7. 乾 燥

7. 乾
燥
固体の工業製品が水と混合した状態で生産されるとき,濾過や圧搾などの機械的操
作で大部分の水を除去し,残った少量の水分を蒸発させることにより期待する値まで
減少させる。後者の操作は熱と物質の同時移動を伴う拡散操作であり,これを乾燥と
いう。乾燥機構の理解には乾燥操作に特有の用語と湿り空気の取り扱いに関する知識
が必要である。
1. 目的
粉体試料の乾燥を通して乾燥工程に関する特有の用語と扱いを学び,材料の乾燥機
構を理解するための基礎知識を修得する。また,乾燥特性曲線から試料の微細構造を
推定する。
2. 基礎的事項
2.1 乾燥特性
図 1 は,乾燥機中に置かれた湿り材料の質
量 ms [kg]の時間 [s]に対する変化を表す。段
階Ⅰは室温にあった材料が乾燥機内で加熱
される予熱期間である。段階Ⅱは自由水面か
らの蒸発が起こる恒率乾燥期間で,ms が直
線的に減少する。したがって,ms の減少速
度 rm
dms d [kg/s]は水平線になる。材料
の種類と状態によっては恒率乾燥期間が観
察されないことがある。段階Ⅲは ms の減少
が緩慢になる減率乾燥期間である。この期間
では材料内部での水分の蒸発と材料表面ま
での移動が起こるので,材料の物理化学的性
図1
減量曲線
質や微細構造の影響を著しく受ける。
2.2 含水率
乾き材料の質量 m [kg]に対する水分の質量 mw [kg]の比
mw ms m
W
m
m
を乾量基準の含水率[kg-水/kg-乾き材料]という。乾燥工程中で m は不変であるから,
7. 乾燥 -1
含水率の変化速度は
dW rm
1 dms
R
d
m
m d
となり,W と ms は同じ割合で変化する。
そこで,工業的には dW d [1/s]を乾
燥速度として扱う。
一方,ms を基準とすれば,湿量基準
の含水率[kg-水/kg-湿り材料]
mw
mw
ms m
w
ms mw m
ms
が定義される。直接測定可能な ms を基
準とすることは直感的に理解しやすく,
瞬間的な水分量を表現するのに日常的
によく用いられる。しかし,w の変化
図2
乾燥特性曲線
速度は mw および ms の変化速度と比例
せず,乾燥速度の扱いには不向きである。
横軸に W,縦軸に R を表す乾燥特性曲線を図 2 に示す。恒率乾燥期間から減率乾燥
期間に移行するときの含水率 Wc を限界含水率という。限界含水率は湿り材料の特性
に加えて,加熱方式など外的操作条件によっても変化する。
乾燥機内の空気の湿度および温度が一定であれば,空気と湿り材料との間にやがて
平衡が成立し,乾燥が見かけ上停止する。すなわち, R
0 となる。このときの含水
率 We を平衡含水率という。乾燥条件を変えない限り,We 以下に乾燥させることはで
きない。すなわち,現実的な乾燥工程では,水分を完全に除去することはできない。
2.3 湿り空気の特性
空気に含むことができる最大水分量は温度で決まる。その温度における飽和水蒸気
圧 ps [Pa]に対する水蒸気圧 p [Pa]の比
p
ps
を関係湿度(相対湿度)という。この考え方は直感的に理解しやすく,日常的によく
用いられる。しかし,飽和水蒸気圧は温度によって変化するために,温度の変化を伴
う操作においては扱いが不便である。工業的には,乾き空気の質量 ma [kg]に対する水
分の質量 mw の比である絶対湿度[kg-水/kg-乾き空気]
mw
H
ma
を用いる。水のモル質量 Mw(= 18.02 kg/kmol)と空気の見かけのモル質量 Ma(= 28.97
7. 乾燥 -2
kg/kmol)を用いると
H
Mw
Ma
p
PT
p
0.622
p
PT
p
ここで,PT [Pa]は大気圧である。飽和水蒸気圧 ps は近似的にアントワン式
1740.27
log ps [kPa] 7.2117
234.33 t [ C]
により求めるのが簡便である(温度範囲 11~168℃)。
水が高温の空気から熱を受け取り,蒸発する状況を考える。最初,空気との温度差
が大きく,伝熱量は大きい。したがって水に供給される熱量は大きい。低温では飽和
蒸気圧が小さく,空気の水蒸気圧との差が小さいので蒸発速度は小さく,潜熱による
放出熱量は小さい。その結果,急速に水の温度が上昇する。温度が高くなるにつれて
空気との温度差は小さくなり,一方,蒸気圧差は大きくなり,蒸発速度が増す。やが
て供給熱量と放出熱量が等しくなり,温度は一定になる。この温度を湿球温度という。
2.4 恒率乾燥速度
試料が完全に水面下にある場合,乾燥は自由水面からのみ起こり,試料の状態に関
係しない。この場合,水分の蒸発が起こる面積すなわち乾燥面積 A [m2]は水面の面積
に等しい。乾燥が進行して試料が水面から露出し始めると,試料表面の物理化学的性
質(主に濡れ性)によって乾燥面積は変化することがある。とくに粒子材料の場合は
充填状態も影響するので,一定値に定めることが困難になる。このような場合は乾き
材料の質量 m [kg]あたりの表面積 a [m2/kg-乾き材料]を用いて熱移動と物質移動を考
える。
m を基準とする伝熱速度は
Q ha(t tw )
となる。ここで,h は伝熱係数[kJ/(m2・s・℃)],t は乾球温度[℃],tw は湿球温度 [℃]
である。tw における蒸発潜熱を w [kJ/kg-水]とすると,これは蒸発する水分の質量と
その蒸発に要する熱量の比であるから,蒸発速度は
Q ha (t t w )
Rc
w
w
となる。また,物質移動係数を kH [kg-乾き空気/(m2・s)],tw における絶対湿度を Hw[kg水/kg-乾き空気],t における絶対湿度を H[kg-水/kg-乾き空気]とすれば,
Rc k H a ( H w H )
と表すことができる。
2.5 減率乾燥速度
減率乾燥期間では,蒸発が材料内部で起こり,発生した水蒸気は材料空隙中を移動
7. 乾燥 -3
する。空隙中の湿度が高くなるため,蒸発のための駆動力が低下する。減率乾燥速度
は材料の特性に依存するため,統一的な数式で表現することはできない。
ある時刻における含水率 W と平衡含水率 We との差
F W We
を自由含水率[kg-水/kg-乾き材料]という。減率乾燥速度 Rf が自由含水率 F に比例し,
ある含水率 Wd まで乾燥速度が直線的に減少する場合,含水率 W における乾燥速度は
Rf
Rc
W Wd
Wc Wd
と表すことができる。さらに限界含水率 We からある含水率 W まで乾燥するのに要す
る時間は次式で表される。
Wc Wd Wc Wd
ln
f
Rc
W Wd
3. 実験
3.1 予習と準備
(以下の□には実験日によって「1」あるいは「2」を代入する。)
実験操作が円滑にできるように十分に予習し,1 操作を 1 行でノートにまとめておく。
実験中はテキストを見てはいけない。
1) 結果(時刻,質量 m,空気温度 t,試料温度 ts)を記入するための Table□-1 の枠
線をノートの右ページに描いておく。
2) 結果の整理の手順や使用する計算式を項目ごとに列記する。
3) データファイルを「木村研究室のホームページ-講義-化学工学実験」からダウ
ンロードし,USB フラッシュメモリに保存しておく。
4) 計算式をデータファイルに入力しておく。横軸が ,左縦軸が試料質量 ms,右縦
軸が試料質量減少速度 rm となるグラフを Excel のワークシートに作成しておき,
Fig.□-1 とする。空気温度 t と試料温度 ts の時間変化のグラフを作成しておき,
Fig.□-2 とする。m として適当な値を仮定し,横軸が含水率 W,縦軸が乾燥速度 R
となるグラフを作成しておき,Fig.□-3 とする。実験操作 7)と同時に Fig.□-1 と
Fig.□-2 が,実験操作 9)と同時に Fig.□-3 が完成するよう準備しておくこと。
5) リーダーは全員に対して予習の実行を指示し,実施状況を把握しておく。チェッ
クシートを上記ページから入手し,印刷しておく。
6) 実験中の役割は,質量測定,空気温度測定,試料温度測定,時間管理,データ記
録,データ入力,グラフ作成である。質量測定は他の役割と兼ねることができな
い。リーダーは事前に役割分担を決め,チェックシートに記入しておく。3 限開
始前に完成させておくこと。
7. 乾燥 -4
7) 実験開始前に任意の 1 名のノートを閲覧し,予習状況を確認する。5 点満点で評
価し,全員の予習点とする。0 点の場合には予習が完了するまで実験の開始を遅
らせる。
8) 服装・履物等の不備がある場合は本人とリーダーの予習点を減点する。
3.2 実験操作
1) 〈TA〉
(第 1 日目のみ)天秤の電源 ON。天秤下部からフックを吊り下げ,さらに
空のシャーレ(内径 88 mm)をかごに入れ,フックに吊り下げる。
2) 〈TA〉乾燥機メインスイッチ ON。遮断温度 SV(赤)が 120℃と表示されたら
POWER スイッチ ON。
3) 温度設定 SV(緑)が 70℃であることを確認する。乾燥機温度 PV(橙)が 70℃で
安定していたら,[0/T]ボタンを押して風袋(ふうたい)消去。
4) 〈TA〉かごごとシャーレを取り出す。
5) 秤量皿に指定される質量の試料を量り取る。アルミ製バットの中にシャーレを置
く。メスシリンダーに純水 4 mL を量り取り,シャーレに移す。試料をシャーレ
に均一に振りまく。細かく揺すってならす。これを 2 個作成し,それぞれ別の
シャーレで蓋をする。
6) PV が 70℃になったら,湿り試料が入っているシャーレをかごに入れ,フックに
吊り下げる。右の固定フックにも同じ試料を吊り下げ,熱電対を試料面に触れさ
せる。
7) それぞれの温度計の電源 ON。
8) 空気温度 t が安定して 73℃以下になったら,秒針が次に 0 を示す時刻から各計測
を開始する。2 分ごとに時刻,試料質量 m,空気温度 t,試料温度 ts を記録する。
9) 3 回の測定(4 分間)にわたって,質量減少が 0.004 g 以内になったら測定を終了
する。経過時間は最長で 180 分程度までとする。
10) 温度計の電源 OFF。大気圧 PT を測定する。
11) 乾燥機の温度を 110℃に設定する。設定から 40 min 経過した後に質量を測定し,
乾燥試料質量 m とする。
12) 乾燥機のメインスイッチ OFF。
13) (第 2 日目のみ)天秤の電源 OFF。
4. 結果の整理
1) 測定値を Table□-1 にまとめる。
2) 時刻から時間
を求める、各
における試料質量減少速度 rm を求め,Table□-1
に加える。
7. 乾燥 -5
3) 各時間における水分量 mw および含水率 W を求め,Table□-1 に加える。
4) Fig.□-1~3 を印刷する。用紙は A4 判縦とする。縦軸,横軸の長さはそれぞれ 12
cm 以上とする。以降の作図操作は印刷物上に鉛筆描きで行うこと。
5) Fig.□-1 の試料質量減少速度曲線において,rm の平坦部(恒率乾燥期間)の範囲
を決める。この範囲での rm の平均値を求め,図中に水平線で描く。
6) 70℃における平衡質量から平衡含水率 We を求め,Table□-2 に書き入れる。
7) 5)で決めた恒率乾燥期間内での各温度の平均値を求め,Fig.□-2 中に水平線で示
す。
8) 試料の厚みは十分に薄く,試料内の温度は均一で,測定された試料温度は試料表
面温度に等しいと見なせるものとする。試料表面では,蒸発と熱伝導が平衡になっ
ていると見なして,試料温度 ts の平均値を湿球温度 tw とおく。乾球温度 t には空
気温度の平均値を用いる。アントワン式から t および tw における飽和水蒸気圧 p
および pw を求め,それぞれの湿度 H および Hw を求める。tw における蒸発潜熱
w
をウェブページのデータから内挿して求める。これらの値を Table□-2 にまとめ
る。
9) rm から恒率乾燥速度 Rc を求め,Table□-2 に書き入れる。Fig.□-3 中に Rc を水平
線で示す。減率乾燥期間のデータを直線あるいは曲線で近似する。これと Rc の直
線との交点を C とし,限界含水率 Wc を読み取る。同様に予熱期間のデータを直
線あるいは曲線で近似する。これと Rc の直線との交点を B とする。B と C の区間
を恒率乾燥期間として表す。(交点は測定点と一致するとは限らない。)
10) 乾燥面積 A をシャーレの面積と仮定し,伝熱係数 h および物質移動係数 kH を求
める。
11) 9)の結果に基づいて,Fig.□-1 および Fig.□-2 中に各期間の範囲を示す。
12) 図表をすべて完成させ,ノートと共に実験日内に報告する。図はレポートとして
の体裁・品質にまとめてあれば,提出前に点検・修正が可能である。整理が完成
した後に,解散とする。
5. 検討事項
1) 減率乾燥曲線から,それぞれの試料の微細構造や物理化学的性質を推定せよ。1
段の場合は,初期速度を直線に近似し,速度の遅れや所要時間についての所見を
含めること。2 段になった場合には,1 段目と 2 段目で起こっていた現象の違いに
ついての所見を含めること。
2) 計算により求めた値を 1 日目と 2 日目で比較したとき,何が言えるか。
7. 乾燥 -6
参考文献
1) 藤田重文編「化学工学演習 第 2 版」東京化学同人(1979),7.乾燥
2) 橋本健治・荻野文丸編,「現代化学工学」産業図書(2001),4.7 乾燥
3) 化学工学会編,
「化学工学便覧
改訂第 6 版」丸善(1999),14 調湿・水冷却・乾燥
4) 山際和明「拡散操作Ⅲ」第 1 章 調湿・水冷却,第 2 章 乾燥
補足
1) 実験中は乾燥機に触れたり,衝撃を与えたりしないこと。
2) 実験終了後の試料は TA が後始末するので,乾燥機中に放置しておいてよい。
3) 粉体試料は体内に取り込むと健康に害を及ぼす可能性がある。目に入れたり吸い
込んだり,あるいは息を吹きかけることのないように注意すること。
4) すべての操作は常に 2 名以上で声に出して確認しながら行うこと。一人で勝手に
進めてはいけない。
5) テキストは適宜修正することがある。予習の前にウェブページを確認すること。
6) 結果の整理においては,予習した数式に基づいて,ノート上で一通り計算して間
違いがないことを確認した後,データファイルに入力する。計算は少なくとも 2
グループに分かれて実施し,結果を照合して一致するかどうかを判断すること。
7) プロットの適正な大きさに配慮すること。直線は平定規,曲線は自在定規あるい
は雲形定規を用いて作図すること。
7. 乾燥 -7