論文要旨(PDF)

様式 3
学 位 論 文 要 旨
研究題目
Interferon-γ and plasminogen activator inhibitor-1 regulate adhesion formation after partial
hepatectomy
(肝切除後における腹腔内癒着は IFN-γ と plasminogen activator inhibitor-1 が制御し
ている)
兵庫医科大学大学院医学研究科
医科学専攻
器官・代謝制御系
肝胆膵外科学(指導教授
藤元治朗)
氏 名 大橋 浩一郎
【研究目的】
腹部手術後の癒着は 90%以上に形成され、術後に腸閉塞・疼痛・不妊など様々な合併症
を繰り返し引き起こす。肝疾患に対して行われる肝切除後の癒着には上記合併症のみな
らず、他の腹部手術に比して強固な癒着が生じるため、再手術時における手術時間の延
長・出血量増多・癒着剥離時の臓器損傷や、肝切離面と胃の癒着により胃軸捻転を引き
起こし食事摂取不良状態となる。癒着形成のメカニズムに関して様々な分子・細胞の関
与が報告されているが詳細な因子及び治療法は確立していない。今回我々は、マウス及
びヒトの肝切除後の癒着に関する分子レベルでのメカニズムを解析し、制御法の開発に
ついても検討した。
【研究方法】
マウスの肝外側左葉部分切除を行い肝切除後の癒着モデル(以下、PH)を作成した。マ
ウスは、Balb/c 野生型マウス(以下、WT)以外に Natural killer T 細胞(以下、NKT)
・
Interferon-γ(以下、IFN-γ)
・Plasminogen Activator Inhibitor-1(以下、PAI-1)の各ノックア
ウトマウス(以下、KO)を用いた。PH1、3、5、7 日後に犠牲死させ、癒着部の組織学
的検討及び 7 日後の癒着レベルをスコア化(0~5 の 6 段階)した。また PH 後 0、3、6、
12、18、24 時間の残肝左葉における IFN-γ・PAI-1・tissue Plasminoge Activator(以下、tPA)
の mRNA 発現を RT-PCR で測定し、
血中での PAI-1 のタンパク量を ELISA にて測定した。
続いて、HGF の抗炎症・抗線維化作用を癒着予防に応用できるか検討した。WT マウス
においてPH 直後に皮下にリコビナント Hepatocyte Growth Factor
(以下、
HGF)
(20μg /body)
を投与して癒着抑制効果及びそのメカニズムを検討した。最後に、ヒト術中肝切除時に
切除肝より経時的にサンプルを採取し(兵庫医科大学倫理委員会承認研究 No.835)
、切除
開始時及び切除開始 3 時間後での NKT 及び PAI-1 の免疫染色及び IFN-γ・PAI-1 の発現を
検討した。
【研究結果】
PH 後 7 日目には腹腔内脂肪組織・膵・肝などの隣接臓器が肝切離面に癒着しており、
炎症細胞浸潤や線維化が形成されていた。癒着形成には CD4 陽性 T 細胞が関与している
と報告されているが(Kosaka et al. Nat.Med. 2008;14(4):437-441)、当モデルにおいても CD4 抗体
を WT マウスに投与して PH を行うと、コントロール群と比較して癒着スコアが減弱した
(P < 0.0001)
。肝臓には NKT 細胞が豊富に存在しており、CD4 陽性の NKT 細胞も存在
するためこの細胞に着目した。NKT-KO マウスで PH を行うと WT マウスと比較して癒着
スコアの減弱を認めた(P <0.050)
。WT マウスにおける PH 後残存肝の IFN-γ の mRNA
発現は 3 時間後に有意に上昇しその後漸減していたが、NKT-KO マウスにおける術後 3
時間後の IFN-γ の発現は WT マウスと比較して減弱していた(P < 0.050)
。また IFN-γKO
マウスにおける PH 後の癒着は WT マウスと比べスコア低値を示し
(P < 0.050)
、
及び IFN-γ
抗体処置(WT)マウス群とコントロール群での癒着は各々減弱しており(P < 0.005)
、以
上より NKT 細胞による IFN-γ が癒着に関与していることが示唆された。
術後 3~12 時間後において残肝における PAI-1 の mRNA 発現の上昇を認め、tPA は逆
に 18 時間後に低下していた。血中 PAI-1 のタンパク量は術後 3~12 時間で上昇していた。
IFN-γKO マウスにおける術後 6 時間後の PAI-1 発現は WT に比べ低値であり(P < 0.050)
、
IFN-γ 依存性に PAI-1 発現がみられることを示した。また PAI-1KO マウスでは癒着は全く
形成されなかった。以上より、NKT 細胞による IFN-γ 発現により PAI-1 の発現を制御し
癒着を形成している可能性が示唆された。
WT マウスにリコビナント HGF を投与したところ癒着の減弱を認め、またコントロー
ル群(PBS 投与)に比べ HGF 投与群では IFN-γ(3 時間)及び PAI-1(6 時間)の mRNA
発現が抑制されていた(P < 0.0001、P < 0.005)
。ヒト肝組織においては、NKT の免疫染
色で手術開始 3 時間後において肝切離面への NKT 細胞の集簇を認め、PAI-1 の免疫染色
では肝細胞に強発現を認めた。また肝切離開始時のサンプルと比べ、切離 3 時間後のサ
ンプルにおける IFN-γ 及び PAI-1 の発現は上昇していた(P =0.327、P < 0.050)
。
【考察】
本実験結果から、肝切除後早期において、局所における NKT 細胞が活性化することで
IFN-γ が産生され、これが肝での PAI-1 の発現を促進させることで、癒着を形成している
ことを示された。また HGF 投与にて癒着減弱を認め、これらのメカニズムを制御してい
る可能性が示唆された。PAI-1 は KO マウスでの検討では全例スコア0であり、癒着形成
の重要な因子であると思われた。NKT 細胞から産生された IFN-γの刺激による反応とし
て肝細胞より PAI-1 が産生されるものと考えられたが、そのメカニズムの詳細は不明であ
り今後の検討が必要である。HGF は受容体である c-Met に結合し作用するとされるが、
IFN-γ の発現を抑制したことより NKT 細胞に直接作用している可能性はあるが、さらな
る今後の検討が必要と考えられた。