東海大学工学部応用化学科 応用化学実験 I キレート滴定 本実験の目的 本実験では、水道水や天然水に含まれるミネラル成分の指標である「硬度」を、EDTA・2Na 塩 (EDTA:Ethylene Diamine Tetra Acetic acid)を利用して分析する手法を学ぶ。 さらに本手法を利用して、水道水および二種類の天然水の総硬度を決定する。 調査項目 キレート、標準溶液と標定、EDTA の構造ならびに性質、キレート生成定数(安定度定数)、 金属指示薬、緩衝溶液、マスキング剤、アメリカ硬度、ドイツ硬度。 原 理 EDTA とはエチレンジアミン四酢酸の略称であり、次のような構造をもっている。この構造は 種々の金属ときわめて安定かつ水に可溶な錯化合物をつくる。 HOOCCH2 CH2COOH N-CH2-CH2-N HOOCCH2 CH2COOH 溶液中で金属イオン(Mn+)とキレート試薬(Y4-)が反応して金属キレート化合物を生成する過程 を考える。反応系(左辺)と生成系(右辺)との間に平衡が成立すると、その平衡反応式は式(1)の ようになる。 Mn+ +Y4- MY(4-n)- ・・・・・ (1) [MY ] [M ][Y ] この平衡定数は、以下の式(2)によって示される。 ( 4−n )− K= n+ 4− ・・・・・ (2) ここで K の値は安定度定数またはキレート生成定数といい、金属キレート化合物の安定度をは かる尺度である。なお、生成した金属キレート化合物が難溶性の沈殿である場合には、反応は生 成系の方向へ一方的に進み、平衡も著しく右辺にずれることになる。 また、キレート試薬はしばしば H4Y と略記され、はじめに示した構造からわかるとおり四塩基酸 であるから、次のような四段階の解離が与えられる。 H4Y H+ + H3Y- K=1.02×10-2 H3Y- H+ + H2Y2- K=2.14×10-3 H2Y2- H+ + HY3- K=6.92×10-7 HY3- H+ + Y4- K=5.50×10-11 1 東海大学工学部応用化学科 応用化学実験 I この反応式は pH の関数であり、pH による反応の変化は次のような反応式から得られる。 pH>10 :M2+ + Y4- MY2- pH=7~9 :M2+ + HY3- MY2- + H+ pH=4~5 :M2+ + H2Y2- MY2- + 2H+ pH<4 :M2+ + H3Y- MY2- + 3H+ これらの式からわかるように、pH が 10 よりも充分大きい場合に限り、EDTA の大部分が 4 価の 陰イオン Y4-として存在する。ここで金属キレート MY2-が極めて安定であれば、この反応が完了し た時点で pM が急激に変わる(ただし、pM=-log[M2+]である)。しかし、pH が 10 より小さい場合に は HY3-のほうが優勢となってしまい、H+が EDTA と結合しようとして金属イオンと競合することが考 えられる。 このような金属キレート化合物の生成によって、金属イオンは遊離金属イオンとしての独自の性 質を失い、同時にキレート試薬も金属との配位結合の結果、それ自身に変化が起こる。 一方、K の値は表 1 に示すように金属イオンの種類により大きく変化し、その値は 10 の数乗と い う大 き な値 を と る ため 、 その 常 用 対 数 ( Log) で表 す 。 例 えば 、 カ ル シウム の 安 定 度 定数 logK=10.70 とは、K=5.01×1010 を意味する。 表1より明らかなように、1 価以外のほとんどの金属イオンの logK はおよそ 8 以上であり、EDTA のキレート生成反応が定量的に進むことが予想される。 表 1 EDTA キレート化合物の安定度定数 金属イオン Al 3+ logK 16.13 金属イオン Cu 2+ 2+ 7.76 Na Ca2+ 10.70 Fe3+ Ba Cd 2+ Co 2+ Co3+ + 2 logK 18.80 1.66 25.1 16.46 Hg + 16.31 2+ 21.64 Mg 8.69 36 Mn2+ 14.04 金属イオン logK 2+ 18.62 2+ 18.04 Sr2+ 8.63 Ni Pb Th 4+ 23.2 Zn 2+ 16.50 Zr4+ 29.9 キレート生成反応の平衡式からも明らかな通り、キレート化合物の安定度は pH の影響を受ける。 つまり水素イオン濃度[H+]が高くなれば平衡は左辺に移行し、キレート化合物の解離が起こる。 キレート滴定における終点の判定方法には一般に金属指示薬が使用される。金属指示薬とは、 金属イオンと結合して有色の錯化合物を作る染料である。この指示薬をあらかじめ金属塩溶液に 加えておくと、最初は金属と結合した化合物の色を示す。ここに EDTA を加えて Mn+がすべて EDTA 錯化合物となれば、染料は遊離状態の色に戻るため、ここを終点とする。代表的な金属指 示薬には、ムレキシドやエリオクロムブラック T(エリオ T または EBT と略す)などがある。 EDTA の特性をまとめると (a) ほとんどの 2 価以上の金属イオンと安定度の高いキレート化合物を生成する。 (b) 金属イオンと EDTA の結合比はつねに 1:1 である。 (c) 生成した EDTA キレートは水溶性であり、また多くの場合が無色である。 2 東海大学工学部応用化学科 応用化学実験 I 実験操作 1.EDTA・2Na 水溶液の標定 ① 用意されている 0.01M-EDTA・2Na 水溶液を約 150mL 自班の容器に取り分ける。 ② 少量の EDTA・2Na 水溶液でビュレットを共洗いしてから EDTA・2Na 水溶液を入れる。 ③ 秤量ビンを用いて CaCO3 約 0.1gを精秤する。 ④ この秤量ビンに蒸留水 2mL を加え、ドラフト内(必ず保護メガネをかける)で HCl を数滴 (発泡に注意しながら)徐々に加え、完全に CaCO3 を溶解した後、ロートを用いて 100mL メ スフラスコに入れ、秤量ビンおよびロートも蒸留水でよく洗いながら、標線まで希釈する。 ⑤ ホールピペットを用いて CaCO3 標準溶液 10.00mL を三角フラスコに正確に計り取り、 pH=10 の緩衝溶液 2mL と EBT 指示薬を3滴、それぞれ加える。 ※加えた EBT の量によって終点の色が微妙に異なるため、EBT の添加量は必ず一定に する。また、色の変化を確認しやすいようにブランクを用意しておくと良い。 ⑥ ビュレットに入れてある EDTA・2Na 水溶液を用いて滴定を行い、溶液の色が赤紫色→青 色へ変化した点を終点とする。滴定操作は 3 回繰り返す(滴定誤差は 0.05mL 以内)。 2.水道水および二種類の天然水の総硬度の決定 ① 用意されているビュレットを用い、水道水および二種類の天然水をそれぞれ 25.00mL ず つ三角フラスコに正確にとり、pH=10 の緩衝溶液 2mL と EBT 指示薬 3 滴を加える。 ② ビュレットに入れてある EDTA・2Na 水溶液を用いて滴定を行い、溶液の色が赤紫色→青 色へ変化した点を終点とする。滴定操作は3回繰り返す(滴定誤差は 0.05mL 以内)。 結果の整理 ○ 各班で調製した CaCO3 標準液のモル濃度を計算する。 ○ EDTA・2Na 水溶液のモル濃度を計算する。 ○ 水道水および二種類の天然水の総硬度を計算し、アメリカ硬度ならびにドイツ硬度で示し それらは軟水か硬水かを判定せよ。 レポート課題 ● キレート滴定とキレート定数との関係について説明せよ。 ● 緩衝溶液及び緩衝作用について平衡論より説明せよ。 ● 実験操作 1 の滴定曲線を方眼紙上に図示せよ。 3 東海大学工学部応用化学科 応用化学実験 I キレート滴定の理論と計算・・・・・キレート剤に EDTA を利用する場合 EDTA は四塩基酸であるため、以下に示す四段階の解離が考えられる。なお、式中の Y は EDTA を便宜的に表したものである。また各解離平衡定数を併記する。 + H4Y H + H3Y H - + H 3Y α1 - 2- + H2Y K a1 = 1.0 × 10 −2 [ H + ][ H 3Y − ] = [ H 4Y ] K a 2 = 2.2 × 10 − 3 = [ H + ][ H 2Y 2 − ] [ H 3Y − ] K a 3 = 6.9 × 10 − 7 = [ H + ][ HY 3 − ] [ H 3Y 2 − ] α2 2- + H2Y H 3- + HY α3 3- HY + H K a 4 = 5.5 × 10 4- + Y α4 −11 [ H + ][Y 4 − ] = [ HY 3 − ] ・・・(1) ・・・(2) ・・・・(3) ・・・・・(4) pH>10 において Ca2+と EDTA との反応は、 Ca2+ + Y4- CaY2- ・・・・・(5) で表される。ここでキレートの生成定数を Kf とすると、 Kf = [CaY 2 − ] = 5.01 × 1010 [Ca 2 + ][Y 4 − ] ・・・・・(6) である。ただし(6)式は pH=12 の場合にのみ成立する。これは、pH=10 では H4Y の全てが Y4-と して解離していないためである。 したがって、(1)~(4)式において、EDTA の全ての濃度を CH4Y とすると、 CH4Y=[Y4-]+[HY3-]+[H2Y2-]+[H3Y-]+[H4Y] ・・・・・(7) 両辺を[Y4-]で除すと、 C H 4Y [ HY 3− ] [ H 2Y 2 − ] [ H 3Y − ] [ H 4Y ] = 1 + + + + 4− ・・・・・(8) [Y 4 − ] [Y 4− ] [Y 4− ] [Y 4− ] [Y ] (1)~(4)式の関係より、(8)式は以下のように書き換えられる。 C H 4Y 1 [ H + ] [ H + ]2 [ H + ]3 [ H + ]4 = = 1 + + + + ・・・・・(9) [Y 4 − ] α 4 K a 4 K a 3 K a 4 K a 2 K a 3 K a 4 K a1 K a 2 K a 3 K a 4 ここで α4 は Y4-として存在する EDTA の分率を表すため、pH=10 では 1/α4=2.82 であり、α4=0.35 である。また、Y4-=α4×CH4Y であるから、これを(6)式に代入すると、 Kf = [CaY 2 − ] [Ca 2 + ] × α 4 × C H 4Y K f × α 4 = K 'f = ・・・(10) [CaY 2− ] ・・・(10’) [Ca 2+ ] × C H 4Y となり、Kf’は pH=10 における条件付き生成定数となる。すなわち、Kf’=5.01×1010×0.35=1.8×1010 [CaY 2 − ] K 'f = = 1.8 × 1010 ・・・・・(11) [Ca 2 + ] × C H 4Y 4 東海大学工学部応用化学科 応用化学実験 I キレート滴定における滴定曲線(pH=10 の緩衝溶液を用いる場合) 図の縦軸に pCa2+,横軸に EDTA の滴定量をとり、結果を plot する。 CaCO3 のモル濃度を M1(mol/L),サンプリング量を V1(L),滴下する EDTA 溶液のモル濃度を M2,EDTA 溶液の滴下量を V2 とすると、 ① 滴定前では pM=-log[M1] M 1V1 − M 2V2 で変化する。 V1 + V2 ただし、生成した CaY2-はほとんど解離せず、これから生成する Ca2+の量は無視できる。 2+ ② 当量点に至るまでは [Ca ] = M V − M 2V2 ∴ pCa 2 + = − log [Ca 2 + ] = − log 1 1 V1 + V2 ③ 当量点では[Ca2+]は全て[CaY2-]となる。したがって、 [CaY 2− ] = M 1V1 V1 + V2 また、[Ca2+]=CH4Y であるから、(11)式より M 1V1 (V1 + V2 ) = 1.8 × 1010 となり、 [Ca 2+ ] = [Ca 2+ ]2 M 1V1 (V1 + V2 ) 1.8 × 1010 となる。 M 1V1 (V1 + V2 ) ∴ pCa 2 + = − log [Ca 2 + ] = − log 10 1 . 8 × 10 2+ ただし、pH=12 の場合では、 [Ca ] = MV 1 • 1 1 10 5.01× 10 V1 + V2 である。 ④ 当量点以降では、 C H 4Y = EDTA = M 2V2 − M 1V1 で変化する。 V1 + V2 ここで生成した CaY2-はほとんど解離しない。つまり CaY2-から Ca2+はほとんど生成しない ため、CaY2-から生成する Ca2+の量は無視できる。 [CaY 2− ] = [Ca 2+ ] = M 1V1 V1 + V2 M 1V1 + V V 1 2 であるから、 K 'f = M V − M 1V1 [Ca 2+ ] 2 2 V1 + V2 となり、 1 M 1V1 1 M 1V1 ∴ pCa 2+ = − log[Ca 2+ ] = − log ' • • ' K f M 2V2 − M 1V1 K f M 2V2 − M 1V1 ただし、pH=12 の場合では、 [Ca 2+ ] = M 1V1 1 である。 • K f M 2V2 − M 1V1 5
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