短時間多量降雪時の積雪特性と雪崩発生の関係について 松下拓樹,池田慎二,秋山一弥*1 すり抜け現象を伴う雪崩発生との関係を調べた。また、 1.はじめに 2014年2月は関東甲信地方を中心に記録的な大雪とな 柵面のすり抜け現象の発生気象条件 2) との比較により、 った。特に、2月13日から16日にかけて本州の南岸を通 2014年2月の大雪時に発生した樹林のすり抜け現象を伴 過した低気圧によって、積雪深を観測している気象庁ア う雪崩の発生条件を調べた。 メダスのうち18箇所で観測開始からの積雪深の1位を 記録した。この大雪によって、山梨県と東京都で人家の 2.データと解析方法 一部が破損するなど集落に被害を及ぼす雪崩が8件発生 2.1 1) 気象データと柵面のすり抜け現象の事例 。図1に示すよう 2014年2月の大雪時の気象データとして、気象庁アメ に山梨県では、二週続けてまとまった降雪となり、2月 ダスの河口湖(標高859.6m)と甲府(標高272.8m)の 8日から9日の降雪(以下、降雪期間Aとする)では、 気温、積雪深の1時間間隔の観測データを用いた。1時 雪崩などの目立った災害は報告されなかったが、14日 間毎の積雪深差が正である場合を降雪ありと判断して、 から15日の大雪(以下、降雪期間B)では各地で雪崩 降雪期間は降雪の中断が5時間未満であれば一つの降雪 が発生した。このときの雪崩では、通常は雪崩が発生し 期間とした。降雪深は1時間毎の積雪深差の合計値で、 にくい樹林帯でも積雪が樹間をすり抜けて雪崩が発生し 降雪強度は降雪深を降雪期間で除して求めた。 するなど雪による被害が発生した た箇所がある(図2)。これに似た現象に雪崩予防柵の 柵面のすり抜け現象は、北海道の事例 3) である。解 柵面を積雪がすり抜ける現象があり 2) 、北海道におけ 析に用いた雪崩事例は、2001年4月から2006年3月まで 3) によると、すり抜け現象は降雪期間中ま の期間における道路における乾雪雪崩23事例で、この たは降雪直後に発生する傾向にある。短時間の多量降雪 うち柵面のすり抜け現象を伴う雪崩は5事例である。 時の雪崩の特徴として、予防柵の柵面や樹林を積雪がす 気象データは、雪崩発生地点近傍の北海道開発局道路気 り抜けて雪崩が発生することが特徴の一つと考えられる。 象テレメータまたは気象庁アメダスにおける気温と積雪 しかし、樹林を積雪がすり抜ける現象の発生条件は、ま 深の1時間間隔の観測値である。2014年2月大雪時の山 だ十分に調べられていない。 梨県の気象データと同様に、雪が降り始めてから雪崩が る事例解析 ここでは、山梨県を例に、短時間多量降雪時における 発生するまでの期間を降雪期間として、この期間の降雪 降雪状況から積雪特性を推定し、降雪状況や積雪特性と 深、降雪強度、平均気温を求めた。ただし、雪崩発生斜 図1 山梨県河口湖の積雪深と降雪深、気温の時系列 降雪深は、1時間ごとの積雪深の差。 図2 樹林帯での雪崩発生例 (2012年2月、山梨県) *1 独立行政法人土木研究所 雪崩・地すべり研究センター 積雪のせん断強度 sは、積雪密度 との関係式から推 定し、式2の新雪としまり雪に関する式4)を用いた。 s 3.10 10 4 t 3.08 式2 ただし、積雪密度 は圧密によって時間の経過とともに 大きくなる。特に降雪期間中や降雪直後は、この変化 が大きいので、この圧密過程を考慮した時刻t(h)に おける積雪密度 t (kg/m3 )をせん断強度 s の推定に用 いた。この積雪密度 t は、次に示す式3 4) から求めた。 図3 柵や樹林に支えられている斜面積雪の状態 1/ 4 2 Ag cos 2 t 2 04 C t 雪面 式3 0 は積もったばかりの初期積雪密度(kg/m3 )、Aは降 弱層 雪強度(kg/(m2 ・h))である。またCは圧密の進行に関 係する係数(N/m2 ・s/(kg/m3)4 )で、以下に示す雪温Ts (℃)との関係式5)を用いて求めた。 C 0.21exp 0.166Ts 式4 新雪の場合、雪温Tsは気温に等しいと仮定できる。 hg 一方、柵面や樹林に対するすり抜け現象の発生しや すさに関連する積雪物性として、積雪粒子間の結合力 図4 斜面積雪に働く力 が小さい状態であることが考えられる。つまり、雪崩 が発生したときに個々の積雪粒子が容易に引き離され ることで雪が柵面や樹林をすり抜けると考えられる。 面の正確な標高が不明な雪崩事例が多いため、今回の このような積雪特性を表す物理量として、ここでは積 解析では気温の標高補正を行っていない。 雪の硬度H(N/m2)を考える。積雪硬度Hは、式5 6)に 以上より、短時間多量降雪時の気象状況として、降 示す圧密を考慮した積雪密度tを入れて計算した。 雪期間の降雪深、降雪強度、平均気温に着目する。 2.2 すり抜け現象の発生条件に関する検討方法 H 1.31 10 5 t4 式5 以上より、短時間多量降雪時のすり抜け現象を伴う すり抜け現象の発生に関わる要素として、雪崩その 雪崩発生条件の検討として、降雪強度Aと雪温Ts (=気 ものの発生のしやすさと、柵面や樹林に対する積雪の 温)を入力条件として、式1~式4から積雪安定度SI すり抜けやすさが重要と考える。図3に示すように、 を求め、式3~式5から積雪硬度Hを計算した。積雪安 雪崩の発生のしやすさに関して斜面積雪の安定性が、 定度SIと積雪硬度Hの計算にあたり、斜面勾配 はせん 柵面や樹林に対する積雪のすり抜けやすさに関して積 断応力(式1のsin cos)が最大となる45゚とした。ま 雪の破壊強度や硬度が考えられる。 た、積雪の初期密度 0 は北海道の大雪湖周辺における 斜面積雪の安定性に関する指標として、図4に示す すり抜け現象発生時の新雪密度の推定値 7 ) を参考に ように、斜面積雪のせん断方向の積雪強度( s )と応 50kg/m3 とした。なお、積雪安定度SIと積雪硬度Hの計 力(hg sin cos )の比である積雪安定度SI を用いる。 算は、最下層の積雪層について行った。 積雪安定度SIが小さいほど斜面積雪が不安定であるこ とを示し、雪崩が発生しやすいと考える。 SI 3.結果と考察 s hg sin cos 式1 3.1 2012年2月の山梨県における降雪状況 2012年2月の山梨県における降雪状況として、降雪期 ここで、hは積雪深(m)、 は積雪密度(kg/m )、gは 間Aと降雪期間Bの積雪深、降雪深、気温、風速の時 重力加速度(m/s )、 s は積雪の剪断強度(N/m )、 系列を図5と図6に示す。 3 2 2 hg sinθcosθは剪断応力(N/m )である。 2 河口湖(図5)では、降雪期間A(2月8日2時から23 図5 河口湖の(上)降雪期間Aと(下)降雪期間B の積雪深、降雪深、気温、風速の時系列 図6 甲府の(上)降雪期間Aと(下)降雪期間Bの 積雪深、降雪深、気温、風速の時系列 時 ま で の 22時 間 ) の 降 雪 深 は 66cm 、 平 均 降 雪 強 度 は 間以上と長く、特に降雪期間Bでは降雪深が100cm以上 3.0cm/h、平均気温は-4.7℃、降雪期間B(14日5時か となり大雪となった。また、降雪強度は、降雪期間A ら15日9時までの29時間)の降雪深は112cm、平均降雪 で2.3~3.0cm/h、降雪期間Bで4.0cm/h程度と大きく、 強度は3.9cm/h、平均気温は-3.4℃である。 短時間に多量に雪が降る状態が長時間継続した。 甲府(図6)では、降雪期間A(8日4時から23時の 20時間)の降雪深は45cm、平均降雪強度は2.3cm/h、平 均気温は-0.6℃であり、降雪期間B(14日6時から15日 3.2 降雪時の気象条件と雪崩発生との関係 図7は、降雪期間の平均気温と降雪深の関係である。 9時までの28時間)の降雪深は112cm、平均降雪強度は 図中の雪崩事例のプロットの横スケールは降雪期間中 4.0cm/h、平均気温は-0.2℃である。 の最高および最低気温を示す。図7より、すり抜け現 降雪期間AとBともに、山梨県では降雪時間が20時 象を伴う雪崩は、気温-4℃以下の比較的気温の低い場 図9 図7 降雪時の平均気温と降雪深の関係 ●:すり抜け現象を伴う雪崩、○:すり抜け現象を伴わ 降雪時の平均気温と降雪強度の関係 ●:すり抜け現象を伴う雪崩、○:すり抜け現象を伴わ ない雪崩、▲:降雪期間A、■:降雪期間B。 ない雪崩、▲:降雪期間A、■:降雪期間B。 図7と図8において、降雪期間中の平均気温、降雪 深、降雪強度、降雪時間を指標に、柵面のすり抜け現 象の発生気象条件と2012年2月の山梨における大雪時の 降雪状況を比較すると、河口湖と甲府の大雪事例は、 柵面のすり抜け現象の発生事例に比べて気温が高い。 しかし、雪崩が発生した降雪期間Bは、降雪時間が長 く、かつ降雪深と降雪強度が大きいことが特徴である。 以上より、柵面のすり抜け現象が発生するときの特 徴として、降雪時の気温が低いこと(図7)と降雪強 度が大きいこと(図8)があげられる。そこで、気温 と降雪強度を指標にすり抜け現象の発生条件を示した のが図9である。柵面のすり抜け現象を伴う場合とそ れ以外の雪崩で発生条件の差が明確になり、すり抜け 現象の多くは気温が-4℃以下と低くかつ1事例を除き 図8 降雪時の降雪時間と降雪強度の関係 降雪強度2cm/h以上の条件下で発生した雪崩に伴って起 ●:すり抜け現象を伴う雪崩、○:すり抜け現象を伴わ きている。以下では、図9に示す降雪時の気温と降雪 ない雪崩、▲:降雪期間A、■:降雪期間B。 強度を指標に、2.2で示す計算方法から斜面積雪の 安定度SIと硬度Hを求め、柵面のすり抜け現象と2012年 2月の大雪時の積雪特性と雪崩発生との関係について考 合に発生し、1事例を除いて降雪深40cm以上の多量降 察する。 雪時に発生している。 図8に、降雪時間と降雪強度の関係を示す。これに 3.3 積雪特性とすり抜け現象の関係について よると、雪崩は、10時間程度の短い時間で降雪深30cm 図10は、図9に示した気温と降雪強度の関係に、こ 以上に達して発生する事例と、降雪強度が1cm/h程度 れらを条件として計算した積雪安定度SIと積雪硬度Hの と小さいが降雪時間が30時間以上続いて発生する事例 関係を示したものである。安定度SIが小さいほど斜面 がある。このうちすり抜け現象を伴う雪崩は、降雪開 積雪が不安定で雪崩が発生しやすく、硬度Hが小さいほ 始からの時間(降雪時間)が20時間以内で、降雪強度 ど積雪粒子間の結合が弱くすり抜け現象が発生しやす が2cm/h以上と大きい場合に多く発生している。 いと考えられる。積雪安定度SIと積雪硬度Hの計算では、 一方、樹間のすり抜け現象が発生した2012年2月の山 梨県の事例を、図10でみてみる。図10の河口湖と甲府 の平均気温と降雪強度は、降雪期間Aでは降り始めか らの12時間、降雪期間Bでは近傍で雪崩が発生した時 刻より前12時間における平均値である。図10より、降 雪期間Bの河口湖と甲府および降雪期間Aの甲府では、 雪崩予防柵面のすり抜け現象の発生事例と比較して気 温が高いために積雪の圧密が進行して、積雪硬度は比 較的大きいと推定された。ただし、安定度が小さい降 雪期間Bの河口湖では、通常、樹木の間隔は雪崩予防 柵面の水平梁材の間隔より大きいので、積雪硬度が大 きい状況でも斜面積雪が樹林をすり抜けた可能性があ ると考えられる。一方、雪崩が発生しなかった降雪期 図10 雪崩発生前の降雪期間の気温と降雪強度の関係 間Aの河口湖は、降雪期間Bに比べて積雪硬度が小さ 斜面積雪の安定度SIと硬度Hは、降雪開始から12時間 いが斜面積雪の安定度はやや大きいと推定された。ま 後の計算値 1) 、すり抜け現象は降雪時間6~18時間の事 例。河口湖と甲府の降雪期間Aは降り始めからの12時 間、降雪期間Bは近傍での雪崩発生前12時間の観測値。 た、降雪期間Aは積雪深0cmからの降雪であり(図1)、 地表面の凹凸が摩擦抵抗力として作用して斜面積雪を 支えた可能性も考えられる。 以上より、柵面や樹林を積雪がすり抜けて雪崩が発 生する現象について、降雪期間の気温と降雪強度を用 すり抜け現象が比較的短時間の降雪で発生する傾向に いることで、その発生条件を把握できると考えられる。 あることから、降雪開始から12時間後の値を求めた。 特に、これらのすり抜け現象は、降雪強度が大きいと これに合わせて、雪崩事例のうち降雪開始から雪崩発 き、つまり短時間多量降雪時に起きる雪崩の特徴の一 生までの時間が12時間前後(6~18時間)である事例 つであることが、図10からも示された。 を抽出して図10に示した。 図10より、雪崩は積雪安定度SIが2.5以下のときに多 4.おわりに く発生している。このうちすり抜け現象を伴う雪崩が 本論文では、2012年2月の山梨県を例に、短時間多量 発生する気象条件(気温が低く降雪強度が大きい条 降雪時における降雪状況から積雪特性を推定し、降雪 件)は、降雪開始から12時間で積雪の安定度SIが1.5以 状況や積雪特性とすり抜け現象を伴う雪崩発生との関 下となる条件に相当し、それ以外の雪崩とを分ける条 係を調べた。また、柵面のすり抜け現象の発生気象条 件になっている。 件との比較により、2014年2月の大雪時に発生した樹林 また、図10に示す積雪硬度Hは、気温が低いほど小さ のすり抜け現象を伴う雪崩の発生条件を調べた。 く、気温が同じであれば降雪強度が大きいと硬度も大 その結果、柵面や樹林を積雪がすり抜けて雪崩が発 きくなる。図10によると、すり抜け現象を伴う雪崩は 生する現象について、降雪期間の気温と降雪強度を用 2 1事例を除き積雪硬度Hが約250N/m 以下のときに発生 いることで、その発生条件を把握できると考えられる。 している。 特に、これらのすり抜け現象は、降雪強度が大きいと 図10で示した計算結果は、斜面勾配 =45゚、初期密度 0=50kg/m の条件で降雪から12時間後の平均的な状態 3 き、つまり短時間多量降雪時に起きる雪崩の特徴の一 つであることが示された。 を示している。実際の雪崩発生時の積雪安定度SIは、 今後は、樹林のすり抜け現象に関する事例を蓄積し 斜面勾配や新雪密度、雪質など様々な要因が複雑に影 て、樹林のすり抜け現象の発生気象条件をさらに明確 響すると考えられる。しかし、図10からわかることは、 に示すとともに、樹間距離等の植生条件との関係を調 すり抜け現象を伴う雪崩は降雪強度が大きい気象条件 べる必要がある。また、過去の気象データを調査する 下で、降雪から12時間程度で斜面積雪が不安定となっ ことにより、2012年2月のような短時間多量降雪事例が て発生し(第一条件)、このとき気温が低いために積 過去にどのような頻度で発生しているのか、国内の他 雪硬度が小さく(第二条件)、積雪粒子間の結合力が の積雪地域でも調査を行い、その地域特性なども明ら 小さいので斜面積雪が柵面をすり抜けると考えられる。 かにしていきたい。 参考文献 1)和泉薫(研究代表者), 2014: 2014年2月14-16日 5 ) Abe, O., numerical 2001: Creep simulations experiments of very and light の関東甲信地方を中心とした広域雪氷災害に関する artificial snowpacks. Annals of Glaciology, 調査研究. 平成25-26年度科学研究費助成事業(科 32, 39-43. 学研究費補助金)(特別研究推進費)研究成果報告 書, 180pp. 2)竹内政夫, 大槻政哉, 山田知充, 2005: 樹木や柵 をすり抜ける新雪雪崩. 寒地技術論文・報告集, 21, 768-771. 3)松下拓樹, 松澤勝, 伊東靖彦, 加治屋安彦, 2008: 斜面積雪が雪崩予防柵面をすり抜ける現象の発生条 件. 寒地土木研究所月報, 665, 10-17. 4)遠藤八十一, 1993: 降雪強度による乾雪表層雪崩 の発生予測. 雪氷, 55, 113-120. 6)竹内由香里, 納口恭明, 河島克久, 和泉薫, 2001: デジタル式荷重測定器を利用した積雪の硬度測定. 雪氷, 63, 441-449. 7)松下拓樹, 松澤勝, 伊東靖彦, 加治屋安彦, 2007: 雪崩予防柵を斜面積雪がすり抜ける現象の発生気象 条件について-大雪湖周辺の事例解析-. 北海道の 雪氷, 26, 91-94.
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