1 - 日本記者クラブ

光が見えてきた米国の
ネットジャーナリズム事情
2014年11月4日
茂木崇
(東京工芸大学専任講師)
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本日の講演の構成
①ネットジャーナリズム十年一昔
②既存の報道機関のこれから
③起業ジャーナリズムによるジャーナリズムの革新
④米国ネットジャーナリズムの最新動向
⑤日本のジャーナリズムのあり方をめぐって
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はじめまして
・専攻分野:マス・コミュニケーション論、アーツ・マネジメント論
・守備範囲:ニューヨークのメディア文化産業。
具体的には、新聞・雑誌・出版・テレビ・広告・音楽・
パフォーミングアーツ。
・研究方針:クリエイティビティとマネジメントの両立
・デジタル技術のメリットだけを強調する論客には批判的。
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本講演に関連する拙稿(1)
・ 『朝日新聞』2009年12月5日付朝刊
インタビュー記事「日本の新聞、ムダなくし質追え」
・『Journalism』(朝日新聞社)
「米新聞の戦略転換 ネット記事有料化を考える」
2010年3月号
「シリコンアレーにみるデジタルメディア育成の条件」
2011年3月号
「デジタル時代に新たに求められる起業家精神を教える
ジャーナリズム教育」
2012年12月号
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本講演に関連する拙稿(2)
・『日経ビジネス』オンライン(日経BP社)における連載
「茂木崇の「タイムズスクエアに魅せられて」」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071030/139078
「新世紀シリコンアレー デジタル革命の群像」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20100927/216390
・『Webronza』(朝日新聞社)における連載
http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/authors/201108
2900014.html
・『現代ビジネス』(講談社)における連載
「New York Sophisticated」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31369
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①十年前の私の基本認識(1)
①デジタルではアナログと同様の利益を期待するのは難しい。
デジタルでは少数の送り手と多数の受け手というアナログ
時代の図式が崩れて送り手が多数になるが、人間の1日の
持ち時間が24時間であるのは変わらない。
②だが、デジタルは時代の趨勢であり、ラッダイト運動をしても
勝ち目はない。デジタルの特色を最大限に活用して、デジタ
ルの時代に適したジャーナリズムを発展させるしかない。
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①十年前の私の基本認識(2)
③ジャーナリズムは民主主義を成立させる上で不可欠である。
最後の手段としては、寄付金を募ってNPOとしてジャーナリ
ズム活動を存続させることになる。そのためには、寄付をし
たいと思ってもらえるような、レベルの高い報道を積み重ね
る必要がある。
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①十年後の米国の現状(1)
①既存の報道機関の多くは、ネットにあった組織文化に変革す
るのに苦労している。
参照:NYTの「イノベーションレポート」
http://www.niemanlab.org/2014/05/the-leaked-new-yorktimes-innovation-report-is-one-of-the-key-documents-of-thismedia-age/
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①十年後の米国の現状(2)
②範囲を絞ればネット上でジャーナリズム活動を営むのは
可能になった。
→米国ではプレミアムな価値のあるサイトはCPM(1000回表
示する時の広告料金)が数十ドルになる。
→ソーシャルメディアが進歩し、トラフィックを増やすノウハウ
が格段に向上した。
③起業ジャーナリズムの動きが活性化した。
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②既存の報道機関のこれから(1)
・成長戦略
①新規事業を立ち上げる
②海外展開して市場を拡大する。
③デジタル系のスタートアップ企業に投資する。
・後退戦略
①コアだけ残す形で本業を縮小する。
②名誉を求める富豪に買収してもらい、不採算部門として
存続する。
③寄付を募り、NPOとして存続する。
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②既存の報道機関のこれから(2)
・一朝一夕に「のれん」を育てることはできない。だが、下品な
ことをやり出すと、のれんは一瞬で傷がつく。のれんを大事に
し、買収したい、寄付したいと思ってもらえるクオリティを維持
していくことが重要。
・自社の伝統にない新規サイト・サービスを立ち上げる時は、
別のブランド名のもとに展開しないと、これまでののれんを
傷つけることになる。
・ジャーナリズムの倫理から外れる場合は別会社にする。
・ジョイントベンチャーとして新規事業を立ち上げるのもよい。
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②既存の報道機関のこれから(3)
・可能な場合は、新規事業をこれまでの本業に少しずつ合流
させていくのが妥当。
・ブラック企業の方向に進んでも、会社を救えない時は救え
ない。
・ジャーナリズムは今後、演劇界と同様になっていくと考え
られる。低賃金でも演劇を目指す人はなくならない。
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③アントレプレニュリアル・ジャーナリズム
(1)
・アントレプレニュリアル・ジャーナリズム(entrepreneurial
journalism)の定訳はない。直訳すると「起業家精神を持った
ジャーナリズム」、簡約すると「起業ジャーナリズム」。
・Jeff Jarvis(ニューヨーク市立大学(CUNY)大学院ジャーナ
リズム学科教授)によると:
「新しい、持続可能な(sustainable)ジャーナリズムの会社を立
ち上げ、運営する能力。それはベンチャーかもしれないし、
大企業の一部門かもしれない。だが、ジャーナリズムの未来
はイノベーション(革新)からしか生まれないし、私たちはジ
ャーナリズムを存続させるための手立てを見つける必要が
ある。しかもそれは、新しいビジネス環境に見合ったもので
なければならない
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③アントレプレニュリアル・ジャーナリズム
(2)
(ここでパワーポイントが登場するところだろう―豊富<ア
バンダンス>の経済と不足<スケアシティ>の経済、リンク
経済とインク経済、過程<プロセス>と製品<プロダクト>)
。状況は根底から変わり、しかも後戻りはしない。私たちは
成功モデルが必要だ。学生たちには、ビジネスの力学と技
能、そしてメディアビジネスそのものについて教え、彼ら自身
のビジネスを孵化させる手助けをしていく」(kommons,
http://kommons.com/questions/115、リンク切れ)
★日本語訳は平和博「「起業家ジャーナリズム」とは」
(2010年10月7日)における訳を茂木が一部修正:
http://kaztaira.wordpress.com/2010/10/07/%e3%80%8c%e8
%b5%b7%e6%a5%ad%e5%ae%b6%e3%82%b8%e3%83%a3
%e3%83%bc%e3%83%8a%e3%83%aa%e3%82%ba%e3%83%
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a0%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%af/
)
③アントレプレニュリアル・ジャーナリズム
(3)
・CUNY大学院ジャーナリズム学科は、アントレプレニュリアル・
ジャーナリズム・コースを開講
→15週のコースで、受講生は毎週の授業で自らの新規事業案
をブラッシュアップ。
→コースの最後に業界関係者に対してプレゼンテーションを
行い、優秀者には事業の資金も提供する。
→日本からは、読売新聞社メディア局の栗山倫子氏(2012-2013
年)、朝日新聞社メディアラボの井上未雪氏(2014年)が学ぶ。
→ソーシャル・ジャーナリズムの新コースも計画中。
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③Jeff Jarvisに学ぶ
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③Jarvisの基本主張(1)
①グーグルに学べ
②コンテンツからサービスへ
③アンカー中心のテレビニュースをやめよ
→Jarvis自身はハイブラウなコンテンツを愛する。
→しかし、それだけではデジタルの時代のジャーナリズムとして
は不十分。
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③Jarvisの基本主張(2)
→個人単位で困っていることを解決してあげるサービスを提供
すべし。
→ニュージャージーにある彼の自宅をハリケーンが襲った時、
既存の報道機関はサービスを提供できなかった。
どこでガソリンが手に入るか、どこで充電ができるか、どこで
木が倒れているか、といった死活情報をピンポイントで提供
できなかった。
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③「プラティシャー」をめぐって
・プラットフォームとして出発 → パブリッシャーを加える
徐々に高いレベルの記事を追加していくのは無理がない。
・パブリッシャーとして出発 → プラットフォームを加える
パブリッシャーとして築き上げてきたのれんを引き裂くことに
つながり、ブランド大安売りの焼き畑商法になる恐れがある。
・Jarvisの見解
プラットフォームとして加えるべきは、低レベルの記事では
なく、パブリッシャーとして生み出しにくい情報であるべき。
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④(1)Quartzとは
・サイト:http://qz.com
・アトランティック・メディアカンパニーが2012年9月に発足
させたビジネスニュースのサイト。
・編集長はWSJ出身のKevin Delaney。
・ミッションは、グローバル・エコノミーの地殻変動を伝えること。
・「クオーツ」は鉱物の「石英」を意味する。石英は地震のような
地殻変動が起きている場所に多く存在する。
・サイト名に「ビジネス」を含めなかったのは、多彩な事業
展開を したいから。
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④(1)段を廃止
・既存のニュースサイトのデザインは複雑になりすぎていたと
反省。
・バナー広告や記事のアクセスランキングが並ぶ右の段は、
読者にこの段を無視しろと言っているようなもの。
→右の段を廃止。
・さらに左の段も廃止。
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④(1)レスポンシブ・デザインを採用
・レスポンシブ・デザイン
一つのデザインで様々なデバイスに対応するデザイン。
・タブレット版→モバイル版→PC版の順にデザイン。
・ストリーム方式を採用
記事を読み終えると次の記事が現れるので、他のサイトに
読者が逃げにくい。
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④(1)インサイトを提供
・基礎的な事実関係を記すのではなく、うまみのある分析を
加えた記事を提供。
・WSJのHeard on the Street、FTのThe Lex、ロイターのBreaking
Views、The Economist と同種の記事といえる。
・オブセッション
常時、重要トピックを1ダースほど設定し、集中的に詳しく
伝える。雑誌スタイルである。
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④(1)少数精鋭の編集部
・スタッフは約90人で、編集サイドとビジネス・サイドがそれぞれ
半々。
・既存の報道機関で実績のある記者を採用。
・記者
→記事(報道及びニュース解説)
外部寄稿者→オピニオン
・記者は短い記事を1日2つ、長い記事を1日1つ執筆するのが
目標。
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④(1)ソーシャルメディア対策
・ [email protected]
読者が気軽にメールできるアドレス。
読者メールには必ず返信し、読者とのコミュニケーションに
力を入れている。
・アナテーション
段落ごとに280字(ツイート2つ分)のコメントができる。
編集者のお薦めコメントにはマークをつけ、上位に掲載。
→コメント欄は読者の目にふれにくく、イデオロギッシュな不毛
なやり取りになりがちだから。
・フェイスブック、ツイッターなどはもちろん開設。
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④(1)オープンネス
・「我々は、ニュースの未来はコードで書かれるであろうことを
知っている」
・ジャーナリストとソフトウェア開発者が並んで作業し、両者を
兼務しているスタッフもある。
・オンライン・ツール「チャートビルダー」などをオープンソース
→みんなが向上できるようにしたいという思いから。
→『クオーツ』が誰と協力できるかを見極めるため。
→『クオーツ』に属していないソフトウェア開発者がチャート
ビルダーの改良に手を貸している。
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④(1)Quartzのビジネスモデル(1)
・最もハイエンドな読者をターゲットにしている。
・2013年7月に500万ユニークユーザーを達成。
・2015年に黒字化を目指していたが、読者に好評につき、事業
の拡張を優先する戦略に転換。
・今のところ課金はなし。
・スポンサー
ボーイング、キャディラック、シェブロン、クレディット・スイスを
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ファウンディング・パートナーとして確保。
④(1)Quartzのビジネスモデル(2)
・2種類の広告収入
①エンゲージ
→記事の合間に置く大きめの広告。
②ブルティン(スポンサード・コンテント)
→数本の記事ごとにはさみこむ。
→ネイティブ広告を記事を読む過程に組み込む。
→編集部はネイティブ広告には関与しない。
⇒現在は①が7割、②が3割の割合。
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④(1)Quartzのビジネスモデル(3)
・「消費された時間」「読まれた深さ」「シェアの数」の3つを重視。
・ネイティブ広告成功の秘訣-読者を尊敬すること
①ネイティブ広告の質が高いこと。
②記事とネイティブ広告の違いを明瞭に示すこと。
→読者はフェイスブックやツイッターなどでネイティブ広告に
ついてもコメントするので、いい加減なことをしたらすぐ
指摘される。
・イベント「クオーツ・ライブ」にも力を入れている。
・今年、インドに進出。
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④(1)Quartzから学ぶべきこと
・デジタルメディアもリーンスタートアップできる時代に入った。
→優れたコンセプトをもったリーダーのもとに、優秀な人材が
結集すれば、短期間のうちに読者を獲得できるように
なった。
→ただし、技術やアイデアはすぐにマネされて陳腐化する。
→「インスティトゥーション」として評価されるようになるまで、
独自のスタイルとコンテンツを積み重ねていくのが大事。
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④(2)イマーシブ・ジャーナリズム
・マルチメディアを駆使して読者をストーリーに没頭させる
ジャーナリズム。
・NYTのSnow Fallが代表例:
http://www.nytimes.com/projects/2012/snowfall/#/?part=tunnel-creek
・フランク・ローズ『のめりこませる技術-誰が物語を操るのか』
(フィルムアート社)は「イマーシブ」を理解する上で必読の書。
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④(3)解説ジャーナリズム(1)
・データに基づくニュース解説に力を入れる流れが顕著に。
・解説ジャーナリズムの3つのパターン
①データに基づく分析
例:FiveThirtyEight
http://fivethirtyeight.com/
→2008年と2012年の大統領選挙の予想で大成功を収めた
Nate Silverが主宰するサイト。著書に『シグナル&ノイズ』
(日経BP社)がある。
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④(3)解説ジャーナリズム(2)
②読者が自ら情報を読み解くツールの提供
例:The Upshot(NYT)
http://www.nytimes.com/upshot/?_r=0
→家を買うのと部屋を借りるのとどちらが得かを、読者が
様々なデータを入力して検討できるツール:
http://www.nytimes.com/interactive/2014/upshot/buyrent-calculator.html?abt=0002&abg=1
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④(3)解説ジャーナリズム(3)
③ニュース事典
例:Vox
http://www.vox.com/
→「カードスタック」という事典を用意。
→黄色はカードスタックを参照せよとの印。ニュースの
文脈が分からない読者は、こちらで知識を補う。
QuickTake (Bloomberg)
http://www.bloombergview.com/quicktake
→1つの項目を、The Situation、The Background、The
Argument、The Reference Shelfで構成。
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④(3)解説ジャーナリズムの危うさ
・社会科学の研究者は、膨大な時間をかけて研究し、統計学的
に有意なデータ分析を提示する。解説ジャーナリズムの記事
は量産されすぎているきらいがある。
・視点の取り方によってデータは複数の解釈が可能である。
データを鵜呑みにするのは危険。
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④(4)若者に支持されるVice
・サイト:http://www.vice.com/en_us
・18-34歳を主要なターゲットにした若者向けサイト。政治から
エロまで幅広くカバーし、急成長中。ビデオに力を入れる。
・既存の報道機関の国際報道には見向きもしない若者が、Vice
だと長尺のシリアスなドキュメンタリーに見入っている。
例:「南スーダンを救う」
http://www.vice.com/the-vice-report/saving-south-sudan-part-1
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④(4)メディアは
文化の成長とともに発展する
・Viceの下品さについていけない人は少なくない。だが、
それでもViceに注目する必要がある。なぜなら、Viceは周縁
から中心を再活性化させているからである。
→文化は猥雑な周縁から出発し、徐々に洗練されて完成の
域に近づくとともに、生命力も失っていく。
→意識的に猥雑さを取り込み、文化が成長するのに寄り添って
メディアも成長する努力が必要。
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④(5)ネイティブ広告
・日本で言うところの記事体広告。
・ネイティブ広告の効果理論を整備しないと、広告料金が
値崩れする恐れがある。
・米国雑誌編集者協会は、読者が記事とネイティブ広告の違
いを明確に理解できるようにすることを加盟誌に求めている。
・WSJのマネージング・エディター、Gerald Baker
の発言(2013年9月):
http://www.capitalnewyork.com/article/media/2013/09/8534
047/wall-street-journal-editor-gerard-baker-decries-nativeadvertising-fau
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④(5)Gerald Baker発言
広告主は、WSJ、FT、Bloombergといった報道機関が尊敬され
ているから、こうしたブランドと関わりを持とうとしてWSJに広告
を出したいと考える。
もし、広告主がこうした報道機関のデジタル版やプリント版の
運営を操作したら、何がニュースで何が広告か読者を混乱
させることになる。
そして、読者の信頼という、広告主がこうした報道機関に広告
を出したいと考える理由そのものが消えてなくなってしまう。
→だがその後、WSJもネイティブ広告を導入。
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⑤媒体の価値を上げる努力を
・ネットジャーナリズムをめぐる議論は、仕掛けや仕組みに
興味が集まりすぎている。
・マスを対象としたメディアの全盛期は終わったので、ターゲット
をしぼって媒体の価値を上げることによって利益を増やす
方向に転換すべきである。
・どんな分野でも、まず最高の仕事に接し、その上で自ら何を
するかを考えるべき。
・The New Yorkerの部数は1998年には81万3千部だったのが、
現在は104万9千部にまで増えている。
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⑤媒体の価値をいかに上げるか
・一般全国紙は通信社型の体質から雑誌型の体質に転換
すべきである。
・地方紙は街興しの拠点としての役割を強化すべきである。
・テレビは、NHKがPBSの発想を取り入れ、民放と適切な
棲み分けをはかるべきである。
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⑤日本だけを市場とするのは危険
・メディアは基本的にはローカルビジネスであるのは確か。
・だが、人口が減少し、地震のリスクもある日本では、日本
だけで商売するのは危険である。
・日本の情報を英語で発信しないと、国益上の不利益を被り、
日本経済の発展も望めない。
・海外に投資してリターンを得ることも考えるべきである。
→そのためにはニューヨークに根を張るのが不可欠。
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