有毒藍藻類産生 Microcystin 含有水の灌漑利用における農作物の食の

有毒藍藻類産生 Microcystin 含有水の灌漑利用における農作物の食の安全性
に及ぼすリスク評価
福島大学大学院
1.序論
共生システム理工学研究科
神藏雄生
キャベツ、クウシンサイそれぞれコントロール系
富栄養化に伴う有毒アオコの発生は、水域の水
列、MC-LR 濃度 10µg・L-1、100µg・L-1、1,000µg・
質の汚濁、生態系等に影響を与え、深刻な問題と
L-1 に調整した系列を用い試験した。本試験栽培期
されている。特に全国の農業用水の取水源におい
間を 48 時間行い、試験後のキャベツ、コマツナ、
て有毒アオコは Microcystin(以下 MC)等を産生す
クウシンサイの根、茎、葉の生物重および植物体
る。これら藍藻類の産生毒性物質の蓄積された作
と栽培溶液の MC-LR 含有量をそれぞれ測定した。
物を摂食することによる人間や動物への被害に
2.3 葉菜作物の MC 土耕栽培試験
ついては未だ報告されていない。植物の根が有機
ディスポカップに黒土、赤玉土、腐葉土を 1:1:
物を直接吸収することは近年研究が進められて
1 で混合した土壌を 400g 充填し、肥料として窒素、
いるが、MC を含む水を灌漑した場合の灌漑用水
リン、カリウムを 10a あたり 4kg の施肥量になる
に由来する植物体の根圏からの吸収・蓄積特性つ
ように、尿素、過リン酸石灰、硫酸カリウムを添
いては知見の少ないのが現状である。植物が MC
加した。充填土壌にコマツナ、キャベツ、クウシ
を吸収しているかどうかは農業生産上、重要な問
ンサイそれぞれの種を 25 個体播種した。系列は
題である。このことから(1)灌漑取水源となる湖
1)M.aeruginosa NIES-298 株から精製した MC-LR
沼・溜め池の藍藻類発生状況、藍藻類産生物質の
を 3 日おきに 10µg、2) MC-LR を 3 日おきに 100µg
産生特性の解明、(2) MC を含んだ溶液、土壌を媒
添加、3)コントロールの 3 系列とし、試験栽培期
体とした植物栽培での吸収メカニズムの解明、(3)
間を 30 日間行い、播種後 30 日の植物体の根、茎、
MC 蓄積作物によるリスク評価を行うこととした。
葉の生物重および植物体と栽培土壌の MC-LR 含
2. 研究方法
有量をそれぞれ測定した。
2.1 農業用水取水源の MC 産生特性調査
3. 研究結果および考察
灌漑用水の取水源においてアオコの発生する地
3.1 いさはや新池の MC 産生特性
点における MC 発生状況を調査するために、長崎
表層水において 0.03~12.53µg・L-1 の MC が検出
県諫早市にあるいさはや新池の表層水、底泥中の
され、2009 年度は最大で 12.53µg・L-1 検出され
採取を 2009 年 4 月~2013 年 3 月まで行った。採
取後の表層水 200mL、底泥 10g を試料精製し、高
速液体クロマトグラフィー(HPLC)で MC-RR、
YR、LR の測定を行った。
2.2 葉菜作物の MC 水耕栽培試験
たが、翌年の 2010 年度の MC 濃度は最大で
0.18µg・L-1 であり、年ごとの MC 濃度の上昇
が起こらなかった。底泥では湿重量 1g あたり
0.06~26.11µg の検出が確認されたが、MC の長期
植物体をガラスビーズ上で 10 日間発芽させた後
的な蓄積は見られなかった。以上のことから水温
発泡スチロールに 2,000 倍に希釈した液肥(ハイポ
の上昇に伴い藍藻類が水面へ浮上増殖し、MC を
ネックス®)を充填し 40 日間栽培前栽培を行った。
産生し濃度が上昇し、底泥の MC 吸着固定や微生
本試験は 350 mL の三角フラスコに 2,000 倍に希釈
物よって MC は蓄積されず分解する可能性が示唆
した肥料(ハイポネックス)を充填し、コマツナ、
された。
3.2
MC 水耕栽培の植物体吸収・蓄積特性
水耕栽培試験 48 時間後の植物体の MC 蓄積量は
図 1 に示した。10µg・L-1 の系列ではクウシンサイ
の根に蓄積は確認されたが可食部の蓄積は起こ
らなかった。100µg・L-1、1,000µg・L-1 の蓄積にお
た。MC-LR の TDI は 0.04(µg・kg-1・day-1)(WHO
2003)であり、その値を用いた。その結果、クウシ
ンサイ土壌栽培においては HQ の 3.28 倍の値とな
った。しかし、クウシンサイの 100µg・L-1 添加系、
のキャベツ、コマツナは各系列に HPLC の検出限
界値(0.01µg)含まれたと仮定した場合においては
いてはコマツナ、キャベツ、クウシンサイの蓄積
HQ を下回る結果となり、食に対するリスクは無
が見られた。
このことから根から MC が吸収され、
いという重要なる知見が実証された。
10
MC-LR濃度 10µg/L
MC-LR濃度 100µg/L
MC-LR濃度 1000µg/L
8
6
4
2
MC-LR蓄積量(μg・pot-1)
MC-LR蓄積量(μg・series-1)
茎、葉へ移行することが明らかとされた。
MC-LR濃度 対照系
1.5
MC-LR濃度 100µg/L
1
MC-LR濃度 1000µg/L
0.5
0
根 茎 葉 土 根 茎 葉 土 根 茎 葉 土
2
コマツナ
0
根 茎 葉 根 茎 葉 根 茎 葉
コマツナ
キャベツ
クウシンサイ
図 1 MC 水耕栽培における植物体の蓄積量
キャベツ
クウシンサイ
図 2 土耕試験における植物、土壌の MC 蓄積量
4. まとめ
1) 灌漑用水取水源の MC の濃度においては
MC-LR の飲料水質ガイドライン値(1µg・L-1)を上
3.3 MC 土耕栽培の植物体吸収・蓄積特性
回る濃度が検出されたが、細菌等による分解によ
3.3.1 葉菜作物土耕栽培における MC-LR の吸収・
って消失し、MC の長期蓄積は起こらないことが
蓄積性の評価
明らかとなった。2) 水耕試験では高濃度条件で植
キャベツ、コマツナ土壌栽培の MC 蓄積量につ
-1
-1
物体の可食部に蓄積が見られ、根から MC を吸
いては 100µg・L 、1,000µg・L の添加系列とも
収・蓄積することが明らかとなった。3)土耕栽培
に植物体の根、茎、葉の蓄積量は HPLC の検出限
では高濃度でクウシンサイの可食部に 0.17µg・g-1
界値(0.01µg)以下であった。クウシンサイ土壌栽
wet weight の蓄積が見られたがコマツナ、キャベ
-1
培においては、1,000µg・L の添加系列で根、茎、
ツでは MC の蓄積が確認されなかったことから植
葉の蓄積が確認された。土壌はコマツナ、クウシ
物体の種類によって MC の吸収・蓄積量に違いが
ンサイ系列で蓄積が確認された。このことから
あることが明らかとされた。4) クウシンサイの
MC-LR を添加後土壌粒子に蓄積するが、高濃度
HQ は、土耕栽培試験では 1000µg・L-1 添加で 1
MC-LR の添加量に対して植物体の蓄積がほとん
を上回ったが、100µg・L-1 添加で HQ が 1 を下回
ど確認されなかったことから、植物体の根圏から
り影響なしと判断された。5) 本研究でアオコ産生
土壌水分の MC-LR を取り込む前に微生物による
毒 MC の作物吸収特性から通常の濃度では作物に
生分解によって消失された可能性が示唆された。
対して影響を及ぼさないという国際的に重要な
3.3.3MC 蓄積によるリスク評価
る知見が得られたことから、これらの知見を基に
葉菜の可食部(茎、葉)における MC 蓄積量による
アオコ濃度を踏まえた灌漑用水マニュアルを創
安全性評価は 60kg のヒトが 1 日 350g のコマツナ
ることで安全な水利用が図れると期待される。
を摂食したと仮定し、1 日当たりの人への推定曝
参考文献
露量(EDI)と MC-LR の耐容 1 日摂食量(TDI)の比
(ハザード比:HQ)から食の安全性について評価し
WHO (2003) Guidelines for safe recreation water
environments,136-158