原子価スキッピング・電荷近藤効果・超伝導

原子価スキッピング・電荷近藤効果・超伝導
三宅和正
豊田理化学研究所
1. はじめに
原子価スキッピング現象は,電子間に有効的に引力が働
くと見なすこともでき、いわゆるネガティブU現象として
超伝導の一つの機構として,長い研究の歴史をもつ.これ
までにもいくつかの物質系で実現されているという理論的
な指摘があった 2) .実際,銅酸化物の高温超伝導が見つか
るまえの「高温超伝導酸化物」であった,(Ba1−x K x )BiO3
などの T c -x 相図は,Bi が原子価スキッピング元素である
という考え方で簡明に理解できるという提案がある 3) .ま
た,10 年近く前に実験的に確立した Pb1−x Tl x Te の超伝導
発現と近藤効果的な電気抵抗の温度依存性も 4) ,Tl が原
子価バレンススキッピング元素であるという立場で統一的
な理解が可能である 5) .つまり、原子価スキッピング、電
荷近藤効果、超伝導は共通の物理に根ざす現象であると
考えることもできる.ここでは,この問題をめぐる物理的
背景と原子価スキッピングおよび電荷近藤効果の微視的
基礎付け、さらには、電子対遷移相互作用によるバンド間
クーパー対形成による超伝導機構との関連についても議論
する.
2. バレンススキッピング現象:ネガティブ U
様々な元素が集まり化合物を構成するとき,各々の元素
は陰イオンや陽イオンになる場合が多い.元素の取りうる
形式的なイオン価数は,多くの化合物を系統的に調べるこ
とにより経験的に知られている.Fig.1 は,様々な化合物
の解析を通して各々の元素が取りうるイオン価数をまとめ
た周期表である 6) .Fig.1 を見ると,一つのイオン価数し
(ns)2(np)1 (ns)2(np)2 (ns)2(np)3 (ns)2(np)4 (ns)2(np)5
3-
n=2
12B3+ C 4+ N 3+
F 7+
5+ O
n=3
Al
n=4
3+
Si 4+ P
3+
2+
Ge4+
3+
As5+
3+
2+
Sn 4+
3+
Sb 5+
2+
3+
Ga
n=5
In
n=6
1+
Tl 3+
3+
5+
Pb4+ Bi 5+
24+
6+
2Se 4+
6+
2Te 4+
6+
4+
Po 6+
S
1-
5+
Cl 7+
13+
Br 5+
7+
15+
I 7+
7+
At
Fig. 1. 元素の取りうるイオン価数をまとめた周期表(赤で示した元素
がバレンススキッピング元素)
かとらない元素がある一方,様々なイオン価数をとる元素
がある.例えば,酸素 (O) は 2 価の陰イオンにしかならな
いが,一つ下の硫黄 (S) は 2 価の陰イオンだけでなく,4
価の陽イオン,6 価の陽イオンの化合物を作ることが可能
である.
陰イオンになる際,取りうるイオン価数は,原子の閉
殻構造と関係していると考えられる.例えば,酸素や硫
黄の 2 価の陰イオンは,酸素では 1s2 2s2 2p6 状態,硫黄
では 1s2 2s2 2p6 3s2 3p6 状態である.陽イオンの場合は事
情がやや異なる.上述の硫黄の 4 価の陽イオン状態では
1s2 2s2 2p6 3s2 ,6 価の陽イオン状態では,1s2 2s2 2p6 となり,
4 価の陽イオン状態では,3s 軌道を閉殻とする構造をとる.
同様に陽イオンの電子状態を整理すると,多くの元素で ns
電子が閉殻構造をとることがわかる.この状態は,“ns 軌
道に 1 つだけ電子が占有された状態を飛ばす” と言うこと
ができる.周期表の 3∼5 段目はこの陽イオン状態を持つ
元素が多く存在する.例えば,タリウム (Tl) では 1 価の
陽イオン状態 (6s2 ) と 3 価の陽イオン状態 (6s0 ),Bi では,
3 価の陽イオン状態 (6s2 ) と 5 価の陽イオン状態 (6s0 ) であ
る.n s1 イオン状態を飛ばす現象は,バレンススキッピン
グ現象と呼ばれる.
s 軌道だけでなく d 軌道でもバレンススキッピング現象
がみられる.たとえば,鉄 (Fe) は,2 価,3 価,4 価,6 価
のイオン価数はとるが,5 価はとらない.5 価のイオン価
数をとらないことは,3d3 陽イオン状態をとらないことに
対応している.これも,一種のバレンススキッピング現象
である.d 電子系でのバレンススキッピング現象は,半導
体中の遷移金属不純物の系で議論されている 7) .
このバレンススキッピング現象を理論的に理解するた
め,ここでは,一つの軌道(例えば s 軌道)への電子の占
有数によるエネルギーの利得を議論する.まず,真空から
測った軌道の一体のエネルギー準位を ϵ s とし,軌道に二
つの電子が占有した時の電子間の相互作用を U s とする.
この時,軌道に占有した電子の数が,0 個,1個,2個の
状態でのエネルギーをそれぞれ E0 , E1 , E2 とすると,それ
らのエネルギーは,
E0 = 0,
(1)
E1 = ϵ s ,
(2)
E2 = 2ϵ s + U s ,
(3)
で与えられる.バレンススキッピング状態 (E2 状態もしく
は E0 状態が E1 状態よりエネルギーが低くなる状態) が実
現するためには,条件
(E2 + E0 )/2 < E1
(4)
を満たす必要がある(Fig.2 参照).そのためには,U s < 0,
つまり,負の “有効”相互作用 (ネガティブ U) が必要であ
ることがわかる.
電子間の相互作用が負であるということは,超伝導を引
き起こす引力が存在することに対応する.また,一体のエ
ネルギーレベルを調節することができれば,−ϵ s = U s の
+V˜
Energy
nai nai+2δ − µ˜
∑
i,δ
E1
nai ,
(6)
i
ここで,t˜ = t2 /|∆|,U˜ = U ,V˜ = zV|t/∆|2 ,µ˜ = µ である.z
は最近接原子の数を表す.(Ba1−x K x )BiO3 のように A,B
二つの副格子に分かれる場合には,次のユニタリー変換 10)
E2
E0
cai ↑ → cai ↑ ,
(ns)1
(ns)0
Fig. 2.
∑
cai ↓ →
(ns)2
(7)
Pai c†ai ↓ ,
(8)
を行うことにより有効ハミルトニアン H eff ,式 (6),は磁
性の問題に変換される.ここで,Pai = 1 (ai ∈ A サイト),
または −1 (ai ∈ B サイト)と定義される.
∑
∑
∑
˜
H˜ = −t˜
c†ai σ cai+2δ σ + |U|
nai ↑ nai ↓ + V˜
S az i S az i+2δ
バレンススキッピング現象を示す例
i,δ,σ
i
i,δ
時,E0 と E2 のエネルギーが等しくなる.このとき,電荷
∑
˜ ∑
|U|
の縮退(0 個と 2 個の縮退)が残る.固体中では化学ポテ
+h
S az i −
nai ,
(9)
2 i
ンシャルを調節することによって,軌道のエネルギーレベ
i
ルを調節することが可能である.第 3 節で述べるように,
˜
˜ ≫ t˜, |U|
˜ ≫ V˜
˜ U|/2−2z
V˜ である.更に,|U|
電荷の縮退が起こる所では,化学ポテンシャルがピン止め ここで,h = µ+|
される場合がある.この時,電荷の縮退起源と考えられる の場合には,
∑
∑
∑
近藤効果(電荷近藤効果)が可能となる.このように,ネ
H˜ = J˜
Sai · Sai+2δ + V˜
S az i · S az i+2δ + h
S az i ,
(10)
ガティブ U が起源となり発現する現象は多様で興味深い.
i,δ
i
i,δ
3. バレンススキッピング現象と超伝導と近藤効果
3.1 (Ba1−x K x )BiO3 の超伝導の理論
バレンススキッピング現象と超伝導機構との関連は,古
くから議論されている.Bi イオンがバレンススキッピング
元素 (Bi3+ , Bi5+ だけが可能,Bi4+ 状態はスキップされる)
であることに注目した,(Ba1−x K x )BiO3 の超伝導状態 8, 9)
に関する議論は,この問題の本質をよく表している 3) .そ
こでは,オンサイト引力をもち隣接サイトとの斥力をもつ
拡張アンダーソンモデルから出発する.その時,この系の
モデルハミルトニアンは次のように与えられる.
∑
∑
∑
H = −t
c†ai σ cbi+δ σ + U
nai ↑ nai ↓ + V
nai nbi+δ
i,δ,σ
i
i,δ
∑
+∆nbi σ − µ (nai + nbi ),
(5)
i
ここで,a サイトは Bi イオンを,b サイトは酸素を表す
(Fig.3 参照).U (U < 0) はバレンススキッピング元素 (Bi
イオン) 上で働く電子間の引力を,t,V ,∆ はバレンスス
キッピング元素 (イオン) と酸素間のホッピング,斥力,レ
ベル差をそれぞれ表す.t ≪ ∆ と考えて酸素の自由度を消
去すると,有効ハミルトニアンが次のように得られる.
U <0
ai
-t, V
bi
Fig. 3. Bi(バレンススキッピング元素)(a サイト) と酸素の 2p 軌道 (b サ
イト) を含んだ有効模型
H eff = −t˜
∑
i,δ,σ
c†ai σ cai+2δ σ + U˜
∑
i
nai ↑ nai ↓
となり,磁場下の異方的ハイゼンベルク模型に帰着する.
ここで J˜ ≃ 4t˜2 /|U| である.元の世界とユニタリー変換さ
れた世界では,サイト当りの粒子数とスピンの役割が入れ
代わる.実際,
nai = c†ai ↑ cai ↑ + c†ai ↓ cai ↓ ,
→ c†ai ↑ cai ↑ − c†ai ↓ cai ↓ + 1,
=
2S az i
(11)
+ 1,
(12)
の関係が成り立つ.これより,変換された世界のスピンの
z 成分 S az i = +1 (−1) は元の世界の粒子数 nai = 2 (0) に対
応している.また,もとの世界のオンサイトのクーパーペ
ア振幅は,
c†ai ↑ c†ai ↓ → Pai c†ai ↑ cai ↓ = Pai S a+i ,
(13)
c†ai ↓ c†ai ↑ → −Pai c†ai ↓ cai ↑ = −Pai S a−i ,
(14)
S a+i ,S a−i
となり,変換された世界ではスピンの横成分
に
対応する.即ち,変換された世界での z 軸方向の反強磁性
(AF) は元の世界での電荷秩序に,変換された世界での xy
面内の AF は,元の世界では s 波超伝導状態を表す.また,
磁場 h は,ハーフフィルドからのキャリヤードーピング δ
に対応する.有効ハミルトニアン (10) の相図は図 4 のよ
うになる.ハーフフィリング近傍 (h ∼ 0) で電荷秩序が,
ある程度ドーピングされる (h > h∗ ) と s 波超伝導状態が安
定化することが分かる.Fig.4 は (Ba1−x K x )BiO3 の相図の
特徴をよく再現している. 3.2 Pb1−x Tl x Te の電荷近藤効果と超伝導の理論
Tl のイオン価数は,Bi と同様に,1 価 (6s2 ) と 3 価 (6s0 )
に限られ,2 価 (6s1 ) はとらず,バレンススキッピング現
象を起こす元素である.2005 年に,半導体 PbTe に少量の
Tl をドープした系 Pb1−x Tl x Te で近藤効果のような − log T
に比例する電気抵抗の温度依存性と超伝導が報告された
(Fig.5)4) .この − log T 依存性は磁場の影響を受けないの
で,磁気自由度に起因する,通常の近藤効果とは考えられ
ない.この不思議な現象は Tl イオンがバレンススキッピ
ング元素であることに注目すると,引力のクーロン相互作
☢໬䚸㻌 䝝䞊䝣䝣䜱䝸䞁䜾䛛䜙䛾䛪䜜㻌
の関係に注意すると,等価であることは容易に分かる.ドー
ピングを進めることは化学ポテンシャル µ を増大させる
ことに対応するが,µ = Ed − (U/2) に達すると Tl 当りの
6s 電子数が nd = 0 と nd = 2 の状態が縮退するために,
「化
学ポテンシャルは µ = Ed − (U/2) にピン止めされたまま,
6s 電子濃度は 0 < nd < 2 の間で増大する」という特殊な
状況が実現する (Fig.6 参照).ハミルトニアン (15) は,式
཯ᙉ☢ᛶ㻔㼄㼅㻕㻌
㼟Ἴ㉸ఏᑟ㻌
཯ᙉ☢ᛶ㻔㼦㻕㻌
㟁Ⲵ⛛ᗎ㻌
T
Fig. 4.
超伝導相図の概念図
Fig. 6.
電子数と化学ポテンシャル
†
(7),(8) に類似のカノニカル変換 (d j↓
→ −d j↓ , c†k↓ → c−k↓ )
により次のような斥力アンダーソン模型に帰着する.
∑[
]
H=
(ϵk − µ)c†k↑ ck↑ − (ϵk − µ)c†k↓ ck↓
k
+
∑
k jσ
V(c†k d jσ eik·R j + h.c.) +
∑(
j
]
∑[ U
†
†
+
d j↑ d j↓
d j↓ .
− n jd + Ud j↑
2
j
Ed − µ −
U)
md j
2
(17)
ただし,↓ スピンをもつ伝導電子の分散の符号が反対にな
ることと,d (6s) 電子のスピン md j を含む第三項の存在は
通常と異なっている.しかし,化学ポテンシャルのピン止
めの条件 µ = Ed − (U/2) があると第三項はゼロになる.即
ち,磁場 H = −[Ed − µ − (U/2)] = 0 の状況が出現する.以
下では,ϵk=0 = 0 となるようにエネルギーの原点を決める
Fig. 5. (a)PbTe に Tl をドープした系での電気抵抗と (b) 超伝導の転移
ことにする.
0 < Ed ≪ U の場合には,フェルミ準位 µ は
温度のドープ依存性
0 < µ = Ed − (U/2) ≪ (U/2) の条件を満足し,d (6s) 電子
の2重占拠が抑えられて磁気状態が実現し「近藤モデル」
に帰着する.そして ↓ スピンをもつ伝導電子の分散の符号
用を持ったアンダーソン模型を用いることで自然に理解で が反対であっても,フェルミ準位に伝導電子の状態密度が
きることがわかった 5) .それは次のハミルトニアンで表せ 充分存在するので近藤効果は生じる得る.
超伝導については次のように理解される 5) .変換され
る 11) .
∑
∑
た世界での(距離 R だけ離れた)局在スピン間の RKKY
H=
(ϵk − µ)c†kσ ckσ +
V(c†k d jσ e ik·R j + h.c.)
相互作用は異方的であり,XY 面内のスピン間の相互作用
kσ
k jσ
I± (R) は降温とともに − log T のように発散的に増大する
]
∑ [(
U
U)
のに対し,Z 方向のそれは通常の Freidel 振動をするだけ
2
n jd − (n jd − 1) , (15)
Ed − µ −
+
2
2
なので,XY 面内の磁気秩序が実現する.即ち,ある臨界
j
温度以下で XY 面内にスピンの秩序が生じる.このこと
ここで,d j は j -サイトにドープされた Tl の 6s 電子の消滅 は,上記カノニカル変換の前後で,オンサイト(s 波)の
演算子であり,引力(U > 0)である.式 (15) は一見通常 超伝導相関が d j↓ d j↑ → −d † d j↑ = −S − のように変換され
dj
j↓
の引力アンダーソン模型での相互作用の表現と異なるが, ることに注意すると,元の世界では2電子分子のペアホッ
†
†
2
(16) ピングによる超伝導状態の出現を意味する.
n jd − n jd
= −2d j↑
d j↑ d j↓
d j↓
一方,通常の近藤格子モデルの場合と同様に,RKKY 相
互作用と近藤効果の競合が問題になり,近藤効果が勝って
しまうと,磁気秩序は抑えられる.今のモデルでの近藤温
度 T K と RKKY 相互作用の温度スケール T RKKY の Tl 濃度
( x)依存性は(希薄極限 x ≪ 1 では)
(
a )
T K ∼ x 2/3 exp − 1/3 ,
(18)
x J
と表され,伝導電子に対応した擬スピンは,
1∑ †
Icz ≡
(c ck′ ↑ + c†k↓ ck′ ↓ − δkk′ ),
2 kk′ k↑
∑
Ic+ ≡
c†k↑ c†k′ ↓ ,
(28)
(29)
kk′
Ic− ≡
および
∑
ck↓ ck′ ↑ .
(30)
kk′
T RKKY ∼ x 1/3 R −3 J 2 ∼ x 4/3 J 2
(19)
と表される.これらの擬スピンを用いてハミルトニアン
H0 を書き直すと,
で与えられる.ここで,a はエネルギーの次元をもつ定数,
H0 → H˜ 0
交換相互作用 J は J ≃ V 2 /(U − Ed ) であり,フェルミ準位
1/3
での状態密度は自由電子のように N F ∝ x となることを
ここで,
用いた.
(18)と(19)を比べると,Tl の濃度が希薄極限
( x ≪ 1)では,T RKKY > T K であり磁気秩序(元の世界で
は s 波超伝導)状態が安定化することが理解される.
以上のように Pb1−x Tl x Te における近藤効果的な電気抵
抗の振る舞いと超伝導の出現が引力アンダーソン模型によ
り理解できることが示された.この近藤効果は「Tl 当り
の 6s 電子数が nd = 0 と nd = 2 の状態が縮退する」こと
に起因しているので,
「電荷近藤効果」とも言うべきもの
である.
4. バレンススキッピング現象と電荷近藤効果に関する新
しい微視的機構と超伝導の可能性
ドーピングされた Tl イオンなどのバレンススキッピン
グ現象を引き起こす軌道は,主量子数 n が大きな s 軌道
(例えば,6s 軌道)であり,d 軌道や f 軌道に比べて空間
的にかなり広がっている.そのため,伝導電子と不純物軌
道との間の電子間のクーロン相互作用が重要であることが
期待される.この軌道間の電子間相互作用により,バレン
ススキッピング現象と電荷近藤効果や超伝導の出現を統一
的に理解できる微視的模型を提案した 13) .
= H˜ c + H˜ pot + H˜ dc + H˜ ph + H˜ d ,
(31)
∑
(ϵk − µ + Udc )c†kσ ckσ ,
(32)
H˜ c ≡
kσ
H˜ pot ≡
∑
kk′ (k,k′ )
Udc c†kσ ck′ σ ,
(33)
H˜ dc ≡ 4Udc Idz Icz ,
(34)
H˜ ph ≡ J ph (Ic+ Id− + Ic− Id+ ),
(35)
H˜ d ≡ 2(∆d − µ + Udc )Idz .
(36)
となる.H˜ pot と H˜ d は,ポテンシャル散乱の項と磁場の項
に対応しており,残りの項は異方的な近藤模型に対応して
いることがわかる.また,低温で擬スピンの近藤-芳田一
重項を形成するには,電子対遷移相互作用が必須であるこ
とがこの変換から理解できる.
電子対遷移相互作用の役割をより具体的に示すために,
エントロピーと不純物軌道での電子の占有数の温度依存性
を数値くりこみ群を用いて解析した (Fig.7,Fig.8). これ
4.1 新しい電荷近藤効果機構
伝導電子と不純物軌道間の相互作用を取り込んだ模型
kσ
Hd ≡ (∆d − µ)
Hdc ≡ Udc
∑
∑
∑[
kk′
(22)
c†kσ ck′ σ ndσ′ ,
]
d↑† d↓† ck′ ↓ ck↑ + h.c. ,
1
(nd↑ + nd↓ − 1),
2
d
/ln2
1.5
ph
=0.01D
=0.0D
U =0.0D
d
=0.0D
1.0
J
ph
=0.1D
J
0.5
J
ph
ph
=0.2D
=0.15D
0.0
-8
10
-6
T/D
10
-4
10
-2
(23)
Fig. 7.
エントロピーの温度依存性
(24)
を表している.ここで不純物軌道の電荷に着目しているの
で,ここでは,次のような擬スピンを導入する.不純物軌
道の擬スピンは,
Idz ≡
J
=0.0D
dc
10
σ
kk′ σσ′
H ph ≡ J ph
n sσ ,
=0.0D
dc
V
imp
を考える.ここで,第一項は伝導電子の項,第二項は不純
物の一電子準位の項,第三項,第四項は伝導電子と不純物
電子間のクーロン相互作用の項と電子対遷移相互作用の項
であり,それぞれ,
∑
Hc ≡
(ϵk − µ)c†kσ ckσ ,
(21)
U
2.0
(20)
S
H0 = Hc + Hd + Hdc + H ph ,
(25)
Id+ ≡ d↑† d↓† ,
(26)
Id− ≡ d↓ d↑ ,
(27)
らの結果から,温度を下げるにつれ,まず,0 個と 2 個の
占有率が縮退した状態ることが分かる.電子対遷移相互作
用により,バレンススキッピング現象と電荷近藤効果を微
視的な点から統一的に説明できる.
上記で与えたハミルトニアンには,電子対遷移相互作用
以外にも様々な相互作用を含んでいる.しかし,異方的近
藤模型にマッピングできることから,適切なパラメータを
選べば低温で擬スピンの近藤-芳田一重項を形成すること
結果,混成が小さな領域では近藤一重項の結合エネルギー
の目安である近藤温度 T K がほぼ一定であり,電荷による
近藤-芳田一重項となっているといえるだろう.Tl がドー
プされた PbTe はこの領域に位置していることが期待され
る.混成が大きな所では,予想通り通常の近藤-芳田一重
項が形成されていることが示唆される.一方,中間の領域
(Vdc ∼ Vdcc ) では急激に T K が下がり,低温まで kB ln 2 のエ
ントロピーが残る.この原因については,混成効果により
生じる有効的な電子対遷移相互作用の影響であると考えら
れているが,その詳細はよくわかっていない.この点の理
解は今後の研究課題である.
Occupancy of Q
d
0.50
Q =0
d
Q =1
d
0.25
Q =2
d
J
J
ph
ph
=0.1D
J
ph
=0.2D
=0.01D
J
ph
=0.15D
0.00
10
-8
10
-6
10
-4
10
-2
T/D
不純物軌道の占有率の温度依存性
Fig. 8.
が可能である(たとえば,図の Vd = 0 の領域が,様々な
パラメータを含んだ時にも,低温で電荷近藤一重項を形成
している)
4.2 電荷近藤効果から通常の近藤効果への移り変わり
現実の系では,不純物軌道と伝導電子の間に混成項や不
純物軌道内でのクーロン相互作用などがあるであろう.こ
れらの効果を調べるために,先ほどのハミルトニアンに次
の項を加える.
4.3 電子対遷移相互作用による超伝導の可能性
電子対遷移相互作用が電荷近藤効果を生じるということ
は,3 節の議論からするとネガティブ U と同じ効果を持
つはずで,それによる超伝導が可能となる.電子対遷移相
互作用による超伝導の可能性は,4.1 節,4.2 節で議論した
ような多体くりこみ効果を考えないレベルでは,2002 年
に近藤により指摘された 14) .近藤は,2 バンド模型を出発
点にし,バンド内でのクーロン相互作用 U1 ,U2 とバンド
間の電子対遷移相互作用 K (式 (24) または (35) の J ph に
対応)を考慮した模型を,BCS 理論と同じレベルの近似
で扱い,転移温度 T c の議論をしている.近藤の議論した
モデルハミルトニアンはもっと複雑であるが(クーパー対
凝縮の議論に関する限り)

∑ ∑
 ξm (k)c† cmkσ
Hpair =
mkσ

m=1,2 k,σ
H = H0 + HU + Hhyb ,
(37)
+Um
ここで,第二項は不純物軌道内でのクーロン相互作用,第
三項は伝導電子と不純物軌道間の混成項であり,
HU ≡ Ud nd↑ nd↓ ,
∑
Hhyb ≡ Vdc
(c†k,σ dσ + h.c).
k,k′
(39)
k,σ
と表せる.混成項がゼロの時は電荷による近藤一重項で
あり,混成が強くなるにつれてスピンの成分が混じり,通
常の近藤-芳田一重項に移り変わっていくことが期待され
る.そこで,数値くりこみ群を用いて,混成項を変化させ
た時のエントロピーの振る舞いを調べた(Fig.9).計算の
*
T
S
/ln2
imp
*
T
-2
1.8
10
1.5
T
K
1.2
T/D
1.0
0.80
0.50
-4
10
+K˜
(38)
∑(
0.20
T
K
∑
k,k′



c†mk↑ c†m,−k↓ cm,−k′ ↓ cmk′ ↑ 
)
c†1k↑ c†1,−k↓ c2,−k′ ↓ c2k′ ↑ + h.c. .
(40)
と等価と考えられる.ここで,m = 1, 2 はバンドの指標を,
ξm (k) はバンド m の分散を,Um はバンド内局所クーロン
斥力,K˜ = zK(z は最隣接サイト数)はバンド間電子対遷
移相互作用を表す.BCS 理論に従って転移温度 T c を決め
る線形化されたギャップ方程式は
˜ 2 (T c )∆2 ,
∆1 = −U1 Φ1 (T c )∆1 − KΦ
(41)
˜ 1 (T c )∆1 .
∆2 = −U2 Φ2 (T c )∆2 − KΦ
(42)
となる.ここで,∆m はバンド m の超伝導ギャップを表し,
関数 Φm (T ) は
∑ tanh[ξm (k)/2T ]
.
(43)
Φm (T ) ≡
2ξm (k)
k
で与えられる.連立ギャップ方程式 (41),(42) が (∆1 , ∆2 ) ,
(0, 0) の解をもつ条件から,T c を決める条件式として
∑
(
)
1+
Um Φm (T c ) + U1 U2 − K˜ 2 Φ1 (T c )Φ2 (T c ) = 0. (44)
m=1,2
-
-
が得られる.低温極限では Φm (T ) ∝ − log(T/Dm ) であるこ
とを考慮すると(Dm はバンド m のバンド幅の半分),式
(44) が T c > 0 の解をもつ条件は,
CK state
-6
10
-8
10
Fig. 9.
-6
10
V
/D
dc
-4
10
-2
10
c
V
/D
dc
不純物軌道のエントロピーの温度-混成相図
K˜ 2 > U1 U2
(45)
となる.この条件が成り立つと,有限の T c で s 波超伝導
が出現することになる.また,Φm (T ) の定義式 (43) の k
に関する和はバンド全体に亘っているので,BCS 理論に
現れるエネルギーカットオフ ωD (デバイエネルギー)に
比較して格段に大きな Dm に置き換えられるため,高い T c
が得られる可能性を秘めている.
普通の状況では,条件 (45) を満足するのは難しいと考
えられる.即ち,近藤理論のままでは現実を記述する理
論としては無理があるように思われる.しかし,4.2 節お
よび 4.3 節の結果は,主量子数 n の大きな元素では元々
K˜ <
∼ Um (m = 1, 2) である.それに加えて,電荷近藤効果
をもたらす多体効果により J ph (即ち,K˜ )が発散的に増
大することを示しており,近藤の求めた上記の条件 (45) が
多体効果により初めて達成されることを示唆している.換
言すれば,3.2 節で議論したネガティブ U モデルを経由す
ることなく超伝導発現機構を議論することが可能であるこ
とを意味する.しかしながら,前小節の議論は不純物モデ
ルに対するものであり,格子系で電子対遷移相互作用を起
源とした超伝導に関する全体像を今後の課題である.
一方,バレンススキッピング機構が既に示唆されてい
る,(Ba1−x K x )BiO3 ,Pb1−x Tl x Te,以外にも今後新物質が発
見される可能性がある.実際,1年前に報告された,T c =
4.5 K の超伝導物質 AgSnSe2 も T = T c での電気抵抗率は
ρ(T c ) ≃ 180µΩ cm と大きく,T c より高温の電気抵抗は金
属的ではあるが弱い温度依存性しか示さない 15) .つまり,
フォノンからの寄与を差し引くと近藤効果的な温度依存性
をもつと見ることもできる.Fig.1 に示すように,Sn はバ
レンススキッピング元素であり,この化合物での形式価数
Sn3+ はスキップされる価数であることを考えると,ネガ
ティブ U 機構の可能性がある.今後とも,このような路
線の超伝導物質探索がより高い転移温度 T c を持つ超伝導
体の発見に結びつくことが期待される.
謝辞
ここで報告した研究成果は,松浦弘泰氏(東京大学理学
系研究科)との共同研究にもとづいています.記して感謝
します.
1) 松浦弘泰,三宅和正: 固体物理,第 48 巻,第 8 号,2013 年,399 頁.
2) 三宅和正: 超伝導ハンドブック(朝倉書店 2009 年 12 月)福山秀敏・
秋光純編,2.6 節(101-112 頁) 参照.
3) C. M. Varma: Phys. Rev. Lett. 61 (1988) 2713.
4) Y. Matsushita, H. Bluhm, T. H. Geballe, and I. R. Fisher: Phys. Rev. Lett.
94 (2005) 157002.
5) M. Dzero and J. Schmalian: Phys. Rev. Lett. 94 (2005) 157003.
6) R. D. Shannon: Acta Cryst. A 32 (1976) 751.
7) H. Katayama-Yoshida and A. Zunger: Phys. Rev. Lett. 55 (1985) 1618.
8) R. J. Cava, B. Batlogg, J. J. Krajewski, R. Farow, L. W. Rupp, Jr., A. E.
White, K. Short, W. F. Peck and T. Kometani: Natrue 332 (1988) 814.
9) L. F. Mattheiss, E. M. Gyorgy, and D. W. Johnson, Jr.: Phys. Rev. B 37
(1988) 3745.
10) H. Shiba: Prog. Theor. Phys. 48 (1972) 2171.
11) A. Taraphder and P. Coleman: Phys. Rev. Lett. 66 (1991) 2814.
12) T. A. Costi and V. Zlatic: Phys. Rev. Lett. 108 (2012) 036402.
13) H. Matsuura and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 81 (2012) 113705.
14) J. Kondo: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 1353.
15) Z. Ren, M. Kriener, A. A. Taskin, S. Sasaki, K. Segawa, and Y. Ando:
Phys. Rev. B 87 (2013) 064512.