「2015年の主要国政治・経済展望」(PDF)掲載

2015年の主要国政治・経済展望
2015年1月16日
1. 米国
…
2
2. 日本
…
5
3. 欧州
…
8
4. 中国
… 11
5. その他新興国
… 14
三井物産戦略研究所
国際情報部
1.米国
(1)政治の展望
①野党共和党が勝利〜オバマへの不信任〜
図表1 2014年11月中間選挙の結果
2014 年 11 月 4 日に実施された中間選挙(上
選挙前
新議会(2015年1月~)
院は全 100 議席のうち 3 分の 1 の 34 議席と補
選分 2 議席の計 36 議席、下院は全 435 議席が
上
院
共和
45
非改選30
改選)では、共和党が上下両院で議席を上積
共和
54
民主
55
非改選34
みし、下院に加え上院でも過半数を獲得した
非改選30
民主
46
非改選34
議席:100人
改選:36人
(図表 1)。共和党の勝利の背景には、議会運
営や重要政策において、与野党間での合意形
成のための指導力を発揮できていないオバマ
下
院
共和
234
民主
201
共和
246
民主
188
議席:435人
改選:435人
大統領への国民の不信任がある。
空席1
出所:CNN
②内政展望〜政治停滞が部分的に打開される可能性〜
オバマ大統領は、上記理由により中間選挙で敗北したにもかかわらず、拙劣な議会
運営の修正を図る姿勢は見られない。これは、選挙直後に移民制度改革(不法移民に
一時的に強制送還を免除し労働許可を与える)を与野党間の合意によらず大統領令を
発し強引に進めようとしていること、また、2015 年早々に共和党が提出した複数法案
(オバマケア一部改正法案等)に対して拒否権行使を示唆していることが象徴してい
る。
共和党はこうした強引な政治手法に反発する一方で、2016 年の大統領選挙を視野に
入れ、責任政党として政権担当能力を示す必要性から、上下両院で過半数を獲得した
ものの、与党民主党との合意成立が可能な法案の提出を模索するだろう。よって、中
間選挙前の「ねじれ議会」の下で激化していた党派対立は若干緩和し、政治停滞は部
分的に打開される可能性が出てきたとみる。
図表2 今後法案通過が見込める分野
分野
野党共和党
オバマ 政権
党内積極派の法案により可決、オバマ
TPA
共和党主導のTPA法案を提出するだ
大統領が署名する見込み(2015年中
(大統領貿易権限) ろう。
に可決の見通し)。
2015年早々にパイプライン承認法案を 拒否権行使を示唆しているが、環境へ
キーストーンXL
提出した。法案修正等を通じ政権との の懸念が払拭された場合に大統領が
パイプライン
妥協を模索する見通し。
署名する可能性有。
政権担当能力を示すべく、大きな混乱
連邦債務上限
財政運営は比較的安定へ。
を回避へ。
出所:米国三井物産ワシントン事務所、Eurasia Group
-2-
キーストーン XL パイプラインの建設承認法案に対し、オバマ大統領は拒否権行使
を示唆しているが、共和党は民主党との修正協議を行い「超党派合意」に近づける形
での法案可決を模索しよう。また共和党は、TPP 妥結を後押しする TPA(大統領貿易
促進権限)法案を提出し、オバマ大統領は署名に応じよう。2015 年 3 月 15 日に期限
を迎える「連邦債務の法定上限」の引き上げ交渉でも、共和党が「デフォルトは起こ
さない」としていることや、財政赤字の GDP 比が 2014 年 7-9 月に 2.8%まで改善し(2009
年は同 10%)、財政再建が政治的に大きなテーマとはなり難いことから大きな混乱はな
いだろう(図表 2)。
ただ、下院で一定の影響力を保持した共和党内の茶会系(小さな政府を重視する保
守派)議員が妥協を拒否し、共和党指導部の円滑な議会運営に歯止めを掛けるリスク
は若干ながら残る。
(2)経済の展望
①2014 年の回顧~見えてきた米国の底力〜
2014 年の米国経済は、年初
の寒波による一時的な落ち込
みはあったものの、4-6 月、
7-9 月はそれぞれ前期比年率
4.6%、同 5.0%と順調に回復し
た(図表 3)。10-12 月期も堅
調に推移しており、米国の実
質 GDP 成長率は年間では 2%台
半ばと、主要先進国では最大
の伸びとなろう。
米国経済の回復は幅広い分野で確認できる。第一に「シェール革命」により 2006
年に日量 500 万バレル程度だった原油の国内生産が、2014 年には日量 800 万バレル超
に拡大している。第二に、製造業の生産活動も 2014 年に入って回復ペースが加速し、
生産指数は 2014 年 10 月に金融危機直前のピークをついに上回り、増勢はその後も継
続している。第三に 2014 年は「党派対立」緩和により政治リスクが払拭されたこと
で企業のマインドが好転し、2013 年は前年比 3.0%だった企業の設備投資が、2014 年
1-9 月では前年同期比 6.4%増加している。第四に、非製造業では、鉱工業生産に付帯
するロジスティクス事業の拡大が雇用創出に結びついている(卸売・運輸・倉庫の合
-3-
計で 2010 年の底入れ後、2014 年 12 月までに 100.1 万人・10.4%増の雇用創出があっ
た)ほか、強力な金融緩和策による消費マインドの改善が小売業や個人向けサービス
業に恩恵をもたらしている。
②2015 年の課題と展望~拙速な利上げはリスク要因〜
2015 年の米国経済は、引き
続き①原油等のエネルギー
生産拡大、②高水準の研究開
発投資とイノベーションの
推進(投資喚起)、③年間約
1%と安定的な人口増加によ
る内需拡大、等によって幅広
い業種での生産活動・設備投
資、そして個人消費の回復が
見込めよう。2014 年後半に達成した実質 GDP 成長率 3%前後の成長が 2015 年も継続す
ると予想される(IMF 予測は前年比 3.1%)。
残る課題は労働参加率が低い点である。非農業部門雇用者数の伸びは 2014 年 12 月
まで 11 ヵ月連続で景気の好不調のバロメーターである前月比 20 万人増を上回り、失
業率も同月には 5.6%まで低下した(一年前は 6.7%)。しかし、労働参加率は 62.7%で、
一年前の 62.8%からむしろ低下している(図表 4)。良好な就業条件がなく求職を断念
する者が依然として多いことがうかがえる。無論、労働参加率の低迷が景気を腰折れ
させることは考えにくいが、消費回復には一定の重石となろう。
順調な米国景気におけるリスクとしては以下に注意したい。第一に FRB の利上げで
ある。市場では利上げは 2015 年半ばと目されているが、拙速な利上げは個人消費の
減速を招く可能性がある。雇用者の時間当たり賃金が前年同月比 3%に満たないうちは
(2014 年 12 月は同 1.7%)、利上げは時期尚早だろう。
第二に油価下落である。確かに油価下落は家計の購買力を高め、マクロ経済にプラ
スだが、良い話ばかりではない。油価下落により一部のシェール油井からの生産が採
算割れし、関連する設備投資減速といった悪影響が顕在化するリスクに要注意である。
第三に、政治リスクである。既述の通り、党派対立が深刻化する可能性は低いが、
「レガシー」を残したいオバマ大統領が強引な政権運営を行えば、共和党の反発から
国政が停滞し、先行き不透明感が高まることで企業の投資意欲に悪影響を与える可能
性があろう。
-4-
2.日本
(1)消費税率引き上げ後の停滞から脱せず
2014 年 4 月の消費税率引き上げ後、日
図表5 実質GDP成長率に対する寄与度
(前期比年率)
本経済は停滞から脱することができなか
った。実質 GDP は、駆け込み需要が膨ら
15
輸入
10
輸出
んだ 1-3 月に前期比年率 5.8%増となった
5
後、4-6 月は同 6.7%減、7-9 月も同 1.9%
0
減となり、2 四半期連続のマイナス成長に
-5
設備投資
沈んだ(図表 5)。安倍首相は 11 月 18 日
-10
公共投資
-15
個人消費
-20
実質GDP
実質GDP成
成長率
長率
に 2015 年 10 月の消費税率引き上げ(8%
在庫品増加
政府消費
住宅投資
Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3
→10%)の延期と衆議院の解散を表明、12
2012
月 14 日に 2012 年 12 月 16 日以来となる
総選挙を行った。
2013
2014
出所: 内閣府
図表6 実質個人消費の動向
停滞の主因は、個人消費の回復が鈍いこ
とだ。消費税率引き上げを挟み、4-6 月の
実質個人消費は 1-3 月に比べ 5.1%の減少
と、前回 1997 年 4 月の消費税率引き上げ
時(3%→5%)の落ち込み幅を 1.6%pt 上回
った(図表 6)。さらに、7-9 月の回復力も
─ 前回消費税率引き上げ時と今回の比較 ─
2014Q1=100
消費税率
(1997Q1=100)
引き上げ
100
98
96
94
92
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1
2012
2012
弱く、前回引き上げ時のほぼ半分にとどま
(1995)
2013
2013
(1996)
今回(2012Q1-)
った。雇用者報酬は 4-6 月に前年同期比
2014
2014
(1997)
2015
2015
(1998)
前回(1995Q1-)
出所: 内閣府
1.7%増、7-9 月は同 2.4%増と伸びを高めた
が、消費税率の引き上げ分を含めた物価の上昇に追いつけなかった。株価も 2013 年
末の高値を 9 月中旬まで上回ることができず、消費を押し上げるに力不足だった。
もっとも、安倍首相が目指す「経済の好循環」の起点となる企業収益は引き続き好
調を持続した。法人企業(金融業を含む、資本金 1,000 万円以上)の経常利益は 2013
年度に前年度比 23.2%増となった後、2014 年 4-9 月は前年同期比 5.5%増と増益を維持
した。7-9 月の企業倒産件数は 1991 年 1-3 月以来、また失業率も 1998 年 1-3 月以来
となる低い水準となった。景気が停滞から深刻な後退へと悪化する恐れは小さいが、
企業収益の拡大を所得の上昇につなげることが課題に残った。
-5-
(2)賃金の引き上げが最大の焦点に
2015 年の日本経済の焦点は賃金の動向だ。2014 年の民間主要企業の春闘賃上げ率
は前年比 2.19%と 1999 年以来の水準となり、夏のボーナス(一時金)の平均妥結額は
同 7.28%増と 1990 年以来の水準となった。一方、2014 年度の企業収益は、中間決算
発表時点で東京証券取引第一部上場企業の経常利益は前年度に比べ横ばいから 5%弱
の増加となる見通しだ。さらに、2014 年 11 月になると円相場が一段と下落したこと
から、製造業を中心に増益幅は拡大する可能性が高い。大企業(資本金 10 億円以上)
の場合、人件費(役員給与や福利厚生費等を含む)1%分は経常利益 1%分とほぼ変わら
ず、賃金を引き上げる余地は十分にある。
賃金の上昇に支えられ個人消費は増加するだろう。ただし、消費税率引き上げ前の
ピークである 2014 年 1-3 月の水準の回復には暫く時間がかかりそうだ。民間住宅投
資は消費税率引き上げ前に膨らんだ駆け込みの反動から脱するが、世帯数の増加ペー
スの鈍化を勘案すると高い伸びは見込めない。民間企業設備投資も高水準の企業収益
を背景に増加すると見られる。ただし、たとえば石油精製業や石油化学産業は引き続
き余剰生産能力の調整を課題としている。日本国内拠点の高度化や東京を中心とする
再開発案件に向けた投資の拡大が期待されるが、増勢は緩やかにとどまりそうだ。
明るい話題は、経常収支の黒字が大幅に拡大する可能性が高いことだ。輸出数量の
本格回復は仕向け先における生産能力の拡大に加え新興国を中心に海外景気の回復
が緩やかにとどまるため期待しにくい。だが、円相場の下落が所得収支の受取を増や
し、さらに原油価格の下落が輸入金額の増加を抑える。ちなみに、日本貿易会は「2015
年度わが国貿易収支、経常収支の見通しについて」で 2015 年度の経常収支が 2014 年
度見込み比 2.9 兆円増の 6.9 兆円となると予測している。
一方で、財政は厳しさを増している。2015 年 10 月の消費税率引き上げを延期した
ことで、2015 年度の税収は引き上げ実施時に比べ 1.5 兆円程度減少する見通しだ。国
際公約である基礎的財政収支(歳出から国債の元利払いを除いた金額と税収等の金額
の差)の赤字幅を名目 GDP 比で 2010 年度実績に比べ半減(6.6%→3.3%)する目標は、
2015 年 10 月の消費税率引き上げを前提に内閣府が 2014 年 7 月に行った試算で赤字額
が 1 兆円増えると達成が難しくなるとされた。もっとも、2015 年度の税収は景気の回
復に加えて 2014 年 4 月の消費税率引き上げの効果が一部ずれ込むことにより 2014 年
度に比べ増加する見通しだ。いまのところ、財政健全化に向けた 2015 年度の目標は
達成可能と見られるが、景気の足取り次第では 2015 年秋に浮上するであろう補正予
算の規模が膨らみ未達に終わる可能性が残る。
-6-
(3)今後の展望
2014 年 12 月 14 日の総選
挙で自由民主党と公明党の
図表7 内閣支持率
%
80
集団的自衛権
憲法解釈
40
獲得、12 月 24 日に第 3 次安
0
支持率
不支持率
12.24 e
12.15 e
11.28 t
11.19 t
10.18
9.3 e
8.2
7.1 e
6.21
5.17
4.11
3.22
2.22
1.25
12.28 e
12.22
12.8 e
11.23
10.26
10.1 e
9.14
8.24
7.22 e
7.13 t
7.6 t
6.29 t
6.22 t
6.1
5.18
4.2
3.23
2.23
1.26
12.26 e
20
相は年頭所感や記者会見で
特定秘密
保護法
60
連立与党は合計 326 議席を
倍内閣が発足した。安倍首
参院選
2013
2012
2013
2012
注: 調査日添字の"e"は緊急調査、"t"はトレンド調査(選挙前に実施)を示す。
出所: 共同通信社
2014
2014
経済最優先で取り組むと表明、2015 年 1 月 9 日に緊急経済対策を具体化する 2014 年
度補正予算案を、また 14 日に 2015 年度当初予算案を閣議決定した。
総選挙を前に先の臨時国会で地方創生関連法は成立したが、同様に重要法案と位置
づけた女性活躍推進法案、さらに通常国会から持ち越した労働者派遣法改正案や統合
型リゾート整備推進法案等は廃案となった。1 月召集の通常国会では、10 月の消費税
率引き上げを延期する消費税法の改正案や 2014 年度補正予算案及び 2015 年度当初予
算案に加えて、これら成長戦略関連法案の成立が課題となり、さらに先の臨時国会で
提出を見送った集団的自衛権等をめぐる安全保障法制の整備関連法案も控えている。
第 2 次安倍内閣発足後に一時 70%を超えた支持率(共同通信社)は、特定秘密保護
法が成立した 2013 年 12 月に 48%に低下、その後いったん持ち直したが、集団的自衛
権をめぐる憲法解釈を見直した 2014 年 7 月にふたたび 50%を割り込んだ(図表 7)。
第 3 次安倍内閣発足後に支持率は 53.5%に回復したが、安全保障法制の整備関連法案
や原子力発電所の再稼働問題に加え、小渕元経済産業相等の「政治とカネ」の問題が
再浮上する可能性もあり、今後徐々に内閣支持率が低下に向かう可能性は小さくない。
地方選挙では、2014 年 7 月の滋賀県知事選挙、同 11 月の沖縄県知事選挙、さらに 2015
年 1 月の佐賀県知事選挙等で敗れており、高支持率の維持を優先するのであれば安全
保障法制の整備関連法案の提出は 4 月の統一地方選挙後や 9 月の自民党総裁選挙後と
する可能性がある。
今回解散総選挙に踏み切ったことで、次に国政選挙で国民に信を問う機会は 2016
年半ばの参議院選挙までないと見られる。経済最優先で政権運営に取り組み景気回復
の裾野を広げつつ、それぞれの政策課題に丁寧に対応していくことが高支持率を維持
する鍵となろう。
-7-
3.欧州
(1)2014 年欧州政治の振り返り
2014 年は EU にとって 5 年に一度の政治の年となり、EU は新体制発足という節目を
迎えた。5 月の欧州議会選挙では、EU 懐疑主義政党が英国、フランス、ギリシャ等で
躍進したものの、最大議席数を確保した中道右派・欧州人民党、中道左派・社会民主
進歩同盟で過半数を確保し、欧州議会における EU 懐疑派による影響は限定された。
しかし、各国政治における EU 懐疑派のプレゼンスはむしろ増しつつあり、政権与党
がその主張に引きずられる場面が顕在化している点は注意する必要がある。
欧州議会選挙後、7 月 15 日の欧州議会本会議で次期欧州委員会委員長にユンケル・
ルクセンブルク前首相が承認された。また、8 月 30 日に開催された欧州理事会では、
次期 EU 大統領(任期は 2014 年 12 月~2017 年 5 月、一度だけ再任可能)にトゥスク・
ポーランド前首相、次期 EU 外相にモゲリーニ伊前外相が選出された。その後、次期
欧州委員長、EU 外相およびその他欧州委員は 10 月 22 日に一括で欧州議会の承認を得
て、11 月 1 日より 2019 年 10 月までの 5 年に及ぶユンケル新体制が発足した。ユンケ
ル新欧州委員長、トゥスク新 EU 大統領は選任にあたって共にメルケル独首相による
支持を得ており、パワーバランスとしてドイツのプレゼンスが EU で一層高まったと
の見方もある。引き続き EU 政策はドイツ主導により遂行されよう。
(2)2015 年各国政治の注目点
2015 年は欧州各国において多くの選挙が予定されている。各国では EU 懐疑主義政
党への支持が広がっており、その選挙結果と EU 統合深化に向けた影響に注意する必
要がある。まずギリシャでは 2014 年 12 月、サマラス首相が大統領候補としてディマ
ス元欧州委員を擁立し、議会での選出手続きに打って出たものの、支持者が必要議席
数(300 議席中 180 議席)に達せず、12 月 31 日に議会が解散された。2015 年 1 月 25
日に予定される議会選挙では、緊縮策の放棄、政府債務の減免を主張する極左政党・
急進左派連合(Syriza)が世論調査で首位となっている。ツィプラス党首率いる Syriza
政権が発足する場合、金融支援およびギリシャ政府の緊縮策を巡って、トロイカ(欧
州委、IMF、ECB)との交渉難航が予想され、再び金融市場の混乱を招く可能性が高い。
英国では、英国の EU 離脱・反移民を主張する英国独立党(UKIP)の支持拡大が目
立っており、保守党右派も EU 離脱、移民制限への主張を一層強めている。2015 年 5
月 7 日に予定される議会選挙では UKIP、スコットランド民族党(SNP)が議席数を伸ば
-8-
すと予想されることから単独過半数を確保する政党が出ず、ハングパーラメントとな
る可能性が高い。キャメロン英首相は 5 月の総選挙後の続投を条件に、EU と移民規制
や競争政策の改善等、加盟条件について再交渉後、2017 年末までに EU 残留を問う国
民投票を実施する方針を表明しているが、投票実施については不透明感が高い状況だ。
ポーランドでは 2015 年秋に総選挙が予定される。2014 年 11 月に地方選が行われそ
の前哨戦として注目されたが、与党「市民プラットホーム(PO)」の獲得議席数が野党
「法と正義(PiS)」を僅差で上回った。2015 年秋の総選挙ではどの政党も単独過半数
を確保できず、PO が第一党となって連立政権を継続するとの見方が多い。しかし、親
ビジネス路線、親 EU 路線を採る PO が政権を続投できず、PiS 主導の政権が発足する
場合、国家統制的な経済政策が採られる可能性が高い。さらに反 EU・反露スタンスの
PiS 政権が誕生すれば、トゥスク新 EU 大統領の EU 内での求心力にも陰りが生じよう。
スペインでは最近の政治資金スキャンダルの影響により、二大政党である国民党、
社会労働党の支持率が低下している。一方、緊縮財政策の放棄を主張する極左の新政
党 Podemos の支持率が急伸しており、12 月の世論調査では 25%と二大政党と熾烈な争
いを見せている。2015 年 11-12 月に予定される議会選挙では躍進が予想される。スペ
インではカタルーニャ独立運動という火種も抱え、政治リスクが高まっている。
(3)試練を迎えるユーロ圏経済
2014 年のユーロ圏は予想以上に景気回復が遅れ、景気後退のリスクが高まった。7-9
月のユーロ圏実質 GDP 成長率は前期比年率 0.6%となり、4-6 月同 0.3%から引き続き弱
い数値となった(図表 8)。特に構造改革の遅れの目立つフランス、イタリアでは産業
競争力が低下し、経済低迷が顕著となっている。また、原油価格の急落の影響から 12
月のユーロ圏の消費者物価上昇率が前年同月比-0.2%と約 5 年ぶりにマイナスに転じ
るなど(図表 9)、ユーロ圏のデフレ突入、日本化リスクへの懸念が高まっている。
2015 年のユーロ圏経済は、過度な緊縮財政策の修正、ECB による金融緩和策等によ
り緩やかな景気回復を辿るだろう。しかし、フランス、イタリアが回復の足を引っ張
る構図は続く。IMF は 2014 年 10 月、ユーロ圏の経済見通しを 2015 年前年比 1.3%に
引き下げた。ユーロ圏経済の停滞が世界経済全体に対するリスクとして認識される中、
2015 年には経済成長・雇用増加に向けた政策実行が強く求められている。ユンケル新
欧州委員長は 2014 年 11 月、経済活性化・雇用創出に向けて今後 3 年間で総額 3,150
億ユーロの官民投資策を発表した。もっとも EU 予算と欧州投資銀行等が用意する金
額は 210 億ユーロに過ぎず、実効性について疑問視されている。
-9-
ECB はユーロ圏の景気悪化が顕著となった 2014 年 6 月に金融緩和策を強化しており、
主要政策金利を 0.15%に引き下げるとともに預金金利をゼロ%から-0.10%に引き下げ、
初めてマイナス金利を導入した。さらに ECB は 2014 年秋以降、矢継ぎ早に追加の金
融緩和策を決定しており、9 月には主要政策金利を 0.05%に、預金金利を-0.20%にそ
れぞれ引き下げた。また、10 月にカバードボンド(金融機関が保有する住宅ローンな
どの債権を担保として発行する債券)の買入を、11 月には ABS(資産担保証券)の買
入を開始している。11 月の政策決定理事会では ECB のバランスシートの規模を最大 1
兆ユーロ拡大させる方針を決定し、さらに 12 月の同理事会後の声明文では 2015 年初
めにこれまでの金融緩和策を再評価するとしており、社債、国債の購入を含む量的緩
和政策実施の必要性についても同時に判断すると見られている。
ECB は今後も金融緩和を強化していくことは間違いないが、特に国債購入による本
格的量的緩和の実施については、量的緩和の効果の不透明さや ECB による加盟国の財
政ファイナンスを禁じる EU 条約への抵触を理由にドイツ等の北ヨーロッパ諸国が依
然として強硬に反対している。国債購入による本格的量的緩和については、導入の是
非、導入する場合の制度設計(購入規模、購入する国債の選択)等、多くの論点をめ
ぐり依然激しい議論が続いている。
財政政策ではフランス、イタリアが EU 財政目標の柔軟化を主張するも、財政目標
の堅持を主張するドイツは欧州委員会とともに、仏伊両国に対して財政健全化を強く
求める状況が続く。一方、仏伊両国のほか米国・IMF 等がドイツに対して歳出拡大を
求める圧力を強めるも、ドイツが緊縮財政路線を放棄することは考えにくいだろう。
また、欧州委員会は EU 加盟各国に対し、競争力強化に向けた構造改革の遂行を求
めている。EU による金融支援に追い込まれたスペインは労働市場改革を断行、解雇コ
ストが削減され労働市場が柔軟になった。遅れの目立つフランス、イタリアでも改革
に向けた動きが見られており、特に労働市場改革を着実に進展できるか注目される。
(%)
(%)
図表8 ユーロ圏実質GDP成長率(前期比年率)
固定資本形成
政府消費
純輸出
10
5
図表9 ユーロ圏消費者物価指数とECB主要政策金利
5
民間消費
在庫投資等
実質GDP成長率
4
消費者物価指数(前年同月比)
ECB主要政策金利
ECB「物価安定
の定義」2%
3
2
0
1
0
-10
-1
-15
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(出所)Eurostat
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
2014年10月
-5
(出所)Eurostat、ECB
-10-
4.中国
(1)政治展望~習近平国家主席の集権化が続く~
2014 年習近平国家主席は党(共産党総書記)
・国家(国家主席)
・軍(中央軍事委員
会主席)の三権のトップの他、指導権の集権化を進めた。既存の中央外事工作指導小
組、中央対台湾工作指導小組と中央財経指導小組のトップを兼任する他、2013 年末か
ら 2014 年 3 月までの間、新たに全面深化改革指導小組(改革の司令塔)、中央国家安
全委員会(国家安全保障・治安強化の統括機関)、中央網路安全・信息化指導小組(イ
ンターネット安全管理の統括機関)、中央軍事委員会国防・軍隊改革深化指導小組(軍
の強化・改革の統括機関)を設立し、そのトップに就任、経済分野と安全保障面にお
ける集権化を更に強めた。12 月 5 日に決定された、政治局常務委員であった周永康氏
の党籍剥奪と刑事責任の追及・逮捕送検は、前例が無く、習近平国家主席の集権化が
順調に進み権力基盤がより一層固められた事の証と言える。2015 年は、習近平国家主
席が主導しトップダウンで経済政策が運営される中、2013 年の三中全会で打ち出され
た「全面深化」の経済改革の加速が期待できよう。また、2014 年の四中全会で示され
た「法に基づく統治を強める」との方針の下、不透明な法執行への国民の不満を解消
するとともに、中国特有の社会主義的法治による国家統治を強化していくと考えられ
る。
(2)外交展望~新秩序の構築目指し、対外積極路線が鮮明に~
2014 年の中国外交は、「シルクロード再興」構想の下、中国主導のアジア・ユーラ
シアの新しい秩序作りに向けた積極的な動きが目立った。
まずは経済連結である。習政権は周辺国との間でハード(=鉄道、港湾、パイプラ
イン等の整備)、ソフト(=通関効率化、人民元決済、FTA 等の制度整備)両面での動
きを強化している。10 月には「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立準備 MOU を
締結(2015 年 1 月 8 日までに 24 ヵ国が参加表明済み)。400 億ドル規模の「シルクロ
ード基金」の創設も表明している。11 月の北京 APEC ではアジア太平洋自由貿易圏
(FTAAP)の早期実現に強い意欲を示した。中国にとって、海外でのインフラ整備支
援や自由貿易圏の拡大は、外交影響力拡大や国内の過剰生産問題の緩和、人民元国際
化といった課題に寄与するものとして、対外政策の要となっている。
一方で習政権は、軍備強化とともに海洋活動を積極化させている。南シナ海ベトナ
ム沖でのリグ設置や、東シナ海及び南シナ海公海上空での中国軍機による自衛隊機及
び米軍機への異常接近などの一連の行動は地域の緊張を俄かに高め、結果的に、米国
-11-
と中国周辺国との防衛協力強化や日本政府による集団自衛権行使容認など、アジア太
平洋地域における中国牽制体制の強化を促した。
習政権が唱える米国との「新型大国関係(=対立ではなく協調を基調とするウィン
ウィン関係)」は、経済や環境問題等の領域では一定の進展が見られたが、安全保障
や国際金融秩序を巡っては、むしろ対立が目立つようになっている。
日中関係は、2 年半ぶりの首脳会談(安倍-習会談)が 11 月に北京で開かれた。両
国は尖閣諸島を巡り「異なる見解」を持つことを確認し、「危機管理メカニズムの構
築」推進に合意した。
「歴史の直視」も合意されたが、中国は 2015 年の「反ファシズ
ム戦争勝利 70 周年」に向けて敏感になっており、安倍首相が靖国神社参拝を行うな
どすれば、中国側が再び対話の扉を閉ざす可能性があろう。
2015 年の中国外交は、習政権の権力基盤強化を受け、足元の対外政策をより積極化
させていくだろう。経済連結では、高速鉄道輸出(メキシコやインド、タイなどと協
議中)、韓国との FTA 調印、米国・EU との投資協定交渉、AIIB 及び BRICS 銀行の動向
が注目される。海洋権益の拡大に向けた中国の動きは来年も続くが、南シナ海での防
衛識別圏(ADIZ)設定などまで踏み込めば、関係国の激しい反発を招き、地域の安全
保障リスクが一気に高まる可能性もあろう。
(3)経済展望
①2014 年は住宅市況悪化が景気の重しに
2014 年の中国経済は、1-3 月は 2013 年
図表10 中国の実質GDP成長率(四半期)
10 (%) 9.8
後半からの減速基調が続き、4-6 月にやや
(前年同期比)
9.5
9
9.2
上向いたが、7-9 月は再び減速に転じた。
8.9
8
7.8
7.9
7.9
7-9 月の実質 GDP 成長率は前年同期比
7.7
7.7
7.6
7.5
7.4
7.4 7.5 7.3
7
7.3%と 5 年半ぶりの低水準となった。た
だ 四 半 期 の成長率は 11 四半期連続で
7.3-7.9%の範囲内にある(図表 10)。2014
年 1-9 月の成長率は前年同期比 7.4%で、
6
1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q
2011
2012
2013
2014
(出所)中国国家統計局、CEIC
通年の成長率は中国政府の目標(7.5%前
後)をやや下回る前年比 7.3-7.4%になるとの見方が多い。2014 年は住宅市況悪化を
背景とした固定資産投資の減速が景気の重しとなり、固定資産投資の 2 割弱を占める
不動産開発投資は 1-10 月で前年同期比 12.4%増と 2013 年(同 19.8%増)から大幅に
減速した。
-12-
②2015 年は 7%程度に成長鈍化へ
中国共産党・政府は 2014 年 12 月の中央経済工作会議で 2015 年の経済運営方針を
決定し、2015 年 3 月の全国人民代表大会(全人代)で同年の成長率目標を正式発表す
る見通しである。2012-14 年は成長率目標を 3 年連続で 7.5%水準に据え置いたが、習
近平指導部は、中国経済が従来の高成長からやや減速した現状こそが「新常態(ニュ
ーノーマル)」であると強調しており、2015 年は成長率目標を 7%水準に引き下げると
の見方が強まっている。
2015 年の中国の GDP 成長率について、 図表11 主要機関の中国GDP伸び率予測(2015年)
IMF などの主要機関はおおむね前年比
7.0~7.2%としており(図表 11)、緩や
かな成長鈍化が続くものの、7%台の成長
は維持できるとの見方が多い。
アジア開発銀行
OECD
IMF
世界銀行
中国社会科学院
予測値
7.2%
7.1%
7.1%
7.2%
7.0%
発表日
2014年12月
2014年11月
2014年10月
中国政府の経済運営方針は、雇用と物
価を安定させる合理的水準の経済成長を維持するため、必要に応じて景気を下支えつ
つ、経済構造改革を進めるというものである。こうした基本スタンスは 2015 年も続
くとみられるが、足元の経済減速を受けて、景気下支えの姿勢を強める可能性もある。
金融面では、全面的な金融緩和に慎重姿勢を維持してきたが、2014 年 11 月に 2 年 4
ヵ月ぶりに預金・貸出基準金利を引き下げており、2015 年にかけて追加の金融緩和に
踏み切る可能性もある。財政面では、鉄道建設や老朽住宅地区の再開発といった公共
投資を加速させることなどで、不動産開発投資の鈍化による景気下振れ圧力の緩和を
図る見通し。
中国経済の主なリスク要因としては、引き続き住宅市況が挙げられる。中国政府によ
る住宅ローン規制緩和などを受け、大都市では住宅取引が回復する兆しも出ており、
住宅市況は 2015 年前半にも安定に向かうと見込まれる。一方、市況低迷が長引いた
場合、不動産開発投資や関連する工業生産の回復が遅れ、景気の下押し要因になる可
能性もある。
-13-
5.その他新興国
(1)ブラジル~ルセフ政権 2 期目も経済の停滞色払拭は困難~
2014 年の経済は停滞した。実質 GDP 成長率は、1-3 月前期比-0.2%、4-6 月同-0.6%
と 2 期連続マイナスの景気後退に陥った。7-9 月も前期比 0.1%と微増で、通年では前
年比 0.3%と辛うじてプラス成長維持にとどまる見通しだ(IMF 予測、以下予測は全て
IMF)。2014 年 10 月に再選されたルセフ大統領だが、2011 年以降の政権 1 期目では、
資源価格下落の影響を緩和するための有効な施策が打てなかった。
2015 年の実質 GDP 成長率は前年比 1.4%と 2014 年から小幅改善が予想されるが、潜
在成長率 3.5%(IMF 推計)からみれば力強さはない。引き続き資源価格低迷が足枷と
なることに加え、2014 年 1-11 月のプライマリーバランスの赤字転落で国債の投資不
適格級への格下げリスクがあるため、財政拡張による景気対策の余地も限られている。
政権の喫緊の課題は財政再建と、資源依存を脱却して経済成長を促進するための産
業競争力強化である。しかし、同政権が支持基盤である労働者に痛みを強いる歳出削
減や市場開放などを推進できるかは未知数だ。さらに石油公社ペトロブラスに絡む汚
職事件の捜査が政財界有力者に及んでおり、政策運営の足枷となろう。
(2)メキシコ~構造改革順調だが政治スキャンダルは不安要素~
2014 年 1-9 月の実質 GDP 成長率は前年同期比 1.9%と、2013 年(通年で前年比 1.1%)
から回復を見せており、2014 年通年では同 2.4%が見込まれている。回復の主因は 2013
年に低迷した総固定資本形成の底入れと、米国の景気拡大である。
2015 年は前年比 3.5%と、もう一段の成長加速が予想される。2014 年の押し上げ要
因が引き続き寄与することに加え、エネルギー改革の進展が期待できるためである。
民間企業に開放された鉱区の開発による原油増産が GDP に貢献するのは 2016 年以降
となろうが、既に同改革への高い評価から増加している対内投資が 2015 年も高水準
を維持し、景気回復をサポートしよう。
順調なメキシコ経済におけるリスクは政治スキャンダルだ。2014 年 9 月に発生した
学生 43 名の失踪事件が現職市長と麻薬組織の共犯とされたこと、また同年 11 月の高
速鉄道プロジェクト発注停止の背景に落札企業への大統領の便宜供与疑惑があるこ
とが、治安や政治腐敗への懸念を惹起している。これらは、2015 年 7 月の中間選挙を
控える政権・与党の痛手となり、改革を主導する大統領の求心力低下を招きかねない。
また海外企業の投資マインド悪化も懸念されよう。
-14-
(3)ロシア~原油価格下落と欧米の制裁が成長の足枷に~
2014 年の実質 GDP 成長率は前年比 0.2%と、前年の同 1.3%から急減速する見込みで
ある。この背景には、①原油価格下落、②ウクライナ危機を受けた欧米の制裁(ロシ
アの主要銀行の資金調達制限や石油企業への技術・サービス提供禁止など)、③欧米
との対立激化を嫌気した資本の国外逃避、④通貨ルーブルの急落による輸入インフレ
高進(2014 年 12 月のインフレ率は前年同月比 10.4%)、などがある。
IMF は 2015 年の実質 GDP 成長率を 0.5%と予測しているが、欧米の制裁継続と原油
価格低迷が引き続き予想されることから、マイナス成長に陥る可能性が高まっている。
他方、ロシアは、2014 年 12 月末時点で 3,890 億ドルの潤沢な外貨準備高を有してい
ることから、直ちにデフォルトに陥ることはない。
ロシア経済の回復には欧米による制裁緩和が不可欠だが、その条件として重視され
るロシア軍のウクライナからの撤退、人質の解放、両国国境の閉鎖・管理が実施され
るかは不透明である。
(4)ASEAN~2015 年は緩やかな景気回復へ~
2014 年の ASEAN 主要 5 ヵ国(タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ベト
ナム)の実質 GDP 成長率は前年比 4.7%と、2013 年の同 5.1%からは減速するものの堅
調さを維持する見込みである。うちフィリピンが同 6.2%、マレーシアが同 5.9%、ベ
トナムが同 5.5%で、いずれも人口増加による内需拡大が成長を牽引する。インドネシ
アでも同じく内需拡大が期待できる一方、未加工鉱石の輸出禁止令により輸出が減速
しているため、実質 GDP 成長率は前年比 5.2%と、政府が目標とする 6%成長にはとど
かない見込みである。またタイは、2013 年 11 月の反政府デモから 2014 年 5 月のクー
デターによる政権崩壊に至るまでの政情不安の影響で、実質 GDP 成長率は前年比 1.0%
と低成長にとどまろう。
2015 年の ASEAN 主要 5 ヵ国の実質 GDP 成長率は、持続的な内需拡大に加えて政情不
安が収まったタイ経済の回復もあり、前年比 5.4%と、2014 年から加速する見通しで
ある(タイ同 4.6%、インドネシア同 5.5%、フィリピン同 6.3%、マレーシア同 5.2%、
ベトナム同 5.6%)。タイでは現プラユット軍事政権による民主化推進と景気刺激策が、
インドネシアでは 2014 年 10 月に就任したジョコウィ大統領の構造改革が、景気回復
を後押ししよう。なお、2015 年末の創設を目指す ASEAN 経済共同体(AEC)を見据え、
タイプラスワン、即ちタイとカンボジア・ミャンマー・ラオス・ベトナム(CLMV)の
分業体制構築の進展が予想され、ASEAN 経済の成長加速要因となろう。
-15-
(5)インド~モディ首相が改革着手も、本格的な景気回復には時間を要する見込み~
2014 年はインド経済の大きな転換点となった。財政赤字と経常赤字を抱え低迷して
きた同国経済は、5 月の下院選でインド人民党(BJP)が単独過半数を獲得し、構造改革
を打ち出すモディが新首相に就任したことで好転し始めている。同首相の改革の中心
はインフレ抑制、財政再建、製造業強化、対内直接投資促進であり、燃料補助金削減、
国営企業株の一部売却、鉄道など数分野の外資開放が既に実施された。同改革への期
待から株価は上昇に転じ、減少していた対内直接投資も 2014 年 1-10 月で前年同期比
30%増加している。こうした動きから 2014 年度の実質 GDP 成長率は前年度比 5.6%と、
2013 年度の同 5.0%からの加速が見込まれる。
2015 年度の実質 GDP 成長率は、前年の農業生産不振による所得伸び悩みの影響が一
巡し、個人消費が持ち直すことなどから前年度比 6.4%と予想される。もっとも、燃料
補助金改革を始めとする財政再建の継続(財政赤字の GDP 比を 2014 年度目標 4.1%か
ら 2015 年度は同 3.6%へ)は景気回復の重石となる。また、投資促進の鍵となる土地収
用法再改正と GST(物品税)は、行政命令による改革を進めようとしているが、BJP
は上院・州政府では依然少数派ゆえ、本格的な導入には時間を要するだろう。
(6)トルコ~上振れ材料あるも引き続き経済改革が必要~
トルコ経済は減速傾向にある。2014 年 4-6 月、7-9 月の実質 GDP 成長率はいずれも
前年同期比 2.6%と、1-3 月の同 4.7%から減速し、2014 年通年は、2013 年の前年比 4.0%
から同 3.0%に減速する見込みである。トルコは、いわゆる「Fragile 5」の中でも突
出して高い経常赤字(2014 年上半期の経常赤字の GDP 比は 6.2%)を抱えているが、
その拡大を抑制するために政府・中銀は引締め政策(政策金利引き上げ、増税、クレ
ジットカード規制)を実施。このため、2014 年の個人消費は減速を余儀なくされた。
2015 年の実質 GDP 成長率も前年比 3.0%と予想される。ただ、原油価格下落により
経常赤字の主因である石油・ガス輸入額が 2014 年比で減少すると見込まれ、6 月まで
に実施される議会選も視野に、消費回復のために上記引締め政策が修正され、成長率
は予想を上回る可能性もあろう。
もっとも、トルコ経済がこうした外部要因に過度に依存することなく持続的な成長
軌道に乗るためには、景気加速が経常赤字拡大をもたらす構造の改革、即ち、輸出振
興、貯蓄率向上、エネルギー自給率向上が重要であり、2014 年 8 月に大統領に就任し
たエルドアンもその積極推進を表明している。ただ、改革の柱である輸出振興におい
て、中東情勢悪化や欧州景気低迷が改革推進の足枷となるリスクに留意したい。
-16-
以上