分子生理学講座 体力医学研究室

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体力医学研究室
教 授:
竹森
重
講 師:
山内 秀樹
筋生理学、体力医学
体力医学
教育・研究概要
Ⅰ. 骨格筋代謝能力の改善に対する運動頻度の影響
小児肥満の 70%は成人肥満になるとされ、学齢期からの肥満予防はメタボリックシンド
ロームの予防に必要である。運動習慣は骨格筋代謝の亢進、脂肪量の低下、筋量増加に伴
う基礎代謝の上昇などにより肥満予防法として有用である。ここでどのように運動したら
より効果的かを検討するために、週あたりの運動量を同じにして運動頻度だけを変えたと
きの、骨格筋代謝能力改善与える影響を検討した。
生後 6 週齢の F344 系雌ラット 20 匹を対照(C)群、週 3 日運動(T3)群、週 6 日運動(T6)
群に分けた。運動は傾斜 0 度、分速 30m の強制走行運動とし、1 回の運動時間と運動頻度
は T3 群 60 分、週 3 日、T6 群は 30 分、週 6 日で 6 週間継続した。C 群は両運動群の体重と
等しくなるように制限給餌した。結果として、T3 群と T6 群では C 群に比べて足底筋重量
の高値、脂肪重量(睾丸周囲、腸間膜、皮下)と血中総コレステロールの低値がみられた。
血中中性脂肪は T6 群のみ C 群に比べて低値を示した。
運動による足底筋のグルコーストラ
ンスポーター発現量増加は T3 群に比べて T6 群で顕著であった。また、ミトコンドリアバ
イオマーカーのチトクローム c オキシダーゼⅣの発現量増加も同様の傾向を示した。リン
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酸化 AMPKα発現量は C 群に比べて T6 群で高値を示したが、C 群と T3 群間に有意差はみら
れなかった。また、PGC-1α発現量はいずれの群間においても有意差がみられ、C 群<T3
群<T6 群の関係であった。以上の結果から、週あたりの運動量が同じ場合、運動頻度は骨
格筋肥大率には顕著な影響を持たないが、代謝能力の改善にはこまめに運動した方が効果
的なものもあることが示され、
この代謝能力の改善効果には AMPK-PGC 経路の活性化の違い
が関与していると推察された。
Ⅱ. 温熱刺激と筋損傷後のカルシニューリン調節タンパク質 DSCR1 の発現変化
温熱ストレスは筋損傷後の再生を促進するが、その機序にはカルシニューリンが関与し
ているとされている。しかし、カルシニューリンのフォスファターゼ活性を調節する DSCR1
の発現変化に関する報告がない。そこで、温熱刺激後の筋損傷早期における DSCR1 の発現
変化を調べた。
成熟雌ラットを対照群と損傷群に分け、一側後肢に温熱刺激(42 度の温浴 30 分間)を
与えた。翌日、損傷群の両側の前脛骨筋に塩酸ブピバカインを注入し、筋損傷を誘発した。
筋損傷後 1、3、6 日目に両側の被検筋を摘出し、分析した。結果として、筋損傷 1 日目に
DSCR1 の発現量が著しく低下したが、筋損傷後 3、6 日目にかけて発現量の回復が観察され
た。対照群では温熱刺激による DSCR1 の発現変化はみられなかったが、損傷群において、
DSCR1 の発現量低下が見られたことはカルシニューリンの抑制因子である DSCR1 の発現量
が筋損傷後に低下したことは筋損傷後早期におけるカルシニューリンシグナルを正に作用
させる機構かもしれないが、温熱刺激そのものには DSCR1 の発現を調節する効果はないら
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しい。温熱刺激が筋損傷に伴う DSCR1 の発現抑制を助長する効果を持つかどうかを、温熱
刺激なしで筋損傷させた場合との比較で検討する必要がある。
Ⅲ. PGC-1αによる骨格筋代謝調節に対するミオスタチンの関与
TGF-βスーパーファミリーのミオスタチンは骨格筋の筋量だけでなく、代謝能力の調節
にも関与することが、最近の KO マウスを用いた研究で示された。この KO マウスで得られ
たミオスタチンの作用を、荷重条件を変化させた実験モデルで検証した。
実験 1:17 週齢の F344 系雌ラットを対照群、非荷重群、非荷重+間欠的再荷重群に分け、
非荷重は 3 週間の尾部懸垂とした。間欠的再荷重は 10 分間の荷重運動を 4 時間ごとに 1
日 3 回実施した。被検筋は内側腓腹筋とした。実験 2:6 週齢の F344 系雌ラットを対照群
と運動群に分け、運動群には回転車輪による自発走運動を 8 週間行わせた。被検筋は足底
筋とした。両実験でクエン酸シンターゼ(CS)とβヒドロキシアシル CoA デヒドロゲナー
ゼ(β-HAD)の活性、ミオシン重鎖 (MHC)分子種組成、ミオスタチンと PGC-1αのタン
パク発現量を測定した。実験 1 の結果として、非荷重により筋重量、CS、β-HAD 活性の低
下、MHC IIb 比率の増加と MHC IIa 比率の減少がみられた。また、ミオスタチンは増加し、
PGC-1αは減少した。間欠的再荷重は非荷重による筋量や代謝能力の低下、さらにミオスタ
チンと PGC-1αの発現量変化を抑制した。実験 2 の結果として、自発走運動により筋重量、
CS、β-HAD 活性の増加、MHC IIb 比率の減少と MHC IIa 比率の増加がみられた。また、ミ
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オスタチンは減少し、PGC-1αは増加した。つまり、ミオスタチンは PGC-1αの発現を介し
て筋量だけでなく、代謝能力をも調節している可能性が生理的実験モデルにおいて確認さ
れた。
Ⅳ. 高齢期の廃用性筋萎縮と運動によるその進行阻止
ベッドレストなど骨格筋への機械的刺激の低減は短期間で著明な筋萎縮を引き起こす。
この廃用性筋萎縮は,とくに速筋において加齢とともに顕著になる。廃用性要因に加えて、
加齢性要因の影響が大きくなるためである。そこで我々は、高齢期での顕著な廃用性筋萎
縮の機序と間欠的荷重負荷の筋萎縮進行阻止効果を検討した。足底筋最大張力は 4 ヶ月齢
に比べて 10 ヶ月齢で高く、20 ヶ月齢では、10 ヶ月齢に比べて低値を示し、20 ヶ月齢はサ
ルコペニアが発症している加齢段階にあることが確認された。3 週間の後肢非荷重状態に
よる最大張力の低下率は加齢とともに増大したが、筋特異的ユビキチンリガーゼ MAFbx と
MuRF1 の発現量はいずれの月齢においても変化はみられなかった。別のユビキチンリガー
ゼ Nedd4 の発現量が 20 ヶ月齢においてのみ、後肢非荷重で発現増加していた。一方、間欠
的再荷重(30 分/日)はいずれの月齢でも同程度、最大張力の低下を軽減したが、Nedd4
発現量には影響しなかった。以上の結果から、Nedd4 が高齢期での廃用に伴う顕著な萎縮
に関係している可能性が示唆された。間欠的再荷重による筋萎縮軽減効果には筋タンパク
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質分解系の抑制よりも合成系の亢進が関係しているものと推察された。
Ⅴ. Zucker 肥満ラットの肝脂肪蓄積の抑制に対する運動習慣と食餌制限の効果
Zucker 肥満ラット(ZF ラット)を用いて、食餌制限と運動実施が肝脂肪蓄積に及ぼす影
響について検討した。その結果、ZF ラットの肝脂肪蓄積および脂質代謝関連指標は、食餌
制限単独では抑制効果を認めなかったが、食餌制限と運動の併用により有意に改善した。
また、ZF ラットにおける肥満の進行に伴う糖代謝異常については、食餌制限単独および食
餌制限と運動の併用のいずれの条件下でもインスリン抵抗性が改善し、特に食餌制限と運
動の併用でより高い改善効果が示された。この運動効果は運動を中止して 2 週間後には消
失した。適度な食餌制限下の運動の継続が健康を維持に重要である。
Ⅵ. 脂肪摂取量の違いが肝脂肪蓄積と肝ミトコンドリアの形態に及ぼす影響
高脂肪食の摂取は過剰なエネルギー摂取をもたらし、脂肪肝を誘導することはよく知ら
れている。しかし、総エネルギー摂取量に差がない場合に食餌の脂肪含有量の違いが肝脂
肪蓄積に及ぼす影響はあまり検討されていない。そこで、標準食または高脂肪食を等しい
エネルギー量で摂取した場合の肝脂肪蓄積を検討した。
4 週 齢 雄 性 SD ラ ッ ト を 標 準 食 群 ( P:F:C = 20:10:70kcal % ) と 高 脂 肪 食 群
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(P:F:C=20:60:20kcal%)に群分けし、各条件にて 8 週間飼育した。高脂肪食群は少ない
摂餌量で、総エネルギー摂取量は標準食群と同等だった。副睾丸周囲脂肪の湿重量、血中
レプチン濃度は高脂肪食群で高値を示したが、血中中性脂肪、遊離脂肪酸濃度は高脂肪食
群が低値を示した。肝中の中性脂肪蓄積量は高脂肪食で高値を示し、光学顕微鏡、電子顕
微鏡で観察された肝実質細胞の細胞内脂肪滴も同様の傾向を認めた。また、高脂肪食群で
は肝実質細胞のミトコンドリア密度の低下やミトコンドリアの形態的乱れも観察された。
高脂肪食の摂取は、摂取エネルギー量や体重に差を認めなくても、肝中性脂肪の過剰蓄積
や肝ミトコンドリアの異常を引き起こし、肝代謝異常を生じる一因となる可能性が示唆さ
れた。
「点検・評価」
教育活動として、看護学科 1 年生の体育実技と講義、また、第三看護専門学校体育実技
(教育キャンプを含む)を担当した。研究成果は海外欧文誌原著論文 1 編、国内欧文誌総
説 1 編、国内和文誌原著論文 1 編、国内学会発表 6 演題、国際学会発表 2 演題であった。
自講座筆頭原著論文が 1 編もないのが反省点である。病態モデル動物を用いた食餌制限と
運動習慣の組み合わせによる健康・体力に関する研究は、和洋女子大学と立命館大学との
共同研究であり、一定の成果を得ている。今後も発展させていきたい。また、当研究室の
研究テーマである骨格筋の萎縮や運動に対する適応の研究では、ウェスタンブロッティン
グを主たる手法として、タンパク質発現量変化からその機序の解明に取り組んでいる。発
育期の習慣的運動の効果と同時に、高齢期での廃用性筋萎縮と運動のその進行抑制効果に
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関する検討も行った。少子高齢化社会において、健全な発育発達と健康長寿の達成をキー
ワードとして、基礎研究を充実させていきたいと考えている。
その他、日本体力医学会理事(竹森 重、山内秀樹)として学会運営に貢献し、日本体
力医学会編集委員(竹森 重、山内秀樹)として、和文誌「体力科学」
、英文誌「Journal of
Physical Fitness and Sports Medicine」の編集に貢献した。また、日本体力医学会学術
委員会スポーツ医学研修会実行委員長(山内秀樹)
、講師(竹森 重、神経・筋担当)とし
ても貢献した。第 68 回日本体力医学会大会「健やかに生きる~康寧を求めて~」を本学理
事長の栗原 敏会長の下、日本教育会館、学術総合センター、共立講堂にて開催した(竹
森 重、実行委員長・事務局長)
。当学会時にシンポジウム「健やかに生きるための骨格筋
の役割~活力ある高齢者であるために~」をオーガナイズした(山内秀樹)
。第 160 回日本
体力医学会関東地方会を国領キャンパス看護学科大講堂で開催した
(当番幹事、
山内秀樹)
。
研究業績
Ⅰ.原著論文
1) 黒坂裕香1), 北村裕美(流通科学大), 山内秀樹, 代谷陽子1,) 湊久美子1)(1 和洋女
子大). Zucker 肥満ラットの肝脂肪蓄積の抑制に対する運動習慣と食餌制限の効果.
体力科学 2014; 63(1): 223-9.
Ⅱ.総説
1) Yamauchi H, Takeda Y, Tsuruoka S, Takemori S. Effects of aging on
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unloading-induced atrophy and subsequent recovery in rats. J Phys Fit Sports Med
2013; 2(4): 417-22.
Ⅲ.学会発表
1) 山内秀樹, 安保雅博. 温熱刺激と筋損傷後のカルシニューリン調節タンパク質 DSCR1
の発現変化. 第 50 回日本リハビリテーション医学会学術集会. 東京, 6 月. [Jpn J
Rehabil Med 2013; 50(Suppl.): S407.]
2) 山内秀樹, 安保雅博. PGC-1αによる骨格筋代謝調節にミオスタチンが関与する. 第
50 回日本リハビリテーション医学会学術集会. 東京, 6 月. [Jpn J Rehabil Med 2013;
50(Suppl.): S232]
3) 山内秀樹, 竹森 重. 持久的運動による骨格筋代謝能力の改善に対する運動頻度の影
響. 第 68 回日本体力医学会大会. 東京, 9 月. [体力科学 2013; 62(6): 482.]
4) Yamauchi H, Takemori S. Ubiquitin ligase Nedd4 expression and atrophy in unloaded
rat plantaris muscle. 91st Annual Meeting of the Physiological Society of Japan.
Kagoshima, Mar. [J Physiol Sci 2014; 64: S266]
5) 黒坂裕香1), 北村裕美(流通科学大), 山内秀樹, 代谷陽子1), 湊久美子1)(1 和洋女
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子大). (シンポジウム:脂肪蓄積と代謝異常に対する運動の効果-動物実験で得られ
た知見のヒトへの応用-)Zucker Fatty Rat の脂肪肝と運動. 第 160 回日本体力医学
会関東地方会. 東京, 3 月. [体力科学 2014; 63(3): 365]
6) 黒坂裕香 1), 北村裕美 1), 山内秀樹, 代谷陽子 1), 湊久美子 1)(1 和洋女子大). 脂
肪摂取量の違いが肝脂肪蓄積と肝ミトコンドリアの形態に及ぼす影響. 第 67 回日本
栄養・食糧学会大会. 名古屋, 4 月. [日栄食糧会講要 2013; 67 回; 211]
7) Shiroya Y1), Kurosaka Y1), Kitamura H1), Minato K1)(1 Wayo Women’s Univ),
Yamauchi H. Effects of exercise training and detraining on fatty liver in Zucker
fatty rats. 20th International Congress of Nutrition. Granada, Sept. [Ann Nutr
Metab 2013; 63(Suppl.1): 893]
8) Kurosaka Y1), Kitamura H1), Yamauchi H, Shiroya Y1), Minato K1)(1 Wayo Women’s
Univ). Effects of exercise and diet restriction on the expression of hepatic
FAT/CD36 in Zucker fatty rats. 20th International Congress of Nutrition. Granada,
Sept. [Ann Nutr Metab 2013; 63(Suppl.1): 893]
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