高温高圧合成した Mg2Si の熱電特性 森研究室 S09S042 緒言 環境問題の解決策の一つとして排熱 に代表される未使用エネルギーの積極利 用が求められている.熱電変換は,廃熱エ ネルギーから直接電気エネルギーを取り 出す有力な方法である.熱電変換ディバイ スの原理は,2 種類の異なる金属または半 導体を接合して,両端に温度差を生じさせ ると起電力が生じるゼーベック効果を利 用したもので,大きな電位差を得るために P 型半導体と N 型半導体を組み合わせて 使用している. P 型半導体は,電荷を運ぶキャリアとし て正孔 (ホール)が使われる半導体である. Fig.1.主な熱電材料における P 型(左)および N 型 正の電荷を持つ正孔が移動することで電 (右)の熱電性能指数 流が生じる.N 型半導体は,電荷を運ぶキャリアとして自由電子が使われる半導体である.負の電 荷を持つ自由電子がキャリアとして移動することで電流が生じる.半導体素子の高温側電極を加熱 することにより,N 型素子で励起された電子が高温から低温に移動し,P 型素子では正孔が励起さ れ低温に移動する.つまり,N 型では低温側がマイナス,高温側がプラスになり,P 型は低温側が プラス,高温側がマイナスになる.結果として,熱電素子が電池の直列つなぎのような形になり, 大きな起電力が発生する.この原理を利用して,廃熱エネルギーの再資源化ができる熱電変換材料 が期待される.特に人体に無害で埋蔵量が豊富な次世代用高効率熱電変換材料の開発が進められて おり,中でも Mg2Si 熱電材料は注目されている. 現在使用されている主な熱電材料の熱電性能指数を Fig.1 に示す.左図が P 型で右図が N 型であ る.図中に描かれた ZT=1 の曲線以上の性能指数を有したものが実用に耐えうるものとされている. 当研究室では,高圧合成の技術を用いて P 型 Mg2Si の合成について研究している.そこで本研究の目 的は,様々な条件で合成した Mg2Si の高温下での熱起電力や電気抵抗の測定を行い,その測定結果よ りゼーベック係数やパワーファクターなどの熱電性能を評価することである. 実験方法 測定する試料は岡山大学地球物質科学研究センターのピストンシリンダー装置を使用し高温高圧合 成したものを使用した.合成された試料は,最大でも 5mmφで厚みが数 mm 程度で,市販されている熱電 測定装置では測定できない.従って,測定装置の開発も並行で行っている.試料台を Fig.2 に示す.材 質はパイロフェライトで出来ており,CAD で設計して NC 旋盤で工作し, 電気炉で焼結したものである. Fig.2.パイロフェライト試料台 Fig.3.電気炉 (中,表面 下,裏面) この試料台の特徴は,試料部分の配線が基板上にすでに施されており,測定ごとに試料と接触する導線 の長さや間隔が一定になることで,小さい試料を測定においては重要である.導線にはこれまで金線を 用いていたが,測定後に試料と金線がくっついてしまいはがす時に断線することがたびたび起きたので, 今回はクロメル線を用いた.クロメル線は測定により酸化が進むことはあるが,試料にくっつかないの で,酸化した線の表面を磨くだけで再び測定ができる.溝にそって試料中央部にはアルメル・クロメル の熱電対を配置,試料の両端の位置には示差熱電対 が配置され,試料の中央の温度と試料両端の温度差 が測定できるようにした. 試料台を当研究室の Fig.3 に示す管状炉にセットし,熱起電力の測定を行った. なお,測定の温度コントロールは電気炉側でプログ ラムされている.データ取得のための自動測定装置 を Fig.4 に示す.データ取得用のパソコンとスキャ ナ付きデジタルマルチメーターを接続して制御し た.なお,熱起電力測定の場合,試料内に温度勾配 をつける必要があるため,管状炉の入り口付近にセ ットした. FIg.4.自動測定装置 結果と考察 <N 型 Mg2Si> N 型 Mg2Si のゼーベック係数の温度変化を Fig.5 に示す.測定の再現性を確認するために,電気炉 の温度の昇温と降温を繰り返し行った.1 サイクル目は 800 K まで上げ 2 サイクル目以降は 900 K まであげた.グラフの縦軸で負の値を示すのは N 型半導体を意味する.1 サイクル目のゼーベック 係数は昇温と降温で大きなずれが生じている.2 サイクル,3 サイクル目においてもそのずれは生じ ているが,徐々にその差は小さくなり,4,5 サイクル目の測定では安定したゼーベック係数の値が 得られた.ゼーベック係数は回数を重ねるごとに変化した原因を調べるために,測定前後の XRD パ ターンの比較を行った.Fig.6 測定前(上図)と測定後(下図)の試料の X 線回折実験の結果を示 す.測定前の試料にはアスタリスク(*)で示した Mg2Si 以外にも Mg や MgO,Si からの回折線がみ られた.この結果は,合成後の試料に未反応の Mg と Si が存在することを意味する.一方,測定後 * : Mg2Si 0 * ―1回目 ▲2回目 ●3回目 ★4回目 ■5回目 ▲ ▲ ★ -140 600 800 30 1000 40 50 60 70 Si ★ Si ■ ■ Mg Si ★ * * * MgO ■ Si ■ * * Si ● ★ ■ ● -120 * MgO ▲ ★ -100 * * ● -80 ―N型Mg2Si測定前 ―N型Mg2Si測定後 * Mg Mg Mg -60 ● S(μ V/K) -40 ▲ Intensity/(arb.unit) -20 80 90 2θ /deg Temperature(K) Fig.5.N 型 Mg2Si のゼーベック係数の温度変化 Fig.6.N 型 Mg2Si の XRD パターン の試料には,それらの回折線は小さくなった.温度変化の測定中に未反応の Mg や Si が Mg2Si や MgO に変化したことによりゼーベック係数が影響し,サイクルによる違いを生じる結果になったも のと考えられる. この結果から, 合成試料に未反応物があればゼーベック係数に影響を及ぼすので, 試料を合成は未反応物が残らないよう最適な保持時間や温度を見い出す必要がある. <P 型 Mg2Si> Mg2Si に合成される Mg の一部を Ag で置換したものが P 型半導体の特性示すとの報告がなされて いるため,当研究室においても,Mg,Si,Ag の粉末を出発原料として Mg2Si の高圧合成を行って いる.高圧合成した試料のゼーベック係数の測定結果を Fig.7 に示す.昇温時には 550 K から 730 K あたりでゼーベック係数は負の値になっているが,降温時には同じ温度範囲内で負の値にはならず 安定した値を示した.P 型も N 型同様,回数を重ねるごとに昇温時と降温時のゼーベック係数の値 が一致するようになっている.この結果より,この試料においても測定前後で物質が変化している ことが予想されるので N 型の場合と同様に X 線回折実験を行った. * : Mg2Si * 70 ▲1回目 ●2回目 ★3回目 ■4回目 * ■ ★ ★ ● ★ 30 ▲ ★ ● ▲ * -10 800 1000 Temperature(K) Fig.7.P 型 Mg2Si のゼーベック係数の温度変化 30 40 50 60 70 80 2θ /deg Fig.8.P 型 Mg2Si の XRD パターン Si ■ ▲ 600 * MgO Si Ag MgO Si ● ★ * * * * Si ■ ▲ MgO Ag 0 ● ● * * Si 10 ★ ● MgO Ag Si 20 ▲ ▲ ■ Si S(μ V/K) 40 MgO Ag 50 Intensity/(arb.unit) 60 ―P型Mg2Si測定前 ―P型Mg2Si測定後 90 P 型 Mg2Si の測定前と測定後の試料の X 線回折実験の結果を Fig.8 に示す.P 型のゼーベック係数の 値は高くなっていたが,Mg2Si と Mg2Si にドープした Ag が分解されていることがわかる.測定後 の XRD パターンでは,Si や MgO,Ag の回折線が強くみられる.MgO などの酸化物は合成する際 の温度が高いとできやすくなる.測定は合成した時の温度よりも高い温度まで測定したため MgO が合成されてしまったと考えられる.また,測定前の P 型 Mg2Si の XRD パターンでは未反応物が 少なく上手く合成されていることがわかる.この結果から P 型 Mg2Si の合成ができ,測定もできた が,測定をしている間に分解してしまうという課題を残した. まとめと今後課題 1500 体の熱起電力の測定に成功した.コンピュー 1000 タ制御による自動測定はこれまでの手動測 500 定と比較すると測定による疲労が生じない ため,測定する温度範囲が広がるとともにそ の測定回数も多くすることができるように なった.これまでの測定結果の 1 例を Fig.9 に示す.手動測定では 700 K まで昇温して降 S(μV/K) 今回の実験では,P 型と N 型の両方の半導 ▲ (Mg1-xAgx)2Si(x=0.05) heating △ (Mg1-xAgx)2Si(x=0.05) cooling ● Mg2Ag0.05Si heating ○ Mg2Ag0.05Si cooling 0 300 500 700 -500 -1000 -1500 -2000 ■ (Mg1-xAgx)2Si1.1(x=0.05) heating 温するまで丸一日の測定時間を要したので □ (Mg1-xAgx)2Si1.1(x=0.05) cooling -2500 Fig.9 の場合 3 日間かけて取得したデータで Temperature(K) ある.一方,自動測定では終夜測定が行われ るので Fig.5 の測定の場合,2 日間で 1000 K Fig.9.手動測定による P 型 Mg2Si の までの測定が 5 サイクル行われるようにな ゼーベック係数の温度変化 った. N 型 Mg2Si は,測定していくことで酸化物が生じてしまうことがわかったので,今後は合成する段 階での最適な温度と保持時間を調べ,その試料を測定したときにできる酸化物をできないようにす る必要がある.P 型 Mg2Si に関しても同様に測定中に反応が進んでおり,合成する段階での最適な 温度と保持時間を調べる必要がある.また,測定した際に Mg2Si が分解してしまう原因を調べ,分 解せずに P 型半導体の測定ができるようにすることが課題である. 参考文献 【1】荻野 塁 ,高圧合成した Mg2Si の高温電気伝導度 【2】志田 謙嗣 , Mg2Si 熱電材料の高温高圧合成とその物性 平成 23 年度基礎理学科卒業論文 平成 22 年度基礎理学科修士論文
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