移動式ICTユニットのグローバル展開 フィリピンにおける国連

国際標準化
集
ITU
特
グローバル展開
大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発
移動式ICTユニットのグローバル展開
─フィリピンにおける国連プロジェクトと標準化活動
2013年11月にフィリピンを襲った巨大台風ハイヤンにより,セブ島San
Remigio市付近のネットワークが壊滅的な被害を受けました.本稿では,
ITU・日本政府・フィリピン政府の 3 者およびNTTグループを含む日比の
パートナが互いに協力してSan Remigio市にICTユニットを設置・実証実験
に着手した模様と,ICTユニットの標準化に向けた取り組みを紹介します.
実証実験に至った背景
住民の避難の遅れもあって大きな被
(2)
害に至りました .
にしざわ
ひ で き†1
たかはし
ともみち † 2
西沢 秀樹
高橋 知道
さ か の
としかず † 1 ※
やまぐち
しんいち † 2
/坂野 寿和
/山口 真一
NTT未来ねっと研究所
†2
NTTコミュニケーションズ
†1
に発足しました.実験場所であるSan
Remigio市はセブ島の北部に位置し,
2013年11月,バンコクで開催され
世界における自然災害は増加傾向に
人口 6 万4000人,27のBarangay(区,
た ITU(International Tele­com­mu­ni­
あり,国連や国際社会にとって自然災
最小行政単位)から構成されていま
ca­tion Union:国際電気通信連合)テ
害による死亡 ・ 経済損失のリスク削減
す.台風ハイヤンの直撃を受けて地域
レコムワールドにおいて,移動式ICT
は喫緊の課題です.フィリピン政府か
のワイヤレスネットワーク(図 1 )が
はブロードバンド活用事
らの問い合わせを受け,日本政府と
全滅,台風直後は通信が途絶える中人
例コンテストで優勝し,災害時の迅速
ITUが協力して台風被害の大きかった
力で情報収集を実施せざるを得ませ
な通信復旧手段として世界各国から高
地域の通信復旧支援に向けた検討を開
んでした.また,国への被害状況報告
い評価を受け,各国の防災担当者から
始し,2014年 5 月13日にフィリピン
など市から外部への連絡は市長が持つ
NTTに対して多数の問い合わせをい
の被災地の 1 つであるSan Remigio市
衛星携帯電話端末 1 台だけで行われま
ただきました.その 1 つにフィリピン
において,移動式ICTユニットを用い
した.
でICTの普及を推進しているNPO法
た実証実験を国連プロジェクト(ITU
総務省 ・ DOST(Department of Sci­
人「CVISNET(Central Visayas
プロジェクト)として実施することを
ence and Technology, Philippines:
Information Sharing Network)
」があ
ITU ・ 日本政府 ・ フィリピン政府の 3
フィリピン科学技術省)・ ITUの 3 者
りました.
者で合意しました.
が締結した協力合意文書(図 2 )には,
(1)
,*
ユニット
フィリピンは太平洋の台風発生個所
近くに位置し,年平均20程度の台風が
実証実験の概要
表のように実験概要が示されていま
す.本実証実験は技術確認に閉じず,
通過します.台風による暴風 ・ 高潮対
本国連プロジェクトは,フィリピン
現地へのトレーニングやICT活用によ
策はフィリピン政府や住民にとって
セブ島でもっとも被害の大きかった地
る自治体の防災計画管理体制強化と
もっとも重要な課題であり,2013年
域において,即座に通信インフラ ・
いった実運用を見据えた項目が入って
11月には巨大台風「ハイヤン」がフィ
ICT設備を提供するICTユニットの効
おり,かつ実験で使用されたICTユ
リピン中部のビサヤ地区を直撃,死者
果を検証することと,災害の影響下に
ニットは実証実験終了後にフィリピン
約6200人,行方不明者約1800人に上
おいてソリューションとしてのICTユ
政府に譲渡されるなど,実際の活用ま
る大災害となりました.台風による高
ニットの実用性検証を行うことを目的
潮が沿岸部で 5 〜 6 mに達して津波の
とし,
「Feasibility study of restoring
ように段波状になって沿岸部を襲い,
connectivity through the use of the
Movable and Deployable ICT
※
現,国際電気通信基礎技術研究所
Resource Unit」の名称で2014年 5 月
*移動式ICTユニット:ICTサービス提供に必要な
リソースを搭載した可搬型のユニットおよび同
ユニットを用いたサービス展開方式のこと.
MDRU(Mo v a ble a n d De plo y a ble ICT
Resource Unit)という呼称が使われることも
あります.
NTT技術ジャーナル 2015.3
33
大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発
でを見据えた内容になっているところ
に特長があります.
Barangay 1
Barangay 2
SU 2
フィリピン
セブ島
本格実験の開始
SU 1
Municipal Building
PTP 1
PTP 2
AU 1
PTP 3
Bagtic
Bankasan
協力合意文書締結後,セブ島の自治
体 職 員 や 住 民 の 協 力 の も とSan
San Miguel
Remigio市にて実験開始に向けた準備
が進められました.フィリピン側は
CVISNETとDiff Sigma Tech社 の 2
図 1 被災前のSan Remigio市広域ワイヤレスネットワーク
(システムは台風により全滅)
者,日本側はNTT未来ねっと研究所 ・
NTTコミュニケーションズ ・ NTTア
ドバンステクノロジ ・ NTTエレクト
ロニクス ・ 富士通の 5 者が協力して
ICTユニットの設置,およびプロジェ
クトの運営 ・ 支援を行っています.ス
マートフォンについては,京セラが高
耐久性に優れた端末をITUに提供し,
無線通信機器 ・ ICTユニットはそれぞ
れDiff Sigma Tech社とNTTコミュニ
ケーションズが提供しています.
San Remigio市庁舎内にICTユニッ
トと無線通信機器を設置し,そこから
約400 m離れたハイスクールに無線通
信機器および 2 拠点間を接続するため
の無線通信機器を設置します(図 3 )
.
2014年12月に構築作業を行い,ICTユ
ニットを市庁舎内に設置し,市庁舎近
図 2 フィリピン政府による協力合意文書締結のニュースリリース
辺とハイスクールに設置されたWi-Fi
アクセスポイント(AP)を 5 GHz帯
のAP間接続による拠点内通信用に,
表 実証実験の概要
スコープ
プロジェクト管理
・ 新規開発品であるICTユニットの被災地での実用性確認(設置場所の
適正確認含む)
・ 現地キーメンバに対するICTユニットの適切な操作 ・ 管理トレーニン
グ実施
・ 災害時準備に向けた自治体の防災計画管理体制強化
・ ICTユニット適用によるアクティビティを政府組織 ・ 自治体から
フィードバック
・ 設置したICTユニットのモニタリング ・ 評価を通じた政府組織への
フィードバック
・ 総務省 ・ DOSTの協力のもと,ITUのプロジェクトマネージャが実施
・ ステアリング ・ コミッティを設立,計画 ・ 運営 ・ 報告などを総務省 ・
DOST ・ ITUの 3 者で議論
モニタリング ・ 評価 性能指標と測定結果に基づきITUが実施
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期間
2014年 5 月から2015年 9 月まで
資産
プロジェクト終了後,ITUがフィリピン政府に譲渡
NTT技術ジャーナル 2015.3
24 GHz帯 のFWA(Fixed Wireless
Access)を拠点間通信用に利用する
ことによって広域のWi-Fiネットワー
クを構築しました(3).フィリピンと日
本では周波数帯などの無線規格が異な
ること,スマートフォンは日本と違っ
てSIMフリーでかつプリペイド方式が
主流であることなど,さまざまな違い
がありますが,現地での実証実験を通
じて今回導入したICTユニットがフィ
リピンの環境下でも有効に動作し利活
用できることが確認できました.
特
集
AP Relay(5 GHz) AP4
ヘルス
センタ
AP Relay
(5 GHz)
AP5
市庁舎
AP3
FWA
Access
2.4G
AP Relay AP2
(5 GHz)
警察
ICTユニット
)
z帯 m
H
G 400
24 A(
FW
職員室
AP6
Access
2.4G
AP Relay
(5 GHz) AP7
計算機室
AP1 Access 2.4G
避難所
ハイスクール
図 3 San Remigio市庁舎とハイスクールに設置されたICTユニット・無線通信機器
スマートフォン
②市長は被災状況を電話ヒアリングと
サーバに保存された写真により確認
台風到来の情報を受け,San Remigio市
庁舎に積み上げられた救援物資
①スマートフォンで被災状況を
撮影,サーバに保存
図 4 台風被災時を想定したICTユニットのユースケース
被災時を想定したユースケースの例
で政府への報告を行います.2015年
アプリケーション(4)のインストール方
を図 4 に示します.市長は被災時に警
9 月の実験終了までにさまざまなシー
法と電話の使い方をレクチャーしてい
察 ・ ヘルスセンタ ・ 避難所などに電話
ンでの活用試験を予定していますが,
る様子です.レクチャー後に実施した
をして被災状況をヒアリングするとと
現地の方々にとってさらに使いやすい
アンケート結果から,日本で実施した
もに,各被災地域で撮影された写真を
ように仕様の見直しや相互接続性の改
実証実験と同様,参加くださった30名
ICTユニットにインストールされた
善を進めていきます.
弱のうち 9 割以上の方に「操作が容易
ファイル共有機能を用いて参照し,被
前述のように,今回の実証実験では
で使いやすい」と感じていただいたこ
災状況を視覚的に確認します.これら
技術検証だけでなく現地の方々に対す
とが分かりました.写真 2 は現地の技
の情報に基づき,各地域に救援物資配
るトレーニング実施も対象項目となっ
術者向けに実証実験の内容やICTユ
布を指示するとともに,衛星電話など
ています.写真 1 は住民の方々向けに
ニットの特長について説明している様
NTT技術ジャーナル 2015.3
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大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発
(4) 小田部 ・ 小向 ・ 坂野:“移動式ICTユニットの
ICTサービス提供技術,
” NTT技術ジャーナ
ル,Vol.27,No.3,pp.29-32,2015.
(5) 荒木 ・ 今中:“ITU-T FG-DR&NRR(災害対
応 ) 活 動 報 告,” NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル,
Vol.26,No.10,pp.58-61,2014.
(6) ITU-T Focus Group Technical Report: “Re­
quire­ments on the improvement of network
resilience and recovery with movable and
deployable ICT resource units,” FGDR&NRR Version 1.0,2014.
写真 1 住民向けにスマートフォンを活用した通話機能をレクチャーしている様子
ICTユニットを活用いただくためには
ITU-Tでの標準化は大切なプロセス
と考え,ICTユニットはFG-DR&NRR
の中でMDRU(Movable and Deploy­
able ICT Resource Unit)という呼称
で2016年の勧告化を目指していま
写真 2 現 地の技術者向けに実証実験
や技術についてレクチャーし
ている様子
,6)
す(5)(
.これまでに,東日本大震災の
経験を踏まえて迅速に被災エリアの通
信サービス回復を実現するためのさま
ざまな適用方法と主な要素技術に関す
子です.このほかにもICTユニットの
る要求条件を記載した成果文書を
操作方法などのレクチャーも実施して
2014年11月 にITU-T SG15に 提 出 し
おり,San Remigio市の皆様にも簡易
ています.
に利用いただけることが実証されつつ
あります.ICTユニットには停電対策
今後の展開
としてUPS(Uninterruptible Power
San Remigio市での実証実験を通じ
Supply)が実装されていますが,災
て,ICTユニットを実環境で運用する
害による長期停電発生時には発電機の
際の課題も明らかになってきました.
適用が必要です.引き続き現地の皆様
実証実験は2015年 9 月まで続きます
と協力し,さまざまな状況下での具体
が,それまでにできるだけ多くの方に
的なフォロー手順も含めて検討してい
利用いただきブラッシュアップを行
きます.
い,ICTユニットをより実用的で,グ
ローバルに対応する有用なシステムに
災害対策はこの地域にとって継続中かつ
喫緊の課題です.今後も,NTTグループの
強みを活かし,地域と連携してグローバル
な活動を推進していきます.
標準化活動
日本政府主導で災害対応に関する
フォーカスグループ(FG-DR&NRR:
Focus Group on Disaster Relief
Systems, Network Resilience and
Recovery) がITU-Tに 設 立 さ れ て
ICTを活用した災害対応の国際標準化
が検討されています.世界の被災地で
36
NTT技術ジャーナル 2015.3
仕上げていきます.
■参考文献
(1) 坂野 ・ 小田部 ・ 小向:“移動式ICTユニット方
式 の 全 体 概 要,” NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル,
Vol.27,No.3,pp.12-16,2015.
(2) http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/
shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/
r-jigyouhyouka/dai04kai/siryou6.pdf
(3) 清水 ・ 鈴木 ・ 熊谷 ・ 後藤:“移動式ICTユニッ
トの無線アクセスネットワーク構成技術,
”
NTT技術ジャーナル,Vol.27,No.3,pp.1720,2015.
(左から)
山口 真一/ 高橋 知道/
坂野 寿和/ 西沢 秀樹
◆問い合わせ先
NTT未来ねっと研究所
企画部
TEL 046-859-3006
FAX 046-855-1148
E-mail Nishizawa.hideki
lab.ntt.co.jp