ICP-MS を用いた環境試料中に含まれる揮発性元素(S、Se、Te など)の

ICP-MS を用いた環境試料中に含まれる揮発性元素(S、Se、Te
など)の分析法の検討
村松研究室
12142014
廖 敏(リョウ
ビン)
研究目的
硫黄族元素(S、Se、Te)のうち S と Se は人体にとって必須元素である。S は自然
界に大量に存在し、生物地球化学的観点から重要な元素である。Se と Te は微量元素
であり、特に Te の地殻平均含有量は 0.01mg/m3と少ない。Se、Te の化学的性質は S
と似ているため、環境での挙動も S と似ていると考えられる。Se、Te は微量にし存
在しないため、感度がよい分析法を確立することが望まれている。特に Te を分析す
るのは難しく、データも少ない。また、S は環境中に多量に存在するが正確に分離、
回収する方法は十分に検討されていない。そのため、本研究では ICPMS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry;誘導結合プラズマ質量分析法)
法を用い、硫黄族元素(S、Se、Te)の分析法の検討を行った。
実験方法
本研究では、2 種類の ICP-MS 装置を用いる。1 台目は干渉を制御するコリジョ
ン・リアクションセルを搭載したシングル四重極タイプ(Agilent7700)であり、もう
1台は、トリプル四重極を搭載したタイプ(Agilent8800)である。Agilent7700 は複
雑なマトリックスが含まれている場合でも、一般に扱われる多くの元素を正確に測
定することができる。しかし、リアクションモードの場合、干渉が落ち切らないケ
ースもあった。Agilent8800 はリアクションセルの前に別の四重極が配置された独自
の構造を備えている。1 つ目の四重極でセルに進入・反応するイオンを選別すること
で、シングル四重極のリアクションモードに見られる変動や不確実性を除去し、干
渉除去の性能と柔軟性を実現している。二つタイプの ICP-MS を用いた測定結果の比
較することによって、目的元素を分析する最適条件の検討を行った。ICP-MS を用い、
元素への測定条件の検討は主にスタンダードの適当な濃度、コリジョン・リアクシ
ョンセルガス、目的元素の同位体である。
本研究で用いた試料は産業技術総合研究所(AIST)の標準試料:JSd−3、JB−2、
JA-3、JSl-2、JLK-1、JOS-1 である。また、米国の国立標準技術研究所(NIST)の標準
試料:ほうれん草、松葉、カキ、牛肝臓を用いた。
ICP-MSで分析する場合は溶液に溶かした状態にしておく必要がある。そのため
の前処理をしなければならない。そこで、加熱分離法と酸分解法の2種類の方法で試
料を分解し、目的元素を溶液に溶かした。加熱分離法は水蒸気を含んだ酸素ガスを
送りながら、試料を約1000℃で加熱し、揮発性ガスを分離・捕獲する方法である。
概略図はFig.1より
Fig.1 加熱分離法の概略図
具体的な操作は試料(100—500mg)を
ートに秤量し、それに酸化
溶
融 としてのV2O5を
た。試料をの た
ー トを石英管に
に入れ、水蒸
気を含んだ酸素気流を流しながら、加熱した。揮発してきた目的元素はトラップ溶
液(7ml)で捕集した。目的元素により、トラップ溶液は超純水、アルカリ性溶液(超
純水+TMAH(Tetramethylammonium)25%溶液200μl+1%Ña2SO3100μl)、酸性溶液(超
純水+5%HNO3溶液もしくは超純水+5%H2O2溶液)で作成した。
酸分解法は粉末状の試料(約50mg)を20mlテフロン容器を入れてから、超高純度
分析用試薬である69%HNO3(5ml)、38%HF(3ml)、70%HClO4(1ml)を加え、ホットプレー
トで120ー160℃加熱した。試料を完全に溶かすまで、溶液を蒸発しながら、酸を繰
り返して加えた。酸分解法は最初にテフロン容器を蓋し、5ー12時間程度で加熱した。
結果と考察
(1) 硫黄族元素(S、Se、Te)
ICP-MS を用いた測定最適条件
硫黄族元素を ICP-MS を用いた測定には、まずセルガス、スタンダード、同位体
などの最適な測定条件を検討した。結果は Table.1 に示す。
Table.1 ICP-MS を用いた硫黄族元素への測定の最適条件
装置
同位体
セルガス
スタンダード
同位体
セルガス
スタンダード
試料対象
同位体
セルガス
スタンダード
Agilent8800
Agilent7700
硫黄(S)
32
S
[O2]32→48MS/MS モード
測定できない
0、10ppb、100 ppb、400ppb、1000ppb
セレン(Se)
77
77
Se、78Se、80Se、82Se
Se、78Se、82Se
[H2]78→78MS/MS モード(78Se を例)
コリジョンガス[He]
0、0.1ppb、1ppb、10ppb、50ppb
全試料
干渉元素の少ない試料
テルル(Te)
125
Te
[O2]125→125MS/MS モード
測定できない
0、0.1ppb、0.5ppb、1ppb、5ppb
Table.1 より、Agilent7700 は S、Se、Te への測定にほとんどできなかった。
Agilent8800 は適当な条件を用い、S、Se、Te への測定にできた。これは Agilent
7700 は目的元素の干渉イオン(例えば 32S は 16O16O;80Se は 40Ar40Ar;125Te は 124XeH、
124
SnH などの干渉イオンがある)を完全に除去できなく、Agilent8800 は目的元素の
干渉イオンを除去できるとが分かった。そのため、ICP-MS を用いた S、Se、Te への
分析は Agilent8800 を主に用いることにした。
加熱分解—Agilent8800 法
加熱分離法は酸性、アルカリ性の異なるトラップ溶液を用いて、各標準試料を
加熱し、試料に含む目的元素を揮発さ 、回収した。また、温度を変化さ 、各目
的元素をどの程度回収できるかを調べた。標準試料を用いた分析結果と文献値の比
較を通して回収率を求め、加熱分離法の妥当性を評価した。結果は Table.2 に示す。
Table.2 加熱分離法で酸性、アルカリ性のトラップ溶液を用いた目的元素の回収率
硫黄(S)
試料
トラップ溶液
超純水
測定平均値/ppb
6.94
文献値/ppb
51.80
回収率
13.4%
JLK-1/
湖底堆積物
5%HNO3 溶液
23.50
61.04
38.5%
5%H2O2 溶液
73.70
61.16
120.5%
8%H2O2 溶液
53.20
56.90
93.5%
セレン(Se)
試料
トラップ溶液
測定平均値/ppb
文献値/ppb
回収率
JSd-3/河川堆積物
超純水
20.1
38.70
52.0%
JB-2/玄武岩
超純水
5%HNO3 溶液
2.60
9.50
27.0%
3.85
12.82
30.0%
5%H2O2 溶液
7.69
12.82
60.0%
JLK-1/
湖底堆積物
テルル(Te)
試料
JSO-1/黒 ク土
JLK-1/
湖底堆積物
トラップ溶液
測定平均値/ppb
文献値/ppb
回収率
超純水
0.24
4.25
5.6%
TMAH 溶液
0.17
4.25
4.0%
TMAH 溶液
5%HNO3 溶液
0.34
4.35
7.8%
0.12
0.01
4.35
4.35
2.7%
2.2%
5%H2O2 溶液
Table.2 より、酸性、アルカリ性の異なるトラップ溶液の回収率が異なった。こ
れは揮発された目的元素 S、Se、Te の化学形態が多様に存在したからと考える。た
だし、H2O2 溶液を用いたトラップ溶液は S の回収率が上昇した。また、Se と Te の各
トラップ溶液ではどれもの回収率が悪かった。これは試料中にの Se、Te を完全に揮
発されてなかったと考える。
更に温度を 400℃、600℃、800℃、1000℃、1200℃変化し、各目的元素の温度別
の回収効率を調べた。結果は Fig.2(A、B、C)に示す。
40%
A 加熱分離法で温度変化によるSの回収効率
30.5%
回収率
30%
20%
10.8%
10%
0%
80%
JLK-1①
JLK-1②
総量
400℃ 600℃ 800℃ 1000℃ 1200℃
B 加熱分離法で温度変化によるSeの回収効率
68%
76%
回収率
60%
40%
20%
0%
400℃ 600℃ 800℃ 1000℃ 1200℃
総量
JLK-1①
JLK-1②
C 加熱分離法で温度変化によるTeの回収効率
5.0%
4.9%
回収率
4.0%
3.2%
3.0%
2.0%
1.0%
0.0%
400℃
600℃
800℃ 1000℃ 1200℃
総量
JLK-1①
JLK−1②
Fig.2 加熱分離法で温度変化による目的元素の回収効率(A:S、B:Se、C:Te)
結果により、S は 800℃の時に主に揮発され;Se は 600℃から
に揮発され;
Te は 1000℃から揮発され、主に 1200℃の時の揮発した割合が大きかった。ただし、
Se と Te は 1200℃以上の温度で揮発される可能性もある。
酸分解—Agilent8800 法
酸分解法は目的元素に酸を加えるにより、酸化さ 、回収する方法である。標
準試料を用いた測定値と文献値の比較を通して、回収率を求め、酸分解法の妥当性
を評価した。結果は Table.3 に示す。
Table.3 酸分解法を用いた目的元素の回収率
試料
JLK−1/湖底堆積物
JSd-3/河川堆積物
試料個数
3
3
試料
カキ
松葉
牛肝臓
ほうれん草
JSd-3/河川堆積物
JB-2/玄武岩
JLK-1/湖底堆積物
JSI-2/スレート
試料個数
7
3
2
2
7
2
5
3
試料
JSd−3/河川堆積物
JLK−1/湖底堆積物
JA-3/安山岩
JSI-2/スレート
試料個数
5
5
3
3
硫黄(S)
測定平均値/ppb
113.8
47.92
セレン(Se)
測定平均値/ppb
11
0.72
5.50
0.54
7.30
0.73
2.00
0.78
テルル(Te)
測定平均値/ppb
0.58
0.71
0.41
0.58
文献値/ppb
81.64
49.05
回収率
139.4%
97.7%
文献値/ppb
10.42
0.53
3.35
0.63
5.21
0.90
1.67
0.92
回収率
106.0%
137.0%
164.0%
86.0%
140.0%
81.0%
120.0%
84.9%
文献値/ppb
1.50
1.01
1.01
1.01
回収率
58.4%
70.6%
40.6%
57.7%
Table.3 より、酸分解法での回収率は加熱分離法の場合より改善された。これは
揮発性目的元素を酸化さ 、溶液化されたためである。ただし、テルルの測定値は
文献値よりほぼ半分であったので、一部が揮発して出て行ってしまったと考えられ
る。また、Agilent8800 は現在この目的に最もよい分析装置であり、得られた測定値
は標準試料の文献値を評価する上で役立つと考えられる。