債務免責者問題の解決策として の責任保険の効果 ―保険の経済学的分析を通じて― 東北公益文科大学公益学部 桑名謹三 2014年3月14日 1 責任保険とは • 企業が生産活動に伴い第三者に損害を与え たとき • その損害のうち損害賠償法に基づき企業に 責任があると認められた金額を • ベースにして算出した保険金を企業に代わっ て保険会社が損害を被った第三者に支払う 保険 • したがって,損害賠償法の内容に保険金支 払いが影響を受ける 2014年3月14日 2 債務免責者問題と責任保険の強制化 • 加害者が賠償資力不足の場合は十分 な被害者救済が不可能となる 被害者救済上の問題:1960年代の考え方 被害者救済上の問題 日本における政策事例:自賠法や原賠法など • 加害者が賠償資力不足の場合に加害 者の防災行動が社会的に最適な水準か ら逸脱する=経済学的な問題 資源の最適配分上の問題:1980年代以降の考え方 資源の最適配分上の問題 日本の政策にはこの考え方はないが,海外では常識となっている 厳格責任の方が,過失責任より賠償資力不足の影響を受けやすい 2014年3月14日 3 研究の目的 完全情報下における次の事項の分析 • • • • 有限の保険金額の責任保険の効果 付加保険料が責任保険の効果に与える影 響 保険条件(保険金額,自己負担額,縮小て ん補割合)が責任保険の効果に与える影響 強制付保政策実施の際に留意すべき事項 2014年3月14日 4 先行研究(Shavell, 1986)の内容 • 賠償資力不足の企業が選択するリスクは最適レベ ルより大きくなる。 • 賠償資力不足の影響は過失責任の方が厳格責任 より小さい。 • 企業の資産が大きくなるほど選択されるリスクは小 さくなる。 • 企業の資産が一定レベル以上になると選択されるリ スクは常に最適値となる。 • 完全情報下で企業が十分大きな保険金額の責任保 険を購入すれば選択されるリスクは最適値となる。 2014年3月14日 5 賠償責任のルール 厳格責任 企業の過失の有無にかかわらず企業は損害 賠償責任を負わされる 過失責任 企業に過失がない場合は,企業は損害賠償 義務がない。具体的には,企業が最適なリス ク以下のリスクを採用していた場合に無責と なる。 2014年3月14日 6 経済学における事故の基本モデル • 事故に伴う費用を最小化するためのモデル • 防災費用と事故による損害の期待値(=リス ク)の和を事故に伴う費用と考える • 防災コストの例:公害の発生を抑制するため に企業が投じる環境対策コスト • 損害の期待値の例:公害によって生じる工場 周辺の住民の健康被害の損害額にその被害 が生じる確率を乗じた値 2014年3月14日 7 事故の基本モデル 事故の基本モデルから分かること • 損害賠償制度がなければ,企業の経営学的に最適 な防災費用はゼロである • 被害者にとって,最適な防災費用は無限大である • 社会的に最適なのは総費用を最小化するような防 災費用である • 経営学と経済学は違う!! • 神が存在すれば,彼は総費用を自分の負担と感じ るだろう • 経済学は神の経営学である!! 2014年3月14日 9 損害賠償制度のモデル 損害賠償制度のモデルより分かること • 損害賠償額の期待値=リスクであれば,企業は社 損害賠償額の期待値=リスク 会的に最適な防災費用を選択する • 損害賠償制度を導入することによって,経営学的な 最適解=経済学的な最適解となる可能性が出てく る • 経済学は,経営学的な最適解と経済学的な最適解 を一致させるような制度を立案するための学問とい える • 実際には,企業の賠償資力不足などの問題により, 損害賠償額の期待値<リスクである 損害賠償額の期待値<リスク 2014年3月14日 11 責任保険のモデル 責任保険のモデルから分かること • 保険料=リスクであれば,責任保険の付保を強制 保険料=リスク 化することで企業に最適な防災費用を選択させるこ とができる • 損害賠償額の期待値は,企業の資産に依存する が保険料は影響を受けないので,責任保険は債務 が保険料は影響を受けない 免責者問題に有効である • 保険料=リスクでなければ,企業は最適な防災費 保険料=リスク 用を選択しない⇒これをモラルハザードという • モラルハザード論は,海外では,保険を使った政策 実施のための大きな障壁となってきた 2014年3月14日 13 保険料=リスクが意味すること 保険料=リスク • • • • 純保険料=フェアプレミアム 保険金額=無制限 付加保険料なし 本研究は,①純保険料=フェアプレミアム, ②保険金額=有限, ②保険金額=有限 ③付加保険料ありの場 ③付加保険料あり 合にどのような現象が生じるのかを分析した ものである 2014年3月14日 14 モデル 企業の利潤: p = pz - B( z ) - A( z ,v ) f (v )(v ) リスク: 保険金: I (v ) = min [L,a max{(v ) - ded , 0}] 純保険料: x (v ) = I (v ) f (v ) 付加保険料: r (v ) = max{r 0 , ex (v )} q(v ) = x (v ) + r (v ) 保険料: 実保険カバー: I r (v ) = I (v ) - q(v ) 2014年3月14日 15 モデル 有事故時資産 wa = w0 + pz - B(z ) - A(z , v ) - (v ) + I (v ) - q(v ) 無事故時資産 wb = w0 + pz - B(z ) - A(z , v ) - q(v ) 賠償資力があるときの期待資産 Ew1I = w0 + pz - B(z ) - A(z , v ) - f (v )(v ) - r (v ) 賠償資力がないときの期待資産 Ew2I = {1 - f (v )}{w0 + pz - B(z ) - A(z , v ) - I (v ) f (v ) - r (v )} 2014年3月14日 16 保険金の計算 ① 企業の法律上の責任額から自己負担額を 控除する。 ② 上記①の額に縮小てん補割合を乗じる ③ 上記②の額と保険金額のいずれか小さい 方が保険金となる。 2014年3月14日 17 付加保険料の構成 付加保険料は次の2つの部分により構成される ① リスクに影響を受けない定額部分 ② リスクに比例する定率部分 モデルにおいては付加保険料は定額部分, 定率部分のいずれか大きい方と定義されて いる 今回の報告は,定額付加保険料についてのみとする 2014年3月14日 18 主要な仮定 ① 事故があるときの資産は,ある v の値まで は正で,それを超える v のときは負である。 ② 賠償資力不足のときの期待資産は,ある v のとき最大値をとり,その値未満の v にお いては増加関数,その値超の v においては 減少関数である。 2014年3月14日 19 企業の最適化行動 ① 事故があった場合の資産を正にするという 制約条件の下,賠償資力がある場合の期 待資産を最大化する v を求める ② 事故があった場合の資産を負にするという 制約条件の下,賠償資力不足の場合の期 待資産を最大化する v を求める ③ 上記,①,②の期待資産のいずれか大きい 方を選択し,そのときの v を採用する。 2014年3月14日 20 企業の責任額と保険金 企業の資産 分析の手法 ① 保険金,実保険カバーがvに依存しないも のとして解析的な分析を行った 解析的 ② 関数をライクリーなものに特定し,数値解析 を行なった。確率関数は,環境工学で用い られる対数正規分布のものを採用した ③ 数値解析の結果をグラフで表した 2014年3月14日 23 関数の特定化 • • • • p =1 価格: 2 ( ) B z = 0 . 002 z 費用関数: 有害物質制御費用関数: A(z ,v ) = 0.1z 2 v 2 2 ( ) v = v 損害額関数: 2014年3月14日 24 関数の特定化 確率関数: 0.5v f (v ) = ò g (t )dt 0 ただし t = 0 Þ g (t ) = 0 t > 0 Þ g (t ) = m=4 ( s = ln 10 0.3 2014年3月14日 1 2p s { exp - (ln t - m )2 2s 2 } ) 25 無制限カバーの責任保険の効果 有限カバーの責任保険の効果 分析結果(定額付加保険料の場合) ① 実保険カバーは同額の資産とほぼ同じリス ク抑制効果がある(解析) ② 実保険カバーが負となる場合が存在し,そ の場合は付保によって企業が選択するリス クが高くなってしまう(解析) 2014年3月14日 28 実保険カバーが負の意味 • 実保険カバー=保険金ー純保険料ー付加保 険料 • 付加保険料に純保険料に依存しない定額付 加保険料があると,保険金が小さくなるような 保険条件を設定することで実保険カバーは負 となりうる 2014年3月14日 29 考察(定額付加保険料の場合) ① 強制付保下であっても自己負担額を引上げ ることによって実保険カバーを負にして期待 利潤を増加させることができる ② 自己負担額引上げは保険会社にとっても好 ましいことである場合が多い ③ 強制付保化政策は保険条件も規制しなけ れば政策の目的を達成できない 2014年3月14日 30 補足(実務における保険条件) ① 日本においては強制付保化されている責任 保険は少ない ② 受注契約上付保が義務付けられている ケースは国内外を問わず多い ③ その場合,契約上指定されているのは保険 金額だけのケースがほとんどである ④ したがって,自己負担額等保険金額以外の 保険条件を調整してコスト削減を図ることは 企業の常套手段である 2014年3月14日 31 まとめ ① 完全情報下の場合,実保険カバーは資産と 同等のリスク抑制機能を有する ② 付加保険料の存在を考慮すると,保険条件 を行政が審査しなければ,たとえ完全情報 下であっても,強制付保化政策はその目的 を達成することができない⇒完全情報下の モラルハザードの発生 モラルハザード 2014年3月14日 32 主要参考文献 Shavell, Steven [1986], “The Judgement Proof Problem”, International Review of Law and Economics, Vol.6, pp. 45-58. 中西準子・蒲生昌志・岸本充生・宮本健一(編)[2003], 『環境リスクマネジメントハンドブック』朝倉書店. Landes, William, and Richard Posner [1981] “An Economic Theory of International Torts”, International Review of Law and Economics, Vol.1, pp. 127-154. 2014年3月14日 33
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