定位放射線治療における品質管理サポートシステムの構築

定位放射線治療における品質管理サポートシステムの構築
定位放射線治療における品質管理サポートシステムの構築
田追悦章1,2)大倉保彦1),石田隆行1)
1)広島国際大学大学院総合人間科学研究科 医療工学専攻
2)国立病院機構 呉医療センター
要 旨
定位放射線治療は高い位置精度が要求されるため,ひとりひとりの患者ごとに機械的位置ずれを確認
し,テーブル位置を調整する必要がある.このためのひとつの手法として,フイルムショット法がある.
これは,擬似ターゲット(鉄球など)をアイソセンタに設置して,ガントリ角度,テーブル角度をさま
ざまに変化させて擬似ターゲットを撮影し,その陰影をもとにして調整幅を決定する方法である.しか
しながら,従来の目視計測は作業自体が煩雑であり,かつ作業者によって誤差が生じるという問題があ
る.そこで,本研究では,フイルムショットで撮影された陰影から,コンピュータの画像処理によって
自動的に修正幅を算出するシステムを開発した.本システムを使った場合と従来の方法での結果を比較
したところ122のケースにおいて良好な位置精度を得られた.さらに,本システムによって,作業ミ
スを防止するためのダブルチェックが可能になった.
キーワード:定位放射線治療,画像処理,品質保証,品質管理
Development of quality control support system
for stereotactic radiation therapy
Yoshinori TANABE '}, Yasuhiko OKURA^ , Takayuki ISHIDA13
Major in Medical Engineering and Technology, Graduate Course in Integrated Human Sciences
Studies, Hiroshima International University
National Hospital Organization KURE Medical Center
Abstract:
Stereotactic radio therapy (SRT) using a linear Accelerator (Linac) requires high precision in the table
position and the center of irradiation. QC procedure is necessary To guarantee high precision of each SRT. As
the QC procedure, we use the film shot method, in which the table correction width is derived from target images
taken at various gantry angles and table angles. However, QC procedure is so complex that long time is wasted
for this procedure. In addition, the degree of precision of QC procedure depends on each technologist. We
developed a (〕C program support system to support (〕C procedure. This system processes images taken by the
film shot method, and outputs the table correction width to adjust target position. For evaluation of our
developed system, we compared correction width of obtained from our system with that from, conventional
manual operation. Results showed that high degree of precision was achieved by employing our system. By
using our system, one double check scheme, QC procedure by using both manual operation and our system, will
be realized without any additional time for the procedure.
Keywords: stereotactic radiation therapy, image processing, QA, QC
連絡先:
〒737-0023
広島県呉市青山町3番1号
国立病院機構 呉医療センター 放射線科 田追 悦章
Tel:0823-22-3 1 1 1 e-mail:[email protected]
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医療工学雑誌,第1号, 2007
I.はじめに
でき,さらにコンピュータにより自動的
放射線治療においての品質管理は,直
にテーブル位置の修正幅を算出すること
接的に患者の治療成績に大きく影響する,
により,高い回転中心精度が得られると
重要な要素である.より高い治療精度を
考えられる.また,従来は1人の技師が
保つためには,多くの専門的な知識や技
確認していた照射精度を,本システムに
術が要求される.
よりコンピュータと技師とでダブルチェ
高精度リニアックやマイクロトロンを
ックとすることで事故のリスクを軽減で
用いた定位放射線治療では,照射位置の
きると考えられる.
精度を±2.0mm以内にすることが要求さ
したがって,本研究の目的は脳定位放
れており,照射装置の照射中心精度を
射線治療における品質管理サポートシス
1mm以内にすることが定義されており
テムとして,テーブル修正幅を自動的に
厳しい基準である.したがって,装置や
算出するシステムを開発し,評価するこ
ととした.
施設ごとに精度管理をシステム的に行う
品質保証(qualityassurance: QA)プロ
グラムを定めている.
Ⅱ.装置と方法
定位放射線治療における回転中心とビ
高エネルギー放射線治療装置には,治
ーム中心の位置精度を確認し,照射精度
療用マイクロトロン(日立メディコ,
2202型)を用いた.カウチマウントシス
を保つための品質管理(quality control:
テム(LCMA)およびアダプターリング
QC)の手法のひとつとして擬似ターゲッ
トを用いる方法(以下,フイルムショッ
(LATM)を用いて,あらかじめ治療室
ト法)がある.これは,擬似ターゲット
内に設置されているレーザーポインタで
(小鉄球)をアイソセンタに設置し,ガ
示されるアイソセンタの位置(STD: 100
ントリ角度およびテーブル角度(以下,
cm)に,直径5.0mmの鉄球を配置した.
カウチ角度)をさまざまな方向-変化さ
マイクロトロンの照射口には,照射の中
せて,擬似タ∴ゲットを含む照射野で撮
心がⅩ線中心軸となり,かつ照射範囲が
影し,常に鉄球が照射野中心に入る(ビ
フイルムの位置(SID: 113cm)におい
ーム軸中心に位置する)ように,テーブ
て直径30 mmの円形となるコーンを取
ル位置を調整する方法である.一般に,
り付けた.治療用高エネルギーⅩ線(10
ガントリ角度を6種類,カウチ角度を3
MV)を照射し,ノンスクリーンフイル
種類に変化させてそれぞれの位置でのフ
ム(Kodak X-OMAT V Film)で撮影して
イルムショット法による撮影を行い,秩
フイルムショット像とした.
球の陰影中心と照射野中心の位置の差を
ガントリ角度およびカウチ角度は,図
技師の肉眼で観察し,その差が最も小さ
1に示す範囲に設定が可能である.
くなるようにテーブル位置の調整を行う.
しかしながら,フイルムショット法で
は,鉄球位置と照射野中心の差を求める
のは目視によるため作業時間が長く,一
般に 3-6 時間程度の時間を必要とする.
また,擬似ターゲット中心と照射野中心
位置の差は目視による測定を行うため、 圏
その値にばらつきがある.さらに,フィレーザ棚
ルムショット法から得る位置の差から修
正すべきテーブルの移動幅を見出すため
には,過去の実験結果による経験的な値
をもとにしている.したがって,修正後
(a)
の回転中心位置は測定者によりばらつき
がある.
図1照射装置の移動範囲と,擬似ター
従来では人が行っていたこれらの作業
ゲット(鉄球)の配置
をコンピュータで支援することで,品質
(a)装置正面から見たガントリ回
転角度
管理の作業をサポートすることができる
と考えられる.精度確認のための作業に
(b)装置上面から見たテーブル
おいて,コンピュータによる画像解析に
(カウチ)回転角度
よってより客観的かつ精度の高い測定が
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定位放射線治療における品質管理サポートシステムの構築
今回のフイルムショット法では,ガント
リ角度およびカウチ角度を,それぞれ衷
1に示すさまざまな角度に設定し, 1回
の撮影あたり400MUの照射を行い,秩
球影およびコーン影をノンスクリーンフ
イルムで撮影した.その陰影の例を図 2
の重心位置を算出し,位置の差を得た.
この重心位置の差は,アイソセンタと照
射中心軸の差となる.以上の画像処理の
流れを図3に示す.
i".・)㍉「.
0
°
t - N
叩e
tg
t.tttt
n
aa
∩
G
chb
ug
Oc
o^
0
*sM
雑音成分の除去
コーン、鉄球影の描出
0 0
0 0
0
9
0
o
o
°
0
o
0
o
°
CD
0
o
o
0
CO
0
3
重心座標の算出
0
CD
o
0
0
S
CD
o
f ) * ォ ) ( D
6 0
o
o
図3 画像処理の流れ
表1 擬似ターゲットの撮影を行う
カウチ角度とガントリ角度の組
み合わせ
表1に示すさまざまなカウチ角度で求
めたフイルム上の重心位置の差を,次に
示すアフィン変換によって,すべてカウ
チ角度 oo における重心位置の差に変換
した.
cos β sin β
-sin β cos β
図2 フイルムショット像の例
撮影したすべてのフイルムショット
の陰影を VIDAR SYSTEM 社
(365 Herndon Parkway Herndon.VA,
USA)製フイルムデジタイザ SIERRA
plusで,サンプリングピッチ85pm,
4096 階調で読み取り,それぞれデジタ
ル画像として DICOM 形式で保存した.
フイルムショット法で得たデジタル画
像について,汎用画像処理ソフト
ImageJを用いて,まず,原画像にバン
ドパスフィルタを適用してエッジ成分を
強調した.つぎに,閥値処理を行い2倍
画像へ変換した. ImageJ によるエッジ
検出処理を行い,鉄球影およびコーン影
のエッジ成分のみの画像とした.ImageJ
のMeasure機能によって,それぞれの円
ここで,
x:カウチ角度O。でのX方向の差
Z:カウチ角度oo でのZ方向の差
L:カウチ角度0でのL軸方向の鉄球
の陰影中心と照射野中心の位置の差
M:カウチ角度0でのM軸方向の鉄球
の陰影中心と照射野中心の位置の差
∂ :カウチ角度
を表す.この座標変換の一例を,図4に
示す.
図4 テーブルが回転した場合の回転軸
の設定(装置上方からの図)
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医療工学雑誌,第1号, 2007
ガントリ角度についても,同様にガント
リ角度oo の位置座標に変換した.最終
的なテーブル位置の修正幅は,すべての
ガントリ角度とカウチ角度で得られたコ
ーン影と擬似ターゲット影の位置の差を
算術平均した値とした.求めた修正幅だ
けテーブルを移動させ,再度フイルムシ
ョットを行い,コーン影と擬似ターゲッ
ト影の中心位置の差を再度求め,最終的
なビームの位置とアイソセンタの差を確
認した.
本研究で開発した手法を評価するため
に,過去に撮影したフイルムショット
122回の陰影に対して,本サポートシス
テムによって修正幅を計算した.この結
果と,従来の手作業による修正幅を比較
した.
再度撮影されたフイルムショットにて得
られた,アイソセンタと擬似ターゲット
影の誤差の分布を図6に示す.
従来のフイルムショット法では,平均
4時間の作業時間を要していたが,本シ
ステムを使用したところ平均1時間とな
った.
表2 従来の手法による修復幅と,本
研究で開発したシステムによる
修復幅の比較
(単位:mm)
At^e Mnri Q血 FQrtry Ccuch CheaterA 蜘B q由crC 丸亀 SD 蜘X 〔106 Q2〕 n(石 QIO QC刃 QO7
30) 60
Q45 Q57 Q W
Q20 Q 1 S QC6
I^^^^EiT
QIO Q15 〔113 Q(B
X n∝ Q07 QO6
270 0
III. fc'f思
本研究で開発した画像処理法による結
果を図5に示す.
Y 〔145 Q3〕 Q32 Q 1 3
Q18 Q10
<M5 Q 10 Q30
X Q1 5 Q∝ Q20 Q32 Q25
9) 0
Y Q20 Qズ Ql 1
Q32 Q 13 QZl
0 旺)
Y Q30 Q55 QK〕
CU7
60 60
図 5 (d)のエッジ成分のみの画像が得ら
れるまでの時間は3-5分であった.
本サポートシステムと,従来の手作業
での結果を比較した例を表 2 に示す. 3
人の作業者A, B, C による測定ではそ
れぞれ異なる測定値となり,測定者間誤
差が発生している.
過去に撮影した122の陰影に対して,
本品質管理サポートシステムにて修正幅
を計算しテーブル位置修正を行った後,
糾 剛
AouanbsjL
図5 処理画像の例
(a)原画像
(b)バンドパスフィルタ処理画像
(C)二値化処埋画像
(A)エッジ処理画像
-0.4 -10,2 0 0.2 0.4
Deviation of an iron ball触m廿℃ certer of cone [itTd
図 6 本研究で開発したシステムで修
正した位置とアイソセンタ間の
距離の分布
Ⅳ.考察
脳定位放射線治療は,極小照射野(15
30 mm程度)で±2.0mm以内の位置
精度が求められる.経験則による位置精
度確認をシステムで自動計算することに
より,短時間で安定性の高い回転中心と
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定位放射線治療における品質管理サポートシステムの構築
再現性のある回転中心が得られるように
なったと考えられる.
従来のフイルムショット法での確認作
業は,まずガントリ角度を変化させた3
方向で撮影し,回転軸のずれを補正する.
次に誤差が大きくなりやすいカウチ角度
とガントリ角度の両方を変化させた4方
向の撮影による位置の差が1.0mm以内
であれば, 5方向を追加して確認してい
る.しかし,4方向の撮影での誤差は1.0
mmを超える場合が多く、繰り返し調整
が必要となるため調整時間が長く、平均
3時間であった.
今回開発したサポートシステムを用い
たとき,最初にカウチ角度およびガント
リ角度を変化させた5方向の撮影を行う
ことで,回転中心からのズレを画像処理
法と計算式で求めることで再現性のある
調整が可能となった.その結果,一度の
工程で調整ができ,作業時間については
平均1時間半程度の短縮ができた.
従来の方法と本システムで算出し位置
に差がでた要因のひとつとして,コーン
影と鉄球影の辺縁のボケが含まれている
ことが考えられる.フイルムショットの
撮影時間は400MU (2分程度)であり,
照射時間が比較的長く,撮影中に擬似タ
ーゲットがわずかに動いていることが原
因と考えられるため,これを改善するに
は, CRの利用が有用であると思われる.
CRで撮影すれば3MU (1秒)程度の照
射時間で撮影が可能であり,陰影の辺縁
のボケによる視覚的誤差が減少すると考
えられる.
従来の方法での回転中心は,過去の実
験結果による経験的な値をもとに調整し
ていたため,回転中心精度は測定者によ
りばらつきがあった.本研究にて,回転
中心を計算式(アフィン変換)により求
めることにより 1.0mm以内の再現性
のある精度が比較的短時間で得られるよ
うになった.さらに精度を高めるには,
装置自体のガントリ回転軸のズレ方向と
カウチ方向のズレ方向を把握することが
必要である.
汎用リニアックやマイクロトロンを用
いるシステムでは,さまざまな誤差要因
が複合して影響するため,得られた精度
が常に維持されるとは限らない.フイル
ムショット法で得た精度は,常に注意し
ながら適用するべきである.
本手法は従来の手法(目視による確認)
と置き換えることもできるが,従来法と
平行して本システムを利用することで,
人とシステムのミスを相互に確認できる.
つまり,ダブルチェックが可能となり,
技師が単独で作業することのリスク要因
を軽減する使用法も考えられる.
Ⅴ.結論
本研究で開発した画像処理法と算出式
により自動的に回転中心-のずれを示す
プログラムを用いることにより,従来方
式より短時間でかつ測定者間誤差の少な
い回転中心を得た.
脳定位放射線治療におけるフイルムシ
ョット法を自動化することにより,従来
一人の技師にて確認していた作業に対し
て人とコンピュータのダブルチェックが
可能になり,事故-のリスクが軽減でき
た.
参考文献
1)日本放射線技術学会編:外部放射線
治療における保守管理マニュアル,
日本放射線技術学会 154-174,
2003.
2)西董武弘:放射線治療物理学 第 2
版,文光堂, 373-378, 2004.
3)久保敦司、国枝悦夫、大平貴之:定
位照射 一その技術と臨床-,医療
科学社, 109-113, 2001.
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