精神科クリニックを受診した幼児のバウムテスト ―特に注意欠陥/多動性障害児に焦点を当てて― ○久保りつ子・牧原寛之(非会員) (牧原クリニック) キーワード : 幼児期・バウムテスト・注意欠陥/多動性障害 Baum test of cases in early childhood with attention-deficit / hyperactivity disorders visiting a psychiatric clinic Ritsuko KUBO, Hiroyuki MAKIHARA# (Makihara clinic) Key words: early childhood, Baum test, attention-deficit / hyperactivity disorder 目 的 バウムテスト(以下 BT)は投映法、描画法の検査であり、性 格傾向、その時の精神状態、発達の問題など、様々な様相を 掴むことのできる簡便な心理検査である。しかし描画法では、 被験者の描画能力がテストの分析に大きく関わって来る。幼 児期は特に描画能力の未熟な時期であり、それをそのまま分 析して良いのかという疑問が残る。描き慣れた人物画による テストよりも、BT の方が描画能力の差が表れやすい可能性 も考えられる。これまで Koch(1952)の研究に始まり、本邦で も一谷ら(1966)の研究、山下(1982)による追試など、発達の指 標となる項目がいくつか抽出されているが、実際に精神科ク リニックを受診した幼児の BT から、心理アセスメントに必 要な情報を読み取ることができるのであろうか。そこで本研 究では A クリニックで実施した幼児の BT に注目し、BT が その時点での状態を反映しているのかどうかについて調べる ことを目的とする。 対 象 と 方 法 対象 : A クリニックを受診し、BT を実施した 4 歳から 6 歳ま での幼児 40 例(男児 31 名、女児 9 名、平均年齢 6 歳 5 ヵ月) であり、知的発達は全例境界域以上であった。 方法 : BT は初診時または治療経過途中で実施した。バウム は BT 整理表(国吉ら, 1982)にて分類し、χ2 検定で有意差のあ った項目をとりあげ考察した。 結 果 及 び 考 察 1. 対象の分析 表1. 40例の診断 40 例の医師による 診断名 人数 % 診断は表 1 の通りであ ADHD 20 50 9 22.5 った。注意欠陥/多動性 チック・トゥレット障害 6 15 障害(以下 ADHD)が 20 学習障害 広汎性発達障害 5 12.5 名と一番多く、次いで 吃音 3 7.5 チック障害・トゥレッ 不登校 2 5 ト障害、学習障害、広 その他 6 15 ※重複あり 汎性発達障害であった。 2. 対象者の BT 全体から見える傾向 まず全体の傾向を調べたところ、普通の大きさのバウムが 少なく、用紙の 4/5 以上を使った大きい木や 1/3 以下の小さ い木が、それぞれ 14 例 35%、8 例 20%を占めていた。つまり 幼児期は手指の統制が難しく、ちょうど良い大きさの描画に ならなかったと考えられる。これは筆圧にも表れており、強 圧で描かれたバウムが 23 例 57.5%と多く、適度な筆圧で描か れたバウムが 2 例 5%と少なかった。次に BT を一谷ら(1966) の研究での発達に関わる 13 項目と比較したところ、今回の 40 例では「幹上直」を描いた者が 14 例 35%と一谷らの調査 の同年齢の幼児の 68.6%より有意に少なかった。これは、 「枝 描写なし」が 15 例 37.5%と一谷らの調査の 7.5%を大きく上 回っていることも影響していると考えられる。つまり枝を描 かずに幹の上に樹冠を乗せるなどして幹の上部を処理したた めと思われる。また「二線枝」 「全枝先直+一部枝先直」 「葉」 なども有意に少なかった。一方で今回の調査では、木の形態 をしっかりと取ることのできている者が 23 例 57.5%と半数以 上いた。これはクリニックで BT を施行する際、幼児であっ ても「木の絵」を描くことができる能力を持っているだろう という検査者側のバイアスがかかっていたとも考えられる。 3. 学童期の ADHD 児の BT との比較 今回の調査では ADHD と診断された者が 20 例と半数を占 めていたため、幼児期の ADHD にも学童期と同様の傾向がみ られるのか、比較した。学童期の ADHD 児 70 例の調査(久保 ら, 2002) では、筆圧の高い描画、筆圧の一定しない描画がそ れぞれ 51.4%、35.7%と多かった。幼児の手指の統制の悪さを 加味して考えなければならないとは思われるが、幼児の ADHD でも筆圧の高い描画は 11 例 55%、筆圧の一定しない 描画は 6 例 30%と 8 割以上を占めていた。また実や葉、枝な どを細かく描いたバウムが学童期では 52.9%であったが、幼 児期でも実や枝などを繰り返し描いたバウムが 15 例 75%と かなり多かった。つまりこだわりや強迫性の強さは、幼児期 のバウムにも表れているといえる。また幼児期のバウムでは 枝を描いたものは少なかったが、 枝を描いた 9 例 45%のうち、 3 例が二線枝と一線枝の両方を描いた混合枝のバウムを描い ていた。(その他の 20 例では 1 例のみ) ここでも、枝にこだ わり細かく描こうとする傾向が認められた。さらに過大果を 描いている割合は、学童期では 15.7%と一般児童の 6.6%を上 回っていたが、幼児期の ADHD でも 5 例 25%と他の 20 例の 1 例 5%を上回っていた。ここからも衝動性の高さや手指の統 制の悪さが示唆された。逆に学童期の ADHD とは異なる傾向 も認められた。根や地平線、幹の太さ・普通、葉、全二線枝、 分枝の描写は幼児期では有意に少なく、逆に幹上直は幼児期 に多かった。つまり、学童期の ADHD 児は木を構成する要素 を全て盛り込むことができているが、幼児期では木の形をと ることで精一杯の描画であったことがうかがえる。 今回の研究では少数であったため大きく取り上げなかった が、広汎性発達障害児の描画も特徴的であった。バウムは迷 いのない筆致で描かれ、こだわりが目立ち、BT にその様相 が表れていると考えられた。このように幼児期の描画の特徴 を把握しつつ細かく BT を分析していくと、その障害、疾患 で起こりやすい問題がバウムにも表れていることが示された。 お わ り に 精神科クリニックを受診した幼児の BT40 例を分析した。 一谷らによる幼児期の発達指標とは異なる描画が多く、手指 の統制の未熟さや、枝や葉を描かない形態のバウムが目立っ た。また学童期の ADHD 児のバウムと比較したところ、幼児 期のバウムは簡略化されたものであったが、手指の統制の悪 さや衝動性、こだわりの強さなどの特徴は、学童期と同様、 幼児のバウムにも表れていた。以上の結果から、幼児期の BT にも対象児の状態が反映されていることが示唆された。
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