ
た観点でも、日本版 BBE のような国を挙げたイベン
トを通じ、地方への波及効果を高めていくべきだと
考える。
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