住宅地の地価形成要因について ―東京 23 区の地価公示を基に― 寺島 卓 鍬本 拓 門間 勇人 <要 約> 本稿では東京 23 区の地価公示を用いて、住宅地地価の形成要因は何かということについ て分析した。具体的には東京 23 区の地価公示を被説明変数、道路幅員、地積、駅距離、容 積率、犯罪発生率、路線ダミーを説明変数とし、多重回帰分析を行った。また犯罪発生率 と地価の間にある内生性を考慮し、操作変数法(IV)を用いた二段階最小二乗法を行った。 その結果、道路幅員、地積、容積率は正に有意、駅距離は負に有意となり、仮説と一致し た。また路線ダミーについては、路線の影響が見られる地域もあった。しかし、犯罪発生 率は正に有意となり、これは犯罪発生率が高いほど地価は低くなるという仮説と異なった。 ただし個別に区を見ていくと、足立区、葛飾区、練馬区の 3 区では、犯罪発生率は負に有 意という結果となった。 <キーワード> 地価公示、操作変数法、多重回帰分析、地価形成要因、東京 23 区 本論文の作成にあたって、藪友良先生から有益なコメントを頂いた。ここに記して感謝したい。 1 1.はじめに 土地はひとつとして同じものがないので、比較検討がしづらく、価格形成要因を特定す ることは難しいという個別性を持つ。また、岡崎・松浦(2000)によると、個別性が強い土 地の取引は相対取引で行われ、その地価は取引事例基準法により判断されることが多い。 その基準としては、一般的要因、地域的要因、個別的要因の3つがあるが、これらは順に、 世の中全体の動き、その不動産がある地域の特徴、その不動産そのものの魅力といったこ とを指す。 私たちの研究では、このように様々な要因によって異なる地価に着目したが、とりわけ 住宅地の地価形成要因について着目した。一般的に住宅地の地価は、最寄り駅からの距離 といった交通利便性によって形成されていると考えられる。しかし住宅地の地価形成要因 としては、交通利便性の他にも、安全性、居住快適性なども考えられる。これらは順に、 犯罪の起こり易さ、大気汚染の少なさなどを指す。 また、平成22年度の地価公示を見ると、住宅地地価が高い順に1位から10位まで全て東京 23区の地価公示が占めていることが分かる。 そこで本研究においては、東京23区の住宅地の地価がどのような要因によって形成され ているかについて、多重回帰分析を通じて定量的に検証する。 それにあたり、いくつか先行研究を紹介したい。地価形成要因を調べるため多重回帰分 析を用いた研究としては、桐山(2007)が挙げられる。この研究は名古屋市の商業地を基に、 容積率、地積などといった要因が与える影響を分析したものである。また、戸川・加藤・ 林(2009)は名古屋市の住宅地を基に、交通利便性だけでなく、安全性、居住快適性とい ったものが住宅地地価に与える影響について分析している。そして、沓澤・山鹿・水谷・ 大竹(2007)によると、犯罪数を世帯数で割った犯罪発生率が東京23区の住宅地の地価に影 響を与えていることが分かる。また、犯罪発生率と地価の間にある内生性を考慮し、操作 変数法(IV)を用いているが、その操作変数として低所得者の割合、交番ダミーなどを用 いている。 そして本研究の特徴としては、東京 23 区の個々の区の住宅地の地価形成要因について分 析したことが挙げられる。また 2007 年に 16 年ぶりに地価公示が上昇したが、2009 年から 地価公示が再び下落し始め、2010 年の公示地価も東京圏の住宅地地価においては、4.9 パ ーセントの下落となっている。これらより参考文献として挙げたものの多くが 2007 年以前 に執筆されているが、2010 年現在の住宅地の地価形成要因は当然変化しているということ が考えられる。以上 2 点に着目し、本研究では分析を行った。 本稿の構成は次のとおりである。第2章では分析に用いるデータや分析方法、そしてその 結果を紹介する。第3章では得られた結果を基に考察をし、第4章では全体のまとめと今後 2 の課題を述べる。 2.分析 本研究では東京 23 区の住宅地の地価がどのような要因によって形成されているのかを調 べる。例えば一般に考えられる地価への影響としては駅からの距離が挙げられるが、イメ ージとしてしか認識されていない。果たしてその影響がどのくらいなのかを実際に数値化 することで明らかにする。さらに住環境の中でも特に犯罪に着目し、犯罪発生率をモデル に組み込んだ分析を行い、犯罪とその地価への影響を明らかにする。この分析には多重回 帰分析を用いるが、犯罪発生率と地価の関係に内生性に考慮し操作変数法(IV)を用い、 二段階にわけた分析方法を行う。 内生性の問題とは、説明変数が撹乱項と相関を持つことにより生じてしまう推計のバイ アスである。本研究の例で言えば、犯罪発生率と地価が同時決定の関係にあるため内生性 が生じてしまう。 3-1.データ 本研究では地価公示を被説明変数する。地価公示とは毎年国土交通省により公表される 地価である。一般の土地取引において価格の指標を与えるとともに、公共事業用地を取得 する際の基準ともなっている。地価公示は地域ごとに定められている基準地において不動 産鑑定士の評価のもと、 毎年 1 月に基準地 1 平方メートルあたりの適正地価が公表される。 本研究では、この地価公示の中でも平成 22 年度の地価公示の住宅地地価を扱う。 説明変数は次の項目とする。 ① 最寄駅からの距離 ② 地積 ③ 容積率 ④ 路線に関するダミー変数(10個の路線) ⑤ 前面道路の幅員 最寄駅からの距離とは、基準地から最も近い駅までの距離をメートルで測った数値であ る。国土交通省の「国土数値情報ダウンロードサービス・地価公示」 (以下地価公示データ セットと呼ぶ)では、駅名とともに数値で提供されている。容積率とは、敷地面積に対す る建築延べ面積(延べ床)の割合のことである。 例えば、敷地面積が 100 平方メートルで 3 建築延べ面積が 200 平方メートルだとすると、容積率は 200%となる。このように建物の階 を増やしたり建物面積を広げたりすることで容積率も上がっていく。このため容積率が大 きい物件は主に商業用となっている。容積率の数値データは地価公示データセットに含ま れているものを用いる。また地積は基準地の土地面積を表すデータである。単位は平方メ ートルが用いられる。一般に地積が広いほど土地用途の選択肢が増えるため、地価も上が る傾向にある。路線に関するダミー変数とは、最寄駅ごとに 10 路線の存在の有無を表した ものである。10 路線は京王線、東急線、小田急線、都営線、東京メトロ線、京成線、京急 線、JR 線、西武線、東武線とし、基準地ごとに含まれている路線名に1をつけ、含まれて いない路線には含まれていない路線には 0 をつけた。例えば、渋谷駅は JR 線、京王線、東 京メトロ線、東急線が通っているので、最寄駅が渋谷駅となる基準地にはこれらの路線に 1をつけ、それ以外の路線には 0 をつけた。この作業を行うことで路線ごとの差をみるこ とができる。この路線に関するダミーは基準地の最寄駅名から一つ一つ路線を調べていっ た。前面道路の幅員とは、土地の前面道路幅のことである。単位はメートルを用いる。土 地に建物を建てる場合、建築基準法に定められた前面道路幅員の条件を満たさなければな らず、この項目も地価形成の重要な要因になると考えられる。 犯罪発生率を含んだモデルでは操作変数法を用い二段階の推計を行う。第一段階では犯 罪発生率を被説明変数として犯罪の発生要因を推計する。ここでいう犯罪発生率とは町丁 別の犯罪発生件数を同じ町丁別の世帯数で割った値である。犯罪発生件数は警視庁提供の 犯罪情報マップを、世帯数は平成 17 年度国勢調査の調査結果を用いた。 犯罪発生率を被説明変数としたときの操作変数は以下の 2 つとする。 ①世帯密度 ②交番に関するダミー変数 世帯密度とは、町丁別の世帯数を同じ町丁別の面積(平方キロメートル単位)で割った値 である。もう一つの操作変数である、交番に関するダミー変数とは、対象となる基準地に 交番があれば1、なければ0としたものである。これは交番が対象となる基準地に存在する ことで、その町丁内での犯罪の抑止力へとつながると仮定したものである。第二段階では 被説明変数を地価公示とし、推計された犯罪発生率の推計値を先程の説明変数の項目に加 えて多重回帰分析を行う。これにより内生性を考慮した推計が可能となる。 4 3.考察 3.1.1.データ概要 以下の表が今まで説明してきた、説明変数、被説明変数をまとめたものである。 5 3.1.2.基本統計量 以下の表が基本統計量をまとめたものである。 面積は東京 23 区でも立地によるばらつきや住所区分が細分化されているか否かの違いが あるものの、標準偏差は 0.103 となり町丁ごとの面積に差はあまり見られない。世帯数に 関しては、少ない地区で 136 世帯、多い地区で 7815 世帯、標準偏差が 882.116 となった。 また面道路幅員の平均値は約 5 メートルとなった。この幅は車が 2 台通れ、尚且つ人も同 時に通ることが出来る幅であり、住宅地としては適度な幅なのかもしれない。路線に関す るダミーの平均値を見てみると、東京メトロ線、JR 線、都営線、東急線、西武線、京王線、 東武線、小田急線、京成線、京急線の順となった。これは今回の分析対象地区で各路線が どのくらい存在しているか示す指標となる。例えば、仮に全基準地の最寄駅の半数が JR 線 であるとする。そうすると、JR 線ダミー変数の合計値は標本数の半分の 399 となる。平均 値を求める際には、この値を標本数で割るので値は 0.5 となり、JR 線が 50 パーセントの割 6 合で最寄駅を占めているという値が求まる。このように考えると、平均値の一番高かった 東京メトロ線は全基準地の最寄り駅の 24.4 パーセントを占めていることが分かる。同じよ うに交番ダミーについて考えると、全基準地の 19 パーセントの町丁において交番が存在す ることが分かる。最寄り駅までの距離では平均が 750 メートルとなった。これは一般に、 駅周辺は商業地となるように、住宅地はある程度駅から離れて立地することを示している。 最低値を見ても 120 メートルであり、駅に直面する住宅地はやはり存在しないことがわか る。地価公示の項目では平均価格は約 50 万円となった。今回の分析に用いた被説明変数は 地価公示であるため、この金額は住宅地の地価の1平方メートルあたりの額であることに 注意しなければならない。地積の基本統計量を見ると 203.8 平方メートルであるので、各 平均値を用いて平均的な住宅地の価格を示すと以下のようになる。 平均地価公示(円/㎡)×平均地積(㎡)= 平均的な住宅地の価格 約50万円 ×約200㎡ = 約1000万円 上記のように、基本統計量で示された平均値を平均的な住宅モデルの値としていきたい。 3.1.3.散布図 主要な説明変数と地価の関係を以下の散布図に表した。 犯罪発生率と地価 万円 犯罪発生率と地価の関係 300 250 200 150 100 50 0 0 0.05 0.1 0.15 0.2 7 0.25 0.3 犯罪発生率と地価の関係を散布図でそこまでの相関関係がないように見える。ただ、地 価が 150 万円以下、犯罪発生率が 0.1 低いところを見てみると L 字型の負の相関関係見て 取れる。またその他の部分も緩やかな負の相関関係が見える。 前面道路幅員と地価の関係 前面道路幅員と地価の関係 万円 300 250 200 150 100 50 m 0 0 5 10 15 20 25 30 35 前面道路幅員と地価の関係でも明確な相関関係は見られない。しかし住宅地の地価を今 回の分析対象としていることを考えると、前面道路が 10 メートル以上というのは一般的で はないと考えられる。前面道路幅員が 10 メートル以上のサンプル数は全サンプル 788 中の 27 であった。この部分を抜いてみると以下のようになる。 8 万円 前面道路幅員(10m以下)と地価の 関係 300 250 200 150 100 50 m 0 0 2 4 6 8 10 このように見ると多少右上がりの関係が見えると言えるかもしれない。 地積と地価 地積と地価の関係 万円 300 250 200 150 100 50 0 ㎡ 0 500 1000 1500 9 2000 2500 次に地積と地価の関係であるが地積が 1000 平方メートル以下のサンプルでは右上がりの 関係が見える。これはやはり、地積が大きくなるほど土地の用途が広がるため地価も上が るということかもしれない。また地積が 2500 平方メートルあるにも関わらず,50 万円を下 回りサンプルがあるなど、やはり地積以外の要因も大きく影響することがわかる。 駅距離と地価 駅距離と地価の関係 万円 300 250 200 150 100 50 m 0 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 最寄駅までの距離と地価の関係だがこれは見ての通り負の相関があると言える。これに より最寄駅までの距離が遠ければ遠いほど地価が下がっていくということがわかる。 10 容積率と地価 容積率と地価の関係 万円 300 250 200 150 100 50 0 % 0 50 100 150 200 250 300 350 400 容積率の単位はパーセントであるが地価公示で公表される数値は 100 パーセント単位で ある。そのため散布図は上のようになる。ただこの図においても容積率が高いほど、地価 も高くなるという傾向が見て取れる。 3-2. 推計方法 推計には多重回帰分析、その中でも操作変数法(IV)を用い、推計結果を調べる。これに より住宅地の地価決定要因とともに、分析方法の差による推計結果の違いをみることがで きる。 多重回帰分析で用いる推定式は以下のものとする。 y 1 X 1 2 X 2 5 X 5 γ1 D1 γ2 D2 γ10 D10 u ・・・(1) yは公示地価、は定数項、X 1 X 5はそれぞれ駅距離、犯 罪発生率、幅員、地積 、容積率を表す。 また, 、D1 D10は路線に関するダミーを表している。uは撹乱項である。 操作変数法については、二段階の分析を行うことで内生性を考慮した分析を指す。具体的 11 には内生性をもたらすと考えられる犯罪発生率を第一段階で推計し、その予測値を求める。 その際用いる犯罪発生率に対する説明変数は、本来推計したい被説明変数と相関がないも のを選ばなければならない。つまり犯罪発生率と相関があるが、公示地価とは相関のない ものを第一段階の説明変数とする。考えられる操作変数として今回は交番の存在の有無、 世帯密度を用いた。 第一段階の推計式は以下とする。 X 1 0 1 X 2 2 X 3 4 X 5 1 Z1 2 Z 2 1 D1 2 D2 10 D10 e Cov( Z , X 1 ) 0, Cov( Z , u ) 0 0は定数項、 eは撹乱項 Z 1 , Z 2 は操作変数である交番の有無と世帯密度である。 第一段階より犯罪発生率の推計結果を求める。 Xˆ 1 ˆ0 ˆ1 X 2 ˆ2 X 3 ˆ4 X 5 1 Z1 2 Z 2 ˆ1 D1 ˆ2 D2 ˆ10 D10 ・・・(2) Cov( Z , X 1 ) 0, Cov( Z , u ) 0 第二段階では公示地価を被説明変数とした式(1)に説明変数に推計された犯罪発生率の予 想値(2)を入れて多重回帰分析を行う。これにより内生性を考慮した分析が可能となる。 y 1 Xˆ 2 X 2 L 5 X 5 γ1 D1 γ2 D2 L γ10 D10 u 3-3 推計結果 まず、内生性を考慮せずに多重回帰分析を行った。この場合犯罪発生率を含め、多くの 説明変数が 5%水準で有意という結果になった。ただ犯罪発生率の項目を見ると、有意にプ ラスである犯罪発生率が上がれば、地価も上がるという結果になった。分析結果は以下の 通りとなった。 12 内生性を考慮しないで多重回帰分析 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 内生性を考慮しない多重回帰分析の結果を項目ごとに見ていく。まず前面道路幅員はプラ スに有意となった。数値を見ると幅員が 1 メートル広くなると、地価が約 11000 円高くな るということが示されている。また地積に関しては 1 単位、つまり 1 平方メートル増える と 516 円地価が上がることが示された。これは一見額が少ないように見えるが、被説明変 数が 1 平方メートルあたりの地価であることを考えるとそうでもない。 例えば、地積 200 平方メートルの土地を考えてみたい。もしこの土地の面積が 10 平方メ ートル増えるとすると、推計結果により 5160 円地価は高くなる。ただ先ほども述べたよう に、1 平方メートルあたりの地積が 5160 円増えるので全体としては、 5160円/㎡×200㎡=103万2000円 が増えることになる。 そして駅距離であるがこの項目は有意にマイナスとなった。これは一般に、私たちが駅 13 までの距離が遠ければ地価が下がる(駅が近ければ地価が上がる)と考えた通りの結果と なった。ただ、係数は-99 であり 1 メートル駅までの距離が増えると約 100 円地価が下がる という結果となった。1平方メートルあたりの地価が 50 万円、地積が 200 平方メートルの 平均的な住宅地のモデルで考えると、仮に最寄駅までの距離が 10 メートル離れると 1 平方 メートルあたりの価格への影響は、 -100円/m × 10m = -1000円/㎡ となり、住宅地の地価全体への影響は、 -1000円/㎡ ×200㎡ = -20万円 となる。 推計結果を見ると、犯罪発生率に関して有意な結果は得られなかった。しかし、この分 析では内生性の問題を考慮していないためうまく犯罪発生率と地価の関係が推計できてい ないと言える。つまり、冒頭にも述べたように犯罪発生率が高いから地価が下がるのか、 あるいは地価が低いから犯罪発生率が高いのかという同時決定の関係を考慮していないと いうことである。 次に内生性を考慮した操作変数法を用いて分析を行った。操作変数法では二段階に分け て推計を行う。第一段階の推計では、まず内生変数である犯罪発生率を多重回帰分析によ り推計する。そして推計結果をもとに犯罪発生率の予測値を求める。この際の説明変数は 操作変数と呼ばれ、犯罪発生率には影響するが、地価公示へは直接影響しないものが用い られる。そして第二段階では、第一段階で求められた犯罪発生率の予測値を説明変数に入 れ多重回帰分析を行う。この二段階の作業を行うことで内生性の問題に考慮した分析を行 うことができる。 (第一段階の推定) 第一段階の推計においては、交番の存在に関するダミー変数と世帯密度を操作変数とし て用いた。交番を操作変数としたのは交番が存在することで犯罪発生への抑止力につなが るという仮定に基づく。また、世帯密度を操作変数として用いたのは、沓澤・山鹿・水谷・ 大竹(2007)の「世帯が密集する市街地では十分な見通しが利かず、死角が多くなることで 14 犯罪の危険性が増大することが仮説として考えられる」という先行研究にならったもので あるが、これに付け加え、私たちは研究対象が住宅地ということもあり、住民が多いほど 住民同士の協力による防犯パトロールや自治体活動が多くなることで防犯効果につながる と考えた。一般に、世帯密度が高い地域は地価も高いと考えられるが、ドーナツ化現象に 見られるよう、地価の高い地域を避けて住む人も多い。また、世帯数は少ないものの高級 住宅地と言われるように敷地面積が大きい住宅が数多く並ぶ地域では地価が高くなったり、 逆に少ない土地に住宅が密集している地域は地価が低くなったりする例も考えられる。こ のように私たちは地価が需給の関係以外の面で大きな影響を受けていると考えた。 第一段階の結果は以下のようになった。 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 私たちは交番ダミーが有意な結果を残すだろうと仮説を立てていたが、有意な結果が得 られなかった。世帯密度は有意にマイナスに影響するという結果になった。つまり、世帯 密度が高まるほど、犯罪発生率は低下するという結果になった。 (第二段階の推定) 第二段階推計では推計された犯罪発生率を説明変数に入れて多重回帰分析を行った。こ の結果多くの項目で有意となった。推計結果は以下の通り。 15 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 今回は東京 23 区の町丁別データを全て合わせて分析を行ったが、推定結果によると、ま ず幅員、地積、容積率は正の係数で有意となった。幅員は 1 メートル広くなるごとに、地 価が 12519 円高くなることが分かった。内生性を考慮しない分析での結果と比べると、2000 円高くなっている。有意にプラスというのは、幅員が広ければ車の通行や、歩道の設置に より住民の利便性がより増すことになるからだと考えられる。また幅員は先に述べたよう に、建築基準法と密接に関係している。前面道路幅が広ければ広いほど法律の規制を受け にくく、土地の流動性が高まると考えられる。地積は 1 平方メートル広くなるごとに、地 価が 508 円高くなることが分かった。この値は先程の推計結果と比べると、10 円程低くな るというものである。地積が有意にプラスというのは土地面積が広ければ広いほどそれだ け有効に使えるスペースが増え、住宅の設備選択の自由度が増すことが挙げられる。例え ば敷地が広い分、庭を広くしたり、車庫をつけたりすることもできる。容積率は 1%上がる ごとに、地価が 619 円高くなることが分かった。ただ、容積率は土地に占める延べ床面積 の割合であるので、1%単位で上がると考えるより、階数を増やした場合や、部屋を増やし た場合などを想定し、100%上がると 61900 円高くなると考えたほうがより現実的で分かり やすいだろう。平均的な住宅地のモデルを用いて考えると、 61900円/㎡ × 200㎡ = 1238万円 増えることになる。 16 また駅距離に関しては、負の係数で有意であった。1 メートル駅から離れるごとに、地価が 75 円低くなる。先程の分析結果と比べると、25 円ほど低くなった。この値を平均的な住宅 地のモデルの例を用いて 10 メートル駅までの距離が離れた場合を考えると、1平方メート ルあたりの地価への影響は以下のようになる。 -75円/m × 10m = -750円/㎡ そして平均的な住宅地の地価全体への影響は、 -750円/㎡ ×200㎡ = -15万円 となる。 駅から遠くなればなるほど、地価は下がっていくということは誰もが容易に想像できるが、 今回の分析において数値として明らかにすることができた。そして最後になったが、面積 あたりの犯罪発生、つまり犯罪発生率は、正の係数で有意であった。これは、仮説とは異 なり、犯罪発生率が高ければ高いほど地価が上がるということを指す。データの平均値を 用いると、犯罪発生率が 1 単位増えるにあたり公示地価は約 16 万 2571 円上がってしまう という結果になってしまった。この結果については、操作変数法第一段階においてより適 切な説明変数を探しきれていなかったことに起因する可能性がある。また犯罪データにつ いても警視庁の犯罪情報マップでは階層ごとに色分けされている地図から対象の住所を探 し、その中央値を数値入力していった。よって厳密な犯罪件数を表したデータと言えない 可能性がある。 東京 23 区全体の傾向を見てきたが、個々の区ごとに行った分析結果も紹介したい。今回 の分析では十分な結果を得られるようにサンプル数が 20 以上の区を対象に操作変数法の第 一段階の分析を行った。その結果、練馬、文京、目黒、足立、葛飾、板橋の 6 区において 操作変数が有意な結果となった。そこでこれらの区に対して第二段階の分析を加えたとこ ろ、以下の 3 区において犯罪発生率が有意にマイナスという結果なった。 17 葛飾区 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 足立区 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 18 練馬区 *** ** * はそれぞれ 1%,5%,10%有意水準を表す。 犯罪発生率が有意にマイナスとなった三区の特徴としては、面積が広く、いずれも住宅 地が多いというイメージが挙げられる。面積が広い分、犯罪発生件数自体は多くなること は何か関係しているのだろうか。また足立区は地積が有意とはならなかったが、駅距離と 容積率は他の区と同様有意な結果となった。この他に JR 線や京成線、西武線などの東京 23 区全体を分析した際には有意とならなかった路線が、個別に分析すると有意な影響を与え ることが分かる。これは大きな視点で見ると影響がない要因でも、違った視点で見てみる と影響が変わってくるということを示している。 4.まとめ 本研究は住宅地の地価決定要因は何かということについて調べた。前面道路幅員、地積、 最寄駅からの距離、容積率、路線ダミーが地価決定要因に大きく関わっていることが明ら かとなった。前面道路幅員は広ければ交通の便などで利便性が大きいため、地積はその土 19 地の面積が広いほうが 1 ㎡あたりの価格も大きくなることを示している。駅からの距離が 遠ければ地価も下がることは容易に想像できた。路線ダミーについては有意なものと有意 でないものがあったが、路線によって地価決定に影響を及ぼすか、及ぼさないかという違 いがあることが分かった。しかし、我々が地価決定に影響を与えるであろうと予想した犯 罪発生率は有意であったが、プラスに有意となり、我々の仮説と反する結果となってしま った。犯罪情報マップを見たところ、犯罪が多い地域というのは駅から近い地域で起こっ ていることから、犯罪発生率が高い地域というのは元々地価が高いとも考えられる。 今回個々の区ごとに調べて犯罪発生率がマイナスに有意であった 3 区について考えてみ たところ、足立区、葛飾区、練馬区の主要路線はそれぞれ 23 区全体の説明変数の路線ダミ ーで有意ではなかった JR 線、京成線、西武線であった。東京 23 区全体においては、JR 線、 京成線、西武線は有意な結果が得られず、路線が地価に与える影響が少なかったため、犯 罪発生率が地価に影響を与えたのだと考えられる。路線ダミーが有意であるということは、 最寄駅にその路線が通っているか、いないかで地価に与える影響があるということである から、京王線、東急線、小田急線、都営線、東京メトロがプラスに有意ということはこれ らの路線は地価を高める。一方、東武線は地価を低めるということになる。路線ダミーを 説明変数に入れて推計を行ったが、有意な結果が得られた路線と得られなかった路線があ ることを考えると、犯罪発生率よりも主要路線の有無が地価に与える影響は大きいのでは ないかと考えられる。 また、操作変数についても世帯密度については操作変数法の第一段階で有意な結果が得 られたものの、交番ダミーは全体、個々の区ごとにおいても有意ではなかった。交番があ る町丁は犯罪発生率が少ないと考えたが、実際は有意な結果が得られず、操作変数として は適さなかった。世帯密度は世帯が密集していれば人目につきやすくなるので犯罪発生率 は少なくなるという結果が得られた。 操作変数も町丁別の低所得者割合が操作変数として適切なのではないかと考えたが、個 人情報保護の観点から資料は有料で公開されており、我々学生には財力がなかったため、 その情報を手に入れることを断念した。 今回の分析において犯罪件数に用いたデータは、警視庁の犯罪情報マップで色分けされ たデータであった。これは例えば、緑色が1~18件を示すのでその間を取って9件とした。 また正確なデータを求めに班員が警察署に直接赴いたり、警視庁に電話をかけたりもした が、情報提供をしてもらえず、実際の正確なデータを用いたわけではないので推計に誤差 が生じてしまった可能性がある。 20 ≪補論≫ 実数値を用いて公示地価の予測値を求める 本研究の分析は以下のような結果が得られた。 地価= +1.3万円×(前面道路幅員) +507円×(地積) -75円×(駅距離) +619円×(容積率) +20.2万円×(京王線ダミー) +21.5万円×(東急線ダミー) +24.8万円×(小田急線ダミー) +9.2万円×(都営線ダミー) +17.6万円×(メトロ線ダミー) -20.5万円×(東武線ダミー) +735.6万円×(犯罪発生率) この推計式は操作変数法を用いた多重回帰分析の結果に基づく。説明変数は操作変数法 第二段階の推計で有意になったもののみとしている。この推計式を用いて実際の地価公示 のデータと照らし合わせを行う。今回はサンプル数 788 の中から 2 つをランダムで選だ。 そしてサンプルの数値を実際に推計式にいれ、地価公示の予測値を求めた。選ばれたサン プルの概要と予測値、そして実際の地価との差は以下に図のようになった。 21 今回は選ばれたサンプルでは実際の地価公示に近似できたが、全てのサンプルにおいて 必ずしも高い精度で近似できるというわけではない。しかし、操作変数法第二段階での推 計結果において推計式の当てはまりを表す補正済み決定係数が 0.5 に近いことを考えると、 この推計式はある程度の精度をもって地価の予想が行えると考えても良いだろう。 22 付表 1 犯罪情報マップ http://www3.wagamachi-guide.com/jouhomap/ 犯罪情報マップ 犯罪発生率のデータを収集する際は犯罪情報マップを用いた。犯罪情報マップでは上の 図のように階層別に色分けがなされ、地区ごとの犯罪発生件数が掲載されている。本分析 では階層の中央値をその地区の犯罪発生件数とした。 23 付表 2 国土交通省地価公示 http://www.land.mlit.go.jp/landPrice/AriaServlet?MOD=0&TYP=0 国土交通省地価公示 国土交通省ではウェブページ上で地価公示に関するデータが公表されており、「国土 数値情報ダウンロードサービス・地価公示」では数値情報が提供されている。ただ前面 道路幅員と最寄駅路線のデータを入力する際はウェブ上で見られるものを参考にした。 24 参考文献 1. 沓澤隆司、山鹿久木、水谷徳子、大竹文雄(2007)「犯罪発生の地域的要因と地価への 影響に関する分析」日本経済研究 2. 沓澤隆司(2007)「住宅・不動産金融市場の経済分析」pp.159-212 3. 戸川卓也、加藤博和、林良嗣(2009)「都市域における住宅地価と QOL 指標との関係分析」 『社団法人日本不動産学会 平成 21 年度秋季全国大会(第 25 回学術講演会)論文集』 4. 岡田宗彦(2006)「犯罪が賃貸料金に与える影響に関する分析」 5. 清水千弘・唐渡広志(2007) 『不動産市場の計量経済分析』朝倉書店 6. 實清隆(2008) 『都市における地価と土地利用変動』 7. 吉澤光三、宇於崎勝也、根上彰生、小嶋勝衛(2000)「地価形成要因に関する実証的研究 ―宇都宮市の郊外路線商業地域を対象として―」社団法人日本建築学会 8. 得田雅章(2009)「ヘドニックアプローチによる滋賀県住宅地の地価形成要因分析」『山 﨑一眞教授退職記念論文集(第 381 号)』 9. 桐山詔宇(2007)「地価形成に影響を及ぼす因子について」『慶應義塾大学 修士学位論 文』 10. 戸川卓哉、加藤博和、林良嗣(2009)「都市域における住宅地価と QOL 指標との関係分析」 11. 山田浩久(1991)「東京大都市圏周辺地域における地価分布とその変動」 12. 山田浩久(1999)「東京都心部における地価変動現象の変化に関する研究」 『都市計画』 13. 山田浩久(2002)「大都市圏の地価上昇と空間変容の相互作用」『季刊地理学 Vol54』 14. 岡崎ゆう子、松浦克己(2000)「社会資本投資,環境要因と地価関数のヘドニックアプロ ーチ:横浜市におけるパネル分析」 『会計検査研究』 15. 平岡透(2004)「犯罪発生に関する経済的評価の試み―ヘドニック・アプローチによる分 析の可能性―」 16. 森永愼一(2009)「地価形成のヘドニック・アプローチ」 『商学研究論集』 17. 金瀬まどか(2008) 「ヘドニックアプローチによる住環境評価に関する研究―東京 23 区 における住宅賃貸価格の分析―」『慶應義塾大学 修士学位論文』 18. 警察庁編(2012)警察白書 ぎょうせい 19. 国土交通省土地・水資源局地価調査課(2012)地価公示 20. 総務省統計局(2007) 国勢調査 25
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