第3回 インフラ投資市場の規模

Business
Trend
インフラ・PPP
投資市場の幕明け
第3回
インフラ投資市場の規模
福島 隆則
株式会社三井住友トラスト基礎研究所
投資調査第1部
上席主任研究員
の中で期待できるシェアと配分可能
はじめに
なリソースなどから、当該ビジネスの
収益性を評価できるためである。
ストックベースの
インフラは約 730 兆円
前回のレポートでは、インフラ投
しかし、我が国のインフラ投資市
まずは、ストックとしてのインフラ
資市場が我が国にも誕生しようとし
場は、まさにこれから誕生しようと
ている背景について、主な
( 市場へ
するところであるため、個別の取引
のインフラの)供給者である公共と
データなどはほとんど存在しない。
統計としては、内閣府から
(近年は)
需要者である投資家のそれぞれの
従って、今回のレポートでは、マクロ
5 年ごとに公表されている「 社会資
視点から解説を行った。ここまで来
的な観点から、市場の潜在力や成
本ストック推計」が詳しい。最新版
ると、次はいよいよ実際のビジネスと
長期待も加味しつつ、市場規模の
は、2012 年11月に公表された「日本
して、このマーケットへの参入を検
概算を試みることにする。更に、イ
の社会資本 2012 」で、それによる
討する段階となる。どのようなビジ
ンフラ投資市場の相対的な規模をイ
と、我が国の粗資本ストック注 1 ベー
ネスにおいても、おそらく最初に検
メージしやすくするため、既にその
スのインフラの総額は、786 兆円と
討するのは、収益性の評価であろ
規模がよく知られている不動産市場
。なお、純資本
なっている
( 図表1)
う。そして、その際に必要となるの
との比較も追及してみたいと思う。
ストック注 2 ベースでは、減価の方法
を考える。
ストックとしてのインフラに関する
が、全体の市場規模である。大まか
により、376 兆円~ 471兆円の範囲
にでも市場規模が推計できれば、そ
で4 種類の試算結果が示されてい
注1
現存する固定資産について、評価時点で新品として調達する価格で評価した価値。
注2
粗資本ストックから供用年数の経過(経齢)に応じた減価(物理的減耗、陳腐化等による価値の減少)を控除した価値。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.23
インフラ・PPP 投資市場の幕明け
図表 1 粗資本ストックベースのインフラの規模とセクター別内訳
農林漁業
(漁業)
13兆円
1.7%
郵便
1兆円
0.1%
国有林
4兆円
0.5%
工業用水道
3 兆円
0.4%
農林漁業
(林業)
12兆円
1.5%
海岸
7兆円
0.9%
治山
12兆円
1.5%
文教施設
(社会教育施設・社会体育施
設・文化施設)
17兆円
2%
都市公園
10兆
1.3%
水道
45兆円
5.7%
農林漁業
(農業)
74兆円
9%
治水
65兆円
8.3%
文教施設
(学校施設・学術施設)
73兆円
9%
道路
254兆円
32.4%
港湾
30兆円
3.8%
合計
786兆円
航空
4兆円
0.5%
下水道
82兆円
10.5%
鉄道
(鉄道建設・運輸施設整備支援機構等)
6兆円
0.8%
公共賃貸住宅
47兆円
6.0%
廃棄物処理
15兆円
1.9%
鉄道
(地下鉄等)
10兆円
1.3%
出所 )内閣府政策統括官(経済社会システム担当 )
、
「日本の社会資本 2012」
(2012 年 11 月 )をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成
る。
計」には、セクターごとの内訳がわか
物
( 土木構造物を意味し、ほとんど
粗資本ストックベースの786 兆円
るメリットの反面、データが 5 年に1
のインフラが含まれると考えられ
の内訳を見ると、道路が 254 兆円と
度しか更新されないというデメリット
る)が 508 兆 円で、合 計 571兆 円。
最も多いことがわかる。また、後述
もある。そこで今度は、データが毎
ここに、
「民間・公的別の資産・負債
するように、現在、道路と同じく、政
年更新される内閣府の「 国民経済
残高」より、
「公的部門」に属する土
府がコンセッション方式の導入を促
計算」から、ストックベースのインフ
地156 兆円を加えると、727 兆円とな
進している上水道、下水道、空港
ラの規模を推計してみたいと思う。
り、我が国の
( 公的不動産を含む)
は、それぞれ 、45 兆円、82 兆円、4
兆円
注3
のストックがあることもわか
「国民経済計算」は、不動産市場の
公共インフラの規模は、ストックベー
規模の推計でもよく使われるため、
スで約 730 兆円と推計できたことに
る。ほかにも、同じ経済インフラ注 4
比較を行う意味でもメリットは大き
なる。
として、港湾の30 兆円、鉄道の16 兆
い。なお、
「 社会資本ストック推計」
なお、
「 民間部門」でも同様の推
円などが注目されるところであろう。
と「 国民経済計算」との間に、統計
計を行ってみると、
1,682 兆円となり、
一方、この786 兆円には、文教施
上の連携はないようである。
「 公的部門」の727 兆円と合わせた
設や公共賃貸住宅など、社会インフ
原稿執筆時点で最新の「 2012 年
我が国全体のストック規模 2,410 兆
ラや、我が国では一般的に公的不
度国民経済計算確報 」の「 固定資
円
(約 2,400 兆円)
は、国土交通省の
動産
( PRE:Public Real Estate )
と
産ストックマトリックス
( 名目)
」によ
資料などに登場する数値と一致して
呼ばれるものも含まれていることに
ると、
「公的部門」に属する有形固定
いる。
留意が必要である。
資産のうち、住宅が 19 兆円、住宅以
一方、この国民経済計算の「公的
外の建物が 44 兆円、その他の構築
部門」には、
「一般政府」と「公的企
このように、
「 社会資本ストック推
注3
ここには、空港用地や滑走路、エプロンなどの基本施設、駐車場などの付帯施設は含まれるが、ターミナルビルは含まれていない。
注4
経済インフラと社会インフラなど、インフラの分類については、本連載の第1回『インフラ・PPP 投資再入門』(ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.21,
2014 September-October)を参照。
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業」という分類があり、後者の「 公
図表 2 利用料収入を伴うインフラの規模
的企業」には、地方政府の公営企業
などのほか、特殊法人として、首都
高やNEXCOなど高速道路会社や
JR 北海道、四国、九州、日本郵政な
ども含まれることに留意が必要であ
る。
利用料収入を伴う
インフラは約 185 兆円
前項で、我が国のストックベースの
(公共)
インフラの規模は約 730 兆円
と推計できたが、残念ながらこの全
てが取引可能となるわけではない。
これは、
( 民間)
不動産において、約
470 兆円
注5
といわれる法人所有不動
出所 )日本経済再生本部 、第6回産業競争力会議資料(2013 年 4 月 17 日 )
産の全てが取引可能ではないのと同
利用料収入を伴うインフラは、合計
様である。約470 兆円のうち、取引
約185 兆円あり、従って、取引可能
可能な
(民間)
不動産の規模と言える
なインフラの規模も、185 兆円程度
「収益不動産 」は、半分弱の約208
あると考えることができるだろう
(図
兆円 注 6 と推計されている。
インフラで、この不動産における
表2)
。
図表2中のEBITDAとは、
なお、
インフラ投資市場の
規模は数兆円から
十数兆円?
前項で、取引可能なインフラの規
模は約185 兆円と推計できたが、残
「 収益不動産 」に該当するものとし
利 払 い・ 税 引 き・ 償 却 前 利 益
念ながらこの全てがすぐに投資対
て、ここでは、
「利用料収入を伴うイ
( Earnings Before Interest, Tax,
象となれるわけではない。
( 民間)
ンフラ」を考える。我が国の「 利用
Depreciation and Amortization )
の
不動産においても、約 208 兆円の
料収入を伴うインフラ」の規模とし
ことであるが、海外のインフラの取
「収益不動産 」
のうち、現在、実際に
ては、2013 年 4月17日の産業競争力
引事例では、この10 ~ 20 倍が平均
「 証券化された不動産 」、
「 J-REIT
会議の資料が詳しい。それによる
的な売買価格となっている。
と、空港、有料道路、上下水道など
に組み込まれた不動産 」は、それぞ
れ約31兆円注 7 、約12 兆円注 8 となっ
注5
事務所、店舗、工場、福利厚生施設等の法人が所有する不動産。土地基本調査に基づく時価ベースの金額(2008 年 1 月 1 日時点)。
注6
Prudential Real Estate Investors、「A Bird's Eye View of Global Real Estate Markets:2012 Update」から円換算。
注7
国土交通省、
「2013 年度 不動産証券化の実態調査」(2014 年 5 月 30 日)
注8
一般社団法人 不動産証券化協会(ARES)、「J-REIT Report No.61」(2014 年 11 月時点)
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.23
インフラ・PPP 投資市場の幕明け
ており、
「 収益不動産 」の15%、6%
図表 3 民間資金等活用事業推進会議で示された PPP / PFI 事業の推進目標
にとどまっている。
これから誕生するインフラ投資市
場の規模については、統計的なデー
タもないため、まずは、このマーケッ
トに対する政府目標に注目してみ
る。2013 年 6月、内閣府の民間資金
等 活 用 事 業 推 進 会 議 は、
「 PPP/
PFIの抜本改革に向けたアクション
プラン」として、
『 今後 10 年間で12
兆円規模のPPP/PFI 事業の推進 』
。更
という目標を提示した
( 図表3)
に、翌 2014 年 6月には、このうちの
公共施設等運営権制度
( コンセッ
ション方式 )を活用した部分につい
て、
『 集中強化期間とした2016 年度
までの3 年間に、2 兆~ 3 兆円の事
出所 )内閣府・民間資金等活用事業推進会議 、
「PPP/PFI の抜本改革に向けたアクションプラン 」
(2013
年 6月6日)
業 規 模 と19 件
( 空 港 6 件 、水 道6
件、下水道6 件、道路1件)の事業
現在GPIF で進められている資産構
追随できれば、更に大きな市場規模
数を前倒し達成 』という目標も掲げ
成の見直しが、今後、ほかの公的・
を期待することもできるだろう。
ている。ただ、これらは、かなり高
準公的年金にも波及し 、オルタナ
以上の考察から、我が国のインフ
めの水準と政府も認めていることも
ティブ投資の活発化とともに、国内
ラ投資市場の規模は、5 年以内の中
あり、予想されるインフラ投資市場
のインフラにもその巨大な資金が振
期的な水準として数兆円。そして、
の規模の最大値と考えることができ
り向けられるようになると、インフラ
10 年ほどの時間をかけて十数兆円
るだろう。
投資市場の規模も一気に拡大する
ほどの水 準まで成長するというの
可能性がある。
が、期待も込めた目安になってくる
一方、前回のレポートで、インフラ
のではないだろうか。実は、
『 10 年
投資市場の有望な資金の出し手とし
米国の同じ公的年金であるカリ
て年金基金を挙げたが、こうした投
フォルニア州 職 員退 職 年金 基 金
で十数兆円 』という市場規模は、
資家の動向からも、インフラ投資市
( CalPERS:California Public
J-REIT 市場の成長ペースとほぼ同
場の規模を類推することができる。
Employees' Retirement System )
で
じである。しかし、不動産の場合、
我が国の年金積立金管理運用独立
は、インフラへの運用資産の配分の
2001年のJ-REIT 市場開設以前に、
行 政 法 人
( GPIF:Government
ターゲットを1%としているが、仮に
既に証券化を含む活発な取引があ
Pension Investment Fund )は、世
この配分比率を我が国の公的・準公
り、現状でも取引がほとんどないイ
界最大の公的年金で、約130 兆円の
的年金にも適用すると、その投資額
ンフラとは状 況 が 大きく異なる。
運用資産を誇る。ここに、国家公務
は約 2 兆円。2倍のレバレッジが活
従って、この推計市場規模は、かな
員共済や私立学校教職員共済など
用できるとすると、資産額ベースで
りの成長期待を込めたものと言わざ
その他の公的年金や、準公的年金
約4 兆円のインフラ投資市場ができ
るを得ず、その達成には、より一層
と呼ばれるものも含めると、その運
ることになる。ここに、企業年金や
の推進と理解が必要になるだろう。
用資産 総 額は 200 兆 円にも上る。
保険会社など民間投資家の資金が
最後に、ここまでの推計結果をま
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Business
Trend
れい
図表4に示す。まだ黎
とめたものを、
図表 4 インフラ投資市場の規模の推計と不動産市場との比較
めい
明 期のインフラ投資市場ではある
が、ポテンシャル的には、不動産市
不動産・インフラ
約 2,400 兆円
場に決して引けをとらないことがわ
かるだろう。なお、それぞれのデー
タの時点は、同じではないことに留
意が必要である。
公的不動産・公的インフラ
約730 兆円
法人所有不動産
約470 兆円
収益不動産
約208兆円
証券化された不動産
約31兆円
上場 REIT
約12兆円
利用料収入を伴うインフラ
約185 兆円
投資対象となるインフラ
数兆円∼十数兆円
出所 )内閣府 、
「2012 年度国民経済計算確報(2005 年度基準・93SNA)
」;日本経済再生本部 、第6
回産業競争力会議資料(2013 年 4 月 17 日 );国土交通省・不動産証券化手法等による公的不
動産(PRE)の活用のあり方に関する検討会資料 、
「公的不動産の活用に関する取組について 」
(2014 年 9 月 16 日 )
;一般社団法人 不動産証券化協会(ARES)
「
、J-REIT Report No.61」
(2014
年 12 月 )などをもとに三井住友トラスト基礎研究所作成
参考文献
内閣府政策統括官(経済社会システム担当 )、
「日本の社会資本 2012 」( 2012 年 11 月)
内閣府 、
「 2012 年度国民経済計算確報( 2005 年度基準・93SNA )」
日本経済再生本部 、第6回産業競争力会議資料( 2013 年 4 月 17 日 )
国土交通省・不動産証券化手法等による公的不動産( PRE )
の活用のあり方に関する検討会資料 、
「公的不動産の活用に関する取組について 」
( 2014 年 9 月 16 日 )
一般社団法人 不動産証券化協会( ARES )、
「 J-REIT Report No.61 」( 2014 年 12 月)
民間資金等活用事業推進会議 、
「 PPP/PFI の抜本改革に向けたアクションプラン」( 2013 年 6 月 6 日 )
民間資金等活用事業推進会議 、
「 PPP/PFI の抜本改革に向けたアクションプランに係る集中強化期間の取組方針について 」( 2014 年 6 月 16 日 )
公的準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議 、
「報告書 」( 2013 年 11 月)
ふくしま たかのり
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了( MBA )。国内証券会社
や外資系投資銀行などでデリバティブ・トレーディングやリスクマネジ
メント業務を担当し、現職では 、自治体向けの公的不動産( PRE )
や
PPP/PFI のコンサルティング業務 、投資家・事業者向けの PPP・イン
フラ投資ビジネスの戦略リサーチ 、コンサルティング業務に従事。国
土交通省 「不動産リスクマネジメント研究会 」 座長。国土交通省「不
動産証券化手法等による公的不動産( PRE )の活用のあり方に関す
る検討会 」委員など。早稲田大学国際不動産研究所招聘研究員。日
本証券アナリスト協会検定会員( CMA )。著書に『投資の科学 』
(日
経 BP 社・共訳 )
など。
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