37 第 13 章 EVAとプロフォーマ利益 13.1 残余利益の考え方の応用 残余利益は、企業が、資本提供者の期待を上回って稼ぎ出した利益という意味を持ちま す。この残余利益の考え方を企業の実践上の財務指標として応用したものとして、EVA (economic value added、経済付加価値)と呼ばれる利益の数値があります14。 EVAは、一言で言うと、企業に対する全ての資本の提供者が抱く期待の見返り(資本コ スト)以上の利益を企業がどれだけ生み出したのかを示す指標です。残余利益が企業価値 (株主)の算定を目的とする株主の立場から行われる計算であるのに対して、EVAは経営 者の立場から企業全体を捉えようとする点に特徴があります。 13.2 EVAの計算式 残余利益は、次のような計算式によって求められます。 残余利益(円) = 当期純利益 株主資本 株主資本コスト この残余利益の計算式をEVAの計算に置き換えると、次のような計算式となります。 EVA(円) = 税引後営業利益 投下資本 加重平均資本コスト 税引後営業利益は、NOPAT(net operation profit after tax)とも呼ばれます。NOPATは損益 計算書には掲載されていませんが、次の計算式によって求めることができます。 NOPAT(円) = 営業利益 営業利益にかかる税金費用 営業利益にかかる税金費用は、損益計算書の税引前当期純利益の下の箇所に法人税等と して計上されている税金費用とは異なります。損益計算書上の税金費用の金額は、臨時的 14 EVA について解説した文献として、J. M. Stern, J. S. Shiely and I. Ross, The EVA Challenge: Implementing Value-Added Change in an Organization/伊藤邦雄訳『EVA―価値創造への企業変革―』参照。 第 13 章 38 EVA とプロフォーマ利益 な項目や非経常的な項目を全て考慮した後の税引前当期純利益に対する税負担を求めるも のです。一方、営業利益にかかる税金費用は、本業を通じて獲得された営業利益に対する 税負担を計算したものとなります。 営業利益に対する税負担のみを営業利益から差し引く理由は、株主だけではなく債権者 も含めた全ての資本の提供者に対する資本コストの支払いの源泉となる利益の金額として、 NOPATの金額を意味付けるためです。営業利益にかかる税金費用の計算式は、次のとおり です。 営業利益にかかる税金費用(円) = 営業利益 法人税率 したがって、NOPATの計算式をまとめると、次のようになります。 NOPAT(円) = 営業利益 営業利益 法人税率 上の計算式は、次のように表すこともできます。 NOPAT(円) = 営業利益 ( 1 法人税率 ) EVAの計算で用いられる投下資本は、貸借対照表の株主資本に有利子負債を加えた数値 であり、企業が社会から期待の投資見返りを付されて調達した全ての資本を意味します。 ここでは簿価に基づいて、期首の投下資本の数値を用います。 加重平均資本コスト(WACC)は、割引キャッシュ・フローモデルで用いるものと同じく、 企業の債権者と株主の全ての期待の投資見返りを表す数値です。投下資本にWACCを乗じた 金額は、企業の全ての資本提供者の観点から算出した要求利益の数値となります。NOPAT から、投下資本とWACCを用いて求めた全体の要求利益を差し引くと、EVAになります。 13.3 EVAの解釈 EVAが正の値になるということは、全ての資本提供者が期待する投資見返り(支払利息、 配当、値上がり期待分、EROI)に応えてそれらを支払った後も、企業の手許に利益が残る という状態を意味します。言い換えると、社会から資金を調達するためにかかった費用よ りも多くの利益を上げることができている、ということを意味します。 EVAは、企業の経済活動において、社会が課している最低限の利益のノルマを把握する ものであると考えることができます。EVAのように残余利益を踏まえた考え方が企業の業 39 績を示す指標として重視されるようになってきた背景には、資金の調達費用である資本コ スト以上の利益を稼いでいない企業は、世の中の投資者から資金を集めて経済活動を行う 合理的な理由がない、と投資者や社会から見られるようになってきたことがあります。資 本コストを上回ってEVAが正の値になるということは、企業がその活動から新たな価値を 作り出し、世の中に正の経済的価値をもたらしたということを意味します。このような発 想に基づく経営は 価値創造経営 などと呼ばれることもあります。 13.4 EVAの使いみち EVAを向上させるためには、EVAの計算に用いる構成要素について、次の3つの関係が成 り立っていることを理解しておくことが有益です。すなわち、1つ目に NOPATを上げると EVAは上がる 、2つ目に 投下資本を下げるとEVAは上がる 、3つ目に WACCを下げると EVAは上がる という関係です。この関係を数値例で示すと次のようになります。 数値例(1) NOPAT 300億円 投下資本 1,000億円 WACC 5.0% EVA = 300 1,000 0.05 = 300 50 = 250億円 数値例(2) NOPAT 325億円(NOPATを上げる) 投下資本 1,000億円 WACC 5.0% EVA = 325 1,000 0.05 = 325 50 = 275億円 数値例(3) NOPAT 300億円 投下資本 500億円(投下資本を下げる) WACC 5.0% EVA = 300 500 0.05 = 300 25 = 275億円 数値例(4) NOPAT 300億円 投下資本 1,000億円 WACC 2.5%(WACCを下げる) EVA = 300 1,000 0.025 = 300 25 = 275億円 13.5 プロフォーマ利益 残余利益やEVA、NOPATのように、企業内容開示制度のもとで開示される損益計算書に は計上されないものの、各企業が独自な方法を用いて計算して公表する利益数値のことを プロフォーマ利益(pro-forma earnings)と呼びます15。 経営者は、投資者や社会に良い印象を与えようとするために、企業内容開示制度で規制 されていない任意のプロフォーマ利益を公表する誘因を持っていると言えます。プロフォ プロフォーマ利益について解説した文献として、W. R. Scott, Financial Theory/太田康広・椎葉淳・ 西谷順平訳『財務会計の理論と実証』 「利益マネジメント」の章を参照。“pro-forma”はラテン語で、 形式上の、試算上の という意味を持つ言葉です。 15 40 第 13 章 EVA とプロフォーマ利益 ーマ利益は、金融商品取引法や会社法に基づく企業内容開示制度によって強制的に開示が 要請されている情報ではないため、計算の方法や名称も多種多様であり、企業の様々な考 え方や思惑のもとで提供された情報となっています。たとえば、損益計算書に計上されて いる営業利益や当期純利益の数値自体が小さく芳しく無い状況であっても、決算説明会の 資料や年次報告書の中で、企業が独自の計算方法で算出した とある利益 の数値が見栄え の良い形で大きく発信されたりすることがあります。 13.6 プロフォーマ利益の種類 プロフォーマ利益を算出する主な方法は、業績の数値を大きく見せるために特定の費用 の項目を除外するものとなっています。したがって、プロフォーマ利益は、損益計算書に 掲載される営業利益や当期純利益の金額に比べて、費用が除外されている分だけ高めの金 額となります。低いプロフォーマ利益は敢えて任意で開示する意味がないため、低めの金 額が計算されるプロフォーマ利益はほとんどありません。企業が実際に公表している代表 的なプロフォーマ利益としては、次のEBITやEBITDAなどがあります。 EBIT(earnings before interest, tax、利息・税控除前利益)は、負債による資金調達の影響や 地域ごとの課税の環境の影響を排除した上で、本業および経常的な活動から稼ぎ出される 利益の水準を示すための業績指標です。したがって、有利子負債を多く抱えて支払利息の 負担が大きい企業であればあるほど、当期純利益が示す業績よりも良く見えるようになり ます。さしあたり一般的な計算式は次のとおりです。 EBIT(円) = 経常利益 + 支払利息 受取利息 + 法人税等 EBITDA(earnings before interest, tax, depreciation and amortization、利息・税・償却費控除前 利益)は、当期純利益の数値から、減価償却費やのれんの償却費などの経営者の会計方針 や利益操作に大きな影響を受ける費用項目や、法人税や支払利息など企業の存在する地域 や制度の環境に大きな影響を受ける費用項目を除外した利益の数値という意味を持ちます。 減価償却費やのれんの償却費の負担を利益の計算において考慮しないため、設備投資や買 収の規模が大きな企業ほど、当期純利益に比べてEBITDAの金額が増加します。 EBITDAは、税制や減価償却方法、財政政策に基づく金利の水準など、各国間の制度や慣 習の影響を排除した業績数値であると解釈することも可能であり、異なる地域の企業を比 較する際にも用いられることがあります。さしあたり一般的な計算式は次のとおりです。 EBITDA(円) = 税引前当期純利益 + 支払利息 + 減価償却費 + のれん償却費
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