超幾何関数から見たパンルヴェ方程式入門
Intersection of Pure Mathematics and Applied Mathematics VII
2014 年 11 月 5 日
九大数理/MI 研究所
鈴木 貴雄 (近畿大学 理工学部)
1 はじめに
楕円関数・超幾何関数に続く新しい特殊関数を, 複素領域における微分方程式によって
定義したい.
そのためには, 方程式が動く分岐点を持たない事(この性質をパンルヴェ性と呼ぶ)が
重要となる.
例 1.1. 動く分岐点を持つ微分方程式の簡単な例として
ny
n−1 dy
dt
=1
(n ∈ N).
この方程式の解は y = (t − c)1/n であり, 積分定数が分岐点となる.
では, パンルヴェ性を持つ微分方程式はどれだけあるのか?
1 階の微分方程式でパンルヴェ性を持つものは, Fuchs と Poincar´e によって分類された.
事実 1.2. 1 階有理型常微分方程式
R(t, y,
dy
)=0
dt
(t ∈ P1 (C)),
でパンルヴェ性を持つものは, 次の 3 種類に帰着する.
1 求積法で解ける方程式.
2 リッカチ方程式
dy
= a(t)y 2 + b(t)y + c(t).
dt
3 ワイエルシュトラスの ℘ 関数の満たす方程式
dy 2
( ) = 4y 3 − g2 y − g3
dt
(g2 , g3 ∈ C).
2 階の場合は, 20c 初めに Painlev´e とその弟子の Gambier によって調べられた.
事実 1.3. 2 階有理型常微分方程式
d2 y
dy
1
=
R(t,
y,
)
(t
∈
P
(C)),
dt2
dt
でパンルヴェ性を持つものは, 次の 4 種類に帰着する.
1 求積法で解ける方程式.
2 線形微分方程式.
3 ワイエルシュトラスの ℘ 関数の満たす方程式を 1 回微分したもの
d2 y
1
2
= 6y − g2
dt2
2
(g2 ∈ C).
4 パンルヴェ方程式と呼ばれる, 6 つの非線形微分方程式.
パンルヴェ方程式はハミルトン系として, 次のように表される [Okamoto 1980]:
PJ :
dq
∂HJ
=
,
dt
∂p
dp
∂HJ
=−
dt
∂q
(J = I, . . . , VI),
ここで, ハミルトニアンはそれぞれ次のように与えられる:
1 2
p − 2q 3 − tq,
2
1
HII = p(p − 2q 2 − t) − αq,
2
tHIII = qp(qp − tq − α) + βtq + tp,
HI =
HIV = qp(p − q − t) − αq − βp,
tHV = q(q − 1)p(p + t) + αtq + βp − γqp,
t(t − 1)HVI = q(q − 1)(q − t)p2 − αq(q − 1)p
− βq(q − t)p − γ(q − 1)(q − t)p + δq,
ただし, α, β, γ, δ は複素定数(パラメーター)である.
問題 1.4. 3 階以上の微分方程式で, パンルヴェ性を持つものの分類は可能か?
この問題はパンルヴェ方程式の発見当初から存在したが, 未だ解決されていない.
◦ 言うまでもなく非常に難しい. 梅村浩氏によると「そもそも 2 階の場合に解決した事
が奇跡的である」らしい.
◦ 3 階の場合には Chazy による研究があるが, それによって得られた微分方程式は全て
変数分離によって 2 階のものに帰着する(はず).
パンルヴェ方程式の高階化の研究は, 今世紀に入ってから大きく進展した.
◦ その背景は, ソリトン理論, リー理論, モノドロミー理論, 初期値空間の代数幾何など
様々である.
◦ 線形微分方程式および超幾何関数の視点から, 改めてパンルヴェ方程式を捉え直そう
というのが, 本講演の主旨である.
2 From Gauss to Painlev´e
以下特に断りのない場合, 独立変数 x は全て P1 (C) 上で定義されているとする.
2.1 ガウス超幾何微分方程式
ガウス超幾何級数
F (a, b, c; x) =
∞
∑
(a)i (b)i
i=0
(c)i (1)i
xi
(|x| < 1),
(a)i = a(a + 1) . . . (a + i − 1),
は, ガウス超幾何微分方程式と呼ばれる, 次の線形微分方程式を満たす:
{x(δ + a)(δ + b) − δ(δ + c − 1)}y = 0,
d
δ=x .
dx
この方程式の局所解は, 全てガウス超幾何級数を用いて表される事を注意しておく.
ガウス超幾何微分方程式は, 次のフックス系に書き換えられる:
dy
=
dx
(
A1
A0
+
x−1
x
)
y
(y ∈ C2 ).
これは x = 1, 0, ∞ に確定特異点を持ち, 各特異点での留数行列は次で与えられる:
]
]
[
a−1
c − 1 −a + 1
, A0 =
,
a−1
0
0
[
]
−b
0
:= −A1 − A0 =
.
−b + c − 1 −a + 1
[
b−c+1
A1 =
b−c+1
A∞
留数行列の固有値の情報は, 次のリーマン図式と呼ばれるものによって表される:



x=1
x=0 x=∞ 
a+b−c c−1
−b
.


0
0
−a + 1
フックス系を 1 つ与えると, リーマン図式がただ 1 つに決まる. では, その逆はどうか?
問題 2.1. リーマン図式

 x=1
θ

0
x=0
κ
0

x=∞ 
ρ1
,

ρ2
ただし
θ + κ + ρ1 + ρ2 = 0,
θ, κ, ρ1 , ρ2 , ρ1 − ρ2 ∈
/ Z,
を 1 つ与えた時, それに対応するフックス系はどのくらい存在するのか?
これは, 確定特異点を 3 つ持つ 2 階のフックス系は本質的にはどのくらい存在するのか,
という問題と同じである.
リーマン図式に対応する留数行列 3 つの組の集合
}
A1 ∼ diag[θ, 0], A0 ∼ diag[κ, 0],
(A1 , A0 , A∞ ) ∈ (M2 (C))3 ,
A∞ ∼ diag[ρ1 , ρ2 ], A1 + A0 + A∞ = O
{
M=
の上に, フックス系の解 y のゲージ変換 y → Gy に由来する随伴作用
(A1 , A0 , A∞ ) ∼ (G−1 A1 G, G−1 A0 G, G−1 A∞ G),
G ∈ GL2 (C),
によって, 同値関係を与える. この時
事実 2.2. ガウス超幾何微分方程式の留数行列の組は, 同値類 M/ ∼ の代表元と
なっている.
従って, 確定特異点を 3 つ持つ 2 階のフックス系は, ガウス超幾何微分方程式に限る事が
分かった.
2.2 モノドロミー保存変形とパンルヴェ方程式
次に, 行列の階数は変えずに確定特異点を 4 つに増やしてみる.
問題 2.3. リーマン図式

 x=t
θ1

0
x=1
θ2
0
x=0
κ
0

x=∞ 
ρ1
,

ρ2
ただし
θ1 + θ2 + κ + ρ1 + ρ2 = 0,
θ1 , θ2 , κ, ρ1 , ρ2 , ρ1 − ρ2 ∈
/ Z,
を 1 つ与えた時, それに対応するフックス系はどのくらい存在するのか?
この場合は


M = (At , A1 , A0 , A∞ ) ∈ (M2 (C))4


At ∼ diag[θ1 , 0], A1 ∼ diag[θ2 , 0], 
,
A0 ∼ diag[κ, 0], A∞ ∼ diag[ρ1 , ρ2 ],

At + A1 + A0 + A∞ = O
の随伴作用
(At , A1 , A0 , A∞ ) ∼ (G−1 At G, G−1 A1 G, G−1 A0 G, G−1 A∞ G),
G ∈ GL2 (C),
による同値類を考える事になる.
事実 2.4. 同値類 M/ ∼ の代表元, 従って問題 2.3 で与えられたリーマン図式を
持つフックス系は, アクセサリーパラメーターと呼ばれる 2 つの未定係数を含む.
同値類 M/ ∼ の代表元 (Bt , B1 , B0 , B∞ ) として, 次のものを選ぶ事が出来る:
[
]
[ ]
[
]
[
]
1
1
−pq + θ2 + ρ2 1 ,
pq + θ1 −q , B1 =
Bt =
pq − ρ2
p
[
]
[
κ q−1
−θ1 − θ2 − κ − ρ2
B0 =
, B∞ =
0
0
(pq − ρ2 )(pq − θ2 − ρ2 ) − p(pq + θ1 )
]
0
.
ρ2
ここで一旦ガウス超幾何微分方程式に戻る. x = 0 における局所解系として
y01 = F (a, b, c; x),
y02 = x1−c F (a − c + 1, b − c + 1, 2 − c; x),
x = 1 における局所解系として
y11 = F (a, b, a+b−c+1; 1−x),
y12 = (1−x)c−a−b F (c−a, c−b, c−a−b+1; 1−x),
が取れて, これらは次の関係式によって移り合う:
[ Γ(c)Γ(c−a−b)
[y01 , y02 ] = [y11 , y12 ]P,
P =
Γ(2−c)Γ(c−a−b) ]
Γ(1−a)Γ(1−b)
.
Γ(2−c)Γ(a+b−c)
Γ(a−c+1)Γ(b−c+1)
Γ(c−a)Γ(c−b)
Γ(c)Γ(a+b−c)
Γ(a)Γ(b)
これにより, 局所解系 [y01 , y02 ] は, 確定特異点 x = 1, 0 の周りを一周するように解析
接続する事で, それぞれ次のように変換される:
[y01 , y02 ] → [y01 , y02 ]Cξ
(ξ = 1, 0),
ここで, モノドロミー行列 C1 , C0 は次のように与えられる:
C1 = P
−1
[
]
1
0
P,
0 e2πi(c−a−b)
[
]
1
0
C0 =
.
0 e2πi(1−c)
同様の問題を, 次のフックス系に対して考える:
LVI :
dy
=
dx
(
Bt
B1
B0
+
+
x−t x−1
x
)
y
(y ∈ C2 ).
LVI の基本解行列 Y (x) ∈ M2 (C) は, 確定特異点 x = t, 1, 0 の周りを一周するように
解析接続する事で, 次のように変換される:
Y (x) → Y (x)Cξ ,
Cξ ∈ M2 (C) (ξ = t, 1, 0).
モノドロミー行列 Ct , C1 , C0 がいずれも確定特異点の位置 t に依らない時, この性質
をモノドロミー保存変形と呼び
事実 2.5 ([Fuchs 1907]). モノドロミー保存変形は, アクセサリーパラメーター
p, q が t の関数としてパンルヴェ方程式 PVI を満たす事と同値である.
2.3 パンルヴェ方程式の特殊解としてのガウス超幾何微分方程式
事実 2.6 ([Fuchs 1907]). PVI はガウス超幾何級数によって記述される特殊解を
持つ.
もう少し正確に述べると
◦ PVI の下では, p = δ = 0 という特殊化を考える事が可能である.
◦ この時, 変数 q は次のリッカチ方程式を満たす:
dq
t(t − 1)
= −(α + β + γ)q 2 + {(α + γ) + (β + γ)t}q − γt.
dt
◦ リッカチ方程式は, 次の変数変換(及びパラメーターの適当な読み替え)によって,
ガウス超幾何微分方程式に変換される:
t(t − 1)
d
log y = (α + β + γ)q.
dt
ここまでの内容を簡単にまとめると
ガウス超幾何微分方程式
特殊解
確定特異点を 1 つ増やす
−−−−−−−−−−−−−−−−→
-
フックス系 LVI
. モノドロミー保存変形
パンルヴェ方程式 PVI
そして, 本講演の目指すところは
「このような古典的な結果を, スキームごと高階化したい」
3 リジッド系と高階パンルヴェ系
ガウス超幾何微分方程式及びパンルヴェ方程式 PVI の, フックス系の視点からの高階化
を考える.
定義 3.1. 既約に実現可能でアクセサリーパラメーターを持たないフックス系を,
リジッド系と呼ぶ.
定義 3.2. アクセサリーパラメーターを持つフックス系のモノドロミー保存変形
として得られる非線形微分方程式系を, 高階パンルヴェ系と呼ぶ.
ここで, 最初の「パンルヴェ性を持つ方程式の分類」という問題に再度立ち戻る.
問題 3.3. リジッド系と高階パンルヴェ系はどのくらい存在するのか?
また「超幾何関数の視点から捉え直す」ためには, 次の問題も重要である.
問題 3.4. 任意のリジッド系に対して, それを特殊解として持つ高階パンルヴェ
系は存在するのか?
パンルヴェ方程式 PVI
特殊解
−−−−→
ガウス超幾何函数 2 F1
⇓
⇓
(一般化)
(一般化)
⇓
⇓
高階パンルヴェ系
特殊解
−−−−→
リジッド系
最近の結果を紹介する前に, スペクトル型について, 厳密な定義ではなく具体例 2 つに
よって説明しておく.
例 3.5. リーマン図式

x=t



θ1
0



0
x=1
θ2
0
0
x=0
κ1
κ2
0

x=∞ 


ρ1
,
ρ2



ρ3
を持つフックス系のスペクトル型は, 21, 21, 111, 111 となる.
例 3.6. リーマン図式

x = t1




 θ1
0


0



0
x = t2
θ2
0
0
0

x=1 x=0 x=∞ 



θ3
θ4
ρ1

θ3
θ4
ρ1
,


0
0
ρ2



0
0
ρ2
を持つフックス系のスペクトル型は, 31, 31, 22, 22, 22 となる.
行列のサイズが 4 次以下のリジッド系と, 6 つ以下のアクセサリーパラメーターを持つ
フックス系の, スペクトル型によるリスト:
HGF
2 F1 (Gauss)
F1
3 F2
Rigid
11, 11, 11
21, 21, 21, 21
21, 111, 111
FD
4 F3
F2 /F3
F4
31, 31, 31, 31, 31
31, 1111, 1111
31, 31, 22, 211
31, 22, 22, 22
211, 211, 211
22, 211, 1111
EO4
Painlev´e
11, 11, 11, 11 (PVI )
21, 21, 21, 21, 21 (Garnier)
21, 21, 111, 111
22, 22, 22, 211
31, 22, 22, 1111
31, 31, 31, 31, 31, 31 (Garnier)
31, 31, 1111, 1111
31, 31, 31, 22, 211
31, 31, 22, 22, 22
31, 211, 211, 211
31, 22, 211, 1111
22, 22, 211, 211
22, 22, 22, 1111
33, 33, 33, 321
42, 33, 33, 222
51, 33, 222, 222
51, 33, 33, 111111
リジッド系の分類に関する注意事項:
◦ 既約で実現可能なリジッド系の分類アルゴリズムは, Oshima によって与えられた.
高階パンルヴェ系の分類に関する注意事項:
◦ アクセサリーパラメーターを持つフックス系の, 積分変換及びゲージ変換についての
同値類の決定は, Kostov と Oshima によって行われた.
◦ Haraoka-Filipuk は, フックス系の分類が, そのまま高階パンルヴェ系のレベルにまで
持ち上がる事を示した.
◦ これにより, 高階パンルヴェ系がどのくらい存在するか, という問題は解決されたが,
方程式の具体的な記述を与えるようなアルゴリズムはまだ存在しない.
◦ リスト中の 17 個の高階パンルヴェ系のうち, 名前のついていない 14 個は, Kawakami,
Sakai, Sasano, Tsuda 及び講演者によって与えられた.
◦ 高階パンルヴェ系のリジッド系による特殊解は, Tsuda と講演者によって与えられた.
4 参考文献
確定特異点やモノドロミー群など, フックス系について詳しく知りたい時は
◦ 高野恭一「常微分方程式」朝倉書店
モノドロミー保存変形やパンルヴェ方程式について詳しく知りたい時は
◦ 岡本和夫「パンルヴェ方程式」岩波書店
◦ K. Iwasaki, H. Kimura, S. Shimomura and M. Yoshida
”From Gauss to Painlev´e: A Modern Theory of Special Functions” Vieweg.
リジッド系について詳しく知りたい時は
◦ 原岡喜重「超幾何関数」朝倉書店
◦ T. Oshima
”Fractional calculus of Weyl algebra and Fuchsian differential equations” MSJ
Memoirs
以上の文献を参照して下さい.