まちづくりイノベーションによる地方再生政策検討メモ

まちづくりイノベーションによる地方再生政策検討メモ
都市研究センター副所長兼研究理事
佐々木 晶二
1 はじめに
地方再生政策は、現在の我が国の内政上の
最重要課題である。筆者は、地方公共団体の
職員との議論や、まちづくりを経営的に取り
組む事業革新者(以下「イノベーター」とい
う。)との議論を積み重ねてきた経験を活かし
て、民間主導で、現場で動いている新しい地
方再生の動きや、隠れたポテンシャルのある
公共空間や、駅の新しい活用の仕方を提案し、
あまり税金をかけない自立的で実効性のある
地方再生政策を提案する。これにより、政府
の今後の議論に貢献したいと思う。
特に、ポイントは「民間の力によるまちづく
りイノベーション」と「民間の力が展開する
地方のまちなかへの注目」である。
以下、地方再生政策について、「地方のまち
なか活性化方策」、「公共空間の賑わい空間へ
の活用策」、「駅を中心としたまちづくり」の
3点から述べたい。
なお、東京を中心とした大都市は、国際競争
力に打ち勝って、世界の中で成長していく原
動力となる必要があり、大都市再生は、地方
再生と同時に進めるべき政策であるので、論
点のみ、参考として記載する。
2 地方のまちなかの活性化方策
(1)現状認識
ア 駅周辺での市街地再開発事業は商業床が
確保できず、行政が追加負担で床を保有す
る状況になり地方都市の活性化に役立って
いない(注1)。土地区画整理事業は、そ
もそも、まちなかに新たに道路を拡幅する
ニーズが地方都市に減ってきており、また、
都市財政上の余裕もなくなってきている。
イ
地方の商業者やその団体への補助金によ
る支援策はほぼ失敗していると思われる。
その結果が、全国の商店街のシャッター街
化である。
ウ 人口減少と高齢化が既に始まっている地
方のまちなかでは、大規模な初期投資をし
ないで、ニッチな需要を開拓する、イノベ
ーターによる新しいビジネスモデルしか成
立しないし、現実にそのモデルだけが動い
ている。
(2)具体的な制度の活用方法
ア まちなかの公共建築物の建て替え又はリ
ノベーションを、まちづくり会社を設立し
て、民間のプロと連携しつつ、公民連携事
業で実施する。
(注2)(注3)
イ 公民連携事業の周辺では、空きビルのリ
ノベーションを連鎖的に実施する。
ウ アとイのプロジェクト双方とも、原則と
して、政策金融機関の出資又は融資で対応
する。補助金は、初期投資、固定費が大き
くなるため、民間床部分には原則として入
れない。オガール紫波や北九州家守舎の活
動は、まさにこの類型のプロジェクトの成
功事例である。
(注4 )(注5)
エ 周辺の道路、公園、駅前広場などの空間
を、公民連携事業と連携して、賑わいの空
間として活用する。(具体的な手法は3参
照)
(3)今後の課題
ア 民間都市開発推進機構の出資等の業務は、
都市再生整備計画の区域内に限定されてい
るが、公民連携事業を支援するスキームと
しては、ダイレクトに公民連携事業計画に
基づいて実施できるようにすること。
イ
地方都市でビジネスとして起業し、持続
的に収支を合わせられる、ビジネスの目利
きと事業立ち上げのための人材を確保する
こと。
ウ 市町村長及び市町村職員が、コンサルタ
ントへの調査丸投げでなく、自ら公民連携
事業を立ち上げるという、明確な意識を持
つこと。
エ 今後の市街地の開発事業手法として、災
害時には防災拠点となり、平時では地域経
済の再生拠点となる、「一団地施設概念で
の都市施設(土地収用対象施設)」を制度
化するとともに、用地取得費を市町村に補
助する制度の創設を検討すること。(津波
復興拠点整備事業の平時の防災・まちなか
版のイメージ)
オ まちなかでのイノベーションや公民連携
事業を行うにあたって、運用方針が地方公
共団体ごとにばらばらで民間事業者が調整
に無駄な時間を費やしている、旅館業法、
食品衛生法、消防法等の規制緩和又は運用
改善を行うこと。(注6)
3 まちなかの公共空間の賑わい空間への活
用策
(1)現状認識と改革の方向
ア 地方都市のまちなかにある道路、公園、
歩行者デッキなどは、公物管理法等のいま
までの規制の常識に、地方公共団体の職員
が縛られて有効活用がされていない。
イ 特に、まちなかの活性化を考えると、道
路、公園の空間や、駅前広場、歩行者デッ
キなどを、屋台や仮設店舗、移動販売車な
どによって、にぎわいと収益のあがる空間
として活用できる絶好のポテンシャルのあ
る空間と再認識すべきである。
ウ さらに、民間事業者による活用に伴い必
要な使用料を市町村が徴収することによっ
て、維持管理費にあてることができること
から、公共施設管理者としてもウィンウィ
ンの関係になるはずである。
(2)具体的な制度の活用方法
ア 歩行者デッキで、地方公共団体の独自の
条例で管理されているものについては、市
町村長の条例の解釈の柔軟化又は条例改正
により、柔軟な民間事業者利用を行う。
イ 道路法に基づく道路の場合に、都市再生
特別措置法第 62 条の規定に基づく、都市
再生整備計画区域内での道路占用の特例を
活用。
(但し、警察署長協議あり)
ウ 警察署長協議を事実上省略するため、道
路法上の道路と都市公園との兼用工作物と
する。また、都市公園法に基づく管理条例
を緩和する。(札幌市大通公園、名古屋市
久屋大通公園)
(注7)
エ 道路法に基づく道路の場合に、都市計画
広場として都市計画決定し、地方公共団体
の条例を併せて定めることにより柔軟な管
理運用ができる空間と位置づける。(札幌
市北3条広場、大通 交流 拠点地下広 場)
(注8)
オ 仮に、道路法に基づく道路を廃止して、
都市計画広場を位置づける場合は、広場に
沿った建築物の建て替えの際には、接道条
件としては、建築基準法第 43 条第1項但
し書きを活用する。
カ 屋外広告物法に基づく屋外広告物条例を、
民間事業者利用を促進するために緩和する。
(3)今後の課題
ア まちなかのにぎわい空間を「都市広場」
として、法制度化し、建築物の建ぺい率制
限の緩和(例えば、原則2%から 20%に
緩和)、許容される広場施設の範囲を都市
公園法の公園施設の範囲より拡大する(例
えば、医療施設、健康施設も対象にする)
とともに、占用基準も緩和を検討すること。
イ
建築基準法の道路の定義(建築基準法第
42 条)への都市広場の追加を検討するこ
と。
4 駅を中心としたまちづくり
(1)現状認識と改革の方向
ア 人口規模の大きな都市の都心部では、駅
と駅前広場の上空がその経済的価値に比べ
て、有効利用が行われていないので、経済
的な最有効利用を実現できるよう誘導する。
イ 地方都市では、駅前広場が実際の利用密
度に比較して過大な空間となっていて、駅
と周辺の商業施設などとの隔絶した雰囲気
を生じさせているケースがあるので、地方
公共団体と鉄道事業者が連携して賑わい空
間を上手に作りあげる。
ウ 地方都市の公共交通機関は、今後の人口
減少で、通勤通学者という収益源が減るた
め経営が厳しくなることが予想されること
から、新規の整備方針としてはできるだけ
初期投資が少なく、将来事業の規模を縮小
しやすい方式を採用する。
(2)具体的な制度の活用方法
ア 人口規模の大きな都市では、都市再生緊
急整備地域を駅及びその周辺に指定して、
駅及び駅前広場の上空を建築物として利用
する。その際に、必要に応じて、土地区画
整理事業、市街地再開発事業を活用する。
それほど、権利調整が難しくない場合には、
政策金融機関が、鉄道部分も含んだ全体の
都市開発に対して、SPC 出資又は融資を
行い、民間事業者の自立的な有効利用を促
進する。
イ 地方都市では、人口減少に伴い自動車利
用者が減少すること、タクシー待ち空間ま
で公共側で用意する必要がないこと、など、
現在の駅前広場の施設設計を見直し、賑わ
いの広場空間を確保する。(注9)その空
間について、上記3で述べた各種の手法を
つかって、市町村及び鉄道事業者が協力し
て、民間事業者の商業的な空間としての有
効活用を図る。
ウ 鉄道の高架下の空間が有効活用されてい
ない場合には、駅前広場機能を高架下に移
設して、現在の駅前広場を賑わいの都市計
画広場にする。
エ 駅の高架下、あるいは大都市では駅上空
空間を活用して、高齢者関係の介護施設、
医療施設、子育て支援施設など、超高齢社
会に対応して施設立地を、政策金融機関の
出融資を活用して誘導する。
オ 地方都市は、BRTも含め、既存の道路
基盤を活かした、新しいタイプの、バスを
活かしたまちづくりを実施する。そのため、
道路法等の許可基準の緩和を踏まえ、停留
所の広告物設置による収入との見合いで、
乗りやすく、また、情報提供機能も含んだ、
バス停の設置を進める。また、コミュニテ
ィバス、デマンドマスの開始にあたっては、
既存のバス営業路線との関係などを含めて、
総合的な都市交通体系を十分市町村で検討
した上で、計画的にサービス提供を行う。
(注 10)
(3)今後の課題
ア 道路上空の建築物の建築については、建
築基準法の道路上建築禁止規定(建築基準
法第 44 条)等を解除する必要があるので、
都市計画法、建築基準法、都市再開発法な
どの法令上の手当が明確化されている。し
かし、鉄道上空での建築物の建築にあたっ
て、例えば、鉄道敷地と建築基準法の敷地
の関係の整理など、法制度的にあいまいな
部分が残っているので、法制度上又は運用
方針の明確化を検討すること。鉄道抵当法
の扱いの明確化について、法律上の措置を
検討すること。
イ 民間事業者(鉄道会社を含む)が行う駅
上空及び周辺の高度利用に対する政策金融
を充実すること。
ウ
鉄道事業者が駅周辺の市街地への福祉な
ど、社会的貢献度の高いサービスを展開す
ることへの支援を充実すること。
エ 快適なバス停留所、三角バスベイの整備
など、バス停留所の質の向上に対する支援
措置を充実すること。バス車両のハイブリ
ッド化、低床化など、環境、高齢者に優し
いバスへの支援を充実すること。
オ 地域でバスの費用負担をする、BID類
似の制度の創設を検討すること。また、地
域負担の無料バスについての道路上のバス
停設置にあたっての道路占用基準等の運用
緩和を明確化すること。
カ バス専用レーンという道路交通法上の位
置づけに加え、バス専用道路の位置づけを
検討すること。
5 まとめ
9 月 1 日に行われた社会資本整備審議会都
市計画部会の小委員会で、北九州家守舎の活
動について、嶋田氏と木下氏が説明を行った。
最初に「合い言葉 補助金に頼らない」から
説明を始めた。まさに、彼らは、補助金なし
で、政策金融措置のみで、自由闊達に活動を
行い、法規制や曖昧な法律の運用を乗り越え
て、自立的なまちづくり、まちづくりのイノ
ベーションを実施し、地方再生を実現してい
る。筆者も、まさに彼らの活動方針に、真に
自立的でかつ持続的な地方再生政策の鍵があ
ると考える。(注 11)
上記 2 から 4 までの、まちなかの活性化、
公共空間の賑わい空間への活用、駅を中心と
したまちづくりの政策提案は、彼らの活動に
協力しながら得た知見であり、現実に、補助
金を使わずに、民間事業者が、自ら稼ぎ、行
政には公共空間等の維持管理費の軽減のメリ
ットまで与えているという、成功事例に裏付
けられたものである。
近年は、地方に公共事業を行っても、フロ
ーの建設投資以上の効果を期待しにくく、ま
た、地方での商業や起業者支援は、いままで
現実に成功した事例を寡聞にして知らない。
それに比し、確実に、低い国の費用負担で
(政策金融措置は国の資金が循環するのでい
ちどの予算措置をすれば、追加予算が不要)
で、地方再生につながる、上記の政策提案に
ついて、政策当局で真剣に検討されることを
期待する。
(参考)東京都心部等に高度中枢機能を集積するため
の論点
ア 現状認識と改革の方向
● 国際競争力の強化のため、東京都心等への高
度中枢機能の集積を、国土政策として位置づ
け。
● 東京はグローバル経済の中で戦える最もポテ
ンシャルの高い地域なので、そこへの高度中
枢機能の集積と、多国籍での高能力外国人と
日本との接触と議論による破壊的イノベーシ
ョンの実現を期待すべき。
● なお、集積すべき業種や企業は政府が選択す
るのではなく、民間都市開発事業者のネット
ワークと目利きに期待する。
● 多国籍・高学歴・高収入の人材が、海外から
気持ち良く集まってくるよう、外国人学校な
ど快適な生活環境のためのインフラ整備も重
要。
イ 具体的な制度の活用方法
● 都市再生緊急整備地域のうち、県庁所在市ク
ラスで指定以後、都市開発の実績のない地域
について、都道府県、市町村に対して、一定
の期間内に民間都市開発が生じない場合には
廃止するとの猶予措置を与えた上で、都市開
発が不活発な地域を廃止する。
● 都市再生緊急整備地域のうちで、予算、税制、
融資などを深掘りする特定都市再生緊急整備
地域については、東京都など都市再生緊急整
備地域のほぼ全域を指定し、さらにその拡大
の意向がある。しかし、世界との競争を考え
たときには、国家的視点から、より選択と集
中を図って破壊的イノベーションを活性化す
るために、東京の大手町、丸の内、八重洲、
虎ノ門、港区、渋谷駅などに対象地域を限定。
同時に、東京都心の中でもオリンピックバブ
ルでオーバーフロアーにならないかの分析を
実施。
● 特定都市再生緊急整備地域において、都市再
生特別地区、民間都市開発推進機構の政策金
融、補助制度の集中投入、税制支援
● 東京都においては、都市再生特別地区におい
ては環境アセスメントの手続きを省略
ウ 今後の検討課題
● 東京都心の中でも、国家的観点から、政策の
選択と集中をより具体的に行うこと。一自動
車会社に強く依存する名古屋駅周辺の位置づ
けの整理、現状で既に、複数のターミナル駅
に分散しオーバーフロアー気味な大阪市都心
の位置づけの整理。
● 東京都心等での時間のかかる再開発プロジェ
クトに対する早期の政策金融の支援の充実
● 民間都市開発事業者とは、連結会計されない
SPC による開発事業に関する会計上の整理、
出資などの政策金融の支援の充実
● 国家戦略特区制度の運用の見極め
(脚注)
1)木下斉ほか「再開発事業等の施設開発の構造的課
題と求められる転換」(アーバンスタディ第58号)
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/u58_01.pdf
2)佐々木晶二「民間都市開発に対する政策金融の新
たな展開について」第3章(アーバンスタディ第5
8号)
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/u58_07.pdf
3)公民連携事業機構のHPhttp://ppp-p.jp/
4)オガール紫波プロジェクト http://www.ogalshiwa.com/
オガール紫波では、産直市場に対して農林水産省
の補助金を入れずに、自由な経営をして、利益を
あげている。
5)北九州家守舎の活動 http://www.yamorisha.com/
6)農家民宿の運用改善措置は、まちなかのビルや商
店などのイノベーションや公民連携事業でも活用で
きるべきと考える。
http://www.oishii-shinshu.net/greentourism/img_farmhouse/minsyukutebiki.pdf
7)札幌大通りまちづくり会社の活動内容
http://sapporo-odori.jp/
8)大通交流拠点地下広場
http://www.city.sapporo.jp/kikaku/downtown/project/od
ori-plaza.html
札幌市北三条広場 http://kita3jo-plaza.jp/
9)タクシー待ちの空間はタクシー会社が会社の費用
で用意すべきであり、あとはショットガン方式を採
用すべきと考える。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/09/091024/01.pdf
10)LRTなど、軌道系を導入する場合には、中心
市街地の自家用車の交通規制、受益を受ける地区の
都市計画税の引き上げなど、総合的な都市対策を講
じるとともに、増税分の補助を除いて、継続的に税
金を垂れ流すのでなく、民間事業者として一定期間
内に、単年度黒字、累積赤字の解消になる経営条件
を満たすことが、現時点では、筆者は必要と考える。
これが LRT を導入するにあたって、必要十分な条
件なのか、過大なのか、について引き続き検証して
きたい。
11)嶋田氏の講演資料は、北九州家守舎の HP にす
ぐにアップされる予定と聞いている。国土交通省の
社会資本整備審議会の HP にもアップされるはずで
ある。
(参考文献)
1)清水良次『リノベーションまちづくり』(学芸出
版社 2014.9.1)
2)三浦展『あなたの住まいの見つけ方』(ちくまプ
リマー新書 2014.3.5)
3)松村秀一『建築ー新しい仕事のかたち』(彰国社
2013.10)
4)馬場正尊ほか『RePublic 公共空間のイノベーシ
ョン』
(学芸出版社 2013.9.15)
5)馬場正尊『都市をリノベーション』(エヌティテ
ィ出版 2011.5.9)
6)猪熊純ほか『シェアをデザインする』(学芸出版
社 2013.12.15)
7)スティーブ・ジョンソン『ピア』(インターシフ
ト 2014.7.10)
8)大谷幸夫『空地の思想』
(北斗出版 1979.10)
9 ) 中 村 文 彦 『 バ ス で ま ち づ く り 』( 学 芸 出 版 社
2006.10.30)
10)矢島隆ほか『鉄道がつくりあげた世界都市・東
京』
(計量計画研究所 2014.3.25)
11)大野秀敏ほか『シュリンキング・ニッポン』(
鹿島出版社 2008.8)
12)冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るの
か』
(PHP研究所 2014.6.14)
13)浅野光行『成熟都市の交通空間』(技報堂出版
2014.3)
14)兒山真也『持続可能な交通への経済的アプロー
チ』
(日本評論社 2014.3.10)
15)ケティ・アルバート『クルマよ、お世話になり
ました』
(白水社 2013.10.23)
1 6 ) 上 岡 直 見 『 持 続 可 能 な 交 通 へ 』( 緑 風 出 版
2003.7)
17)三村浩史『地域共生のまちづくり』(学芸出版
社 1998.8)
18)翁邦雄ほか『徹底分析 アベノミックス』(中
央経済社 2014.6.28)
19)玉村雅俊ほか『ソーシャルインパクト』(産学
社 2014.7.25)
20)川上光彦『地方都市の再生戦略』(学芸出版社
2013.4)