4-1-2 魚野川におけるアユ不振原因の解明 伊藤陽人・小池利通・樋口正仁・野上泰宏・森直也 新潟県内水面水産試験場 要 旨 魚野川では,アユ種苗の放流を行っているにも関わらずアユの漁獲が不良な漁場が顕在化してい る。このため,アユの漁獲が良好な漁場と不良な漁場において,漁獲量や生息密度と水質,付着藻 類の現存量,流速および河床材料の粒度組成の関係から不良の原因を調査した。その結果,不良な 漁場は,良好な漁場と比べてアユの生息密度が低く,そもそもアユが生息していないために不良で あると考えられた。しかし,不良な漁場の水質や付着藻類の現存量等は,それだけでアユの生息密 度を低下させるような差が良好漁場との間ではみられなかった。一方,不良な漁場では流速が速い だけでなく,浅い場所が消失し,小型アユの生息には適さない漁場になっている可能性が考えられ た。河床材料との関係では,粒度組成が細粒化するとアユ漁獲量が減少する傾向がみられた。河床 材料の中では,長径 25-50cm の巨石と 0.4cm 未満の砂泥の多寡とアユ漁獲量との間に有意な関係が 認められ,巨石が多いと漁獲量も増加し,砂泥が多いと漁獲量は減少する傾向であった。今後,漁 場を改善するには巨石投入や河床改良が考えられる。しかし,大規模な河床改良は土砂の流出を招 く恐れもあることから,河川それぞれの特性を踏まえた漁場改善効果の把握が重要であろう。 1.はじめに 魚野川は,信濃川の支流で全長約 70km の河川である(図1)。流入する主な支流としては,水 無川,三国(さぐり)川および登川があげられる。魚野川では,友釣りをはじめとしたアユ漁が盛 んに行われ,アユ種苗の放流は下流の信濃川合流点付近から上流の湯沢町岩原地区まで広い範囲で 行われている。しかし,平成 14 年以降,放流を行っているにも関わらずアユの漁獲量が減少し, 堀之内 浦佐多聞橋 上・下 新潟 大巻 信濃川 佐梨 水無川 三国川 六日町旭橋 塩沢前島橋 大沢坪池橋 魚野川 三国川ダム 登川 石打姥島橋 魚野川本流 図1 本研究における魚野川の調査地点 60 漁獲の不良が続く漁場が顕在化してきた。 100 三国川合流点より下流 特に,三国川合流点より下流側で大きく減 三国川合流点より上流 漁獲量 トン 少し,上流側と比較して減少の程度が著し い(図2)。 河川生態系は,様々な要因の複雑な相互 50 作用によって成り立っているが,河川環境 に影響を与える要因の1つに河川工作物 の設置がある。魚野川本流のアユ漁が行わ 0 れている水域では,アユの移動を遮る河川 1979 1984 1989 1994 1999 2004 年 工作物は設置されておらず,天然遡上魚も 図2 魚野川におけるアユ漁獲量の推移 漁獲されている。一方,魚野川の支流にお いてはダムや砂防堰堤が近年設置されている。特に,水無川と登川については流出土砂が多いこと から,堰堤等の砂防施設が多数設置され,三国川には三国川ダムが平成4年に竣工した。一般に, アユの生息には瀬や淵が発達した河川環境が必要とされているが,近年の河川環境やアユの漁獲の 実態については明らかになっていない点が多い。そこで本研究では,アユの釣獲状況や生息密度と 河床材料の粒度組成との関係に着目し,アユ漁獲不良の解明に取り組んだ。 2.アユの漁獲量と生息密度の関係 漁獲不良の実態をまず考えてみると,1つはアユが生息しているのだが釣れにくい状況が考えら れ,もう1つはそもそもアユが生息していない状態が考えられた。しかし,漁業者から,漁獲不良 の漁場ではアユの姿を見かけないという話を伺っていたことから,不良漁場ではアユの生息密度が 小さく,漁獲量は生息密度が高いと増えると予測された。そこで,友釣りによる漁獲調査と潜水目 視による生息密度調査を行った。調査対象の漁場は,漁業者の情報により,良好漁場とされる石打 姥島橋,不良漁場とされる大巻,浦佐多聞橋上流または下流,佐梨および堀之内とした。漁獲調査 は魚沼漁業協同組合(魚沼漁協)に依頼した。調査期間は平成 20 年,21 年の7月 10 日から8月 31 日の間で,調査員は各漁場5名,調査時間は2~4時間とした。平成 20 年の調査は石打姥島橋 と佐梨,平成 21 年では石打姥島橋, 7 佐梨および堀之内で行った。分析に 6 は,釣獲個体数を調査員の人数と調 査時間で除した CPUE を用いた。生 息密度調査は,各調査漁場において 7月 10 日のアユ解禁日直前にライン 観測による潜水目視を行い,漁場 1m2 あたりのアユ生息密度を求めた。 2か年の調査の結果,アユの生息 密度が増加するほど CPUE が大きな CPUE 尾/人/時間 大巻,浦佐多聞橋上流または下流, y = 2.256x + 1.573 R² = 0.444 P=0.001 5 4 3 2 1 0 0.001 0.01 0.1 1 2 生息密度 尾/m 生息密度 尾/m2 値となる正の回帰関係が認められた 図3 アユ生息密度と CPUE の関係 61 10 (図3)。調査した漁場間の地理的な距離は近く,アユ種苗の放流は魚野川の広い範囲で行われて いることから,漁場への加入条件に大きな差異はないと考えられた。一方,アユの生残に大きな影 響を与える冷水病は調査期間中に確認されなかった。これらのことから,不良漁場ではアユの生息 密度が低いために漁獲量が少ないと考えられた。 平成 20 年の石打姥島橋と佐梨のアユ生息密度は, それぞれ 1.17 尾/m2,0.06 尾/m2 であった。平成 21 年の石打姥島橋,大巻,浦佐多聞橋下流,佐梨 および堀之内では,それぞれ 0.85 尾/m2,0.007 尾/m2,0.15 尾/m2,0.016 尾/m2 および 0.015 尾/m2 で あった。これら2か年の潜水目視調査から,漁業者による漁場の良好,不良の判断と実際のアユ生 息密度は一致していることが明らかになった。 3.良好漁場と不良漁場の環境比較 漁場における生息密度の低下が漁獲不良を招く要因の1つであると考えられた。しかし,アユ生 息密度の低下を招く要因については不明のままであった。そこで,平成 20 年7月に,アユ生息密 度に約 20 倍の差がみられた石打姥島橋と佐梨において,水質,付着藻類現存量,流速および河床 の構成材料を調査した。流速および水深の測定は,河川横断面に沿った調査測線をそれぞれの漁場 で3本設定して行った。石打姥島橋では測線上を河岸から1m間隔で,1点法により流速を測定し た。佐梨では,河岸から2m間隔で,水深 75cm より浅い地点は1点法,75cm より深い地点では2 点法により測定した。河床材料の粒度組成は,方形枠内の河床状態を目視により観察した。 水質調査の結果,懸濁物質(SS)および栄養塩濃度については佐梨の値が石打姥島橋より大き く(表 1),水産用水基準(2005)と照合すると,石打姥島橋の pH,全窒素(TN),佐梨の NH4-N, TN および全リン(TP)の値が基準値を越えていた。また,付着藻類現存量,一次生産力,シルト 量およびシルト堆積量については,不良漁場である佐梨の値が高かった。しかし,両漁場のアユの 生息密度には約 20 倍の差異があることから,その他の環境条件についても検討を要すると考えら れた。流速については両漁場で差異が認められた。良好漁場である石打姥島橋の平均値は 51.7cm/ 秒であった。それに対し,不良漁場である佐梨では 78.7cm/秒と速い傾向がみられた。最高の流速 は石打姥島橋で 136.7cm/秒,佐梨で 表 1 石打姥島橋と佐梨の水質比較 128.5cm/秒と大きな差がみられなか ったのに対し,最低の流速は石打姥 島橋で 2.8cm/秒,佐梨で 36.4cm/秒と 顕著な差がみられた。また,データ のばらつきを表す不偏分散は,石打 姥島橋で 0.14 と算出されたのに対し, 佐梨では 0.07 と算出された。これら のことから,佐梨では流速が石打姥 島橋と比べて速い傾向にあるだけで なく,水深が浅い場所および水深が 深く,かつ流速の遅い場所が消失し ていると考えられた(図4)。佐梨 で認められた流速の状態がアユの生 乾燥重量 SS (mg/l) 強熱減量 灰分量 NH4-N NO2-N NO3-N 栄養塩濃 度 (mg/l) PO4-P TN TP pH 水温 濁度 BOD (mg/l) 付着藻類現存量 (g/m2) 一次生産力 (g/m2/日) シルト量 (g/m2) シルト堆積速度 (g/m2/日) 62 石打姥島橋 好ましさ 1.96 0.99 0.97 > 0.000 > 0.000 > 0.257 > 0.005 > 0.306 > 0.005 > 7.9 16.5 < 0.0 0.7 3.8 < 3.4 < 3.3 > 29.5 > 佐梨 3.23 1.23 2.00 0.026 0.005 0.360 0.019 0.496 0.030 7.3 20.2 0.0 0.7 5.8 5.2 5.6 32.9 息に与える影響を考えてみると,それを推 1.5 測する方法の1つにアユの遊泳速度との 姥島橋 佐梨 流速 m/秒 比較がある。遊泳速度には,長時間出すこ とのできる巡航速度と瞬間的にだけ出す ことのできる突進速度に分けられ(廣瀬・ 1.0 0.5 中村 1991),アユの生息条件を考える上 では巡航速度が適していると考えられた。 0.0 0.0 アユの巡航速度は 6.1 BL(体長)cm/秒およ び 7.6 BL cm/秒という目安があり(廣瀬・ 中村 1991),体サイズとの比例関係で表 されている。佐梨での最低流速が 36.4cm/ 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 水深 m 図4 平成 20 年7月に測定した姥島橋と佐梨の水深と 流速の関係 秒であったことから,佐梨で長時間泳ぎ続けることのできるアユの体長は,4.8 から 6.0cm 以上で あると推測された。これらのことから,石打姥島橋では流速の遅い場所から速い場所まで存在し, 様々な体サイズのアユの生息が可能と推測された。一方,佐梨では平均流速の値から,体長 12.9cm 以下の小型アユの生息には適さない漁場となっている可能性が考えられた。 河床材料の粒度組成を観察した結果,石打姥島橋付近では砂利から岩まで粒度が大きく異なる材 料で河床が構成されていたのに対し,佐梨では長径 0.4~25cm の砂利や石で河床が構成され,巨石 や岩など大きな河床材料は観察されなかった。 以上のように,良好漁場と不良漁場を代表する地点で環境調査を行った結果,水質指標には著し い差異は認められなかった。それに対し,流速や河床材料の粒度組成に関しては2つの漁場間で差 異が認められ,アユの生息と河床材料との間に何らかの関係がある可能性が考えられた。しかしな がら,河床材料の粒度組成とアユの漁獲量に関する定量的な分析は行われていなかった。そこで, 次にこれら2つの関係について調査を行った。 4.河床材料の粒度組成とアユ漁獲量の関係 河床材料とアユの漁獲量に関する調査は,平成 21 年に石打姥島橋,大沢坪池橋,塩沢前島橋, 六日町旭橋,大巻,浦佐多聞橋上,浦佐多聞橋下,佐梨および堀之内の計9カ所の漁場で行った。 河床材料の粒度組成は面積格子法を用いた写真計測法によって行った。調査漁場では,1.0m×1.0m の枠内を 10cm メッシュに区切った方形枠をサイズの大きい河床材料が入るよう河川敷の水際に敷 設し,デジタルカメラを用いて鉛直方向から 10 地点撮影した。得られた画像から,面積格子法を 用いて方形枠内にある堆積物を抽出し, 調査漁場ごとに堆積物数 の平均値を求めた。 この平均値をカウント数として漁獲量との関 係を分析した。各漁場で調査される面積が同一であることから, カウント数が少ない漁場ほどサイズの大きな堆積物の割合が高 いことを意味している。さらに,抽出された堆積物については竹 門ほか(1995)を基にした簡便階級で区分し(表2),各区分の カウント数と漁獲量との関係も分析した。漁獲量については,平 成 21 年7月5日に行われた友釣り試験採捕の漁獲量および平成 63 表2 粒度組成の簡便階級 区分 岩 巨石 石 砂利 砂泥 長径 cm 50以上 25-50 5-25 0.4-5 0.4未満 7 7 y = 0.716x + 1.058 R² = 0.462 P=0.002 6 y = -0.084x + 7.640 R² = 0.502 P=0.001 5 CPUE 尾/人/時間 CPUE 尾/人/時間 6 4 3 2 5 4 3 2 1 1 0 0 40 50 60 70 0 80 1 2 3 4 5 巨石カウント数 カウント数 図6 巨石カウント数と CPUE の関係 図5 カウント数と CPUE の関係 21 年7月 10 日から8月 31 日までの友釣りの漁獲量を魚沼漁協組合員から聞き取った値を用いた。 まず, 各漁場のカウント数と漁獲量との関係を調査した結果, カウント数が大きくなるほど CPUE が小さな値を示す負の回帰関係が認められた(図5)。このことから,粒度の小さな材料で河床が 構成される漁場ではアユの漁獲が少なくなると推定された。一方,アユの漁獲の多い漁場の粒度組 成を把握するため,粒径の区分ごとに解析した 7 間に有意な回帰関係が認められた。巨石につい 6 CPUE 尾/人/時間 結果,巨石と砂泥の2つの粒径区分と CPUE と ては,カウント数が大きくなるほど CPUE が増 加する正の回帰関係がみられた(図6)。それ に対し,砂泥の場合はカウント数が大きくなる ほど CPUE が減少する負の回帰関係が認めら れた(図7)。これらの結果から,アユの漁獲 y = -0.097x + 2.804 R² = 0.220 P=0.049 5 4 3 2 1 が多い漁場には,長径 25-50cm の巨石が多く存 0 在し,長径 0.4cm 未満の砂泥が多い漁場では漁 0 5 10 獲量が少なくなると推測された。以上のことか 15 20 25 砂泥カウント数 図7 砂泥カウント数と CPUE の関係 ら,魚野川においてアユの漁獲不良を引き起こ す要因の1つとして,河床材料の粒径分布の 100 細粒化,巨石の減少や砂泥の増加が推測され また,本調査では流程に沿った河床材料の 料の粒度組成は,上流から下流にかけて細粒 化するのが一般的な傾向である。魚野川では 80 63 54 60 45 36 40 27 18 20 カウント数 粒度組成の変化についても分析した。河床材 巨石 石 砂利 砂泥 カウント数 72 漁場に占める割合 % た。 81 9 河床材料のカウント数が下流側に向かうに 0 従って単調に増加する傾向は認められず(図 0 0 8),砂泥の割合が高い漁場が魚野川中流域 10 20 30 40 50 信濃川合流点からの距離 km でも確認されている。これらのことから,河 図8 魚野川における信濃川合流点からの距離と河 床材料の細粒化は流程に沿って進行してい 床材料の粒度組成との関係 64 るのではなく,漁場周辺の河川環境も関わっていると考えられた。 5.まとめ 本研究で調査した魚野川の本流部は,ストリームオーダー(Strahler 1963)で4~5となり,本事 業では「大きな川」に分類される。調査の結果,魚野川では漁獲不良と関連する環境要因の1つと して,河床における巨石の減少や砂泥の増加など,河床材料の細粒化が考えられた。さらに,不良 漁場では流速が一様に速い特徴が認められた。河床材料が細粒化し,平坦化した水路のような漁場 では流速の遅い場所が少なく,体サイズの小さな種苗を放流しても生息場所や隠れ家(レフージ) がなく,アユが漁場に定着できない可能性が考えられる。 本研究によって,河床材料の細粒化がアユの生息に影響をおよぼしていると考えられたが,魚野 川本流で一様に細粒化が起こっていなかったことから,河床材料の粒度組成は流況や土砂動態の複 雑な相互作用によって支配されていると考えられた。相互作用の1つの例として,上流側の土砂供 給状態が変わることによって,下流側の粒度組成が変化することが考えられる。例えば,堰や砂防 堰堤の設置により,粒径の大きな河床材料の供給量が減り,淵も次第に消滅して平らな河床に変化 する(浅枝 2010)。また,上流部の地質構造が砂やシルトを主体としていれば,下流側の漁場の 砂泥の堆積が促進される可能性も考えられる。従って,河床材料に影響を与える要因を明らかにす るには,上流側の土砂供給の特性や河川工作物の設置状況,および漁場における河床攪乱頻度を調 査する必要があると考えられた。 近年の河川環境の変化に伴い,漁獲不良となる漁場の存在が明らかになってきた。そして,漁獲 不良となった漁場の特徴の1つとして,巨石が少ないことが明らかになった。このことから,不良 漁場を改善する1つの方策として,巨石の投入や埋まった石を掘り起こす河床耕耘により,河床に 巨石を増やすことが考えられる。アユでは産卵床の造成のための河床耕耘が行われているが,生息 場所の確保を目的とした河床耕耘は行われていない。生息場所を確保するために大規模な河床改良 を行った場合には,土砂の流出による河床低下や露盤化を招く危険性も危惧される。従って,巨石 の投入や河床改良については今後,河川それぞれの特性を踏まえた漁場改善効果の把握が重要であ ろう。 一方,本研究で用いた方形枠とデジタルカメラによる粒度組成の測定は,入手しやすい機材によ る簡便な手法である。この手法は専門的な知識や機材を要しないことから,漁協組合員や NPO 団 体等の市民による調査にも適していると考えられる。今後,本研究で用いた簡便な手法によって, 市民自らも河川の河床材料を調査し,漁場の評価を行うことで,漁場環境が保全,改善されること を期待したい。 謝 辞 本調査を行うにあたり,魚沼漁業協同組合の皆様,中央水産研究所の阿部信一郎博士,埼玉大学 大学院の浅枝隆博士,内田哲夫氏には大変お世話になった。ここで厚くお礼申し上げる。 65 6.引用文献 浅枝 隆. 河川環境の長期変動とアユ漁獲状況との関連解析. 平成 21 年度漁場環境調査指針作成事 業実績報告書, P125(2010) 廣瀬利雄,中村俊六. 魚道の設計.170-171p.山海堂,東京(1991) 竹門康弘,谷田一三,玉置昭夫,向井宏,川端善一郎. 棲み場所の生態学, p31, 平凡社,東京 (1995) Strahler, A. N. The Earth Sciences. Harper & Row, New York, NY(1963) 66
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