子宮内膜症の謎を探る - エンドメトリオーシス学会

日エンドメトリオーシス会誌
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〔シンポジウム/子宮内膜症,発症・進展の謎を探る〕
子宮内膜症の謎を探る
―逆流経血と腹腔内免疫システムを中心に―
高知大学医学部産科婦人科
前田
子宮内膜症の発症機序
長正
細胞上の自己(HLA―C,HLA―G,HLA―E など)
子宮内膜症(内膜症)は,子宮内膜組織が異
を認識する多くのレセプター(KIR,ILT,CD /
所性に増殖し機能する疾患である.内膜症の発
NKG など)
が同定された.それぞれ細胞質内に
症機序として,従来 Sampson の子宮内膜移植
活性型モチーフ
(immunoreceptor tyrosine-based
説および Meyer の体腔上皮化生説が提唱され
activation motif : ITAM)と抑制型モチーフ(im-
ているが,近年,内膜症の発症・進展に宿主の
munoreceptor tyrosine-based inhibitory motif :
免疫応答の脆弱性の関連が注目されている.月
ITIM)が存在し,細胞傷害を調節している.
経血逆流現象が生理的現象であるならば,健常
ITAM,ITIM の細胞外ドメインは相同で共通
婦人では正所性子宮内膜で月経期に生じ腹腔内
のリガンドの HLA を競合する.筆者らは,KIR
に流入する逆流経血は,次の月経までには腹腔
の subtype で HLA―C をリガンドとする抑制型
内で処理されていると考えられる.Natural kil-
KIR DL +NK 細胞が,内膜症群の腹腔内およ
ler(NK)細胞やマクロファージらがその役割
び末梢血で有意に増加し,細胞傷害が低下して
を担っていると考えられるが,これらに機能低
いることを明らかとした〔 ,〕
.近年,KIR の
下があると内膜組織が腹腔内に遺残し,この繰
中で HLA―G をリガンドとする KIR DL が注目
り返しで内膜症を発症するのではないかと考え
されている〔 〕
.多くの KIR が抑制型と活性
られる.
型のモチーフで調節されているのに対し,KIR
NK 細胞
DL は活性型(ITAM)である野生型と変異
年代はじめに Oosterlynck によって報告
型で調節されている.変異型は抗原性が脆弱で
された内膜症婦人の NK 活性低下〔 〕は,そ
あり,また細胞質内モチーフが欠損するなど,
の後多くの研究者に追試実証され,現在コンセ
細胞質内に活性化シグナルを伝達できず抑制型
ンサスの得られた免疫応答となっている.内膜
となる.この KIR DL は,全体としては活性
細胞に対して細胞傷害を示す腹腔 NK 活性の低
型優位のレセプターとして機能している.抗原
下は,内膜組織遺残の要因と考えられるが,さ
側である HLA―G は,従来妊娠絨毛細胞に発現
らに末梢血 NK 活性の低下は宿主全体の免疫低
し,母体の免疫系からの攻撃を回避し妊娠の維
下を示しており,この免疫応答は体質的・遺伝
持するための分子として同定された〔 〕
.妊娠で
的素因も含め多くの示唆に富んでいる.
は,絨毛 HLA―G に対し,活性型 KIR DL より
NK 活 性 低 下 の 原 因 や 認 識 抗 原 に つ い て
は,
年の抑制型 NK レセプターの同定〔 〕
も同じくHLA―Gをリガンドとする抑制型ILT―
が優位に働き妊娠を維持させると考えられてい
によって解明の糸口が明らかとなってきた.従
る.現在内膜症群では,抑制型 KIR DL ,抑
来 CD ,CD ,LFA― などの細胞傷害性レセ
制型 ILT― ,活性型 KIR DL の遺伝子多型が
プターのみが同定されていた NK 細胞に,標的
その発症に関与していることが明らかとなって
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前田
Hypothesis
月経時の生理的ストレス
プロゲステロン減少,平滑筋収縮,らせん動脈攣縮,
虚血再還流,酸化ストレス,一時的感染…
HLA-C
子宮内膜細胞
HSF-1
核
Hsp gene
Promotor
Maeda N., et al.
Front Biosci. 2012;4
HSE
HLA-G gene
Hsp gene
ChromosomeA
6
HES
HSE
Hsp70
HLA-G
TLR
逆流経血に伴い腹腔に流入
免疫監視機構
Cytokine
正常に機能…
内膜細胞が腹腔から
消失するstrategy??
NK細胞
HLA-C
KIR2DL1
×Cell lysis
NK細胞
異所性正着?
Survival
内膜細胞
HLA-G
KIR2DL4
図
きている.
が発現していることを初めて明らかとした〔 〕
.
さらに,ストレス蛋白である Hsp
子宮内膜抗原
年,Barrier らによって HLA―G が子宮内
膜症組織に発現していることが報告された〔 〕
.
や HSF―
も月経期に強く発現していることも明らかとし
た.正所性内膜には,月経期に HLA―G や Hsp
また近年 HLA―G は,妊娠のみならずストレス
が発現し,それらが逆流経血により腹腔内
を受けた細胞にも発現することが知られている
に抗原として流入していることが示された.生
〔 〕
.ストレスを受けた細胞は,細胞室内の熱
体ではこれらの抗原を腹腔内免疫系が認識して
ショック転写因子 HSF― が重合し,核内に移
処理していると考えられるが,内膜症では活性
行し Hsp の promotor 領域の HSE(エレメント)
型 NK レセプター KIR DL 機能が不十分であ
に結合し, 熱ショック蛋白 Hsp が産生される.
るか,抑制型 NK レセプター ILT― が増加する
この HSE は HLA―G の promotor 領域にも存在
など,腹腔内免疫系による内膜処理が低下して
するため,ストレスによって Hsp
いる可能性がある〔 〕
(図)
.
と HLA―G
が産生される.
まとめ
Barrier らは内膜症組織の HLA―G 発現は,腹
子宮内膜症の病態にはその現場である腹腔の
腔内ストレスに起因するが,正所性子宮内膜に
「負の免疫応答」が強く関わっていると考えら
はストレスがないため HLA―G は発現していな
れる.特に逆流経血という周期的な抗原曝露に
いとしている.
対する宿主の「免疫学的監視機構」の低下がそ
しかし内膜移植説を考えれば,正所性内膜に
の発症・進展を決定している可能性が高い.細
発現した HLA―G が逆流経血によって腹腔内に
胞傷害能という点からは,まず NK 細胞がコン
曝露され,その処理機能の差が子宮内膜症発症
タクトを取っていると考えられ,それがマクロ
に関わっていると考えるほうが論理的である.
ファージなど周囲の免疫系に波及していると考
そしてわれわれは,月経期の剥離上皮に HLA―G
えられる.このようにして不妊や疼痛,また卵
子宮内膜症の謎を探る―逆流経血と腹腔内免疫システムを中心に―
巣チョコレート囊胞の形成といった子宮内膜症
の病態が完成するものと考える.今後 NK レセ
プターの遺伝子多型の研究やそのリガンドの同
〔
定などその発症メカニズムの解明は,新しい診
断法や治療法の開発に貢献すると考えられる.
文
献
〔 〕Oosterlynck DJ et al. Women with endometriosis
show a defect in natural killer activity resulting
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