非感染性疾患予防:身体活動への有効な投資 - 運動疫学研究会

運動疫学研究 2013; 15(1): 17-30.
c 2013 by the Japanese Association of Exercise Epidemiology
Copyright ○
【資
料】
「非感染性疾患予防:身体活動への有効な投資」日本語版の紹介
岡
浩一朗 1)
鎌田
真光 4)5)
井上
茂 2)
柴田
愛 1)
江川
賢一 3)
澤田
亨 6)
志村
広子 7)
内藤
義彦 8)
1)早稲田大学スポーツ科学学術院
2)東京医科大学公衆衛生学講座
3)早稲田大学大学院スポーツ科学研究科
5)日本学術振興会
4)島根大学大学院医学系研究科
6)独立行政法人国立健康・栄養研究所健康増進研究部
7)東京大学大学院教育学研究科
8)武庫川女子大学生活環境学部
【要約】「非感染性疾患予防:身体活動への有効な投資」は,「身体活動のトロント憲章:世界規模での
行動の呼びかけ(2010 年 5 月)」を補完する資料として,2011 年 2 月に公刊された。本資料も,国際身
体活動健康学会の協議会の 1 つである身体活動の世界規模での支援活動協議会および有識者により提案
されたものである。第 4 回国際身体活動公衆衛生会議(2012 年 10-11 月,シドニー)終了後,本会議へ
の出席者を中心に日本語版への翻訳を行った。本稿では,資料作成の関連情報や背景,翻訳の手続き,
資料の内容について紹介した。
この新しい資料では,有効性が確認されたエビデンスや世界中で応用することが可能な身体活動推進
のための 7 つの投資が提案された:1)「学校ぐるみ」のプログラム,2)歩行,自転車,公共交通の利
用を優先する交通政策・システム,3)余暇身体活動,レクリエーションおよび移動に伴う歩行・自転
車利用を,生涯にわたって公平かつ安全に行えるような機会を提供するための都市計画に関する規制お
よびインフラ,4)プライマリ・ヘルスケアシステムへの身体活動および非感染性疾患予防の統合,5)
身体活動に関する意識を高め,社会規範を変えるためのマスメディア活用を含む一般社会に向けた教育,
6)多数の場面や機関を巻き込み,地域の積極的な関与と資源の動員・統合による地域社会全体でのプ
ログラム,7)
「スポーツ・フォー・オール」を奨励し,生涯にわたる参加を促すスポーツシステムとス
ポーツプログラム。非感染性疾患の負担を減らし,生活の質(QOL)や生活環境を改善するために,十
分な資源の下,多くの国において国民全体に対して身体活動促進のための 7 つの投資を実行すべきであ
ることが強調されている。日本語版および原(英語)版を付表として添付したので,「トロント憲章」
と同様にこの新しい資料が広く活用されることを期待する。
Key words:非感染性疾患予防,投資,身体活動推進,トロント憲章
1.緒
言
これらの課題解決に向けて,2010 年 5 月にカナ
ダのトロントで開催された第 3 回国際身体活動公
衆衛生会議(3rd International Congress of Physical
Activity and Public Health; ICPAPH)において,非
感染性疾患の予防・管理のために,専門家による
コンセンサスが図られた身体活動促進に特化した
指針として、
「身体活動のトロント憲章:世界規模
での行動の呼びかけ(以下,
「トロント憲章」
)」が
採択された 3,4)。現在までに約 3 年が経過したが,
その間,20 か国語(アラビア語,チェコ語,オラ
ンダ語,フィンランド語,フランス語,ドイツ語,
ギリシャ語,イタリア語,日本語,ノルウェー語,
ペルシャ語,ポーランド語,ポルトガル語,ブラ
ジルポルトガル語,ロシア語,スペイン語,カス
今日,身体不活動は,心疾患,脳卒中,糖尿病,
がんなどの非感染性疾患による死亡原因の第 4 位
となっており,全世界で毎年 300 万人以上の予防
できるはずの命が奪われている 1)。身体不活動の
割合は多くの国々で増加傾向にあり,非感染性疾
患の蔓延と強く関係しているため,あらゆる国に
おいてその対策が大きな課題となっている 2)。
連絡先:岡浩一朗,早稲田大学スポーツ科学学術院,
〒 359-1192
埼 玉 県 所 沢 市 三 ヶ 島 2-579-15 ,
[email protected]
投稿日:2013 年 2 月 13 日,受理日:2013 年 2 月 19 日
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ティリヤ語,カタルーニャ語,タイ語,トルコ語)
の翻訳版が公開され,英語版を併せて延べ 2,000
名以上により web ページからダウンロードされて
いる。また,2013 年 1 月 1 日現在,126 か国にお
ける 825 名の個人および 249 の組織により「トロ
ント憲章」への支持が表明されており,世界規模
で支援(アドボカシー)活動が進められている 3)。
この「トロント憲章」を受ける形で,2011 年 2
月に「非感染性疾患予防:身体活動への有効な投
資」が公刊された。この資料は,非感染性疾患対
策に有効な科学的根拠が確認された投資すべき 7
つの身体活動促進戦略を取り上げたものであり,
多くの国々において国民全体に対して実行するこ
とを奨励している 5)。そのため,我が国の運動疫
学や健康づくり分野の研究・実践に携わる関係者
にとっても極めて有益な内容を含んでいると考え
られる。
本稿では,第 4 回 ICPAPH(シドニー,オース
トラリア)への出席者が中心となって作成した
「非
感染性疾患予防:身体活動への有効な投資」日本
語版について,翻訳の手順や資料の内容に関して
解説する。また,日本語版および原(英語)版の
資料を付表として添付した(付表 1 および 2)。
http://jaee.umin.jp/REE.html
の都市計画に関する規制およびインフラ,4)プラ
イマリ・ヘルスケアシステムへの身体活動および
非感染性疾患予防の統合,5)身体活動に関する意
識を高め,社会規範を変えるためのマスメディア
活用を含む一般社会に向けた教育,6)多数の場面
や機関を巻き込み,地域の積極的な関与と資源の
動員・統合による地域社会全体でのプログラム,7)
「スポーツ・フォー・オール」を奨励し,生涯に
わたる参加を促すスポーツシステムとスポーツプ
ログラムの 7 つである。具体的には,セクション
ごとにエビデンスが確認された効果的な戦略と,
それを実行する際に参考にすべき成功例などの情
報源が紹介されている。以下,7 つの戦略それぞ
れについて概説する。
3-1.「学校ぐるみ」のプログラム
多くの子ども・青少年の身体活動促進のために,
学校場面を活用したアプローチの重要性が示唆さ
れている。有効な戦略として,教職員,保護者お
よび地域をうまく巻き込み,①高強度の身体活動
を実施する定期的な体育授業,②一日を通じた日
常身体活動(例えば,学校に行く前,学校にいる
間,放課後の遊びやレクリエーション)を支援す
る物理的環境の整備や資源の確保,③徒歩・自転
車通学プログラムの実施が奨励されている。
2.翻訳の手順
翻訳は,はじめに運動疫学を専門とする 8 名の
研究者が各セクションの翻訳を担当し,その後,
翻訳チームのコアメンバーによって内容確認およ
び意見交換を行い,1 つの翻訳案に統合した。
「ト
ロント憲章」翻訳の際と同様に,翻訳案の作成に
あたり,原本作成関係者と連絡を取り,内容の確
認を行った。更に,運動疫学に関連した研究会等
において関係者から広く意見を求めて翻訳内容を
改訂し,最終版を確定した。
3-2.歩行,自転車,公共交通の利用を優先する交
通政策・システム
身体活動を日常的に高める最も実用的で持続
可能な手段として,大気汚染の改善や渋滞緩和,
CO2 排出量の削減といった副次的な便益も得られ
る「身体活動を伴う移動手段」の推進に焦点を当
てている。具体的な戦略としては,歩道,自転車
道,公共交通へのアクセスを高めるような土地利
用方法に関する施策を立案すると同時に,歩行,
自転車利用,公共交通(電車,路面電車,バスな
ど)の利用を推進する効果的なプログラムを組み
合わせて実施することを強調している。
3.資料の内容
本資料では,非感染性疾患の予防・管理のため
に,世界中で応用することが可能な投資すべき 7
つの身体活動促進戦略が提案されている。それら
は,1)
「学校ぐるみ」のプログラム,2)歩行,自
転車,公共交通の利用を優先する交通政策・シス
テム,3)余暇身体活動,レクリエーションおよび
移動に伴う歩行・自転車利用を,生涯にわたって
公平かつ安全に行えるような機会を提供するため
3-3.余暇身体活動,レクリエーションおよび移動
に伴う歩行・自転車利用を,生涯にわたって公
平かつ安全に行えるような機会を提供するた
めの都市計画に関する規制およびインフラ
このセクションでも,身体活動を伴う移動(徒
歩や自転車の利用)や活動的なレクリエーション
を後押しするために,歩道,自転車道,公共交通
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機関といった交通網の整備に言及している。 また,
国や地方自治体の都市計画規制により,店,サー
ビス,職場が住宅の近くにあるような混合型の土
地利用規制や,徒歩や自転車で目的地まで移動し
やすくなるような接続のよい道路網の整備を奨励
している。更に,レクリエーション施設を備えた
公共のオープンスペースや緑地の整備の必要性に
ついても述べている。
3-4.プライマリ・ヘルスケアシステムへの身体活
動および非感染性疾患予防の統合
身体活動の促進における医師および保健医療
職の果たす役割は極めて大きい。そのため,保健
医療システムの中で,非感染性疾患予防や患者教
育のために通常行われている行動面の危険因子に
関するスクリーニングに身体活動を含める必要が
ある。また,行動変容のための実用的かつ簡潔な
助言や地域社会を基盤としたさまざまな支援と連
携していくことが重要である。更に,危険因子と
なる行動の修正と身体活動を通じた非感染性疾患
予防の能力を高めるための保健医療職に対するト
レーニングの必要性が示唆されている。
http://jaee.umin.jp/REE.html
どを有機的に機能させるとともに,身体活動促進
を目的とした政策やプログラム,更には一般社会
に向けた教育を一体的に進めることの重要性が示
唆されている。
3-7.「スポーツ・フォー・オール」を奨励し,生
涯にわたる参加を促すスポーツシステムとス
ポーツプログラム
最後のセクションでは,「スポーツ・フォー・
オール」の理念に基づいて,さまざまなスポーツ
関係機関の協力の下,性・年齢・階層などの違い
を越えたあらゆる人々の興味に応じた楽しいスポ
ーツ活動を提供することの必要性に言及している。
また,スポーツ産業やフィットネス産業の更なる
発展や,スポーツのスター選手に役割モデルとし
ての機能を果たすことへの期待が述べられている。
さまざまな支援策やプログラムにより,スポーツ
参加への社会的,金銭的な障害を減らし,障害を
持つ人々も含めて,身体活動への動機づけを高め
る必要性が示されている。
4.ま と め
本資料では,国民全体に対する身体活動促進対
策が,経済水準が比較的高い先進国のみならず,
急激な社会変革や経済変化が起こっている開発途
上国においても必要とされており,世界規模で身
体不活動の改善に取り組むことの重要性が指摘さ
れている。特に,社会環境の整備の視点が強調さ
れており,我が国における 「健康日本 21(第 2 次)」
の身体活動・運動の目標の実現に向けても,本資
料の内容は大いに役立てることができる。「トロン
ト憲章」同様に,この資料がさまざまな場面で広
く活用されることを期待している。
3-5.身体活動に関する意識を高め,社会規範を変
えるためのマスメディアの活用を含む一般社
会に向けた教育
本セクションでは、特に身体活動推進に果たす
マスメディアの役割に言及している。人々の身体
活動に対する意識を高め,知識を増やし,社会規
範や価値観を変え,動機づけを高めるために,メ
ディアを有効活用することを奨励している。具体
的には,印刷媒体や広報,屋外看板やポスター,
メッセージ標識,大規模参加型イベント,メール
でのメッセージ配信やソーシャルネットワークな
どを活用した情報の提供や共有である。また,地
域の人々やイベントをうまく組み合わせたアプロ
ーチの必要性にも触れている。
謝 辞
本資料の翻訳版の作成にあたり,運動疫学関係
の研究会を活用して,多くの関係者から貴重なコ
メントをいただきました。ここに記して感謝の意
を表します。
3-6.多数の場面や機関を巻き込み,地域の積極的
な関与と資源の動員・統合による地域社会全体
でのプログラム
人々が生活したり,働いたり,余暇を過ごす場
において,生涯を通じた身体活動に対する「地域
ぐるみ」での取り組みを実施することにより,集
団レベルでの身体活動量を高めることを推奨して
いる。そのために,都市や自治体,学校,職場な
文 献
1) World Health Organization. Global Recommendations on Physical Activity for Health. Available
from: http://whqlibdoc.who.int/publications/2010
/9789241599979_eng.pdf; Accessed 1 January
19
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http://jaee.umin.jp/REE.html
4) 井上 茂,岡浩一朗,柴田 愛,他.身体活
動のトロント憲章日本語版:世界規模での行
動の呼びかけ.運動疫学研究.2011; 13: 12-29.
5) Global Advocacy Council for Physical Activity,
International Society for Physical Activity and
Health. Investments that Work. Available from:
http://www.globalpa.org.uk/investments/; Accessed 1 January 2013.
6) Wilks DC, Besson H, Lindroos AK, Ekelund U.
Objectively measured physical activity and
obesity prevention in children, adolescents and
adults: a systematic review of prospective studies.
Obes Rev. 2011; 12(5): e119-29.
2013.
2) Kohl HW 3rd, Craig CL, Lambert EV, Inoue S,
Alkandari JR, Leetongin G, Kahlmeier S, for the
Lancet Physical Activity Series Working Group.
The pandemic of physical inactivity: global
action for public health. Lancet. 2012; 380: 294305.
3) Global Advocacy Council for Physical Activity,
International Society for Physical Activity and
Health. The Toronto Charter for Physical
Activity: A Global Call to Action. Available
from: http://www.globalpa.org.uk/charter/; Accessed 1 January 2013.
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http://jaee.umin.jp/REE.html
【Practice Article】
Introduction of the “NON COMMUNICABLE DISEASE PREVENTION:
Investments that Work for Physical Activity” Japanese version
Koichiro Oka 1), Shigeru Inoue2), Ai Shibata 1), Ken’ichi Egawa 3),
Masamitsu Kamada 4)5), Susumu Sawada 6),
Hiroko Shimura 7), Yoshihiko Naito8)
Abstract
“NON COMMUNICABLE DISEASE PREVENTION: Investments that Work for Physical Activity” was
published as a complementary document of the “Toronto Charter for Physical Activity: A Global Call for
Action (May, 2010)” in February, 2011. The document was also suggested by the Global Advocacy Council for
Physical Activity and leading academics in the International Society of Physical Activity and Health. The
authors participating in the 4th International Congress of Physical Activity and Public Health (Sydney,
Australia in October-November, 2012) translated the document into Japanese. Related information, background,
procedure of translation, and contents of the document were introduced in this article.
In this new document, 7 best investments for physical activity promotion which are supported by good
evidence of effectiveness and that have worldwide applicability were suggested: 1) ‘Whole-of-school’ programs,
2) Transport policies and systems that prioritise walking, cycling and public transport, 3) Urban design
regulations and infrastructure that provide for equitable and safe access for recreational physical activity, and
recreational and transport-related walking and cycling across the life course, 4) Physical activity and NCD (non
communicable disease) prevention integrated into primary health care systems, 5) Public education, including
mass media to raise awareness and change social norms on physical activity, 6) Community-wide programs
involving multiple settings and sectors and that mobilize and integrate community engagement and resources,
and 7) Sports systems and programs that promote ‘sport for all’ and encourage participation across the life span.
To reduce the burden of NCD and contribute to improving the quality of life (QOL) and the living
environments, it is emphasized that these 7 investments for physical activity promotion should be implemented
in many countries with adequate resources and at a population level. The Japanese and original (English)
version are attached as the Appendix. We expect this new document to be used in various ways as well as the
‘Toronto Charter’.
Key words: non communicable disease, investment, physical activity promotion, Toronto Charter
1)Faculty of Sport Sciences, Waseda University, Saitama, Japan
2)Department of Preventive Medicine and Public Health, Tokyo Medical University, Tokyo, Japan
3)Graduate School of Sport Sciences, Waseda University, Saitama, Japan
4)Shimane University School of Medicine, Shimane, Japan
5)Japan Society for the Promotion of Science
6)Department of Health Promotion and Exercise, National Institute of Health and Nutrition, Tokyo, Japan
7)Graduate School of Education, The University of Tokyo, Tokyo, Japan
8)School of Human Environmental Sciences, Mukogawa Women’s University, Hyogo, Japan
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http://jaee.umin.jp/REE.html
【付表 1】
非感染性疾患予防―身体活動への有効な投資―
「身体活動のトロント憲章―世界規模での行動の呼びかけ―」の補足資料
身体不活動は、心疾患、脳卒中、糖尿病、がんなどの世界規模で蔓延する非感染性疾患による死亡
1
原因の第 4 位であり、全世界で毎年 300 万人以上の予防可能な命が奪われている 。身体不活動は、
高血圧、高コレステロール、高血糖のような非感染性疾患の主要な危険因子とも (直接的および間接
的に) 関連している。近年、先進国のみならず多くの開発途上国でも、子どもおよび成人において肥
満者が急激に増加している。偏った食生活、喫煙および不適切な飲酒と同様に、身体不活動が非感染
性疾患の危険因子の1つとして重要であることを十分な科学的根拠が支持している。
身体活動は生涯を通じた包括的な健康効果をもたらす―子どもや若年者においては健全な発育発達
を促し、不健康な中年期には体重増加を防ぎ、高齢者においては健康的に年を重ね、生活の質 (QOL)
および自立を維持・向上させるのに重要である。
世界人口の 60%が不活動による健康リスクにさらされていることが、最近の世界的な調査で示され
2
ている 。国民全体の身体活動への参加を増やすことは、ほとんどの中・高所得国における健康施策
の重要度の高い優先課題であり、急激な社会変化および経済変化を経験している低所得国においても
急速に高まりつつある優先課題である。
「身体活動のトロント憲章」(2010 年 5 月) は、身体活動水準を高める政策やプログラムに投資する
ことによる直接的な健康効果および副次的な効果について概要をまとめている 3。
「トロント憲章」は、
すでに 11 種類の言語に翻訳されており、非感染性疾患予防に対する包括的なアプローチの一環とし
て、身体活動に関する行動を増やし、より多くの投資をするよう強く主張している。憲章は、世界中
の関係者 (ステークホルダー) による広範な協議によって作成され、1) 国家政策、2) 政策および法
令、3) プログラムおよび環境、4) 協働という WHO の「Global Strategy for Diet and Physical Activity」
とも一致する 4 つの鍵となる領域における行動を呼びかけている。
身体活動を増加させるための効果的なアプローチの推進を支持する強い証拠がある 4,5,6。身体活動
の減少傾向を食い止めるためには、身体不活動に関する個人的、社会文化的、環境的および政策的な
決定要因に狙いを定めた戦略を組み合わせることに各国が積極的に取り組むことが求められると考え
られる。身体活動は、政策および教育実践、交通、公園およびレクリエーション、メディア、ビジネ
スの影響を受けるため、社会の多様な部門がその問題解決に向けて関与する必要がある。安全で、利
用しやすく、楽しめる方法で、個人および地域社会が活動的になるよう情報提供し、動機づけ、支援
する明らかなニーズがある。身体活動を増加させる単一の解決策はなく、効果的で包括的なアプロー
チには同時に複数の対策を行うことが求められるだろう。すでに準備ができている国々を支援するた
めに、身体活動のための 7 つの『最良の投資』があり、それらの有効性は優れた証拠によって裏付け
られており、世界中で応用可能である。
1 「学校ぐるみ」のプログラム
学校は大多数の子どもに身体活動を提供でき、学童が生涯にわたって健康的で、活動的な生活を送
るための知識、技能や習慣を習得することを援助するための重要な場 (セッティング) の 1 つである。
身体活動に関する「学校ぐるみ」のアプローチには、定期的で高強度の体育授業、1 日を通した身体
活動 (たとえば、学校に行く前、学校にいる間そして放課後の遊びやレクリエーション) を支援する
物理的環境および資源の提供、徒歩・自転車通学プログラムの支援を優先するとともに、支援的な学
校方針や教職員、学童、保護者および地域を通じて、これらすべての対策を可能にすることが含まれ
る。身体活動に関する学校ぐるみのアプローチを実施するための最良の方法に関する詳細な情報は、
以下から入手できる:
22
運動疫学研究
2013; 15(1): 17-30.
http://jaee.umin.jp/REE.html
● Ribeiro IC, Parra DC, Hoehner CM, Soares J, Torres A, Pratt M, et al. School-based physical
education programs: evidence-based physical activity interventions for youth in Latin America.
Global Health Promotion; 17(2) 2010.
● International Union for Health Promotion and Education (IUHPE). Achieving Health Promoting
Schools: Guidelines for Promoting Health in Schools.2009 http://www.iuhpe.org
● World Health Organisation. School policy framework: Implementation of the WHO global strategy
on diet, physical activity and health. Geneva: World Health Organization; 2008.
2 歩行、自転車、公共交通の利用を優先する交通政策・システム
「身体活動を伴う交通手段」は、身体活動を日常的に高める手段として、最も実際的で、持続可能な
方法である。また、身体活動を伴う交通手段の普及によって、大気汚染の改善、渋滞緩和、CO 2 排出
量の削減といった副次的な利益も得られる。これを実現するためには、土地利用方法に影響を与え、
歩道、自転車道、公共交通へのアクセスを高めるような施策を立案し、実施する必要がある。また同
時に、歩行、自転車利用、公共交通 (たとえば、電車、路面電車、バスなど) の利用を推進するよう
な効果的なプログラムを行う必要がある。このような対策の組み合わせによって、自家用車・オート
バイといった交通手段が減少し、身体活動が促進される。成功例は世界各地にある。自動車・オート
バイによらない交通を増加させた最良の方法に関する詳細な情報は、以下から入手できる:
●
●
●
Pucher J, Dill J, Handy S. Infrastructure, programs, and policies to increase bicycling: An
international review. Prev Med. 50 S106–S125; 2010.
An Australian Vision for Active Transport. A report prepared by Australian Local Government
Association, Bus Industry Confederation, Cycling Promotion Fund, National Heart Foundation of
Australia, International Association of Public Transport. 2010.
http://www.alga.asn.au/policy/transport/ActiveTransport.pdf
World Health Organization; A physically active life through everyday transport with a special focus
on children and older people and examples and approaches from Europe. WHO Regional Office
for Europe, Copenhagen 2002.
3 余暇身体活動、レクリエーションおよび移動に伴う歩行・自転車利用を、生涯にわたって公平か
つ安全に行えるような機会を提供するための都市計画に関する規制およびインフラ
レクリエーション、運動、スポーツ、歩行、自転車利用にとって安全で利用しやすい場所となるか
どうかは、構築環境によって左右される。
国や地方自治体の都市計画規制により、店、サービス、職場が住居近くにあるような混合型の土地
利用規制や、徒歩や自転車で目的地まで移動しやすくなるような接続のよい道路網の整備を義務付け
る必要がある。活動的なレクリエーションを支えるものとして、あらゆる年代層の人たちが、適切な
レクリエーション施設を備えた公共のオープンスペースや緑地を利用できるようにする必要がある。
歩道、自転車道、公共交通機関といった交通網を完備することは、身体活動を伴う移動や活動的なレ
クリエーションを後押しするものとなる。身体活動を促進する都市環境を作るための最良の方法に関
する詳細な情報は、以下から入手できる:
●
●
National Institute for Health and Clinical Excellence (NICE) Promoting and creating built or natural
environments that encourage and support physical activity. London, UK 2008.
http://www.nice.org.uk/nicemedia/live/11917/38983/38983.pdf
Heath GW, Brownson RC, Kruger J, Miles R, Powell K, Ramsey LT. The effectiveness of urban
design and land use and transport policies and practices to increase physical activity: A
systematic review. J Phys Act Health. (S1):S55-S76. 2006.
23
運動疫学研究
●
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http://jaee.umin.jp/REE.html
Healthy Spaces & Places: A national guide to designing places for healthy living. Developed by
the Australian Local Government Association, the National Heart Foundation of Australia and the
Planning Institute of Australia and funded by the Australian Government Department of Health
and Ageing. www.healthyplaces.org.au
プライマリ・ヘルスケアシステムへの身体活動および非感染性疾患予防の統合
医師および保健医療職は、患者行動に対して重要な影響を及ぼし、保健医療システムにおける非感
染性疾患予防活動の鍵となる指導者であることから、多くの国民に影響を及ぼすことができる。保健
医療システムは、非感染性疾患予防、患者教育および患者紹介のために、通常行われている行動面の
危険因子に関するスクリーニングの明らかな要素として、身体活動を含めるべきである。身体活動に
関するポジティブなメッセージは、一次および二次予防にとって重要である。非感染性疾患予防のた
めの機会は、感染性疾患の管理システムと統合され、状況や利用できる資源に合わせられるべきであ
る。行動変容のための実用的かつ簡潔なアドバイス、および地域を基盤とした行動変容の支援に結び
つけることに焦点を当てるべきである。ほとんどの国では、危険因子となる行動の修正と身体活動を
通じた非感染性疾患予防の能力を培うために、保健医療職に対してさらなるトレーニングが必要にな
るだろう。プライマリ・ヘルスケアを通じた身体活動を促進するための最良の方法に関する詳細な情
報は、以下から入手できる:
4
●
●
●
Joint Advisory Group on General Practice and Population Health. Integrated approaches to
supporting the management of behavioural risk factors of Smoking, Nutrition, Alcohol and
Physical Activity (SNAP) in General Practice. Australian Government Department of Health and
Ageing, Canberra 2001.
www.cphce.unsw.edu.au/cphceweb.nsf/resources/CGPISresources61to65/$file/SNAP+
Framework+for+General+Practice.pdf
Mendis S. The policy agenda for prevention and control of noncommunicable diseases. Br Med
Bull November 8Dec 2010.doi:10.1093/bmb/ldq037
World Health Organization. The world health report 2008: primary health care now more than ever.
Geneva, Switzerland: World Health Organization; 2008.
5 身体活動に関する意識を高め、社会規範を変えるためのマスメディア活用を含む一般社会に向け
た教育
マスメディアは、大規模な集団に対して身体活動に関する一貫した明確なメッセージを伝えるため
の効果的な方法となり得る。ほとんどの国では、身体活動の広報活動がマスメディアを通じて行われ
ていない。有料・無料に関わらず、メディアは、意識を高め、知識を増やし、社会規範や価値観を変
え、人々がより活動的になるよう動機づけるために利用できる。一般社会に向けた教育の方法には、
印刷・音楽・電子メディアから、屋外看板やポスター、広報、メッセージ標識、大規模参加型イベン
ト、そしてメールでのメッセージ配信やソーシャルネットワークの活用、他のインターネット活用な
ど新しいメディアも利用した情報の大量流布などが含まれる。地域を基盤としたイベントや地域の
人々の積極的な関与により支えられ、長い期間をかけて取り組まれたアプローチの組み合わせは、ヘ
ルスリテラシーを構築し、地域社会の価値観を変えるうえで、最も効果的である。マスメディアや一
般社会に向けた教育の最良の方法に関する詳細な情報は、以下から入手できる:
● Wakefield M, Loken B, Hornik R. Use of mass media campaigns to change health behaviour. The
Lancet 2010; 376: 1261-1271.
● Bauman A, Chau J. The Role of Media in Promoting Physical Activity. J Phys Act Health 2009; 6:
S196-S210.
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http://jaee.umin.jp/REE.html
● Health Development Agency. The effectiveness of public health campaigns. Briefing No. 7, June
2004 www.nice.org.uk/niceMedia/documents/CHB7-campaigns147.pdf
6 多数の場面や機関を巻き込み、地域の積極的な関与と資源の動員・統合による地域社会全体での
プログラム
生涯を通じた身体活動に対する「地域ぐるみ」のアプローチは、集団レベルでの身体活動量を高め
るうえで、単一のプログラムよりも大きな成果を上げられるだろう。都市や自治体、学校、職場など、
鍵となる場 (セッティング) を利用することは、身体活動の促進を目的とした政策やプログラム、一
般社会に向けた教育を一体的に進める機会となる。人々が暮らし、働き、そして余暇を過ごす場にお
ける「地域ぐるみ」のアプローチは、多数の人々を巻き込む機会となる。高•中所得国における良い成
功例がある。地域社会全体でのプログラムの最良の方法に関する詳細な情報は、以下から入手できる:
● Matsudo SM, Matsudo VR, Araujo TL et al. The Agita Sao Paulo Program as a model for using
physical activity to promote health. Rev Panam Salud Publica 2003; 14: 265-272.
● Matsudo V, Matsudo S, Araujo T et al. Time Trends in Physical Activity in the State of Sao Paulo,
Brazil: 2002-2008. Med Sci Sports Exerc 2010; doi10.1249/MSS.0b013ec3181c1fc8c.
● Gamez R, Parra D, Pratt M et al. Muevete Bogota: promoting physical activity with a network of
partner companies. Promot Educ 2006; 13: 138-143.
● Maddock J, Takeuchi L, Nett B et al. Evaluation of a statewide program to reduce chronic disease:
The Healthy Hawaii Initiative, 2000-2004. Evaluation and Program Planning 2006; 29: 293-300.
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Community Approach to Improving Population Levels of Physical Activity. J Phys Act Health 2006;
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7 「スポーツ・フォー・オール」を奨励し、生涯にわたる参加を促すスポーツシステムとスポーツプ
ログラム
スポーツは全世界で人気があり、地域社会におけるスポーツあるいは「スポーツ・フォー・オール」
政策とそのプログラムの実施は、身体活動を行う者の増加に寄与し得る。スポーツの持つ普遍的な訴
求性に立脚すれば、うまく調整された指導体制やトレーニングの機会に加えて、あらゆる年齢の男性・
女性、少女・少年の関心に合致する多様な活動を提供するように、スポーツに改良を施した包括的な
スポーツシステムが実現されるべきである。しかしながら、楽しい身体活動の提供には、スポーツプ
ログラムに明確な優先性が求められる。包括的スポーツシステムの実現にあたっては、国際スポーツ
連盟、国内オリンピック委員会および国内・地域のスポーツ組織、地域に密着したクラブや、その他
のスポーツ提供者間における連携が必要である。スポーツおよびフィットネス産業は、世界中に広が
る大きなビジネスであり、潜在的に影響力のあるコミュニケーション媒体である。スポーツのスター
選手は、身体活動を実践するモデルとしての役割を果たし、一般の人々のスポーツ参加を促すことが
可能であるが、そのようなスポーツ奨励に対する取り組みは不十分である。組織的には、精神障害あ
るいは身体障害を持つ人たちも含めて、スポーツに慣れ親しみ、スポーツに参加することを阻害する
要因を減らし、スポーツに関わりたいという気持ちを高めるような支援方策やプログラムを通じて、
身体活動を奨励することができる。スポーツシステム、および「スポーツ・フォー・オール」に関す
る詳細な情報は、以下から入手できる:
● The Sport for All Commission. http://www.olympic.org/sport-for-allcommission?tab=0
● The development of Sport for All in the countries of Europe.
http://www.sport-in-europe.eu/index.php?option=com_content&task=view&id=46&Itemid=140
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http://jaee.umin.jp/REE.html
● Baumann W. The Global Sport for All Movement: Achievements and Challenges. International
Council of Sports Science and Physical Education Bulletin No 50 May 2007. http://www.icsspe.org/
● Canadian Sport For Life.
See http://www.canadiansportforlife.ca/default.aspx?PageID=1000&LangID=en
「身体活動への有効な投資」は、
「身体活動のトロント憲章」を補完する資料であり、集団レベルで身
体活動を増加させるための 7 つの最良の投資を示している。それらが十分な規模で適用されれば、非
感染性疾患の負担軽減および公衆衛生の推進につながるであろう。さらに、これらの投資は国民の生
活の質および生活環境を改善することにも貢献する。
引用:Global Advocacy for Physical Activity (GAPA) the Advocacy Council of the International Society
for Physical Activity and Health (ISPAH). NCD Prevention: Investments that Work for Physical Activity.
February 2011. Available from: www.globalpa.org.uk/investmentsthatwork
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Organization; 2005.
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The Toronto Charter for Physical Activity: A Global Call to Action. May 20 2010.
www.globalpa.org.uk.
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