国内企業における統合報告への挑戦 - ESGコミュニケーション・フォーラム

IR
ESGディスクロージャーの現状(11)
国内企業における統合報告への挑戦
江森 郁実
ディスクロージャー研究二部 ESG担当 <目次>
国の開示規制や上場規則等とも関連しており、国内
はじめに
でもコミュニケーション戦略によって各社で違いが
1 国内における統合レポート発行状況
出ている状況です。本稿では、国内統合レポートの
1.1 発行企業のプロフィール
報告体系にフォーカスし、統合レポートとその直接
1.2 作成の動機
的な関連文書に絞り、調査を行います。また様々な
1.3 国内統合レポートの報告体系
チャレンジが始まっている中で、1つの特徴的な事
2 株主通信型の統合レポート事例
例として、株主通信型の統合レポート事例を確認し
2.1 株主通信とは
ます。なお、本稿の中で意見に関する部分は筆者の
2.2 事例紹介:フロイント産業
私見であることをあらかじめお断りいたします。
おわりに
1 国内における統合レポート発行状況
1.1 発行企業のプロフィール
はじめに
2 0 1 0 年 にIIRC(International Integrated
国内の統合レポート発行企業数は増加傾向にあ
Reporting Council:国際統合報告評議会)が設
ると考えられますが、定義が明確にされているわ
立したことに端を発し、日本企業においても統合報
けではないため、その数値をいくつかの側面から
告の実践が急速に広がり始めています。国際統合報
確認していきます。
告フレームワークも2013年12月に公表予定とさ
編集方針等で、統合レポートである旨や、財務
れていますが、その内容は原則主義で詳細を規定し
情報と非財務情報を統合的に報告していると説明
ているものではなく、企業がそれぞれ主体的に報告
している「自己表明型」の統合レポートの推移は
内容を検討する必要があると思われます。
以下の通りで、ここ1,2年で急増していることが
報告媒体もまた個々の企業によって様々になるこ
分かります。
とが予想されます。グローバルに事例を見ると、各
グラフ1:国内統合レポートの発行企業数
80
73
70
60
56
50
40
33
30
20
10
0
1
1
2004
2005
5
2006
10
11
2007
2008
16
2009
23
2010
2011
2012
2013
(見込み)
出典:ESGコミュニケーション・フォーラム「レポート情報」に、各社HPを参考に2013年版データを追記。
2013年のデータは2012年の社数に8月末時点の新規発行社数を加えた数値。
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この他、最近では企業向けの各種アンケートに
IR活動の実態調査(2013年度)」でも、アンケー
も統合報告への取り組みの有無を問う質問項目が
トに回答した上場企業902社のうち、96社が統
設けられています。東洋経済新報社が毎年実施し
合レポート(ARとESGなどについて記したCSR
ている「CSR(企業の社会的責任)調査」にも、
報告書を1 冊にまとめたもの)を作成済または作
2012年から「財務諸表とCSR 報告の統合レ
成予定と回答しています。いずれの調査からも
ポートの発行について」という質問項目が追加さ
2013年版においては100社前後が作成すると
れています。これについて、アンケートに回答し
見込まれます。
た1,128社(上場1,073社、未上場55社)のう
自己表明型統合レポートの発行企業のプロフ
ち、100社が「作成」
、87社が「作成予定」と
回答しています。また、日本IR協議会「第20回
ィールについて確認します。
グラフ2:国内統合レポート発行企業の業種別内訳
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
1
5
1
2
31
9
5
4
2
9
12
9
3
7
エネルギー資源
建設・資材
素材・化学
医薬品
自動車・輸送機
鉄鋼・非鉄
機械
電機・精密
情報通信・サービスその他
電気・ガス
運輸・物流
商社・卸売
小売
銀行
金融(除く銀行)
出典:東証HPを参考に筆者作成。
グラフ3:IIRCパイロットプログラム参加企業の業種別内訳
2
■ 石油・ガス
7
■ 原材料
11
27
■ 工業
■ 消費者製品・サービス
■ 健康・医療
12
8
6
5
■ 通信・技術
■ ガス・水道・電気
■ 金融
出典:IIRCパイロットプログラム2012年イヤーブック
業種別に見ると、国内では製薬メーカーの発行
には金融の取り組みが多く、一企業の取り組みだ
が目立ちます。その要因として、グローバルに
けでなく安定的な市場における役割も重要視され
リーディング企業がいること、他業種と比較して
ること、規制業種で法定開示情報量が多すぎるた
研究開発の期間が長く、製品そのものが命と関わ
めに簡潔なレポートへのニーズが高いこと等が要
っているため、非財務情報も含めた開示を進める
因として推察されます。
素地があったこと等が考えられます。グローバル
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グラフ4:国内統合レポート発行企業の外国人持株比率別内訳
25
22
20
18
17
15
10
7
7
5
0
~10%
10%~20%
20%~30%
30%~40%
40%~
出典:ESGコミュニケーション・フォーラム「レポート情報」を元に、直近で発行された有価証券報告書を参
考に筆者作成。非上場2社を除く。
統合レポートの目的の1つに海外投資家との対
の水準になっていますが、それと比較して、統合
話促進があります。取引所が公表している「平成
レポート発行と外国人持株比率の強い相関は見ら
24年度株式分布状況調査」によれば、外国法人
れません。
等の株式保有比率の平均値は28.0%と過去最高
グラフ5:国内統合レポート発行企業の海外売上高比率別内訳
25
23
21
20
16
15
11
10
5
0
~20%
20%~40%
40%~60%
60%~
出典:ESGコミュニケーション・フォーラム「レポート情報」を元に、直近で発行された有価証券報告書を参
考に筆者作成。非上場2社を除く。
また、アニュアルレポートが日本企業にとって
1.2 作成の動機
は海外取引先への会社案内の役割も果たしてきた
IIRCが提示した国際統合報告フレームワーク公
経緯も踏まえると、海外売上高比率とも少なから
開草案においては、統合報告の主たる想定利用者
ず関連があると思われます。海外売上高比率の平
は「財務資本の提供者」とされています。設立の
均値は、国際協力銀行「わが国製造業企業の海外
きっかけもリーマンショックや欧州金融危機にあ
事業展開に関する調査報告」によれば、2011年
り、基本的には長期投資家が想定利用者の中心に
度実績見込みで35.9%となっています。全体と
置かれていると思われます。しかし、実際には
しての相関はあまり見られませんが、先ほどの
様々な狙いを持っている企業が多く見られます。
データと併せて見ると、統合レポート発行企業は
日本企業が統合報告に取り組む理由として、大き
外国人持株比率か海外売上高比率のいずれかが高
く以下の3つが挙げられます。
い傾向が見られます。
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① 投資家を始めとした社外のステークホルダー
んが、IIRCパイロットプログラム参加の海外事例
に対し、企業価値を長期的かつ包括的に伝達
を見ると、エグゼクティブサマリー版やコンサイ
する
ス版を別途作成している企業も見られます。また、
海外の特に年金基金のような長期機関投資家へ
詳細なレポートは別冊として、参照レポートを明
リーチしたいと考える企業は、投資家からの要請
示する事例もあります。Novo NordiskではHP
対応として、統合報告やESG情報開示に積極的
上で、“Additional Reporting”というリストを
に取り組んでいます。また投資家に限らず、リク
統合レポートのダウンロードページで併記させて
ルートや取引先といったその他のステークホル
います。
ダーに対しても包括的な企業情報を伝えたいとい
国内も同じく、統合レポートとそれを補足する
う企業サイドのニーズも高まっていることも要因
参照レポートで構成している事例が多くありま
と考えられます。
す。報告体系を見るとおおよそ以下の3パターン
に分類できます。
② 社内の経営改革を促すツールとして活用する
従業員を第一読者と設定して、統合報告に取り
組む企業も実際には多くあります。これは日本だ
けの傾向ではなく、IIRCパイロットプログラム参
① 統合レポート+詳細なCSR情報のレポート
参考事例:武田薬品工業
統合レポートに掲載したCSR情報だけでは、
加企業でも同様です。IIRCとブラック・サンの共
SRIファンド等のCSR専門家に対応できないた
同調査結果では、
「統合報告は、戦略、内部管理、
め、別途CSRデータブックを作成。
IT、IR、財務、サステナビリティ、広報等各部署
のサイロ化した仕事のやり方の克服に資する」と
回答した企業が93%もあり、社内管理上の利点
② 統合レポート+詳細な財務情報のレポート
参考事例:三菱商事
を挙げる企業も多いことが分かります。特に大企
統合レポートには財務情報はハイライトのみを
業ほど事業部間や本社との繋がりが希薄になりや
掲載し、財務セクションは有価証券報告書を参照
すく、それを打破するための試みとして取り組ま
するようにナビゲート。別途ファクトブックやフ
れています。また、日本企業は既に多くの任意開
ィナンシャルレビューを作成するケースもある。
示媒体を作成しており、統合報告を契機に開示媒
体を整理し、費用対効果を高める試みにも繋がっ
ていると思われます。
③ 統 合レポート+詳細な財務・CSR情報のレ
ポート
参考事例:TOTO
③ コスト削減を主としたトレンド追従
単にトレンドを表面的になぞっている企業も少
統合レポートは簡潔なものとして、詳細な財務
情報やCSR情報は別冊としている。
なからずあります。アニュアルレポートとサステ
ナビリティレポートを両方作成している企業の場
日本において統合レポートは任意開示書類であ
合、単純に2冊を1冊に合冊すれば制作費や印刷
るため、全ての情報が1冊に盛り込まれることは
費はある程度抑えることができますが、作成にか
あまり想定されず、報告体系としてはある程度パ
かわる労力は逆に増えることが予想されます。し
ターン化できます。しかしこれを分かりやすく明
かしその作成プロセスは、意識的に進めれば社内
示している事例ばかりではないのが実態です。ウ
改革に役立つものと考えられます。IIRCも統合報
ェブに情報があふれている中、適切なナビゲート
告の作成当初は一時的に開示コストは増大します
を行うことが必要だと考えられます。統合レポー
が、長期的には下がっていくものだと考えている
トを発行している日本企業のうち、明確に全体の
とのコメントをしています。
報告体系を示しているのは2013年版を発行済の
52社中22社に留まります。
1.3 国内統合レポートの報告体系の動機
統合レポートそのものは「簡潔なコミュニケー
ション」とされていますが、開示全体を考えれば、
統合レポートに示されている編集方針やウェブ
でのナビゲート等を参照すると、52社の報告体
系の内訳は以下の通りになります。
統合レポートだけで完結することは想定されてい
ません。特に頁数等が具体的に示されてはいませ
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表1:国内統合レポート発行企業の報告体系別社数と統合レポートの平均頁数
統合レポート+CSRレポート
統合レポート+財務レポート
統合レポート+CSRレポート・財務レポート
統合レポート+参照webを明記
統合レポート単独
7社
122.7頁
7社
101.7頁
14社
60.4頁
8社
80.4頁
16社
76.9頁
出典:各社HPより筆者作成。2013年版レポートを参照。レポートはPDF等で年次ファイルとしてまとまっ
ているもののみカウント。財務レポートには有価証券報告書等の法定開示書類も含む。
報告体系は各社のコミュニケーション戦略に基
づくもので、バラつきが見受けられます。ただし
が株主に送付する主な通知物として、
「株主通信」
「事業報告書」「招集の添付書類」の3つが挙げら
一般的な潮流として、統合レポートは簡潔さが求
れ、これらを合計すると、1,338社(72.5%)
められるため、CSR情報、財務情報とも詳細は
の企業が何らかの通知物を発送していることにな
別レポートを参照としている事例が多いようで
ります。資本金別に見ても、必ずしも相関してい
す。それは統合レポートの平均頁数の違いからも
るわけではありません。ただし、発送頻度や媒体
見て取れます。このほか、別途統合レポートのサ
のボリューム等は規模や業態、IR方針として個人
マリーを発行している企業は4社あります。
株主を重視しているかどうかによって異なると思
われます。
2 株主通信型の統合レポート事例
コンテンツについても東日本大震災を契機に、
日本企業が作成する統合レポートの多くは、従来
個人投資家の間でもCSRに対する認識が広まり、
から海外投資家とのコミュニケーションツールとし
ここ数年でCSR情報も増えてきています。また、
て作成していたアニュアルレポートを進化させてい
法定開示書類には掲載できないような将来情報や
ますが、アニュアルレポート自体はTOPIX500の
長期的な情報の掲載も増えています。
うちでも300社弱程度しか作成しておらず、幅広
い日本の上場企業の実務に根付いているものではあ
りません。統合レポートの国内発行企業を見ても、
ある一定規模以上の企業が多いのが実態です。
2.2 事例紹介:フロイント産業
日本企業として4社目にIIRCパイロットプログ
ラムへ参加したフロイント産業は、医薬品製剤用
しかし統合報告の目指す、
「長期的企業価値をコ
の造粒・コーティング機械の開発と製造販売を主
ミュニケーションする」 ことは規模の大小を問わ
事業とするジャスダック上場企業です。パイロッ
ず、企業にとって重要なことだと思われます。IRの
トプログラムに参加した会計期の報告書として、
側面を考えると、持ち合いの解消や、日本株アナリ
初めての統合レポートである「フロイントレポー
ストの減少といった現状を踏まえれば、むしろリス
ト2013 2013年2月期統合報告」を発行しま
クマネーが必要なのは中堅企業で、統合報告はそこ
した。これまで「ビジネスレポート」として主に
で活用できると考えられます。そこで特徴的な取り
個人株主向けに作成していた、いわゆる株主通信
組みの1事例として、株主通信を活用した事例をご
の代わりに作成されたものです。
紹介します。
<制作担当者へのヒアリング>
2.1 株主通信とは
日本企業が従前から株主・投資家に対して任意
に作成してきた媒体の1つに「株主通信」があり
ます。元々、株主総会後に招集通知の添付書類の
フロイントレポート2013の作成に携わり、
IIRCカンファレンス等にも参加しているIR部門の
実担当者にヒアリングを行いました。
パイロットプログラムへの参加のきっかけは、
一部を抜粋して、決議通知とともに送付していた
2012年秋、IIRCの主要メンバーが来日して開催
ものでしたが、近年では「株主通信」として個人
された大規模シンポジウムを聴講したことで、業
投資家にも分かりやすく、見やすいものに変化し
績が堅調にも関わらずPBR(株価純資産倍率)
てきています。発行回数も半期や四半期毎に作成
が低く推移していることや、金融機関が株を手放
している企業もあります。
し始めていたこともあり、IRの重要性を感じてい
2012年総会白書によると、株主総会後に企業
たところで、その1つの手法として統合報告への
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チャレンジを始めたそうです。IRにおける課題認
の歴史をひも解くことで企業文化を伝えていま
識として、定量的な情報はある程度画一的に伝え
す。
られますが、定性的な情報は格差ができやすいと
いうことを認識しており、機関投資家に対しては
・事業概要(P3-4)
IRミーティングがあるので、まず個人投資家に定
自社のビジネスが社会とどのように関わってい
性的な情報を伝えることを目的に、従来の「ビジ
るかを一文で示しています。具体的なビジネスモ
ネスレポート」 を活用する形式をとられていま
デルの説明では、サプライチェーン全体を示した
す。ただし、
「ビジネスレポート」自体も今後ア
ところで自社が関係する工程を明示し、自社の強
ニュアルレポートに移行する準備段階として作成
みも説明しています。IIRC国際統合報告フレーム
を開始したという経緯もあり、フロイントレポー
ワーク公開草案において、
「基本概念」と「内容
ト2013のような形態をゴールとは考えていない
要素」の1つに「ビジネスモデル」があります。
とのことでした。
制作は2013年3月から開始し、約3カ月で発
「ビジネスモデル」は企業価値創造のプロセスで
あり、非常に重視されています。
行されました。IIRC関係者やESG関連の研究者
ビジネスモデルとして自社の強みや価値を明示
等からアドバイスをもらいながら、ページ構成や
している事例は51社中23社、全体像が把握でき
原稿作成は自社で行い、社内調整も含めて初めて
る形で説明している事例(各セグメントの解説の
の試みで非常に苦労も多かったようですが、営業
みは除く)は5社にとどまります。
の利用がかなり増えるなど、社内で非常に好評と
のことでした。
・財務・非財務ハイライト(P5-6)
参考にしたのはワコールホールディングスの統
統合報告への試みが始まり、非財務情報も財務
合レポートで、1冊を通して非常にシームレスに
情報と同じように、重要な指標やKPIについては
見えたのがその理由だそうです。まずは資本の概
財務指標と併記させる事例が増えています。ただ
念を整理するところから始め、ビジネスモデルや
し、非財務指標については財務指標と比較して数
社会とのかかわり、職場環境について等を工夫さ
は少ない傾向にあり、従業員数や一部環境指標と
れたとのことでした。次年度はボイラープレート
いった、その重要性が広く認識され始めている指
(定型)文言になりがちな、事業等のリスクや対
標に限られているように見受けられます。フロイ
処すべき課題の記述も改善していきたいと考えて
ント産業は従来、3カ年分の財務ハイライトを掲
いるそうです。
載していましたが、フロイントレポート2013で
は、非財務指標を追加したことに加え、5カ年掲
<内容の他社比較>
前年の「ビジネスレポート」と比較し、統合報
財務指標のハイライトはほとんどの事例で掲載
告を志向する中で改善を図ったと見られるポイン
されていますが、財務・非財務ハイライトとして
トを、国内統合レポートとも併せてレビューしま
指標を併記させているのは、国内事例51社中21
す。以下の5つのポイントは統合レポートの中で
社で、掲載年数は5カ年が15社と最も多く、3~
は意識的に開示が進んでいるパートですが、通常
11カ年の範囲で開示されています。統合報告は
の株主通信に記載されることは少ないコンテンツ
長期の企業価値伝達を目的としているため、より
だと思われます。
長期で開示する事例も多いと思われます。
・プロフィール(P2)
・職場環境に対する考え方(P10)
創業からの歴史や自社の特長を簡潔に紹介し、
非財務情報の中でも重要性が広く認識され始め
15カ年の事業戦略と業績の推移を示しています。
ているテーマの1つに従業員があります。フロイ
統合レポートにおいて、自社の経営理念や歴史を
ントレポート2013では、人材育成ビジョンや海
説明している事例は多く、そこに自社の特長が表
外研修といった取り組みを紹介し、育児休暇取得
れると考えられているためだと思われます。
者数データも開示しています。IIRC国際統合報告
統合レポートを発行している日本企業でフロイ
フレームワーク公開草案では、必ずしも全てを定
ント産業を除く51社のうち、31社が経営理念や
量化する必要はないとしています。最初から定量
行動規範等を詳細に解説し、15社が併せて自社
化を求めて形骸化することへの懸念だと推察され
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載するようになっています。
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ますが、投資家や企業のコメントを聞く限り、
データがないと評価や分析は難しく、定量化は中
おわりに
統合報告がにわかに注目を集めている背景には、
長期的には必要になってくるといわれています。
IIRCを始めとしたグローバル動向もありますが、日
従業員について言及しているのは、国内事例
本において政策レベルでの議論がスタートしている
51社中46社で、さらに定量的なデータまで開示
ことも挙げられます。内閣府 経済財政諮問会議下
しているのは30社あります。日本においてCSR
にある唯一の専門調査会である「目指すべき市場経
レポートの主な読者が従業員に設定されていたこ
済システムに関する専門調査会」で、短期化した経
ともあり、従業員情報に対する重要性認識や開示
済システムの見直しが議論されており、その中で統
は既に広がっているように見受けられます。
合報告についても言及されています。個別テーマで
あるコーポレート・ガバナンス強化についてもアベ
・当社のIR活動について(P26)
ノミクスの第三の矢、
「新たな成長戦略(日本再興
フロイントレポート2013はIR活動を紹介する
戦略)」の施策のひとつに位置づけられ、独立性の
パートの中で、IIRCパイロットプログラムへの参
高い社外取締役の導入推進や日本版スチュワードシ
加をコミットメントしています。IIRC国際統合報
ップコードについても検討が進められています。ス
告フレームワーク公開草案は一般にも公表されて
チュワードシップコードとは、機関投資家が対話を
いるため、パイロットプログラムに参加していな
通じて企業の中長期的な成長を促すなど、受託者責
くても参考にしている企業は多いと推察されま
任を果たすための原則としてイギリスで導入されて
す。しかしIIRC国際統合報告フレームワーク公開
いるもので、統合報告がめざしている、中長期的な
草案に対してコミットメントもしくは参照を明示
企業価値を投資家とコミュニケーションすることと
しているレポートは51社中8社となっています。
非常に親和性が高いと思われます。
統合報告はIIRCが義務的開示を前提として議論を
これら5つのポイントは統合報告の議論の中で
行っているものではありません。国内においても制
もホットトピックの1つだと思われますが、開示
度開示となることを前提とはされておらず、企業が
の広がり方にはテーマによって大きく差があるよ
主体的に取り組むこととしてここまで進められてき
うに見受けられます。創業からの企業理念といっ
ました。しかし不安定な市場システムの見直しや、
た、統合報告の土台となるような情報は既に開示
経済政策と無関係ではなくなってきていることも事
されていますが、ビジネスモデルやそれによって
実です。趣旨を正しく理解し、統合報告への取り組
生み出されるバリューの解説は、統合報告をきっ
みをまず始めてみることが重要だと思われます。
かけにその深化や開示が今後進むものと考えられ
ます。
〈参考資料〉
・IIRC(日本公認会計士協会仮訳)
「国際統合報告<IR>フレームワークコンサルテーション草案」
(2013年
4月)
・アレックス・ネット「株主通信の傾向と対策 2011」
(2011年3月)
・大和総研「調査季報2013年7月夏季号 アベノミクスによる企業ガバナンス改革」(2013年7月)
・あらた監査法人「統合報告をめぐるグローバルな最新動向(セミナー資料)」2013年8月
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